クズ②
頭に一発重い拳を叩き込むと、あのクズが地面に崩れ落ちた。
コンクリートの埃が舞い、鈍い音が路地に響く。
そのまま足を振り上げ、靴底で踏み潰してやろうとした瞬間、「おい!唯斗!冷静になれ!」と総一の声が鋭く耳に飛び込んできた。
踏みかけた足がピタリと止まる。
呼吸が荒く、胸が激しく上下してる。
「っはッ…ッは…ッ…!」目を閉じ、頭を振って冷静さを取り戻す。
ここでこいつを殺したら、ゆあちゃんはどうなる?誰が面倒を見るんだ?
やるなら…こんな公衆の面前じゃダメだ。
そもそも、こんな楽に終わらせてたまるか。
「…悪い…」
総一に小さく謝ると、彼が眉を寄せて近づいてくる。
「…おう。落ち着け…って、この爺さん死んでないよな?」恐る恐るクズの首に手を当て、脈を確認する。
少し間があって、「…生きてるっぽい。けど、どうする?
起きたらまた暴れるよな。
これ以上騒ぎが大きくなると、警察が来るかもだし…」と目を俺に向けた。
「…一旦家の中に入ろう」
二人でクズの体を担ぎ上げる。
汗臭いシャツが肩に食い込み、うめき声が微かに漏れる。
家に入ると、車に積んでたロープとガムテープで手足を縛り、椅子に固定。
殺意が沸き上がるけど、まず話を聞かないと始まらない。
拘束を終えた瞬間、インターホンが鳴った。
このタイミングで…来客か?
居留守で帰ってくれればいいが、さっきの騒ぎを考えれば警察の可能性が高い。
眉をひそめてると、「…あ~、伊藤さんいらっしゃいます~?」とあの刑事の声がスピーカー越しに響く。
のんびりした口調に、背筋が冷たくなる。
言いたいことは山ほどあるが、この状況を見られるわけにはいかない。
総一が目配せで「俺が行く」とジェスチャーし、玄関へ向かう。
俺はクズの口にガムテープを追加で貼り、物音を立てないようそっとリビングの隅に移動。壁越しに二人の会話を盗み聞きする。
「あっ、ども~、こんちは!」
総一が持ち前の明るさで挨拶する。
足音が玄関マットに響き、ドアが少し軋む。
「うぉ、これはびっくり。あなたどちらさん?」と刑事の声が続く。
「あ~、えっとこの家主の遠い親戚で…。いやほら、最近いろいろ問題を起こしてるって親戚の間で話題になっててね!んで、俺が様子を見に来たってわけですよ!」
「へぇ~、なるほど。それは大変ですね。それで?伊藤さんはいらっしゃいますか?」
「いや、それが今は家にいないみたいで…。買い物でも出かけてるのか…、鍵が開いてたので中に入って探したんですけど姿がなくて!」
「…そうですか。いやね?さっき、ここらへんで伊藤さんが包丁を振り回してるって通報があったみたいで…。私も実は接点がありまして…様子を見に来たのですが…」
「え!?またそんな問題を起こしてたんですか!?困りましたね…いよいよ施設か…刑務所にでも入ってもらうしか…」
「娘さんを誘拐されて、相当ショックを受けていたのでしょう」
その言葉に怒りが再び湧き上がる。
誘拐だと!?あのクソ刑事が…!
拳が自然と握り潰されそうになるが、総一は冷静に続ける。
「あ~、ゆあちゃんでしたっけ?誘拐されたんですか?でも…まぁ、この家の惨状を考えると誘拐されたほうがまだマシだと思いますけどね」
「…そうですね。家にいないとなると…もしかしたらまた他で事件を起こす可能性もありますし、ちょっとここら辺見てきますね。もし、帰ってきたらすぐに私にご連絡いただけますか?」
「わっかりました!」
「…最後に名前を聞いてもよろしいですか?」
「はい!伊藤淳樹です!ロンドンブーツ1号2号の田村淳の淳に、樹木の樹で淳樹です!」
「…わかりました。それでは」
足音が遠ざかり、刑事が去っていく。
…総一、なかなかやるな。
あの場面で自然に偽名を出し、淀みなく言い慣れたように振る舞うなんて。
玄関から外を覗き、2分ほど経って総一が小走りで戻ってきた。
「あっぶね~、嘘バレなくてよかった~」と肩を叩いてくる。
「お前…なんかすごいな。いつの間にそんな技術を身に着けたんだよ」
「世界を回ってると色々あるんだよ。その面白い話はまた今度にするとして…どうするよ?きっと、ある程度時間経ったら、あの刑事戻ってくるぞ」
「…だな。こいつをどこかに運ぶか…。もし今回のことが刑事の耳に入れば厄介なことになるし」
「どっかって…あてはあるのか?」
「…逃げた債務者を連れていく倉庫がうちにはある。そこに連れていくか…」
裏口から外へ出る。
湿った空気が鼻をつき、近くに停めた車を寄せる。
クズを布団でぐるぐる巻きにして後部座席に放り込む。
全身を拘束してるから暴れられないはずだ。
口のガムテープを剥がし、エンジンをかける。
直接こういうことをするのは初めてだ。
逃げた債務者を捕まえて倉庫に運ぶことはあっても、その先はしたことがない。
もし今誰か使ってたら…まぁ、そこまで怪しまれることはないか。
1時間ほど走らせると山道に入る。
木々が覆い茂り、タイヤが砂利を噛む音が車内に響く。
さらに15分、急な坂を登りきると目的地に到着。
古びた倉庫だ。
ここでは秘密裏に死体の処理が行われていたらしい。
暗証番号を入力し、錆びたシャッターが軋みながら上がる。
中は埃っぽく、コンクリートの床に古い油染みが広がってる。
死体の臭いなんて微塵もしない。
こんな場所で人が殺されてるとは誰も想像しないだろう。
二人でクズを車から引きずり出し、倉庫の奥にあった椅子に括り付ける。
ロープがきつく食い込み、うめき声が漏れる。改めて脈を確認すると、生きてる。
本当にしぶとい野郎だ。
「…んで?どうするんだ…?やるのか?」
総一が低い声で俺に問いかける。薄暗い倉庫の中、彼の目が真剣にこっちを見てる。
ここまで来てしまった以上…やるしかない。
「…あぁ…やる」
その時、外から音が聞こえてきた。
山道を車が登ってくる、低いエンジン音。
タイヤが砂利を踏む音が徐々に近づいてくる。




