運命の再会
◇1週間経過
朝、仕事に出て、昼に一旦家に戻り、ゆあちゃんと一緒にご飯を食べる。
夕方過ぎに帰宅し、彼女と静かな時間を過ごす。
そんな生活が始まり、少しずつリズムを刻み始めていた。
ゆあちゃんを引き取ってから、彼女の存在が俺の日常に溶け込みつつある。
北海道の春はまだ肌寒く、窓の外では桜が散り始め、風に舞う花びらが道に薄い絨毯を敷いている。
そんなある日、社長から連絡が入った。
「そろそろその子を会社に連れてこい」と。
借金の肩代わりを決めた時、社長が「今度会わせろ」と言っていたのを思い出す。
俺はゆあちゃんを車に乗せ、会社へと向かう。助手席に座る彼女は、膝に手を置いて窓の外をじっと見つめている。
「社長、悪い人じゃないけど…結構強面なんだよね。俺よりずっと怖く見えるけど、いい人だから安心して」
「…はい」
彼女の声は小さく、窓に映る桜の影に目を落とす。
会社に着くと、駐車場から事務所まで少し歩く。
春の風がコートの裾を揺らし、ゆあちゃんの髪を軽く乱す。
事務所のドアを開けると、同僚たちの声が一気に飛び込んでくる。
「おいおい、いつの間に子供がって…なんかデカくない? 隠し子か? それとも彼女の連れ子か? シングルマザーには気をつけろよ」
「…まぁ、色々ありまして」
適当に笑ってはぐらかし、その場を後にする。
流石に全員闇金の人間だけあって、雰囲気が重い。
鋭い目つきや低い笑い声が響き合い、ゆあちゃんはそれに圧されたのか、俺の足にしがみつく。
歩きづらい…。
おんぶしようかと一瞬考えるが、小さな体が俺にすがる姿に少し胸が締まる。
彼女の手をそっと握り、何とか社長室までたどり着く。
ドアをノックし、「…失礼します」と声をかけると、中から「おう」と低い返事が返る。
部屋に入ると、相変わらず強面の社長がどかっと椅子に座っていた。
タバコの煙が薄く漂い、窓から差し込む光がその輪郭をぼんやり浮かび上がらせる。
社長の視線が俺の足元に隠れるゆあちゃんに移り、「その子か」と一言。
彼女は俺の足にさらに強くしがみつき、顔を上げない。
「はっはっは、流石に怖がられるか。とりあえず、じょーちゃん。何か飲みたいものはあるか? オレンジジュースとか炭酸とかなんでもあるぞ」
「…お水…」
ゆあちゃんが小さな声で呟き、ちらっと俺を見る。
俺がいつも水しか与えてないみたいに思われたのか、慌てて首を振る。
「…水か。分かった。そんじゃ、とびきりうまい水を持ってこよう」
社長が立ち上がり、首で俺にソファを指す。俺はゆあちゃんを連れてソファに座るが、彼女の体が小刻みに震えているのが分かる。
そりゃ怖いよな…。
俺はそっと彼女の手を握ると、彼女がこちらを見上げ、少しだけ目を細めた気がした。
社長がグラスに水を入れて戻ってくると、向かいのソファに腰を下ろす。
俺はカバンから100万円の入った封筒を取り出し、手渡す。
「おう、ちゃんと持ってきたんだな。それじゃあ、これは預かっておく」
「はい。それで…どうでしたか?」
「…ん? あぁ…嬢ちゃんの前で話した方がいいか?」
ゆあちゃんがキョロキョロと俺と社長を交互に見る。
一連のやりとりが分からない様子だ。
「…まぁ、お前がいいって言うならいいけど。結論から言えば、交渉は成功した。誓約書も書かせたし、これで綺麗さっぱりその子とあいつの関係はなくなった。といっても、あくまで形式上というか、俺たちの中ではっていうだけだがな。この日本に親子関係を完全に断絶する方法は存在しないからな」
「…そうですか。ありがとうございます」
俺は深く頭を下げる。
ゆあちゃんもよく分からないまま、一緒に頭を下げた。
「…この子にちゃんと説明したか?」
「あっ…いや…」
すると、社長が強めに俺の頭を叩く。
鈍い音が響き、ゆあちゃんの震えが一瞬強くなる。
社長がそれに気づき、「あっ、つい…ごめんな」と優しく謝る。
仕切り直すようにコホンと咳払いし、ゆあちゃんに目を向ける。
「こいつはじょーちゃんのお父さんの借金を肩代わりしたんだよ」
ゆあちゃんが驚いたように目を見開き、俺をじっと見つめる。
「これで嬢ちゃんとあいつの関係は切れた。とりあえず安心しな」
社長が優しくゆあちゃんの頭を撫でる。
彼女は一瞬体を硬くするが、逃げずにその手をじっと見つめる。
「なんで…そこまで」
ゆあちゃんが聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。
「そりゃ、嬢ちゃんが好きだからだろ? な?」
「そうですね。俺と近しい何かを感じたんですよね。だから、助けたくなったんです」
「ばっか、こういう時は好きだからだけでいいんだよ。そんなんだからお前はいつまでも女が出来ねーんだよ」
「さーせん」
その後、20分ほど談笑した。
社長が昔の失敗談で笑いをとると、ゆあちゃんの震えも徐々に収まる。
彼女の表情が少し和らいでいるのが分かる。
そうして、車に戻ると「社長、見た目怖いけどいい人だったろ?」と言う。
「…はい」
「コンビニでも寄っていく? 何か食べたいものでもあれば—」
「あの」
初めて俺を遮り、ゆあちゃんが声を上げた。
「ん? どうした?」
「…私…私…」
涙がポロポロとこぼれ落ち、彼女が初めて感情を露わにする。
呼吸を荒くし、肩を震わせる。
ようやく、あいつから解放された安堵が溢れたようだ。
俺は何も言わず、ただ黙って頭を撫でた。
ゆあちゃんを家に帰してから、事務所に戻る。
同僚たちに「やっぱり隠し子か!」とからかわれ、社長に軽く怒られる。
その中に混じる嫉妬と怒りの眼差し…。
その後、「おい、山坂。新規のお客来てるから対応しておいてくれ」と別の部屋に呼ばれた。
ドアを開けると、そこにいたのは…同級生の秋野莉乃葉だった。




