加増と王女。伯爵から公爵へ、そして女王の半身へ。 カミーユが背負う王国の未来と重き責
ベラルーン王国国王ゲオルグ陛下の親征により、ブログダン帝国との国境線はもとのように引き直され、戦況は膠着状態へ陥った。
結果として、ブログダン帝国がベラルーン王国へ賠償金を支払うという内容で、和平協定が結ばれた。
サラ・ハイアン侯爵は領都ルナートに入城し、娘ロザリア、及び、カミーユ・ロラン伯爵と再会する。
ロザリア嬢は早速、カミーユ・ロランとの結婚を母サラに申し入れた。
サラはカミーユの意を確認し、胸の内はともかくとして、これを了承した。
これにより、カミーユ・ロラン伯爵は巨人族のエトナ姫と、ロザリア・ハイアン侯爵令嬢。
この二名と婚約状態にあることとなった。
さて、サラ・ハイアン侯爵が領都に戻ったが、ルナートには帝国軍の捕虜一万五千がいる。
これを故郷へ返す任務を手伝うため、カミーユは更に一ヶ月、ルナートに逗留することにした。
その間、カミーユは、サラとロザリア、両名の寝所を行き来することとなる。
なお、カミーユが従えていたユマは、一足先に王都へ帰らせた。
一ヶ月が経ち、カミーユが王都へ戻る日がやってきた。
カミーユは、国王ゲオルグ陛下に、ブログダン帝国の帝都ルブダンでの出来事を、報告する必要があったのだ。
ロザリアは駄々をこねたが、カミーユが必ず迎えに来ると言うと、大人しく引き下がった。
サラは駄々はこねなかったが、カミーユに熱い口づけを授けた。
夏は終わり、秋の始まりに差し掛かり、季節は巡ってゆく。
そうして、カミーユはおよそ一月ぶりに王都の自宅へ戻った。
時刻は夕刻で、カミーユは愛馬から下り、馬屋へ回させた。
そして、館には従者フローラが待っていた。カミーユの命を受け、前線から一足先に邸宅へ戻り、主人のため、屋敷を隅々まで整えていたのだ。
フローラはカミーユとの再会を喜び、周目の前で抱きついた。
「フローラ。屋敷のこと。本当にありがとうございました」
「カミーユ様。カミーユ様。カミーユ様」
泣きながら抱きつくフローラ。
カミーユはフローラを横抱きに抱えあげ、額への口づけを授ける。
フローラは顔を真赤にし、大人しくなった。
「フローラ。ヘブナーや皆は息災でしたか」
カミーユはフローラを下ろして尋ねる。
「はい。ヘブナー隊長も皆も元気にクリン村へ戻られました」
カミーユがクリン村から王都へ出発したのは、まだ雪の残る春先であった。
今は秋の始まり。二つの季節の間、カミーユとフローラは、故郷を離れていることになる。
「フローラ。私は王宮へ参じなければなりません。王宮から便りは来ていませんか」
フローラは頷き、答える。
「はい。先日お便りを受け取り、カミーユ様の書斎にお届けしています」
従者の話を聞き、カミーユは書斎へ向かった。
カミーユは書斎の椅子に座り、机の上の手紙を確認する。
王家の封蝋が押してあることを確認すると、ナイフで封を切る。
手紙には、カミーユが王都へ到着次第、王宮へ来るよう、下知が書かれていた。カミーユは手紙を引き出しに仕舞い、書斎を後にした。
カミーユは久しぶりに自宅で食事を摂る。テーブルには剣士ローレンとユマが着いている。
フローラは従者としての分を弁えており、平時にはカミーユと共に食事の席に着くことはなかった。
剣士ローレンとしばらく稽古をしていない。
明日は王宮へ行かねばならないため、カミーユは明後日に稽古をつけてもらうように頼んだ。
そして、食事を終えて自室へ向かう。
久しぶりに入る自らの寝室は、手入れがよく行き届いており、僅かにラベンダーの香りがした。
カミーユは従者を呼んだ。従者フローラはすぐに飛んできて、カミーユの命令を待つ。
「フローラ。侍女にお湯を用意させ、桶に注いでそこに持ってきてください。湯浴みをいたします」
「はい。カミーユ様」
フローラはカミーユの命に従い、元気いっぱいに湯浴みの準備をする。
服を脱いだカミーユは、お湯を浴び、心を緊張から開放させる。
フローラは、激しい戦いをくぐり抜けても、なお美しく輝くカミーユの身体を磨き上げる。
久しぶりに従者に体を拭かれ、カミーユは心地よさに目を閉じる。
湯浴みの時間が過ぎると、カミーユは自らの身体に流れる竜の血から魔力を汲み上げ、熱とする。
それにより、髪を乾かす。すると、髪は艶めきを増し、美しく整う。
カミーユは、子供の頃から、このように髪を手入れしている。
「カミーユ様。香油を仕入れてみたのです。お試しになりますか」
カミーユは立ち上がり、寝台に腰を掛ける。
「ありがとう。フローラ。それなら、まずはあなたにつけて試すことにしましょう」
カミーユは香油の瓶を手に取り、フローラを抱き寄せる。そして、共に寝台に倒れ込んだ。
空が白む頃、カミーユは目を覚ます。
隣に眠り、カミーユと同じ香りを纏ったフローラの髪を撫でる。
茶色の髪が指に絡まる。それを楽しんだ後、身体を起こす。
カミーユは朝の瞑想を行う。
ようやく、師、ゴダールの言わんとすることの入口に立った気がする。
自らの内面を感じ、外側との境界とを曖昧にし、自己と周囲を同一化する。
それにより、魔力の大きさを自在に操れるようになってきていた。
侍女が部屋に入り、朝食の支度ができたことを告げる。
カミーユはフローラの肩をゆすり起こす。
