騎士と竜の軍勢。超加速の極致。殺戮に飢えたカミーユ、空に竜の血の大輪を咲かせる
大地に立ち、カミーユは空を見上げる。
そこには竜の群れ、軍勢があった。
中空にある赤色の鱗を持つ成竜が、吐息を放つ。
それは一条の光となり、大地を抉った。長い尾を引き、彼方の山までその跡は続いた。
カミーユは咄嗟にその吐息を躱した。
吐息に炙られた大地は溶けて沸騰し、溶岩のように泡立っている。それがどこまでも続いていた。
もし、これが王国内で自由に放たれれば、人の世の滅びを呼ぶことだろう。
それほどの光景が、カミーユの眼の前に広がっていた。
カミーユは弓を取り出す。自らに流れる竜の血から魔力を汲み上げ、全身に力を漲らせる。
そして、先ほどの赤竜の胸、心臓に向かって矢を放った。
音を置き去りにした神速の矢が一直線に竜に向かい、その胸の鱗を傷つける。しかし、矢は筋肉で止まり、心臓を射抜くことはなかった。
成竜は、カミーユの弓と魔法の金属、ミスリルの矢を持ってしても、一撃で倒すことはできないのだ。
そして、色とりどりの鱗を持つ成竜が、カミーユの視線に十匹見えた。それに十数倍する若竜もいる。
成竜は次々と吐息を放つ。大地は凍り、沸騰し、溶け、稲妻が落ち、地獄の様相を呈した。
カミーユはそれらを躱していたが、徐々に歩ける台地も削られ、若竜たちの吐息も重なり、カミーユ自身も、しばしば身体を焼かれた。
カミーユは弓を引き絞り、放つ。若竜であれば、カミーユの弓で射落とすことができる。
しかし、その数は百を超えており、また、矢の効かぬ成竜の数は十体もいるのだ。
カミーユは自身の武装を改めて確認する。
弓と矢が四十本弱、魔剣星影が一振り、それに、自身の魔力である。
カミーユは空を見上げ、自身の魔力を探る。
その間にも、竜たちの吐息がカミーユを消し去ろうと襲いかかる。
カミーユの火と熱の炎は上空まで届かない。
カミーユは自らに残された唯一の魔法を使う。
空間を跳ぶ魔法だ。
カミーユは最初に吐息を放った赤竜の上空に跳ぶ。
その大きな竜は器用に体をくねらせ、カミーユの間合から離れる。
カミーユの体は地面に向かって落下する。
カミーユは空を飛ぶ手段を持たない。
このままではカミーユは、なす術もなく竜の吐息に焼かれる。
カミーユの愛する人々も、その暴力の犠牲になってしまうことだろう。
そんなことは許されない。
落下するカミーユの心に闘志が灯った。
それはカミーユの体の奥底にある魔力の渦。
師、ゴダールの授けた魔法に火を付けた。
その魔法は解き放たれ、カミーユの身体と思考に作用する。
それは、圧倒的な加速の魔法。
筋力と魔力と思考に加わる暴力的な圧力。
カミーユは落下するよりも速く、空間を跳ぶ魔法を連続して放つ。
跳ぶ度に溢れた魔力が赤い星のように宙に舞う。
そして、体中の筋肉が隆起したカミーユが、赤竜の眼前に迫った。
カミーユは、魔剣星影を用いて、猛烈な速度で赤竜の頭部を滅多斬る。
ぼろぼろになった竜の頭蓋の上に跳び、そこを足場に、その太い首を落とす。
血は一滴も流れない。
血が溢れるよりも早く、カミーユが斬り、跳んでいるのだ。
それは圧倒的な速度であった。
赤竜は、まだ切られた痛みすら感じていないだろう。
カミーユはそのまま下方に跳ぶ。
竜の胸の鱗と筋肉を断ち切り、続いて、肉と骨を飛び散らせる。
カミーユには、それらの飛来物が、ゆっくりと止まって見えた。
肉と骨が剥かれ、剥き出しになった心臓に魔剣星影を突き立て、切り裂く。
そこから血が迸る前に、カミーユは次の獲物を探す。飢えた獣のような焦燥感がカミーユを苛む。
そして、発見した黒い鱗の成竜に向かって跳ぶ。
カミーユは、次々と空間を跳び、神速の剣戟で黒竜の心臓も断ち切る。
カミーユの視線には、竜も、飛び散る肉片や血飛沫も、切り裂かれた心臓も、全てが止まったようにゆっくりと見える。
それでも、カミーユのひりつくような飢えは癒やされない。
そして、次の獲物、青い鱗を持つ成竜に向かって跳んだ。
これが、瞬く間に幾度も幾度も繰り返された。
成竜たちは、自らの仲間たちに何が起きたか認識する間もなく、一瞬にして皆殺しにされた。
カミーユは残った若竜たちにも向かって跳び、これらの心臓を切り裂く。カミーユは飢えていた。血に、破壊に、獲物に、殺戮に飢えていた。
カミーユは遠方の幾匹かの竜には神速の矢を放ったが、カミーユの認識と空間の跳躍は、それらの矢を追い抜いて竜たちを屠っていった。
最後の竜を斬った直後、カミーユは心臓の激しい痛みを感じ、魔力の流れが途切れる。
カミーユは糸が切れたように地面に落下する。
上空には、血と肉と骨でできた大輪の花が咲いていた。
それらは空の上で散らばり、次々と台地の上に降って来る。
そして、カミーユも、台地に落下し、そこに叩きつけられた。
台地に伏せたカミーユには意識があった。
カミーユは、落下の衝撃でぼろぼろになった服を確認すると、また妻たちに心配をさせてしまう。と、どこか遠く自らを見つめる。
ふと気付くと、シド・クオンを感じた。
両腕を組み、彼女が妹と呼ぶカミーユの隣に立っている。
「美しく舞ったものよ。余興としてはまずまずのところだ。人の世で、よくぞここまで育った」
カミーユは呼吸をするだけで精一杯で、返事をすることが出来ない。シド・クオンの顔を見上げる力も残っていない。
「アナスタシアとの結婚式、俺も座を占める。俺を飽きさせぬように励めよ愚妹」
こうして、カミーユは竜の群れから人の世を救い、自称姉であるシド・クオンが結婚式に参列することになった。




