惨劇の結婚式。赤竜襲来、素手の屠竜。カミーユ、婚礼の地で竜の心臓を引きずり出す
春にしては、少し肌寒い朝だった。
カミーユは隣で眠るフローラに毛布をかけ、日課の瞑想を行う。
カミーユはこの瞑想により、自身に流れる竜の血の魔力が高まり、心身が強化されていると、感じ始めている。
師である大魔導師ゴダールは魔法の為の瞑想と言っていたが、カミーユにとってはその様な二次的な効果もあるようだった。
今日はカミーユとロザリアの結婚式の日である。
カミーユは侍女に仕度を任せ、絹で作られた真っ白な軍服に身を包む。ロザリアの母、サラ・ハイアン侯爵が用意してくれた結婚衣装である。
結婚式は正午から始まる。
カミーユは髪のセットと化粧をフローラに任せた。
何故か食欲が湧かず、水を一口飲み、寒空を見上げた。
式に緊張しているのだろうか。
カミーユはそう思い、鏡の中の自らを見つめた。
鐘が鳴り、正午が訪れる。
サラを筆頭とした貴族たちと聖職者、豪商に職人たち、そして、王と王女、王族に従う近衛兵数十名。そしてエトナ。近衛騎士の中にはもちろんクラリスも居る。
それらが見守る中、カミーユとロザリアは大聖堂へ入場する。
従者フローラも紋章を大量に下げた旗を持って追随する。
カミーユはロザリアをエスコートする。それは優雅で美しく、かつ、ロザリアの
可憐な美しさを魅せた。二人は物語の中から抜け出したようで、全ての者の心をつかむ。
二人は祭壇の司祭に向かって歩み寄る。
司祭は祈りの言葉を神に捧げた。
そして、二人の門出を祝福する。
はずだった。
突如として、大聖堂のドームが崩壊した。
多数の破片が聖堂内に崩落する。
カミーユはロザリアとフローラを庇い。崩落から逃れる。
立ち起こる土煙で、司祭たちの様子は見えない。カミーユの超聴覚で心音を探ろうにも、崩落する破片の音が大きく、様子は伺えなかった。
カミーユは崩壊したドームを見つめる。
すると、空を飛ぶ大きな影が見える。赤い鱗にコウモリの翼。真竜に違いなかった。
カミーユは咄嗟に身構える。腰に佩く剣は儀礼用のものであり、刃は付いていない。
背中には弓はなく、飛び道具も無い。そして何より、この場には守るべき人が数多くいる。
赤竜が口を大きく開けた。
魔法の吐息が口の中に集まる。
カミーユは咄嗟に落ちている破片を竜の顔に向けて投げつける。
それは竜の目に当たり、貴重な数秒を稼ぐことが出来た。
カミーユはロザリアとフローラを左右に抱いて跳躍し、参列していた近衛の騎士クラリスに、二人を預ける。
「クラリス。王族方にロザリアとエトナ、それとフローラ。皆をお願いします」
カミーユはそう言い残すと、自身の身体に流れる竜の血から魔力を汲み上げる。
そして、上空の赤竜に向かって空間跳躍の魔法で飛び、竜の背に取り付く。
赤竜は背に乗ったカミーユを無視し、魔法の吐息を眼下に出そうと口を開く。
カミーユは竜の口に向かって両手を伸ばす。顎を掴み、捻り上げる。
そして、吐息が吹かれる。それは業火であり、円錐状に広がった。
周囲にも熱風が吹き荒れる。
カミーユの手により、崩れたドームではなく、聖堂の屋上を業火が舐める。
屋上のステンドグラスが溶け、柱や梁の木材が燃え上がる。
カミーユの指も炎の中にあったが、燃え尽きずに掴み続けている。
それは、カミーユの炎と熱を扱う魔力のためかも知れなかった。
赤竜はその尾で背中のカミーユを打ち据える。
尾に生えたトゲが、カミーユの身体を切り裂いた。
カミーユは身体を切り裂かれても、竜の口を掴む手を離さない。
竜の吐息の業火は周囲に撒き散らされ、聖堂の外の建物も燃え上がっている。
カミーユは竜を倒す手段を思いついていなかった。
咄嗟に背中に取り付き、口を掴んだものの、その先の対処は考えていなかったのだ。
カミーユは覚悟を決め、竜の口を左右に開く。
両腕と背中の筋肉が隆起し、その力を高める。
カミーユの指に竜の牙が食い込む。
カミーユはそれを気にせず、竜の後背からその口を左右に開いた。
竜の口から、ミシリという音が鳴る。顎の骨がズラされ、赤竜は声にならない悲鳴を上げる。
カミーユは両手にかけた力を更に強める。赤竜の口はついに裂け、頭部が縦に割れた。
竜の吐息は割れた頭部から天に向かって吐き出される。
しかし、カミーユは竜の生命力が、この程度で潰えないことを知っている。
カミーユは力を込める。メリメリと音を立て、頭の頭から、首、首から胴に向けて引き裂けてゆく。
流石の赤竜も、ここに至り、翼を動かすことが叶わず。墜落してゆく。
墜落する先は聖堂。その天井を突き破り、竜とカミーユが落下する。落下した先の聖堂の長椅子が砕け、木片が周囲に散らばった。
カミーユは間髪をいれず。両足で地面を踏みしめ、竜の前方に立つ。
竜から跳び出す炎の勢いは激しさを増し、カミーユの衣服を焼き尽くし、周囲のベンチや飾られたタペストリーにも燃え広がる。
カミーユは首の裂け目から竜のアバラに手をかけ、左右に押し広げる。
そして現れた竜の心臓に向かって、右の手の貫手を突き刺した。
竜の心臓から血が溢れ、その血も炎となって辺りに飛び散る。
カミーユは左手も心臓に突き刺し、これを引き裂いた。
ついに赤竜の動きが止まった。カミーユは引き裂いた心臓を取り出し、竜にとどめを刺した。
体中が火傷でひりつくが、以前、青竜と戦ったときの酸に比べれば、カミーユの身体の損傷は少なかった。
それよりも、周囲の損害が激しい。
ロザリアやエトナ、フローラに貴人たちは、避難して無事のようだった。
カミーユはすぐさま、燃える残骸を撤去し、延焼を防ぐ。
こうして、カミーユとロザリアの結婚式は、惨劇によって幕を閉じた。
この戦いは、新たな敵の到来を予感させた。




