ロザリアの救出。邪術師を打ち抜くカミーユの飛礫。そして現れる黒き竜騎士
「カミーユ。起きなカミーユ」
カミーユは目を覚ます。これほど深い眠りに落ちたのは、久しぶりのことだった。
「おはようございます。ユマ。あれから何時間ほど経ちましたか」
カミーユは寝台から体を起こした。頭がすっきりとしている。やはり、自然な睡眠は体に必要なのだろう。
「六時間ってところだね。今は夜中。さあ、これからロザリアを助けに行くよ」
カミーユは驚き、ユマを見る。
「もう居場所がわかったのですか」
ユマは戯けて答える。
「もう居場所がわかったのですよ。カミーユ様。さあさ、起きて、すぐ行くよ」
カミーユはユマに急かされ、すぐに起き上がった。カミーユは平服のまま寝ており、このまますぐに出立できる。
「よし、じゃあ王宮に行くよ。カミーユ。あんた壁登りは得意かい」
ユマがカミーユに尋ねる。
カミーユは巨人の国での壁登りを思い出す。
「はい。多少の心得があります」
ユマはにやりと笑った。そして、黒いケープをカミーユに投げて渡す。
「よし、じゃあ問題ないね。そいつを身に着けな」
カミーユは黒いケープを手に取り、見つめる。
隠れての行動は、神の教えに背いてはいないだろうか。改めてユマに尋ねる。
「ユマ。隠れて行動しなければ、ロザリア様はお救いできませんね」
ユマは呆れて言う。
「当たり前さカミーユ。ほら、さっさとそれを身につけて、出発だ」
カミーユは思い切り、黒いケープを身にまとった。
カミーユとユマは路地を抜け、王宮に近づいた。
王宮の周りの道は広く作られており、夜半であるため人通りは少ないが、明かりを持った衛兵が見回りをしている。
「タイミングがあるからね。付いてくるんだよ」
ユマはそう言うと、巡回する衛兵の合間を縫って、王宮の壁に取り付いた。
カミーユもそれに倣って駆け出す。
「今のうち、すぐに登って王宮にこんばんはだ。良いね。カミーユ」
ユマは壁を滑るように登る。カミーユも負けじと、駆けるように壁を登り切る。
壁登りの技術は、ユマとカミーユは甲乙つけがたかった。
そのまま王宮の壁も登り、屋上へ出た。
しかし、夜陰に隠れる技術はユマのほうが遥かに上である。
「カミーユ。アタシの言う通り動くんだ。影から影、闇から闇へ。アタシの後をついておいで」
ユマはそう言うと、屋上のひさしや突き出し窓、棟の影を巧みに伝い、塔の上から見張る兵の視線を避ける。
カミーユもそれに続き、屋上を素早く駆けた。
「上等だ。カミーユ。あんた、貴族を廃業しても、泥棒としてやっていけるよ」
ユマの軽口にカミーユは微笑む。
カミーユは慣れぬ隠密に緊張しており、ユマの軽口はそれを和らげてくれた。
「カミーユ。あの塔だ。あの等の群れのうち、一番高い尖った塔の天辺に、ロザリアは捕まってる」
カミーユは塔を見上げる。
その塔はカミーユに冷たく、鋭い印象を与えた。あの様なところにロザリアが。カミーユは憤りを覚える。
「カミーユ。素早く行くよ」
ユマは尖塔をするすると登ってゆく。カミーユもそれに付き従う。
ユマは幻の魔法をかけ、ユマとカミーユの姿を塔と同一化させた。外から見れば、塔と自分たちは、見分けがつかないだろう。
途中、塔から張り出たバルコニーが見え、カミーユもその床に鋭いかぎ爪の跡がある事を確認する。
そして、ユマとカミーユは尖塔の天辺へ到着した。
カミーユは格子窓の中を覗き込む。
カミーユの瞳に込められた魔力が、部屋の中を明るく見通し、寝台に横たわるロザリアの姿を確認する。
「カミーユ。カミーユ・ロランです。レディ・ロザリア。御身をお救いに参りました」
ロザリアは寝台から起き上がり、格子窓に駆け寄る。
「カミーユ。ああ、カミーユ。やっぱり救いに来てくれたのね。私、神様にお祈りしていたのよ」
カミーユもロザリアへ答える。
「ロザリア様。私もお会いしたく思っておりました。この様な姿で申し訳ありません」
カミーユは、平服に黒いケープ姿であることを詫びる。
「良いのよカミーユ。あなたの顔が見られて、本当に嬉しい」
カミーユは、囚われていても、なお花のように咲くロザリアの姿を愛でた。
「レディ・ロザリア。窓から少し離れて頂きたく。お願いいたします」
ロザリアは寝台を下り、部屋の隅に歩んでゆく。
カミーユは鉄格子に手をかける。
「では、失礼いたします」
カミーユは、自らの身体に流れる竜の血から魔力を汲み上げ、それを全身に行き渡らせる。カミーユの背筋と肩、両腕と両脚の筋肉が隆起する。
鉄格子は捻られ曲がり、窓枠が歪み、一人が通り抜けられる隙間ができた。
「さあ、ロザリア様。こちらへ」
カミーユが手を差し伸べる。ロザリアはその手を取った。
その時、下方から、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
「まずいね。警報の魔法だ。部屋か鉄格子か。とにかく、どこかに魔法がかかってたみたいだ」
ユマはカミーユたちにそう告げる。
「分かりました。ロザリア様。失礼いたします」
カミーユはロザリアを片腕で横抱きに抱いた。
「ロザリア。ロザリアは無事か」
声が聞こえ、監獄のドアが開く。
そこから、カミーユにとって見覚えのある顔、邪眼の魔法使い、カーペリオンが現れた。
「やや、ロラン卿。何故」
カミーユは返事をする代わりに行動した。
窓枠から小石を二つ拾い、カーペリオンの両の目に向かって投げつけたのだ。
カーペリオンは目を押さえ、昏倒する。
「ロザリア様。この者の目を見たことはありますか」
「いいえ、カミーユ。私、この方を見たのは初めてです」
カミーユは倒れたカーペリオンに注目する。
すると、カーペリオンの体が急激に膨れ上がる。その体は黒く変色し、黒い塵となり、消えてしまった。
カミーユはロザリアの顔を手で覆い、その光景から目を伏せさせた。
「これは」
カミーユは絶句し、カーペリオンがいた空間を見つめる。そこには衣類のみが残っている。
カミーユは、この不思議な現象については、後ほど師、ゴダールに質問することにした。
それ以上危険が起きないことを確認すると、カミーユはロザリアの顔を覆う手を離す。
「レディ、悪い魔法使いは消えました。私たちも帰りましょう」
カミーユはロザリアを抱き直す。
そして、格子の外へ出る。両足と片手で塔の外壁に掴まり、力強く下りてゆく。
「脚で壁のくぼみを挟み込んでるのかい。よくやるね」
ユマはカミーユの怪力に呆れながらも、それに続いた。
そんな時だった。
空から飛来するものがあり、それをカミーユの視界がそれをとらえた。
カミーユの目は、夜でも昼間のようにあたりを見ることができる。
コウモリのような翼に、黒光りする鱗、夜を見通す猫のような瞳に、肉食獣を思わせる凶悪な牙。
それは紛れもなく黒竜。真竜であった。
黒竜は、その背に、鎧をまとった騎士を乗せている。
こうして、カミーユの眼前に、竜騎士が現れた。




