ルナートへの帰還。カミーユの背中は誰のもの。帝都脱出、ロザリアが見せた恋の嫉妬。そして結ばれる二人
ブログダン帝国の王宮内は大混乱に陥っていた。
王宮中央部の塔が破壊され、それが天から巨大な瓦礫として降ってきたのだ。
カミーユはロザリアを左腕で横抱きに抱え、ユマを引き連れ、王宮の屋上を駆け抜けた。
闇夜に紛れる必要はなかった。衛兵たちも皆、塔の崩壊に注目していた。
「ユマ。私の背に乗ってください」
王宮の屋上を駆け抜けながら、カミーユは追走するユマに叫んだ。
「何だってそんな事。ああ、わかったよ。カミーユ」
ユマはカミーユの背に飛び乗った。それを確認したカミーユは、大きく跳躍する。
その強靭な脚力をもって、王宮の屋上から、王宮の中庭と王宮の壁を飛び越え、王宮の外の敷地に降り立った。
腕に抱えたロザリアと、背負うユマにかかる着地の衝撃は、カミーユのしなやかな脚が吸収する。
カミーユは再び市街地の屋根の上を疾走し、ユマが借りた宿の馬屋に滑り込む。素早く愛馬の背に跨がり、馬屋を出る。
「ユマ、宿代は支払い済みですか」
ユマは激しく揺れる馬上で、カミーユの背にしがみ付きながら答える。
「払ったよ。カミーユ。今、そんなこと。気にしている。場合か」
カミーユは答える。
「わかりました。ありがとうございます。ユマ、ロザリア様。目を閉じてください」
カミーユはそう言うと、手綱を放し、自らの身体に流れる竜の血から汲み上げた魔力を、右手に集める。
それを熱と炎に変え、眼前の市門に向かって叩きつける。
激しい閃光と熱。衝撃波が辺りに荒れ狂う。それはまるで小さな太陽が生まれたようであり、木製の市門を内側から吹き飛ばした。
カミーユたちを乗せた愛馬は、燃えくずの残る門を駆け抜けてゆく。
律儀にカミーユたちに弓を撃ってくる衛兵たちもいるが、襲歩で駆けるカミーユの馬に当たるものではなかった。
カミーユたちは一気に帝都から離れ、少し落ち着く。
夜が白み始めていた。
「カミーユ。あれだけ滅茶苦茶やって。大丈夫なのかい」
ユマはカミーユにしがみついたまま、尋ねる。
「ブログダン帝国とは戦争中です。ベラルーン王国の騎士が帝都で暴れても、問題ないでしょう」
カミーユは涼しい顔で答える。
「そういうもんかい。あんたが良いなら良いよ」
抱きついていたロザリアが、ようやく離れ、カミーユの顔を見る。
「カミーユ様。私、怖かったのです」
カミーユはロザリアに優しく微笑む。
「もう安心です。ロザリア様。このままお国まで向いましょう」
ふと、ロザリアはカミーユの背後のユマを見つめる。
「カミーユ様」
ロザリアは責めるように言う。
「はい。ロザリア様」
ロザリアは口をとがらせる。
「カミーユ様。カミーユ様の背に乗る約束は、私としていましたのに」
ロザリアは子どものようなことを言う。
カミーユはくすりと笑って答える。
「今はお許しください。レディ。もうしばらく、私の腕の中にいていただけると、光栄の極みです」
カミーユは凛々しい声で答える。ロザリアは顔を赤くして黙った。
現実問題として、身軽なユマでなければ、馬を駆けさせるカミーユの背にしがみつくことなど出来なかった。
カミーユはそのまま風のように馬を走らせる。
途中、帝国軍の一群と出くわすこともあったが、カミーユの魔力で常に駆け続ける馬に、追いつけるものはいない。
国境線を超え、その日の夕方には、領都ルナートが見えてきた。
領都ルナートは、未だ戦時下にあった。
ルナートは、帝国軍一万五千の捕虜を抱えており、幕で囲われた捕虜の収容所が市壁の外に設けられている。
そのため、戒厳令を敷かざるを得ず、市民たちは不自由な生活を送っていた。
短期で戦争が終わればよいが、戦争が長期化するようであれば、これらの者たちを働かせるため、鉱山などに送り込まねばならなかった。
それらには膨大な行政業務が必要となるだろう。
収容所の兵たちは、簡易な幕に囲われただけであり、逃げようと思えば徒歩で逃げられた。
しかし、指揮する将校は建物に監禁され、武器や鎧、野外活動の装備も無い状態で他国を歩くわけにもいかず、大人しくしていた。
カミーユたちは、その様な捕虜収容所の横を通り、市門の前に立つ。
