神王国からの不遜な使者。竜の血脈と師の慈愛。ゴダールが愛したカミーユの正義の意思と決意
神への祈りの言葉は捧げられた。
と言う事で、カミーユとロザリアの結婚式は済んだ事となった。
何より、大聖堂の石積みが崩れ、梁や柱が燃え。その大部分が瓦礫と化している。
その惨事の中でも、幸いなことに死者はなかった。
数多く出た重傷者は、カミーユが癒しの力で治す。
そうこうしているうちに夜になり、カミーユはようやく自身の邸宅に戻った。
カミーユの馬車がたどり着くと、フローラとエトナ、そしてロザリアが馬車に殺到した。
「ロザリア、エトナ、フローラ。私は無事です。心配をかけて申し訳ありません」
馬車を降り、カミーユが微笑むと、三人はその身に抱きついた。
剣士ローレンと師ゴダールはすでに食事をとったようで、カミーユの帰りを待っていた三人と、食事をとる。
カミーユは、従者であるフローラも食事の末席に加えている。
そして、まず、ロザリアに謝罪する。
「ロザリア、晴れの日がこのような事態となり、申し訳ありません」
ロザリアはカミーユの謝罪を受け入れる。
「カミーユ。あれは、あなたのせいではないわ。あんなの、どうしようもないもの」
カミーユは、ロザリアに答える。
「ロザリア。時を戻すことは出来ませんが、これから先、あのようなことが無いよう。全力を尽くします」
カミーユはロザリアと皆にそう誓う。
そして、食事の支度ができ、とにかく、皆で食事を楽しんだ。
カミーユは、師、大魔導師ゴダールの秘密の部屋を訪れる。
「御師様、竜について教えていただきたく」
師、ゴダールは、小さなお手々でヒゲを扱きながら答える。
「カミーユよ。通常、竜、赤竜のような真竜は、秘境に住み、人里に降りてくることはない。また、先の王国軍を襲った青竜、そなたが帝国で出会ったという黒竜。どれも、異常な事態と言えるじゃろう。これは、何らかの意志が働いておる」
カミーユは尋ねる。
「意志。ですか。御師様、なにか心当たりはございますか」
ゴダールは答える。
「かつて、真竜を束ね。人の世を征さんとするものが現れたことがある。その際、竜の信仰が利用されておった」
カミーユは驚く。
「竜の。竜は人と同じように祈るのですか」
ゴダールは頷く。
「カミーユよ。そなたが討ち取った竜は馬ほどの大きさと言っておったな。それらはまだまだ子供、百年も生きてはおらぬだろう。竜の寿命は長大である。その間、竜は無限に成長する。心も、魔力も、肉体もじゃ」
カミーユは師の言葉を信じる。師がカミーユに嘘を言うはずがないと信じる。
「御師様。では、それらの小竜を唆すものが居るということでしょうか」
ゴダールは中空を見る。昔を思い出している様子であった。
「カミーユよ。これより先、荒れた世が来る。お主はそれに立ち向かう定めにあるのやも知れぬ」
カミーユは、心に支えていた事を師に尋ねる。
「御師様。賢者によると、私の魔力は、竜に由来するものと聞きます。誠でしょうか」
ゴダールは小さな小さな、ため息をつき答える。
「カミーユよ。そなたが何者かはわからぬ。されど、その力の源は竜に由来するものに間違いはなかろう」
カミーユは師に頭を下げる。
「教えてくださりありがとうございます。胸の支えが取れました」
カミーユの表情を見て、師ゴダールは語りかける。
「カミーユよ。力が何であれ、それを使うのは意思じゃ。そなたの意思を、ワシは愛しておるよ」
照れくさそうにそう言うと、師ゴダールは、複雑に絡み合う魔法の硝子器具から、一つの小瓶を取り出した。
「そなたの今の魔力であれば、これを飲むことも叶うであろう。飲むのじゃ」
カミーユは師から手渡された小さな小さな小瓶を受け取る。
そして、疑うことなくそれを飲んだ。
カミーユの体の奥に熱が溜まり、体の中を魔力が激しく駆け巡った。
カミーユは額を抑えながら言葉を絞り出す。
「御師様。これは一体」
