公爵軍の崩壊。城壁の二人。カミーユの超音速の狙撃、クラリスの戦果の記録
食事で魔力を回復し、新たな魔法、空間の跳躍を覚えたカミーユは、弓を手に、王都の市壁の上に立っていた。
正午をやや過ぎた夏の日は、熱くあたりを照らしている。
眼前には、二万に迫ろうかという大軍勢。
逆臣の公爵軍の旗が翻っていた。
攻城兵器を失った公爵軍は、力押しで攻めたてる。
今もカミーユの左右では、はしごを掛けた公爵軍の兵士と、それを突き落とそうとする王都軍の兵士が争っている。
カミーユは背後の騎士クラリスと、その従者たちを振り返った。
「では、予定通りお願いします」
騎士クラリスの従者は、樽いっぱいに入った矢から、一本を手に取り、カミーユに手渡す。
カミーユは、自らの身体に流れる竜の血から、魔力を汲み上げる。そして、それを全身に行き渡らせる。
カミーユの視力は増大され、敵軍一人ひとりの顔を認識できるほどになった。
そして、矢が番えられ、引かれる。カミーユの背筋と胸筋、腕と肩の筋肉が隆起する。
カミーユは、敵軍の中、馬上にいる、伯爵家の紋章を付けた鎧を身に纏う、貴族に狙いを定める。
あちらからは、こちらは豆粒よりも小さな点としか見えてはいないだろう。
引き絞った矢を放つ。矢は真っ直ぐに、即座に、音を置き去りにして、貴族の鎧に到達する。
そして、それを爆散させ、背後にいる従卒たちも貫く。
その後、衝撃波が辺りを打ちのめし、兵たちは昏倒した。
「リューベ子爵。討ち取りました」
カミーユが声を発する。
騎士クラリスは、羊皮紙で出来た冊子を手にしている。
そこには沢山の紋章が描かれており、そのうちの一つの紋章にばつ印をつける。
これは、先ほどカミーユが射抜いた子爵のものであった。
「ロラン伯爵、次はこちらをお願いします」
騎士クラリスは新たな紋章を指差す。
従者は矢を手渡す。
カミーユはその視力でクラリスが指さした紋章を探し出す。
紋章の主はすぐに見つかり、カミーユは再び矢を放った。
カミーユたちは、これを何度も繰り返した。
一方、公爵軍は大混乱に陥っていた。
この戦に公爵側で参戦した伯爵、子爵、男爵。それぞれの当主や跡取りが、次々と爆散して死しているのだ。
悪夢としか言いようがなかった。
国王陛下に弓を引き、忠節の誓いを破ったため、神の怒りに触れたのだ。
公爵軍の諸侯はそのように恐れた。
公爵軍は、兵たちではなく、それを率いる貴族たちから総崩れとなった。
戦をして全体が勝ったとしても、自らの命が失われては意味がない。
貴族たちはそう考える。
公爵軍の足並みは乱れ、旗頭たる王弟ミハイル・アウドムラ・プラソール殿下の声も、諸侯に届くことはなかった。
貴族たちは軍を引き、戦場から去ってゆく。
もはや、公爵軍とは、リヒテンハイム公爵の軍、ただそれのみを指す言葉となった。
リヒテンハイム公は、ここに至ってもまだ諦めてはいなかった。
自らの手勢一万はまだ無傷であり、新たな攻城兵器も間もなく到着する。
それに、英雄イザベラは敗れたが、同等の手練れの者は、まだ大勢雇っていた。
あの、カミーユという女騎士がいかに武勇を誇ろうとも、多勢に無勢、岩や丘などの天然の遮蔽物で矢さえ防いでしまえば、投石機で市壁は崩せる。
仮に、カミーユが接近してきたとしても、雇った剣客たちに対応させれば良い。
そうでなくとも、時間をかければ帝国軍が国王軍を打ち倒し、そのまま王都まで攻め入り、我軍との挟撃が叶うだろう。
リヒテンハイム公は、自らの物差しでそう図った。
しかし、その常識はあっさり覆される。
物陰に隠れる公爵の上空に、一人の騎士が突如として現れた。
カミーユ・ロラン伯爵である。
そして、公爵の供回りの者が反応する間もなく、公爵を抱きかかえて跳び、再び姿を消した。
あっという間の出来事であった。
カミーユはリヒテンハイム公を抱え、市壁の上へ戻ってきた。
「公爵閣下、ご足労痛み入ります。これより、王女殿下へ面会いただきたく存じます」
カミーユは公爵閣下を立たせ、その前で片膝をつき述べた。
リヒテンハイム公爵は、もはやこれまでと腹を括り、威厳を保った。
「ご苦労、ロラン伯爵。案内いたせ」
公爵はカミーユに命じる。
カミーユは慇懃に頭を垂れ、立ち上がり、敗軍の公を導いた。
こうして、カミーユ・ロラン伯爵は、リヒテンハイム公爵との戦闘に勝利した。