ルナートの門扉は先ごろの戦いでカミーユが破壊しており、そこには木材で作られた即席の柵が置かれていた。
「王国貴族、カミーユ・ロラン伯爵です。レディ・ロザリアをお助けし、ただいま帰還いたしました。どうか開門の許可を」
カミーユは門に向かい、朗々とした言葉を発する。
しばらく間があり、市門の柵は除けられた。
「カミーユ・ロラン伯爵ですね。私、サラ・ハイアン侯爵閣下が不在の間、代官を務めておりますデイモンです。ロザリア様をお助けいただき。まことにありがとうございます」
カミーユはそのまま、領主の館に案内される。
ここはカミーユの後見人にして、ロザリアの母親。そして、カミーユの愛人のサラ・ハイアン侯爵閣下の本拠地となる。
カミーユは愛馬を厩舎に入れさせ、ロザリア、ユマとともに館へ入った。
ユマは街中の宿屋に泊まると言い張ったが、恩人を招待しないわけにはいかないとロザリアに言われ、館に留まらされた。
カミーユは客室に通される。
カミーユは侍女に頼み、湯を用意してもらう。旅の疲れを癒やし、さっぱりと心地よくなりたかった。
カミーユは侍女に背を拭かせると、濡れ髪のまま男装の平服に着替えた。
カミーユの髪は、普段は結われているが、下ろすとそれなりの長さがある。カミーユは魔力を使って自らの身体を熱で満たし、髪を乾かした。
侍女に髪を結わえさせ、男装に似合う、いつもの髪型に戻す。
別の侍女が来て、食事の誘いを受ける。カミーユは了承し、晩餐室まで案内される。
晩餐室にはすでにユマが座っていた。ユマは短い髪を結い上げ、落ち着いた紺色のドレスを身にまとっていた。
「なんだよ。何か文句があるのかよ」
カミーユの視線に気がつき、ユマはトゲのある言葉を放つ。
「いいえ、とても可憐で、よくお似合いです。ユマ」
そこには凛々しく、理想の騎士の姿があった。
「そうかい。そりゃ良かったね」
ユマは突き放すように答える。放っておくと、カミーユに心の中を掻き回されそうになる。
そんな時、ロザリアが家来に伴われ、入室してきた。
ロザリアはよく櫛を通した。緩やかなウェーブのかかった長い髪に、小さなティアラを乗せている。
紅葉色のドレスに身を包み、その赤みが母によく似た可憐な笑顔に映えた。
カミーユは立ち上がる。
「レディ・ロザリア。今宵は晩餐にご招待いただき、ありがとうございます」
ロザリアは微笑む。
「良いのよカミーユ。私の方こそ、助けてくれてありがとう。改めて、ゆっくり食事を楽しみましょう」
今宵のメイン料理は獣肉の香味野菜ローストであり、ワインに良く合った。
カミーユはロザリアの様子をうかがう。
ロザリアもワインを飲んでいたが、彼女はまだワインの味に慣れていない様子だった。
カミーユはロザリアが背伸びするさまを愛で、ロザリアと、この辺りの季節の花々や、野鳥について語らった。
ユマは、思ったよりも落ち着いた様子で、上品にワインと食事を楽しんでいる。
こうして、和やかな晩餐の時間は過ぎていった。
夜、カミーユが部屋に戻ると、机の上に便箋とクチナシの花が一輪置かれている。
便箋には、ただ一言、待っています。と、可愛らしい文字が書かれていた。
カミーユはクチナシの香りを楽しむと、便箋を胸に仕舞い、部屋を出た、
ロザリアの心音をカミーユは覚えている。
カミーユは自らの身体に流れる竜の血から魔力を汲み上げ、その魔力を自らの耳に集める。
静かな屋敷の中で、ロザリアの心音が確かに聞こえてくる。
カミーユは屋敷の外へ周り、ロザリアの部屋の窓に登りつく。そして、鍵の空いた窓を引き開けた。
「こんばんは、レディ・ロザリア。カミーユ・ロラン。参上いたしました」
カミーユは、優しく言うと、夜風のように部屋の中に降り立った。
ロザリアは、カミーユの来訪を待ちわびていたようで、窓に向けたソファに座っていた。
眼の前のテーブルには、お茶のポットとカップが二つ。それに、ワインの瓶とグラスが二つ、並べてある。
「こんばんは、カミーユ。あなたは、どっちにするの」
ロザリアはカミーユに飲み物を勧めた。
カミーユはふわりとロザリアを抱きしめると、耳元で囁いた。
「私はあなたをいただきたく存じます」
カミーユはロザリアを抱き上げ、寝台へ導いた。
こうして、カミーユは、レディ・ロザリアの部屋で夜を過ごした。




