新たな立場と邸宅。公爵への階段、揺れる不安。それを支える愛する者たちの為の家
夜。カミーユはサラ・ハイアン侯爵の寝所にいる。
謁見の後、サラはすぐにカミーユを呼び出し、カミーユを求めた。
カミーユは冷たい水を飲み、寝台の上の愛しい人に話しかける。
「サラ。それでは、国王陛下のお話は、本当に突然のことだったのですね」
サラは呼吸を整えてから答える。
「そうよ。王女派の誰にも相談は無かったわ。陛下はたった一人で決断したのよ。カミーユ。あなたに国を任せるって」
カミーユはサラにも水を勧めた。
「畏れ多いことです。陛下は何故そのような大事を決断されたのでしょう」
サラは水を口にし、答える。
「陛下が決断したのは驚きだけれど、理由は簡単だわ。カミーユ、あなたの武力は、国で抱えるには大きすぎるのよ」
季節は秋、空気は冷たく、サラはカミーユの体温を欲し、抱きついた。
「私の武力。ですか」
カミーユはサラを抱きしめたまま、ソファに座った。
「そう武力。兵力と言い換えても良いかも知れないわね。カミーユ、あなたは厚い市壁を持つ領都ルナートで、防備に回っている帝国兵一万五千を、あなたの武力によって、一晩で降伏させたの。これは五万の兵隊がいても無理なことだわ」
サラはカミーユの腕を撫でる。
「五万の兵隊と言えば、今のベラルーン王国全土の兵を集めても、足りないかも知れない。あなたを敵に回す事は、一国を敵にすることに等しい行為なのよ」
サラはグラスを置き、カミーユの太腿に跨る。
「だからね。カミーユ。陛下はあなたに国を売ったの。だって国に収まらないのだもの。王女はその副賞ね」
サラはそう言うと、カミーユの唇を奪った。
カミーユはサラを見上げる。
「私のような無骨者に、左様な大任、務まるはずもありません」
カミーユはサラの胸に顔を埋めた。
「問題ないわ。私はあなたの後見人なのよ。それをそのまま続ければいいの。そうね。宰相の地位を復活させるのが良いかしら。私があなたを見捨てるわけないわ。カミーユ」
サラはカミーユの髪を撫でた。
カミーユはそのまま答える。
「サラ。ありがとうございます。心強いです。私は何をお返しすれば良いのでしょうか。私には思いつくものが、何もありません」
サラは笑って答える。
「今の台詞、貴族たちに聞かせたら、憤慨するかしら。良いのよカミーユ。私の一番の願いは、あなたに愛してもらうこと。それ以外にないわ」
サラはカミーユを力いっぱい抱きしめ、背に爪を立てる。カミーユの背に赤い跡が残る事はないが、サラの気持ちは伝わった。
カミーユはそのままサラを抱き上げ、寝台に寝かせた。
翌日、カミーユは忙しくなった。
幾人もの貴族が、カミーユの元を訪れたのだ。
皆、カミーユに取り入ることに必死であり、様々な贈り物を持ってきた。
その中のうち、少なくない者は、自らの娘や孫娘を差し出すと言ってきた。
カミーユは、自らが結婚を控えており、今はそのような事を考える余裕は無いと、一人一人、丁重に断った。
また、贈り物についても、いただく謂れがないと、全て断った。
カミーユへの訪問は列を成し、夕方が来ても、まだ止むことは無かった。
カミーユは従者フローラを呼び、以後の訪問は明日にしてもらうよう、諸侯に伝えるように頼んだ。
フローラはカミーユ直筆の書面を掲げて大声を出し、諸侯らは渋々帰って行った。
「カミーユ様。明日もこれは続くのでしょうか」
フローラは疲労困憊でカミーユの元に戻ってきた。
「しばらくは続くでしょう。フローラ、面倒をかけますが、頼みます。それと、ユマをここに」
フローラは部屋を退出する。五分も経たずに、ユマが執務室に現れる。
「どうしたプリンス。アタシまでハーレムに入れるつもりかい」
ユマは軽口を叩く。一日中おべっかを浴びせられたカミーユには、それが心地良かった。
「違います。ユマ。あなたに土地建物の買収をお願いします。場所は私の邸宅の周囲に繋がる屋敷。とりあえず八軒ほどをお願いします」
少女に頼む仕事では無い。
しかし、ユマは請け負った。
「高い給金もらってるからね。構わないさ。でも、屋敷を広げるなら、大きな屋敷を一軒買った方が手間がないぜ」
ユマはカミーユに意見する。
「この屋敷は、御師様の研究室がある大切な場所なのです。よって、この周囲の土地建物を入手し、それらの建物は建て直し、一つの大きな屋敷とします。今の邸宅は離れとして、新たな母屋の近くに置きたいのです」
ユマはカミーユの意図を理解した。
「わかったよ。カミーユ。任された。金は好きに使って構わないね」
ユマはカミーユに確認する。
「はい。ユマ、あなたが必要と思った額を自由に使ってください」
ユマは、カミーユの信頼に縛られている。
「わかったよ。カミーユ。すぐに用意する」
そう言って、ユマは退出した。
カミーユは夕食の場に向かう。そこには、剣士ローレンと、師、ゴダールがいた。
