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勇者様、装備のローンが残っていますが? 〜踏み倒そうとしたので、国中の店で取引停止にしました。素っ裸で魔王と戦ってください〜  作者: けーぷ
第一部第二章:ひのきの棒と勇者

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第12話

王国の北端、帝国との国境付近。


どこまでも続く荒野の中を、コールマン商会の馬車団は土煙を上げて疾走していた。


「会長、王都の潜伏員から定時連絡です」


揺れる馬車の中、ミナが淡々と報告を読み上げる。


バルディアでの騒動から数日。王国内は、ワイズが撒いた種火によって緩やかに、しかし確実に混乱の度合いを深めていた。


「ガレオス将軍率いる第一軍団は、会長から託された食料庫を開放。独自の判断で市民への配給を開始したとのことです。おかげで王都の治安は、皮肉にも国賊の食料によって保たれている状態です」

「ガレオス閣下らしいな。王家のメンツより市民の腹を選んだか」


ワイズは窓の外を流れる荒涼とした景色を眺めながら、満足げに頷いた。


あの堅物が、王の許可なく食料を配り始めた。


それは事実上の王権への造反行為。だが市民は食わせてくれる者を支持する。王家の権威は、パン一個の価値にも劣るものへと成り下がっていくだろう。


「一方、王城では国王陛下と勇者アレク様が、責任のなすりつけ合いで衝突されているようです」

「ほう?」

「陛下は『勇者が不甲斐ないから商人に逃げられた』と罵り、勇者は『王の警備がザルだから装備を盗まれた』と反論。怒り狂った勇者は、会長を追ってここへ向かおうとしたそうですが……」

「ここには来ていないな。どうした?」

「南方の最前線で、魔王軍の師団規模の進軍が確認されたそうです。王命により、勇者一行は強制的に前線へ送られました」

「なるほど。タイミングが良い」

「はい。問題の装備についてですが、王家が宝物庫や近衛騎士団の予備装備をかき集め、なんとか一式を揃えたようです」

「最低限の体裁は整えたか。……で、使い心地はどうだと言っている?」


ワイズが問うと、ミナは手元の報告書に目を落とし、無機質な声で読み上げた。


「『重すぎる』『魔力伝導率が悪すぎて魔法が発動しない』『鎧の継ぎ目が動くたびに食い込む』……等々、不満が爆発しているようです。彼らが普段使っていたのは、会長が素材から厳選し、ドワーフの名工に特注させた最高級品でしたから。騎士団の量産品と比べるのが、そもそもの間違いです」

「道具の質が落ちれば、パフォーマンスも落ちる。当然の理屈だな」

「さらに深刻なのは消耗品のようです。最高級ポーションや携帯食料の供給が止まったため、彼らは軍の一般的な支給品で遠征することになったと。聖女様からは『こんな石みたいなパンは本当に人間の食用なのか』との苦情があったそうです」

「……はぁ」


ワイズは、深く、長く重い溜息を吐いた。

笑う気にもなれなかった。ただただ、呆れ返るしかなかった。


「本当に、わかっていなかったんだな、あの男たちは」

「と、言いますと?」

「私が提供していたのは、単なる武器や装備ではない。快適な戦場環境そのものだ。それを失うという意味を、想像すらしていなかった。……ここまで愚かだと、怒りを通り越して憐れみすら覚えるよ」


兵站ロジスティクスの軽視は、敗北への直行便だ。


ワイズは気怠げに外の景色を再び眺めた。そうこうしているうちに、馬車の速度が緩やかになる。 前方に、国境を隔てる巨大な関所が見えてきた。


「着きましたね、会長」

「ああ。最後の難関だ」


王国の北限、国境検問所。


そこには報告を受けたのであろう国境警備隊が、厳戒態勢で待ち構えていた。


道を塞ぐバリケード。

弓を引き絞る射手たち。

そして、殺気立つ歩兵部隊。


「止まれッ!! 止まれぇぇぇ!!」


警備隊長の怒号が響く。ランドルフが手綱を引き、馬車を停止させた。即座に数十名の兵士が駆け寄り、槍先を突きつける。


「ワイズ・コールマン!! 貴様を国家反逆罪の容疑で拘束する!!」


馬車の扉が開く。

ワイズは両手を軽く上げ、悠然とした態度でタラップを降り立った。


「やあ、ご苦労様です。……ここは通していただきたいのですがね」

「黙れッ! 貴様の身柄は王都へ送還する! 我々はバルディアの裏切り者どもとは違う、王家への忠誠は絶対だ!」


隊長が剣を抜き、ワイズの喉元へと突きつけた。


その目には強い使命感が宿っている。金や言葉では動かないタイプなのだろう。国境を守るという任務には打ってつけの人材だった。


「抵抗するな。これ以上、国を乱すことは許さん」

「……やれやれ」


交渉決裂か。ワイズが肩をすくめた、その時だった。


地鳴りと共に、国境の向こう側、帝国の領土から、地平線を黒く塗りつぶす圧倒的な「武」の奔流が現れた。


「な、あれは……ッ!?」


現れたのは、整然と隊列を組んだ騎馬隊。


全員が漆黒の全身鎧に身を包み、手には長大な突撃槍を携えている。その数、およそ五千。彼らが掲げる紋章は、帝国軍最強と謳われる黒竜騎士団。


「て、帝国軍……!? 馬鹿な、なぜだ!?」


王国の隊長が悲鳴のような声を上げる。


黒竜騎士団の先頭を行く将軍らしき巨漢――帝国将軍ザイードが、国境線のギリギリ手前で馬を止めた。


彼は拡声魔法を使い、国境を挟んだ目の前の王国兵たちに呼びかけた。


『――王国軍に告ぐ!! 我々はこれより、国境付近にて大規模軍事演習を行う!!』

「え、演習……だと?」

『あくまで『演習』である! だが、五千の騎馬が走り回るのだ、誤って国境を踏み越えてしまうかもしれん!! 巻き込まれたくなければ、速やかに退去せよ!!』


あまりにも白々しい威圧。

隊長は震える手で剣を握り直し、叫び返した。


「ふ、ふざけるな! 我々は人類連合の盟約を結んだ同盟国同士のはずだ! 魔王軍と戦う仲間に対し、こんな無法が許されると思っているのか!」


隊長の必死の訴えに、ザイードは鼻で笑った。


『同盟? ああ、そんなものもあったな』

「なっ……!?」

『だが生憎と、我々は暇ではないのだ。いつまでも終わらん泥沼の戦争に付き合う義理も薄れてきたところでな。……友好国のよしみで忠告してやっているんだ。どいた方が身のためだぞ?』

「くっ……!」


同盟の形骸化など、現場の人間が一番よく分かっている。


人類を守るという当初の理念から外れた王国の暴走。そしてそれに付き合わされた帝国をはじめとした諸外国。


薄氷の上にあった関係は、いまや帝国軍の蹄一つで砕け散る寸前だったのだ。


戦力差は歴然。ここで開戦のきっかけを作れば、王国は魔王軍と帝国軍に挟まれて終わる。


「……総員、撤退だ! 道を空けろ!!」

「た、隊長!?」

「聞こえんのか! ……我々では、奴らを止められん」


隊長は悔しさに顔を歪め、剣を鞘に叩き込んだ。


兵士たちもまた、無念の表情で道を開ける。それは力及ばずして国賊を見逃すしかない、敗北者の苦渋に満ちた撤退だった。


「賢明な判断に感謝しますよ」


ワイズは静かに一礼し、開かれた道を歩み出した。そして悠然と境界線を越え、帝国の領土へと足を踏み入れる。


馬上のザイード将軍が、凶悪な笑みを浮かべて見下ろしていた。


「遅いぞ、ワイズ殿。待ちくたびれたわ」

「商談が長引いてしまいましてね。……お久しぶりです、ザイード将軍」

「フン、一年ぶりか。相変わらず厄介ごとの中心にいるようだな」


ザイードの声には、旧知の取引相手に対する親愛と、呆れが混じっていた。この将軍の部隊の装備一式を卸したのも、他ならぬワイズである。


「お互い様でしょう。……この不毛な同盟ごっこから抜ける口実、探していたのでは?」

「カカッ! 違いない。王国が勝手に自滅してくれるなら、我々は高みの見物といきたいところだ」

「閣下、口が過ぎますよ。……さて、約束のモノです」


ワイズは懐から一枚の手形を取り出した。それは即座に現金化できる、帝国金貨にして一万枚相当の小切手。


「今回の『演習費用』と、これからの『交際費』です」


ザイードは豪快に笑い、ワイズが差し出した演習費用の手形を受け取った。


「ようこそ、帝国へ。お前のような話が早い男は大歓迎だ」


ワイズは振り返り、遥か南、王都の方角を一瞥すると、ザイードと共に帝国領へと進んでいった。

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