「おはようございます。フローラ。朝餉の時間のようですよ」
フローラは目をこすり、惚けた顔でカミーユを見つめる。
「あ、カミーユ様。わたし、わたし」
フローラは毛布を胸に当て、慌てて寝台から起き上がる。
カミーユはこのようなフローラを微笑ましく想う。
「フローラ。今日の仕度は侍女に任せなさい。着替えて、食事をして、私と共に、王宮へ行くのですから」
「はい。わかりました」
フローラは、渋々侍女の助けを受ける。
カミーユも侍女の助けを受け、出立の支度を整える。
パンを少し食べ、お茶を飲み、馬車で王宮へ向かう。
王宮に着く。
着く場所がいつもと違う。
上級貴族の馬車着け場だ。すぐに王宮の家来が迎えに来る。この家来も華やかな廷臣服を身に纏っている。
カミーユ・ロランはすでに伯爵の地位にある。ベラルーン王国では、伯爵は上級貴族として扱われる。
「カミーユ様。なんだか綺羅綺羅がいっぱいです」
フローラは豪華絢爛な要求貴族の通用路を見て目を輝かせる。
カミーユはフローラの楽しそうな表情を見て、今日は思うがままにさせることにした。
下級貴族に比べて上級貴族の数は少なく、他に迷惑をかけることもなかろうと思ってのことだ。
上級貴族の控えの間はそれぞれ個室になっているようで、当然、ロラン伯爵家のものも用意されていた。
フローラはここでも美しく珍しい装飾に目を奪われている。
カミーユは、部屋に掛けられたタペストリーに注目する。
それは、ベラルーン王国の建国王、ジョン陛下が描かれたもので、そこでは、ジョン陛下の出生から、成長と冒険、そして巨大な竜を倒し、王となり治世する様が描かれていた。
カミーユは、巨大な竜の絵を見て想う。その竜は家よりも大きく、カミーユが戦った竜たちよりも遥かに大きかった。
この絵が真実とするならば、この世には、まだまだ強力な脅威が存在するのかも知れない。
カミーユは、まだ見ぬ強敵を思った。
そうしているうちに、家来が呼びに来て、カミーユは謁見の間に向かった。
フローラとはここで一旦お別れとなる。
「フローラ。待っていてくださいね」
カミーユは優しくフローラの髪を撫でた。
「はい。カミーユ様。お待ちしています」
フローラは、顔を赤らめ。カミーユを見つめる。
カミーユの微笑みは、いつ見ても、フローラの心を放さない。
カミーユは謁見の間に入る。
その両側には貴族たちが並ぶが、以前と比べて明らかにその数が少ない。
これはおそらく、リヒテンハイム公の反逆と、それに組した大勢の貴族たちが、家名を失ったためだろう。
壇上には王家の椅子があるが、そこには王弟と王甥の姿はなく、アナスタシア王女のみが座っていた。
カミーユは片膝を付き、王の到着を待つ。
十分間ほど過ぎた頃、衛兵が甲高い声を上げる。
「偉大なる王にして、人民の守護者。ゲオルグ・アレクセイ・プラソール陛下。御入来」
貴族たちとカミーユは、深く首を垂れた。
国王ゲオルグが入場し、ゆったりと玉座に向かう。
やがて、国王が玉座に座り、声を発する。
「面を上げよ」
カミーユは国王陛下の顔を見上げる。
心なしか、国王から緊張の気配がした。
「カミーユ・ロラン伯爵。先のブログダン帝国との戦い。また、リヒテンハイムの叛逆の鎮圧。誠に見事であった。其方こそ、国の英雄と呼ぶに相応しい」
カミーユは首を垂れた。勿体無いお言葉であった。
「面を上げよ。ロラン伯爵。余は未だ、其方に褒美らしい物を与えられておらなんだ。改めて褒美を取らす」
国王は間を置いた。貴族たちの視線が集まった。
「ロラン伯爵。旧リヒテンハイムの領地を其方に加増する。また、その一派、伯爵以下の領地も、加えて加増する」
貴族たちから声にならない悲鳴が上がる。
国王が口にした領地は、ベラルーン王国の国土の半分に届こうというものであった。
「ロラン伯爵。其方の為した功績に比べれば、これらは軽いものであろう。また、それに加えて」
貴族たちは息を呑む。まだ続きがあるというのか。
「我が娘、アナスタシアを其方に与える。婚姻は来年とする。その時をもって、ロラン伯爵を、公爵に任じる。また、余は隠居し、王の座は娘、アナスタシアに継がせることとする」
流石に貴族たちから声が上がった。
「陛下、それはあまりにも」
「そのような事、前例がございません」
「陛下、それではロラン伯爵にお国を譲るようなもの」
「陛下、何卒ご再考を」
また、この大事は王女派の貴族にも事前に知らせが無かったようで、流石のサラ・ハイアン侯爵も、絶句していた。
国王から雷声が発せられる。
「先の余の言に抗する者は剣を取れ」
謁見の間は静まりかえった。
リヒテンハイム公が失脚した今。国王陛下に異を唱える者などあろうはずがなかった。
カミーユは黙って顔を上げていた。王女陛下がこちらを見ていた。その顔は無表情で、御心の内をはかる事は叶わなかった。
「また、ロラン伯爵には、封地を治めるための資金、食糧も与えることとする」
国王はそう言うと、玉座から立ち上がる。
カミーユ、並びに諸侯は、素早く首を垂れた。
国王が部屋を退出し、続いてアナスタシア王女も退室する。
その歩調は平静を保っており、乱れは感じられなかった。
こうして、カミーユの領地の加増と、アナスタシア王女との婚約が決まった。
アナスタシア王女の表情は、未だ硬いままであった。