「剣士ローレン。申し訳ありません。しばらくあなたの稽古を受ける事はできません」
剣士ローレンはジョッキを上げて答える。
「今日は災難だったな。カミーユ。気にするな。お前の成長は少し早すぎる。ここらで体を休めるのも、修行になるだろう」
ローレンはそう言うと、骨付きの肉に齧り付いた。
カミーユは師、ゴダールに向き直る。
「御師様。私は屋敷を大きくする必要があります。この館はそのまま離れとして残しますが、母屋は隣りとなります。勝手にそのように進めた事、お許しください」
師、ゴダールは、細くて小さな髭を扱きながら答える。
「良い良い。ワシの研究室を残す為の案であろう。良い心がけじゃ。カミーユよ。館の買収が済み次第。ワシに声をかける事」
カミーユは素直に答える。
「はい。御師様。わかりました」
こうして、二人の師との夕食は進んだ。
カミーユは数日間、貴族たちの来訪に対応し続けた。
ようやく、それらもまばらになったある日。
ユマが執務室にやってくる。
「ほらよ。ここの周囲の土地建物の権利書だ。全部で八軒ある。これで良いだろ」
カミーユは驚いてユマの顔を見る。少なくとも半年は掛かる仕事だと思っていたからだ。
ユマがカミーユの疑問に答える。
「ここいらの貴族の屋敷は、叛逆したリヒテンハイムの派閥の奴らが多かったんだ。それに、貴族の数も減って、土地も建物もだぶついてた。そこに金をちらつかせたら、すぐに手に入ったさ」
「わかりました。ユマ。ご苦労さまです」
カミーユはユマを労う。
「よせよ。それより褒美の金が欲しいね」
ユマは金をねだり、カミーユはそれに応えた。
カミーユは、約束通り、新たに得た建物たちの前に、師、大魔導師ゴダールを連れてきた。
ゴダールの命により、従者フローラも同行している。
師は、カミーユの胸元に収まり、あたりを見回した。
「カミーユよ。見取り図を見せよ」
カミーユは、買収した建物が描かれた。この辺りの地図を見せた。もちろん、現在のカミーユの邸宅も描かれている。
「買収した建物にしるしをつけよ」
カミーユは購入した屋敷に、炭で印をつけた。
「うむ。次にフローラにカミーユ。そなたらの頭に触れる。よいな」
カミーユは師を手のひらに乗せ、掲げた。
「そなたらが想う、新しい館の形を考えるのじゃ」
カミーユとフローラは、それぞれ館の姿を思い描く。
カミーユは今の館をより大きく、天井を高く、伯爵家にふさわしく立派なものを。
フローラは今の館より使い勝手が良く、便利なものを。
師、ゴダールはそれぞれの頭に触れ、その意識を読み取る。
「カミーユよ、少し離れよ」
カミーユは、師の言う通りに、敷地から離れた。
小さなカワウソの姿をしたゴダールは、爪楊枝のような短杖を取り出した。
師、大魔導師ゴダールのもとに、魔力が集まってゆく。
それは膨大な圧力で、カミーユの魔力に比べて、何倍、何十倍もの量であった。
師は爪楊枝ほどの大きさの短杖を振り、魔力を練り上げている。
そして、その魔力が解き放たれた。
最初は建物の屋根だった。
買収した屋敷たちの屋根が剥がれてゆく。
次に壁が、柱が、床が、絨毯が、家具が。石材が。
空に向かって飛んでゆく。
それら大量の建材は、空に逗まり、巨大な塊となって陽の光を遮り、周囲を暗くした。
建物があった場所は、更地になっていた。
「ほほいのほい」
師は軽やかに短杖をふるった。
建材は時を逆回したかのように地面に降りてゆく。
しかし、それぞれの降りる位置は異なり、新しい形を作る。
立派な門扉に壁が築かれ、豪華な柱は高くそびえ、天井は高く、窓も高く大きく数が多く、壁は見事に磨かれている。
立派な屋敷が地面から積み上げってゆく。
そして、十分も経たないうちに、巨大で立派な屋敷が一つ、出来上がっていた。
「まあ、こんなところじゃろう」
師、大魔導師ゴダールは、カミーユの手の平の上で呟いた。自らの業前に満足した様子だった。
「御師様。これは」
カミーユはあまりの出来事に、小さな師匠を強く握ってしまう。
「これ、苦しいぞ。カミーユよ。放せ。放さぬか」
師、ゴダールはフローラの肩の上に逃げた。
「これも魔法じゃ、カミーユよ。破壊と再生。魔法の根本の一つでもある」
師、ゴダールは短杖を仕舞い、カミーユに語りかける。
「カミーユよ。そなたの魔力も同じじゃ。癒やしと破壊。その特性を兼ね備えておる。もっとも、ワシに言わせれば、その量はまだまだ僅か。精進せよ」
カミーユは師の魔法に改めて驚嘆する。魔法の奥義の一端を垣間見た気がした。
「御師様。本当にありがとうございます。これで、皆を迎え入れることが出来ます」
師、ゴダールは答える。
「うむ、憂いなく、修行に励むのじゃぞ。カミーユよ」
こうして、カミーユは貴族の仕事に忙殺されつつも、王都に新たな邸宅を手に入れた。




