王と新男爵。怪力娘の栄進に、乙女たちの愛の重さも急上昇中!?
騎士カミーユは、従者フローラと共に、ハイアン侯爵家の馬車に乗り、王宮へ向かっていた。
フローラも、いつの間にか式典にふさわしい立派な礼服に身を包んでいた。
「カミーユ様。私、寂しかったのです」
馬車で二人になった途端、フローラは弱音を吐いた。
「ロザリア様はこの一週間、カミーユ様にベッタリで、私、その間、ずっと馬の世話しか、することがなかったのです」
カミーユは、可愛い従者の癖のある髪を撫でた。
「ありがとうございます。従者フローラ。あなたのおかげで、私はいつでも戦に発てます」
フローラは、久しぶりに主人に触れられ、涙を浮かべた。
「泣いてはいけませんよ。せっかくのお化粧が溶けてしまいますから」
カミーユは、フローラの頭をポンポンと撫でた。
「カミーユ様。私はずっとカミーユ様にお仕えしても良いのですよね」
「もちろんです。フローラ、私からもお願いします。あなたが嫌と言うその日まで、私に仕えてください」
カミーユは、フローラの手を握った。
「嫌になる日なんて来ません。私はずっと、カミーユ様の従者です」
こうして、主従が信頼を確かめ合っていると、馬車が止まり、扉が開いた。
「騎士カミーユ。従者フローラ。こちらへ」
王宮の家来が衛兵を引き連れて、二人を迎えに来ていた。
「ご丁寧に、ありがとうございます。今日はよろしくお願いいたします」
カミーユは胸に手を当てて立礼する。後ろで慌ててフローラも礼をした。
「騎士カミーユと従者フローラには、控えの間に入ってもらいます。その後、騎士カミーユを呼ぶ者を遣わしますので、その後に続いてください。従者フローラは、控えの間でそのまま待つように」
王宮の家来はそう言うと、広い廊下を歩いて行く。
カミーユとフローラはその後を追った。
「カミーユ様。王宮って、キラキラしていて目が回りそうですね」
フローラは、天井や壁、柱の、磨き上げられた装飾を見て、うっとりと呟いた。
カミーユは微笑みながら、フローラに言葉を告げる。
「フローラ。あまり周囲を見渡していると、無作法者と思われてしまいます。ゆっくりと、私の背を見てついて来て下さい」
フローラは、主人の言葉に慌て、口を噤んで廊下を歩いた。廊下の床は絨毯張りでふわふわとしており、フローラの心が落ち着くことはなかった。
「こちらでお待ちください」
家来の者は、カミーユたちを控えの間に案内すると、部屋を退出した。
控えの間も、豪華絢爛な造りであった。小さくとも見事なシャンデリアが天井から吊らされている。
今は昼間だが、夜にはさぞや美しい明かりが灯ることだろう。
窓には高価な長いガラスが嵌め込まれ、シルクのカーテンからは春の柔らかな日差しが差し込んだ。
壁には泉に踊る乙女たちをモチーフにした絵画が飾られ、その下のテーブルには、ノーム、妖精の作った時計が置いてある。時計の上ではネコがネズミを追いかける模型が動き続けていた。
暖炉に火は入っていなかったが、その前に置かれた1人掛けの椅子も見事な木材が使われており、優美なアーチを描いている。
たちまち、侍女が現れ、部屋の中央の、これまた見事なテーブルに、音も立てずにお茶を用意し、良い香りで部屋を包んだ。
「フローラ。落ち着いて座りなさい。お茶おいただきましょう。まだまだ時間がありそうです」
カミーユはフローラを自らの隣に座らせると、焼き菓子を手に取った。
「ほら、フローラ。とっても美味しそうですよ」
カミーユは手ずからフローラの口に焼き菓子を運ぶ。フローラはそれを頬張り、目を見開いた。
「カミーユ様。本当に美味しいです。甘くて、香ばしくて、お茶の香りもします」
カミーユはフローラの勢いに押され、そのまま焼き菓子を幾つも幾つもフローラの口に運んだ。
そうして、二人がしばらく戯れていると、王宮の家来が入室してきた。
「騎士カミーユ。謁見の間に参られよ」
カミーユは、手についた焼き菓子のクズを払い取り、立ち上がった。
「では、行ってきますね。フローラ。待っていてください」
カミーユは可愛い従者に微笑むと、颯爽と部屋を出た。
謁見の間には、その左右に貴族たちが立っていた。
向かって左側と右側にはそれぞれ派閥の貴族が集まっているようだった。右側にサラ・ハイアン侯爵の姿が見える。
壇上の椅子には、王家の人間が座っていた。
その中には、王女アナスタシア・アレクセイ・プラソール殿下もいる。
カミーユは彼女と出会うのは初めてであったが、そのかたく冷たく美しい瞳は目を惹いた。
カミーユは謁見の間の中央に進み、片膝をつき頭を垂れた。
貴族たちも、立礼のまま頭を垂れる。
「偉大なる王にして、輝ける星。ゲオルグ・アレクセイ・プラソール陛下。御入来」
衛兵の叫び声が上がる。
扉が開き、背筋の伸びた矍鑠たる老王が歩み出る。
カミーユの聴覚は、王の足取りが確かであり、年齢を感じさせないものであることを知らせた。
王はゆったりと威厳を保ったまま歩き、壇上の中央の玉座に腰掛ける。
「面をあげよ」
王は命じた。
カミーユは王を見つめた。王冠を被る白髪と白髭、猛禽を思わせる鋭い視線がカミーユを貫いた。
カミーユは王の心境を探る。王の目は覇気を失ってはいなかったが、どこか孤独を感じさせるものだった。
「騎士カミーユよ」
王は言葉を発した。
「はい。国王陛下」
カミーユは応えた。
「騎士カミーユ。過日の武勲。誠に見事であった。北方での蛮族の暴威は、我が国の長年の懸念であった」
老王は積年の苦労を思い出したのか、遠くを見やった。
「それを、騎士カミーユ。そなたは見事に打ち破り、国に安寧をもたらしたのだ」
王はカミーユを見つめた。
「余は、そなたのような臣下がいることを嬉しく思う。カミーユよ。そなたに、男爵の爵位を授ける」
周囲から、どよめきが聞こえる。
「田舎の蛮族刈りが貴族になるか」「孤児が男爵か」
カミーユの陞爵は予想されていたこととは言え、それを眼前にすると悪言が漏れ聞こえる。
王は言葉を続ける。
「新たな領地は、クリン村の周囲の村、タブロ村を始めとする開拓村十村とする。また、北方において、新たな開拓の自由を与える」
更にざわめきが広がる。
十村の領地はともかくとして、北方の開拓は国の事業である。その自由を一介の男爵に与えるなど、前例のないことだ。
「身に余る栄誉。より一層精進し、お返ししたく存じます」
カミーユは陞爵を受け入れた。
「カミーユ卿よ。新たな家名は余の忠臣。ハイアン侯が発する。しかと聞け」
サラ・ハイアンが一歩前に出る。
「カミーユ卿。これからはロラン家当主として、忠義に励むこと」
カミーユは頭を垂れる。
「はい。カミーユ・ロラン。国王陛下の恩寵に報いるべく、微力を尽くします」
こうして、騎士カミーユは、カミーユ・ロラン男爵となった。




