国を統べる。華やかなる戴冠、公爵の誕生。黄金の参列は、神殺しの盟約を告げる
カミーユが立ち上がった時、シド・クオンはすでに姿を消していた。
カミーユは体の中に残った僅かな魔力を汲み上げる。
そして、王都モスカウにある自らの屋敷の中庭まで跳んだ。
カミーユは妻たちの前で佇まいを正す。妻らを不安にさせるわけにはいかない。
カミーユは優しく微笑み、皆を見やった。
「ただいま戻りました」
カミーユがそう言うと、妻たちはカミーユに駆け寄り、抱きしめた。
その後、カミーユはロザリアに食事の介護をされ、エトナに風呂の介護をされた。
カミーユは、どちらも必要ないと断ろうかとも思ったが、彼女らの真心を受け取ることにした。
そして夜、寝台の上、従者フローラによって、カミーユは髪を櫛で梳かされている。
アナスタシア王女との結婚が近いということで、カミーユは妻らと寝る機会が減り、夜は専ら従者フローラとともに居る。
フローラは、従者であるがゆえに、妻らよりも近くで、カミーユを支えることができるのだ。
「フローラ」
カミーユはどこかぼんやりとした声で従者のことを呼ぶ。
「はい。カミーユ様」
フローラは、主人の声色の微妙な変化に気が付き、気を配る。
「私は、騎士でしょうか」
異な問いであった。カミーユは伯爵位にあり、間もなく公爵となる身である。
フローラはカミーユの思いを慮り、答える。
「カミーユ様。お目に騎士様以外の道が見えたのでしょうか」
「いいえ」
そう言ったカミーユの声は掠れ、頼りないものであった。
「カミーユ様」
フローラはカミーユの頭を後ろから抱いた。
今日のカミーユはどこか軽く、虚ろに感じられ、フローラはそれを繋ぎ止めるように強く抱きつく。
「あの戦いの時、私は忘れたのです」
フローラはカミーユを抱きしめ続ける。
急かすことはない。
「王を、民を、妻たちを、あなた。フローラのことも」
フローラは黙って抱きしめ、カミーユの髪を撫でる。
「守るべき人々を忘れたのです。ただ野の獣のように。竜たちと争ったのです」
後ろからカミーユの頭を抱くフローラにはカミーユの表情は見えない。
しかし、カミーユの目には、涙が浮かんでいるかも知れなかった。
「私は、私は」
普段のカミーユの肩は十代の少女のしなやかさを備えており、それが今は、か細く見られた。
「カミーユ様」
フローラはカミーユの前に回り、自らの胸でカミーユの頭を抱きしめた。
カミーユの顔は、フローラの寝衣に押し付けられる。
「カミーユ様はお一人ではありません」
はっきりとした。力強い言葉であった。
「フローラがおります。ずっとずっと近くにいますから」
そして、フローラの言葉は、優しくカミーユを包む。
カミーユは言葉にはせず、フローラの腰を抱いていた。
数週間後、晩夏の頃。
その日は、王女アナスタシアとカミーユ・ロラン伯爵の結婚の儀が執り行われる日であった。
カミーユは朝の瞑想を済ませ、早朝から身支度を整えていた。
ロザリアとの結婚のときよりも、更に衣装の金の房が増え、流石に華美が過ぎるのではないかと思われたが、カミーユはそれを凛々しく、美しく着こなしている。
フローラも式典用の礼服に着替え、カミーユの勲章、褒章を示す大任に備える。
カミーユの妻、エトナとロザリアも華美にならないように着飾り、式に備えた。
式は以前赤竜に襲われた後、応急修理された大聖堂で執り行われる。
式典は、まず、女王となるアナスタシアの戴冠が行われ、その後にカミーユとアナスタシアの婚姻の式となる。
この婚姻をもって、自動的にカミーユは王族となり、公爵の地位につくことになる。
カミーユは上級貴族の座る席に着く、隣にはサラ・ハイアン侯爵が着き、少し離れたところにカミーユの妻らが座る席がある。それらの席を守るように、騎士クラリスたち近衛騎士が控える。
そして、その周囲には貴族や騎士、豪商や著名な職人の席がある。
アナスタシアは白いイタチの毛皮の豪華なローブと、儀式用のマントを羽織っている。
普段見慣れない姿だが、彼女の美しい瞳を、それらは引き立てた。
アナスタシアは祭壇の上の王の元へ歩み寄り、司祭の手によって、王冠を被せられる。
そして、神と、貴族と、民に、自らの戴冠を示す。
周囲から、割れんばかりの歓声と拍手が送られる。
「カミーユ・ロラン伯爵」
続いて、司祭にカミーユが呼ばれ、女王となったアナスタシアに歩み寄る。
カミーユの髪に王冠はなかったが、今、ここで最も視線を集めたのは、女王アナスタシアではなく、凛々しく、美しく、神々しい、カミーユ・ロランであった。
その後ろには、勲章褒章を掲げた侍女フローラが従う。
カミーユはふと視線を止める。妻らの後ろ、カミーユの親族が座るべき席に、シド・クオンが座っているのを見かける。
シド・クオンは何をするということもなく、カミーユを見つめている。
シド・クオンは座を占めると言った。
言葉を違えるようなものではない。
カミーユはそう判断し、アナスタシアに向き合った。
思えば、カミーユがアナスタシアと出会った回数は数えるほどしか無い。
しかし、カミーユは彼女の儚げな顔に惹かれている。
運命というものがあるのであれば、これはそういうものなのであろう。
カミーユはそう思った。
司祭が神に祈りの言葉を捧げ、結婚式は終了する。
そして、カミーユの肩にもマントが掛けられる。
これは公爵。王族を示すマントであった。
女王アナスタシア・アレクセイ・プラソール陛下。
カミーユ・ロラン公爵殿下。
若き二人の指導者に、人々は万雷の拍手を送る。
「さて、人の営みを眺めるというのも、中々に趣のあるものであったぞ」
拍手を遮り、はっきりとした言葉が響く。
「俺の名と姿を拝せよ。愚民ども。俺の名はシド・クオン。貴様らの生も死も、俺の掌中にあると言って良いのだ」
シド・クオンはカミーユとアナスタシアの前に現れる。歩いた様子はない。
「シド・クオ。いえ、姉上。その言い様は看過できません。女王とその国民の命は、私、カミーユ・ロランが守るのです」
「逸るな愚妹よ。お前にも言葉がある」
シド・クオンは腕を組み、祭壇の上に居るカミーユを下から見下ろした。
「リベリオン。竜の女神が治める我が国リベリオンは、カミーユ・ロラン。お前が居るこの国に同盟を申し入れる」
「それは何のための同盟ですか」
カミーユが言葉を発する前に、女王アナスタシアがシド・クオンに問うた。
「神だ」
シド・クオンは端的に答えた。
「神。詳しく話を聞かせてください。姉上」
女王アナスタシアは、シド・クオンに一歩も引かずに言葉を交わす。
「物分かりが良いではないか、神とは、貪欲の女王のことだ。人間や一部の竜が奉じている。俺は我らが竜の女神と、貴様らの奉じる神とともに、あの、あばずれと戦っているのだ」
「我らの神と」
カミーユは絶句する。姉、シド・クオンの話は突拍子もないものであった。しかし、竜とその信仰については、以前、師ゴダールより聞いたことがあった。
「そうだ。愚妹と、それに連なる蒙昧なる者共よ。俺とお前、この世で生を受けるすべての者達で、対決するのだ。邪神。貪欲の女王と」
こうして、カミーユは国を統べた。そして、神々との新たな戦いに足を踏み入れた。