師、ゴダールは答える。
「カミーユよ。戦いのときになれば、その魔法のことも理解出来よう。逆に言えば、極限状態でなければその魔法は何の影響も示さぬ」
師、ゴダールはそれ以上言葉を重ねることはなく、カミーユを退出させた。
その日、カミーユはロザリアの部屋に向かった。
そして、ロザリアを抱きしめ、沈むように眠った。赤竜との戦いで、肉体はともかく、精神がすり減っていた。
ロザリアは、その様なカミーユの姿を見たことはなかったが、その小さな体でカミーユを抱きとめた。
翌日、身も心も休めたカミーユは、まだ眠るロザリアの額に口づけし。彼女を起こさぬように寝台を出て、朝の瞑想を行う。
師、ゴダールから飲まされた薬の残渣が、カミーユの魔力の隅に小さく渦巻いていた。カミーユはその異常をも受け入れるように、瞑想を続けた。
そして、ロザリアが目覚め、カミーユが瞑想から覚める。
侍女に着替えを手伝わせ、カミーユは剣を佩く。佩くは魔剣星影である。
カミーユはいつ何時、竜が現れようとも仕留められるよう。魔剣を手放さぬよう心に決めていた。
今日は王宮に向かう。危難に遭った王と王女に見舞いの言葉を送るのだ。
カミーユは自らの馬車に乗り、王宮へ参じた。
すると、王宮の家来は、王は謁見の間に居るという。
誰か急な使者でも来たのだろうか。
更に家来は、カミーユ・ロラン伯爵もそこに臨するよう。王の命があったと告げた。
カミーユは不審に思いつつも、謁見の間に向かう。
カミーユは上級貴族の控えの間の扉から、謁見の間に入った。
そこは貴族が立ち並ぶための空間である。
カミーユが見ると、謁見の間の中央には、膝も付かずに王に対する者が居た。
その者が言葉を発する。
「ですから、ベラルーン王国は、我がロンデウス神王国に膝を屈するべきなのです」
聞き流せぬ言葉であった。ロンデウス神王国とは、カミーユたちが信奉する神、その大司祭のいる。教会の本山を有する国である。
信仰のもととは言え、膝を屈せよなどという暴言、許されるものではなかった。
しかし、玉座に着く王は、その暴言を咎めることはなかった。
一体ここで何が話されたのだろうか、カミーユの関心は会話に集中した。
「もう一度申し上げます。我が国は、ベラルーン王国を灰燼に帰すこともできるのです。それを、神王の御慈悲により、属国として、存続を許すと言っているのです。これ以上の扱い、二度と機会は訪れませぬぞ」
王は無礼者に対し、なだめるような声色を発する。
「御使者殿。まずは長旅の疲れを癒やされよ。我が国で歓待をさせていただきたい。話の続きはその後に」
王は使者を丁重に下がらせ、謁見の間に残ったカミーユに手招きする。
カミーユは謁見の間の中央に行き、片膝を付いて頭を垂れる。
「面をあげよ」
カミーユは顔を王に向ける。王は苦悶の表情を浮かべていた。
「カミーユ・ロラン伯爵。そなたに頼みがある。ロンデウス神王国へ向かい、その大司祭を亡き者としてほしいのだ」
王はカミーユに頼んだ。下命ではなく頼んだのだ。
更にその内容は暗殺。騎士に頼むことではなかった。
「陛下、理由をお尋ねしてもよろしいですか」
カミーユは王にその意を問うた。これも異常なことではあるが、頼みと言われれば、尋ねざるを得なかった。
「ロンデウス神王国、その大司祭は邪教信仰に手を染めておる。早急にこれを討たねば、我がベラルーン国だけではなく、周辺国へも被害が及ぶ」
カミーユは王を見つめる。王はまるで十ほど歳を重ねたように見えた。
「被害の内容を伺ってもよろしいですか」
王は言葉を絞り出した。
「大司祭は、邪教の秘術によって、竜を操っているというのだ。それも大量の竜を。我が国ではそれに抗することは出来ぬ」
こうして、カミーユは、大司祭を討つため、ロンデウス神王国へ旅立つこととなった。
カミーユがそれを行わねば、世界に、竜による破壊の嵐が荒れ狂うことだろう。




