ロザリアと騎士。怪力娘の正義。惨劇の跡で、令嬢に捧ぐ慈愛の剣
騎士カミーユと従者フローラ、それと虜囚の盗賊は、湖畔に向けて歩みを進めた。
あたりの空気が湿気を帯び、植生の変化を感じる。太陽は頂点に届こうとしていたが、冷えた空気があたりを包む。
やがて、石垣の上の館が見えてきた。
常足で館に近づくと、カミーユは感じた。館から血の匂いがするのだ。
「ここで間違いないようですね。フローラ、あなたは馬を見ていてください」
カミーユは、盗賊の縄を引き、館に近づく。
濃密な血の匂いが漂ってきた。
正門の前には、四人の衛兵と、二十数名の盗賊が倒れていた。
盗賊は、衛兵に討ち取られたに違いない。四十人弱の盗賊相手に、四人でその半数以上を討ち取った。
四人の衛兵の実力は確かなものであったとカミーユは思う。
しかし、多勢に無勢。衛兵たちは盗賊に討ち取られてしまったのだ。
カミーユは衛兵たちがこと切れていることを確認すると、短い祈りを捧げた。
そして、扉を開けて館に入る。
館の中にも、強い血の匂いがした。使用人と思わしき男性が、首や腹から血を流し、廊下に倒れていた。
短刀で刺された傷。カミーユは冷静に検分し、男性が死亡していることを確認する。
略式の祈りを捧げ、カミーユは使用人の瞼を閉じる。
「何名の使用人を殺したのですか」
縄を引き、連れてきた盗賊を詰問する。
「正確なところはわからねえ。五人は殺したが、十人は殺してないはずだ。です」
カミーユは顔を顰める。そして、踏み荒らされた足跡を追って先に向かった。
足跡はある扉の前に続いており、そこには四人の使用人が倒れていた。
カミーユには、彼らが扉を守ろうとしたように感じられた。
四体の遺体を廊下の端に寝かせ、略式の祈りを捧げる。
カミーユは立ち上がり、鍵が打ち壊された扉の中に入る。
そこは貴人の寝室のようだった。
ベッドに腰掛けるように一人の女性が倒れていた。優雅なシルクの寝衣には、赤黒い血の跡が付いている。
カミーユはベッドをよく見る。ベッドの上の女性は胸を刺され、事切れていた。
この女性がロザリア嬢であろうか。
カミーユはベッドに近づき、女性の様子を詳しく調べる。
そして、違和感を感じた。
どこからか、息を殺した呼吸の音が聞こえる。耳をすませば、小さく衣擦れの音も聞こえてきた。
カミーユはかがみ込み、ベッドの下に視線を向ける。
怯えた少女がベッドの下で震えていた。
歳の頃は、カミーユより少し下だろうか。
少女はカミーユと目が合うと、ヒッ、と、声にならない悲鳴を上げた。
「ご安心ください。私は騎士カミーユ。あなた方を救いにきたものです」
カミーユは微笑むと、ベッドの下の少女を優しく抱き上げた。
「騎士、様」
少女は恐怖を忘れたかのように、カミーユの顔を見つめる。
「さぞ恐ろしかったでしょう。もう安心です。私があなたをお守りします」
カミーユは、使用人の服を着た少女に語りかける。
少女の緩やかなウェーブのかかった髪は長く、ただの使用人のようには見えなかった。
「騎士様。私、怖かった。怖かったのです」
少女はカミーユに抱きつき、堰を切ったように涙を流した。
カミーユが少女を抱き上げ、そっと涙を拭った。
その後方、盗賊はこれを逃げる機会と考え、扉に向かう。
しかし、カミーユはその振動を感じ取っていた。
そして、自らの剣を投げる。それは盗賊の眼前の壁に突き刺さる。
盗賊の鼻先がわずかに切れ、血が滴った。
「静かにしていてください」
カミーユの声は冷静であり、盗賊は大人しくなった。
カミーユは、その腕で惨劇の光景から少女を庇い、彼女が泣き止むまで、抱きしめ続けた。
「あの、騎士カミーユ。カミーユ卿。私はもう大丈夫です。使用人に生き残りはおりませんでしたでしょうか」
カミーユは左右に首を振り、優しくも厳しい目で少女を見つめた。
「わかりました。私はロザリア。サラ・ハイアン侯爵の娘、ロザリアです。使用人の身代わりによって、悪漢に命を奪われることはありませんでした」
カミーユは、抱擁する手を解いて、片膝をつき、首を垂れた。サラ・ハイアン侯爵。あのやり手の女侯爵の娘となれば、一介の騎士である自分と比べれば、雲の上の存在だ。
「面を上げなさい。騎士カミーユ。あなたの助けで私は立ち上がることができました」
ロザリアは息を整え、カミーユに言葉を発する。
「私の護衛を要請します。王都の館、私の部屋まで案内しなさい」
カミーユは怪訝な顔で尋ねます。
「お部屋まで、ですか。それはいったい」
ロザリアは答える。
「この別邸が襲撃されたということは、敵は内外の何処にいるか知れません。あなたが刺客であることも考えました。騎士カミーユ。けれども、あなたの仕草と表情は騎士の鑑となるものでした。そんな貴方が私を謀ることはないと思います」
ロザリアは信頼の表情をカミーユに向けた。短いやり取りでも、カミーユの誠実さは伝わり、盗賊を逃さぬ武術が使えることもわかったからだ。
「騎士カミーユ。もう一度言います。私、ロザリア・ハイアンを守りなさい」
カミーユは片膝を立てたまま鞘に入れた剣を眼前に立てる。
「レディ・ロザリア。私はあなたの剣となり、盾となり、御身をお守りすることを誓います」
こうして、騎士カミーユはレディ・ロザリアの剣となった。




