エトナ姫との結婚。三日三晩の地響き。ガルヘルム婚姻祭、エトナ姫とカミーユが刻んだ不動の絆
秋が深まる頃、カミーユは馬上で旅の半ばであった。
カミーユは、ワゴンを操る従者フローラと、それに乗った侍女三名、及び、騎兵二十名を従えていた。
騎兵たちは、王都モスカウで新たに雇い入れた者で、皆、豪のものである。
行く先は巨人の国ガルヘルム。
カミーユは、巨人の姫、エトナ姫との婚姻の儀に向かうのだ。
フローラと侍女三名は、以前巨人の国に同行したが、先に述べたとおり、騎兵は新たに雇った者たちで、巨人の国に行くのは初めてのことだった。
騎兵たちは緊張し、馬にもそれが伝わる。
カミーユは休憩を多く取り、兵と馬の疲労を労った。
ベラルーン王国側の最後の小村を出発し、カミーユたちは巨人の領域に足を踏み入れた。
すると、フローラが気がつく。
「カミーユ様。道が良くなっています。ワゴンが以前来たときよりも揺れません」
カミーユも道を観察する。確かに、石が退かされ、大きな穴は塞がれている様子であった。
「巨人たちが道を均してくれたのかも知れませんね。感謝して進みましょう」
カミーユたちは、整備された道を安心して進んでゆく。
やがて、大樹が目に入った。
これが巨人族の王都である。
沢山の大樹が生え、その周りに豆の蔓が巻き付いている。
この豆の蔓は、巨人たちが大樹に登るための階段になっており、巨人たちの生活になくてはならないものだった。
この蔓は、はるか昔、カミーユの魔法の師、大魔導師ゴダールが生やしたものである。
時刻は昼下がり。太陽が天頂からわずかに傾いている。
巨人の国はベラルーン王国より南方にあるためか、あまり寒さは感じなかった。
ガルヘルムの王都へカミーユら一行が近づくと、大樹の方から、巨人たちが集まってきた。
「千人戦士。千人戦士カミーユ。よくここまで来た」
声を発したのは、以前カミーユが世話になった巨人、戦士ブルガであった。
千人戦士とは、巨人の国ガルヘルムでの、カミーユの称号である。
「戦士ブルガ、久しぶりです。皆息災ですか」
カミーユ馬上からブルガに応じる。ブルガは巨人であり、馬に乗ったカミーユでも、見上げる形となった。
「皆元気だ。兄ダノンも千人戦士カミーユの到着を待ちわびている。さあ、来るのだ」
カミーユたち一行は巨人たちに囲まれる。
騎兵たちは驚き緊張するが、カミーユに促され、巨人たちに従った。
カミーユたちは、王宮の大樹の中にある。謁見の間に通された。
ベラルーン王国とは違い、王、カミン王は既に玉座に座って待っていた。
「千人戦士カミーユ。よく来た。余は嬉しいぞ」
カミン王は、玉座にも慣れた様子で、堂々とした声量でカミーユを迎え入れた。
「カミン王もお変わりなく。幸甚に存じます」
カミーユは凛々しく立礼し、微笑んだ。
巨人の国ガルヘルムでは、王の眼前で笑うことは失礼ではない。
「姉上。エトナ姫との婚姻は明日になる。千人戦士カミーユ。今日はゆっくり休まれよ」
どうやら、本日はエトナ姫とは会えない様子で、カミーユは謁見の間を退出する。
カミーユは王宮の大樹を出る。
そして、巨人たちに動揺する兵たちを連れて、戦士の大樹へ向かった。
戦士の大樹に入る。獣の脂の焼ける良い匂いが漂っている。カミーユは皆を引き連れ、食堂へ向かった。
食堂では、巨人の戦士たちが肉を貪っていた。丁度間食の時間のようだった。
「千人戦士だ。千人戦士カミーユが戻ったぞ」
戦士たちは肉を食べる手を止め叫んだ。
「こっちへくるのだ。千人戦士カミーユ。さあ、肉を食べよ」
カミーユは巨人に促され、木材で重増しした座席に座った。
肉と芋とエールが運ばれ、巨人たちの宴に混ぜられる。
いつの間にか、フローラや侍女、兵士たちもテーブルに着かされて、食事を供されていた。
そんなカミーユの元に、一際大きな体の巨人が近づく。
「ダノン。久しぶりです。お元気でしたか」
ダノンは、カミーユと同じ千人戦士であり、カミーユの親友であった。
カミーユは片手を差し出す。
巨人はカミーユの小さな手を握った。
「もちろん元気だカミーユ。明日はめでたい婚姻の日だ。少し早いが、今から共に食い、飲もうでは無いか」
ダノンはそう言うと、カミーユの隣に座り、骨付きの肉に齧り付いた。
カミーユも、肉に齧り付く。
ダノンとカミーユの間には、種族を超えた友情があった。
兵たちも巨人の戦士たちの気さくな人柄に触れ、食と酒がすすんでいた。
フローラと侍女たちは慣れたもので、自分のペースで食事を楽しんでいる。
翌朝、フローラに抱かれ、侍女たちと共に、巨大な寝台で休んでいたカミーユは、夜明け前に目を覚ます。
寝台の端で座禅し、日課の瞑想を行う。
日が登り始めた頃。
外から、鐘や鈴などの鳴り物の音が聞こえてくる。
カミーユが窓に登って外を見ると、煌びやかな御輿が見えた。
御輿は巨人の女性たちに担がれており、その上には、艶やかな着物と装飾品で彩られた女性が座っている。
顔は面紗で覆われているが、エトナ姫に間違いない。カミーユはそう思った。
先ほどから聞こえる鐘や鈴の音は、さらに周囲にいる子供たちが鳴らしていた。
カミーユはその光景を窓枠に座って見つめていた。
どうやら、王都の中を練り歩いているようだった。それぞれの大樹から女性たちが次々と現れて、御輿の輪は大きくなってゆく。
思えば、巨人の国で女性を見る事は少なかった。
普段は家の中で仕事をし、晴れの日には、このように集まるのかもしれない。
カミーユはフローラや侍女を起こし、朝の支度をさせる。
侍女の手を借り、カミーユはベラルーン王国の伯爵位の紋章のついた最上級の礼服に身を包む。
その姿は、まさに絵画の中から現れた。理想の騎士であった。
「カミーユ様。とてもよくお似合いです」
従者フローラがカミーユの姿を見て思わず声を上げる。
カミーユは紅を差し、頬紅を叩いて振り向く。
「ありがとうございます。フローラ。あなた達も用意をしてくださいね」
従者フローラに侍女たち。兵士たちも、それぞれ、婚礼にふさわしい姿に着替えた。
カミーユたちは王宮の大樹に向かう。
そして、巨大な祝宴場に通される。そこは巨人が千人以上入られる巨大な空間であり、正面に絢爛な刺繍のされた何枚もの布で飾られた高い座席があった。
座布団が並んで二つ用意されているところを見ると、どうやらここが、カミーユたち新婦の座席のようである。
カミーユは促され、座席に胡座をかいて座った。
作法はわからなかったが、正面を見据え、戦士や女性たちに微笑みかけた。
フローラたちも、それぞれの席に案内され、とりあえず座る事ができたようだった。
しばらくすると、カミン王と、前王である上王ゾンネと太后が現れた。カミーユが太后陛下と会うのは、初めてのことである。
折あれば挨拶をと思ったが、戦士ダノンから、このままここに座るようにと言われ、カミーユはそれに従うことにした。
そうしていると、外から鐘と鈴の音が聞こえてくる。
祝宴場の扉が開き、女衆の担ぐ御輿が入場する。
鐘と鈴の音はやみ、神輿は静かに壇上に付けられ、エトナ姫はカミーユの左隣に座った。
カミーユの聴覚は、常人のそれを大きく上回る。聞き慣れたエトナ姫の心音は、少し高鳴っていた。
そして、酒宴が始まった。新婦たちの挨拶などはなく、二人は雛壇に飾られたままであった。
戦士と女たちは飲み、食し、王たちも同じく飲み、食した。
料理には、パンが多数出されていた。巨人族は小麦を育てておらず、これらは小麦を交易で手に入れ、特別に焼いたものとなる。
自ずと高価なものとなり、巨人族にとってパンは、祝祭日にのみ口に出来る食べ物であった。
美味いものを食べ、酒を飲み、あちこちで笑い声が聞こえていた。
カミーユと、面紗をしたエトナ姫は、その光景を温かな気持ちで眺めていた。
酒宴はいつまでも続く。カミーユはエトナ姫を案じて心境を魔法で伺う。
エトナ姫の心は楽しさに満ちており、心配するような状態でなく、カミーユは安心した。
宴の喧騒は、夜半を過ぎ、空が白み、日が登ってもまだ続いていた。
疲れたものは、会場で眠っている。
フローラや侍女、従者たちも高い椅子に座ったまま舟を漕いでいる。
それでも、宴が途切れる事はなかった。
カミーユは自らの体に流れる竜の血から汲み上げた魔力で、睡眠に抗することができた。
しかし、エトナ姫は無理であろう。
カミーユはそう思い、エトナ姫を見る。すると、面紗の下で、いつの間にか寝息を立てていた。
顔を隠す面紗にはこの様な効果もあったのかと、カミーユは感心した。
結局、宴は三日三晩続いた。その間、カミーユとエトナ姫は食事などの間以外は壇上に座り続けた。
カミーユが後に聞いたことだが、これは新婚の二人が大樹として泰然とあるように。
と言う、儀式も兼ねていたらしい。
ともかく、宴は終わり、婚姻は成された。
宴で疲労したエトナ姫は休まされる。
その間に、カミーユはカミン王に改めて願い出る。
「盛大な婚姻の儀、誠にありがとうございました」
カミーユは祝宴の疲労を見せず、凛々しく立つ。
「過日のお話通り、エトナ姫を、ベラルーン王国の我が家へお連れしたく思います。ご許可を願います」
カミーユは頭を下げる。
カミン王は朗らかに答える。
「問題ない。約束したことである。それに、姉上もそれを望んでいるだろう」
カミーユは再度頭を下げた。
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
こうして、カミーユとエトナ姫の婚姻は成り、エトナ姫はベラルーン王国で暮らすこととなった。




