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勇者様、装備のローンが残っていますが? 〜踏み倒そうとしたので、国中の店で取引停止にしました。素っ裸で魔王と戦ってください〜  作者: けーぷ
第一部第二章:ひのきの棒と勇者

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第16話

「総員、突撃!! 脆弱な人間どもを踏み潰せ!!」


魔王軍四天王ガルドッサの咆哮が、戦場を震わせた。


それに応えるように、地平線を埋め尽くす重装魔獣部隊が地響きを上げて進軍を開始する。ミスリルの装甲を纏った巨大な戦像や、鋼鉄の爪を持つ戦闘熊たち。


動く鉄の城壁が、絶望的な津波となって押し寄せてくる。


「クソがぁああああああああ!!! 舐めるなァァァッ!!」


その奔流へ、単身で飛び込んだ男がいた。勇者アレクだ。


彼は恐怖で足がすくむ兵士たちを怒鳴りつけ、予備の剣――なけなしの四本目――を引き抜き、先頭の巨大な戦像へと躍りかかった。


「俺は勇者だ! こんな畜生どもに負けてたまるかよォォッ!!」


アレクの裂帛の気合と共に、剣閃が走る。腐っても人類最強の男。


その一撃は戦象の分厚いミスリル装甲ごと、巨体の首を両断した。鮮血の噴水を上げて巨獣が崩れ落ちる。


だがその直後に響いたのは、硬質な破砕音だった。戦象を斬り伏せた反動に耐えきれず、量産品の剣が根元からへし折れた。


「チッ、またかよ! 脆すぎるんだよこのゴミ屑が!!」


アレクは悪態をつき、折れた柄を泥水に叩きつける。これで四本目。だが敵はまだ無数にいる。


「おい、次の剣だ! 早くよこせ!!」


アレクが背後の輜重兵に手を伸ばす。震える手で兵士が渡したのは、何の変哲もない鉄のロングソード。五本目だ。


「これしかねぇのかよ! ……まったく使えねぇなぁっ!」


アレクは再び駆ける。次に立ちはだかったのは、重装甲の戦闘熊。アレクはスキル『剛撃』を発動し、熊の脳天へ剣を叩き込んだ。


熊の頭蓋を砕くと同時に、五本目の剣が砕け散る。


一撃必殺。


だがそれは一撃ごとに武器を使い捨てるという、あまりにも燃費の悪い戦い方だった。かつて聖剣を使っていた頃にはあり得なかった、リソースの枯渇。


「はぁ、はぁ……ッ! おい、次だ!」


肩で息をしながら、アレクが叫ぶ。重い鎧が体力を奪い、泥が足に絡みつく。それでも彼は手を後ろへ突き出した。


だがいつまで経っても、その手に剣が握らされることはなかった。


「おい、何をしてる! 早くしろ!!」

「ゆ、勇者様……」


振り返ったアレクの目に映ったのは、絶望に顔を歪め、空っぽの木箱を抱えた兵士の姿だった。


「も、もう……ありません」

「は?」

「今の剣が、最後の一振りでした。……予備の剣は、一本も残っていません」


戦場の喧騒が一瞬、遠のいた気がした。アレクは呆然と自分の手を見る。そこにあるのは、泥と血にまみれた己の手だけ。


「武器が……ない?」


そんな馬鹿な。俺は勇者だぞ? いくら振っても折れない聖剣と、尽きることのないアイテムを持っていたはずだ。


いや、違う。それは全部、「あの男」が用意していたものだった。それを失った今、俺はただの――。


「グルルルゥ……ッ」


思考停止するアレクの前に、仲間を殺されて殺気立った五頭の戦闘熊が立ちはだかる。武器はない。魔力も残り少ない。あるのは、重くて動きにくい鉄の鎧だけ。


「しまっ――グアァッ!?」


回避が遅れたアレクの胴体に、熊の剛腕が叩き込まれた。ワイズ製の鎧なら自動障壁が防いでいただろう。だが量産品の板金鎧はただひしゃげ、衝撃をそのままアレクの肋骨へと伝えた。


「ガハッ……!?」


泥水の中に無様に転がる勇者。


今まで無敵を誇っていた「象徴」が地に伏した瞬間、戦線の均衡は崩壊した。それを見ていた『嘆きの砦』防衛隊、軍団長の声が裏返る。


「だ、ダメだ……! 勇者様が落ちる!! 支えきれん!!」

「軍団長、もう限界です! これ以上は全滅します!!」

「……くそっ! 退却だ! 総員、第二防衛ラインまで下がれぇぇッ!! 『嘆きの砦』を放棄する!!」


ついに発せられた撤退命令。


それは王国軍にとって、百年前の開戦以来、初めてとなる「敗走」の合図だった。


雪崩を打って逃げ出す兵士たち。だが泥まみれのアレクだけが、血走った目で立ち上がろうとしていた。


「ふ、ふざけるな……ッ! 誰が逃げるかよ!!」

「アレク! もういい加減にして!」

「離せッ! 俺は勇者だぞ!? こんなところで負けてたまるか! 素手でもあんな熊の一匹くらい……!」


半狂乱で叫ぶアレクの両腕を、聖女と魔法使いが左右から必死に抑え込む。


「死にたいの!? 回復魔法も尽きたのよ! これ以上戦ったら本当に死んじゃうわ!」

「嫌よ、私は死にたくない! 行くわよアレク!!」

「やめろ! 離せえええええッ!! 俺はまだ戦える! 戦えるんだよぉぉぉッ!!」


子供のような駄々をこねる勇者を、魔力切れでボロボロの二人の女性が、泥に足を滑らせながら必死に引きずっていく。


その光景には、かつての英雄的な輝きなど微塵もなかった。あるのは現実を見ようとしない無様な男の絶叫と、生き延びるためになりふり構わぬ仲間たちの悲痛な姿だけ。


「クソがぁああああああああ!!!!! ……ワイズ、お前がいなくても……俺は……ッ!!」


遠ざかっていく勇者の呪詛を、迫りくる魔王軍の蹄の音が掻き消していった。


・ ・ ・


その日の夜。


王国全土を駆け巡った急報は、人々に衝撃を与えたどころの話ではなかった。


『最前線、崩壊。勇者一行、第二防衛ラインまで後退』


この一報は王都の貴族たち、そして戦争を「飯のタネ」にしていた者たちにとって、死刑宣告にも等しい響きを持っていた。


「な、なんだと!? 勇者が負けただと!?」

「嘘だろう!? 前線が突破されれば、ここも安全ではないぞ!!」

「い、今まで通り、適当に遊ばせておけばよかったのではないのか!?」


王城の会議室、あるいは貴族のサロンで、着飾った豚たちが顔面蒼白になって叫び合う。彼らは理解していなかった。


戦争とは、お遊びではない。


ワイズという防波堤によって守られ、勇者という安全装置によって管理されていたからこそ、彼らは戦争をゲーム感覚で消費できていたのだと。


その前提が崩れた今。


迫りくるのは物理的な死の恐怖と、自分たちが築き上げてきた「戦争ビジネス」の破綻という経済的な死だった。


「ど、どうする!? 支援金は!? 帝国の援軍は!?」

「帝国からはまだ連絡がない! それに商会が逃げたせいで、武器や消耗品の在庫も……!!」


冷や汗が、彼らの背中を伝う。


平和ボケした支配者たちが味わう、初めての本物の恐怖がそこにあった。


・ ・ ・


一方、同時刻。北の大国、帝国。


その帝都にある軍務省の作戦指令室は、王国とは対照的な静謐な空気に包まれていた。


巨大な大陸地図を囲む軍服の男たち。


彼らは王国からの急報を受け取っても、眉一つ動かしていない。むしろ予想通りと言わんばかりの冷静さで、駒を進めていた。


「……王国軍、第一防衛ラインを放棄。第二防衛ラインにて辛うじて踏み止まったとのことです」

「勇者の装備劣化による戦力低下、および補給断絶による士気崩壊。シミュレーション通りの結果だな」


報告を聞いた帝国軍元帥は、重々しく頷いた。彼らの手元には、コールマン商会からもたらされた正確無比な王国の内情データがある。


この崩壊は、予見されていたことだった。


「さて、火は点いた。あとはこれがどう燃え広がるかだが……」


元帥は地図上の一点、王国に最も近い帝国の要衝『交易都市ガルディア』に視線を向けた。


そこには今、騒動の震源である男、ワイズ・コールマンが滞在している。そして、国境を越えてくるであろう王国の混乱。


この事態を見越して、すでに王国との国境にはザイード将軍が率いる黒竜騎士団5000騎が展開している。難民や野党崩れへの対策であればこれで充分だろう。


だが今回の事態。より重要な意思決定が現場で必要になるかもしれない。しばらく物思いに耽った元帥は尋ねた。


「不測の事態に備える必要があるな。……おい、第一皇子殿下への連絡はどうなっている?」

「はっ。殿下におかれましては、すでに準備万端とのこと。皇帝陛下の勅命を待たず、独断で出立の準備を整えておられます」

「相変わらず、耳の早いお方だ」


元帥は苦笑し、すぐに表情を引き締めた。相手は王国の愚王とは違う。


聡明にして果断、そして何より「面白いこと」には目がなく、自ら盤面を動かすことを好む次代の覇者。


「よろしい。直ちに第一皇子アーノルド殿下と共に、今すぐ動かせる軍団を先遣隊として交易都市ガルディアへ急派せよ。その後、本隊は陛下の勅命を得てから行動を開始する」


帝国最高戦力の一角にして最高の知性。第一皇子が動く。


それはワイズ・コールマンにとっても、王国にとっても、最大のイレギュラーとなる嵐の予兆だった。

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