第6話
十分後。コールマン商会の紋章が入った数十台の大型馬車が、一糸乱れぬ隊列を組んで王都の大通りを進んでいた。
それは逃走というよりは、王の凱旋パレードにも似た威風堂々たる行進。
その行く手、王都の北門。そこには数百名の武装した兵士たちが陣取っていた。
だが彼らは武器を構えていない。ただ沈黙を守り、石像のように整然と道を塞いでいる。その規律の高さこそが、指揮官の優秀さを物語っていた。
兵たちの中心に、一頭の軍馬に跨った初老の騎士がいた。
王国第一軍団長、ガレオス将軍。
腐敗した王国軍の中にあって、唯一まともな指揮系統と騎士道精神を維持している、生ける伝説だ。
「……お通りください、とは言えんな。国賊ワイズ・コールマン」
ガレオスは低い、しかしよく通る声で告げた。その瞳には単なる敵意とは異なる、探るような色が宿っている。
馬車を降りたワイズは襟元を正すと、商談の場に臨むかのような優雅な足取りで将軍の御前へと歩み出た。
そして深く、美しい角度で一礼する。
「お久しぶりです、ガレオス将軍閣下。このような形での再会となり、商会長として心苦しい限りです」
「口が減らん男だ。勇者一行の装備を剥ぎ取り、王城の正門を半壊させたその足で、どこへ行くつもりだ」
「単なる事業所の移転ですよ。契約不履行に対する正当な債権回収と、それに伴う撤退業務です」
悪びれもせず、事務的に答えるワイズ。
ガレオスはわずかに目を細めた。彼は理解しているのだ。今の王国の繁栄が、この男の手腕によって支えられていたことを。
そしてそれを短期的な損得で切り捨てた王の判断が、経済的な自殺行為であることを。
「……貴様をここを通せば、私は職務怠慢で軍法会議にかけられるだろうな」
「その通りです。ですが閣下、貴方は私を止めない」
「なぜそう断言できる?」
「貴方は優秀な軍人であり、同時に優れた管理者だからです」
ワイズは懐から、金属音が鳴る《《鍵束》》を取り出した。
彼はそれを恭しく両手で持ち、将軍の従卒へと差し出した。ガレオスの合図で従卒が受け取り、将軍の手元へと渡る。
「……これは?」
「我が商会の第一倉庫、および市内に点在する全備蓄庫のマスターキーです。中には輸送コストの兼ね合いで積み残した小麦、干し肉、保存食などの庶民向けの生活物資が満載されています」
「……なに?」
「王都に暮らす市民数万人を三ヶ月は養える量がございます。これを全て、コールマン商会から第一軍団への寄付として譲渡いたします」
ガレオスは目を見開いた。
手の中にある冷たい金属の塊が、途方もない重みを持って感じられる。
この男はただ逃げるのではない。経済崩壊によって訪れる飢餓を見越し、その対策を最も信頼できる組織に託そうとしているのだ。
「……条件は?」
「物資の管理・配給権限を、王家や貴族院ではなく、貴方の軍団のみが持つこと。横領を許さず、真に困窮する市民に届けていただきたい。……貴方になら、それができる」
ガレオスは将軍としての仮面を崩さず、しかしその内側で激しく動揺していた。
国賊として追われる身でありながら、この国の行く末を、民の命を、王よりも深く憂いているというのか。
「……なぜだ? 貴公にとって、何の利益もないはずだが」
「勘違いなさらないでください」
ワイズはいつものように極めて冷静に、商売人としての論理を口にした。
「これは慈悲ではありません。……将来、私が再びこの地に戻り、商売を再開した時、市場が死滅していては話になりませんからね。これは未来の顧客の損耗を防ぐための、必要な維持費です」
場に張り詰めた沈黙が落ちた。
やがてガレオスは口元を緩め、短く鼻を鳴らした。
「……フッ。なるほど、とんだ守銭奴だ」
彼は馬首を巡らせ、配下の兵士たちに向けて厳かに命じた。
「総員、道を開けろ!! 彼らはただの商人だ、検問の必要なし!! これより第一軍団は、速やかに市内の治安維持および倉庫の警備任務へと移行する!」
「はっ!!」
一斉に踵を鳴らす音と共に、道が開かれた。
ワイズは再び優雅に一礼し、馬車へと戻ろうと背を向ける。
だが数歩進んだところで立ち止まり、胸ポケットから一枚の厚紙を取り出した。金箔の縁取りが施された、最高級紙の名刺。
彼はそれを馬上の将軍へ恭しく差し出した。正規の商談における、礼儀作法そのもの。
ガレオスは片眉を上げ、その意図を測りかねながらも、差し出された名刺を受け取った。
「良いお取引でした、将軍。――それと」
ワイズは微笑みを浮かべながら続けた。
「もし何かあれば、我が商会へご連絡を。警備部門の統括部長のポストがちょうど空いておりまして。貴方のような優秀な人材であれば、報酬を約束します」
「……フン。国賊の用心棒になれと言うのか」
ガレオスは憎まれ口を叩きつつも、その名刺を軍服の胸ポケットへ丁寧にしまった。
「……私一人ではなく、我が軍団兵全員の面倒を見るつもりなら考えてやらんこともない」
「それはもう、喜んで」
こうしてワイズたちを乗せた馬車団は、悠々と王都を後にした。




