カミーユの夜襲。超音速の矢、攻城兵器を貫く 。衝撃波に震える千の兵とカミーユの武勇
王女殿下の軍議の間を退いたカミーユは、取り急ぎ王宮の自宅へ向かった。
事態は切迫しており、カミーユは王都の家々の屋上を駆け、急行する。
夕暮れの中、屋敷の中庭に降り立ったカミーユは、中庭にいた剣士ローレンと目が合う。
「ローレン。剣士ローレン。無事でしたか」
カミーユは剣の師であるローレンに声を掛ける。
「カミーユか。ずいぶん早いな。忘れ物か」
ローレンは飄々と言う。この男は目前の戦にも動じることはない。
「王都を守るため帰還いたしました。館の者たちは無事ですか」
ローレンは余裕の表情のまま答える。
「皆無事さ。ああ、ユマのやつが、小麦が高いと文句を言っていたな」
のんびりとした剣士の答えに、カミーユは安心する。
「皆無事なのですね。安心いたしました。私は少し館に寄ってから、市門の外の敵を迎撃に向います」
ローレンは手を上げ応える。まるで近所へ買い物へ行くのを見送るような気軽さだった。
カミーユは館の中に入る。そして、魔法の師匠、ゴダールのいる秘密の部屋を開けた。
「御師様。御師様。カミーユ、只今戻りました」
カミーユは急いで師の姿を探す。すると、積み上げられた本の隙間から、小さなカワウソのような姿の師が顔を出した。
「戻ったか、カミーユよ。毎日の瞑想は欠かしておらぬようじゃな」
師ゴダールも、剣士ローレンと同じく眼の前の戦を気にする様子はなかった。
「はい。御師様、今朝は王都の様子をお伝えくださり、ありがとうございました」
カミーユは師を手の平に乗せ、礼を言う。
「良い良い。カミーユよ。ワシもこの研究室がなくなれば困るでな。カミーユよ。これから戦であろう。これを授ける」
師は、小さな小さな手の平で、カミーユの左胸を触った。そこから不思議な魔力が流れ込み、カミーユの心臓に魔力が注がれる。
「ゆくが良い。カミーユよ。魔法は全てに勝る万有の力であるが、時には武勇が必要なときもあろう」
カミーユは手の平の上の師に頭を下げると、師を机の上に置き、秘密の部屋を退出した。
カミーユは自室で戦の用意をする。
侍女の手を借り、予備の鎧を身に着け、剣を佩く。
弓は愛馬に乗せているため、予備の矢筒だけ身につける。
そして、鏡台の前で、頬紅を当て、唇に紅を差す。
決して負けられぬ戦であれど、此度の敵軍は二万。
不覚を取り、討ち取られる可能性も十分にある。
そんな時、死に首が土気色になっていれば相手の騎士に申し訳ない。
カミーユは決死の覚悟で立ち上がった。
部屋を出ると、丁度ユマと鉢合わせる。ユマはカミーユの顔を見て笑う。
「珍しく化粧なんかして、鎧姿で夜会かい」
カミーユはユマに答える。
「そう見えますか。面白いですね」
カミーユは微笑む。ユマの言葉は、カミーユの心を軽くしてくれる。
「ユマ、館のこと、色々とありがとうございます」
ユマは頭をかきむしる。
「止せよ。アタシは貰った給金の分働くだけさ。それ以上もそれ以下もしない」
カミーユは、ユマのこのような性格を信頼している。
「ユマ、これからもよろしくおねがいしますね」
ユマは立ち去り、後ろ手に手を降った。
カミーユは館を出る。
日は落ち、夏の夜に涼やかな風が吹いていた。
空には細い月が浮かび、十分に暗く、夜襲を行うには都合の良い明るさだった。
カミーユは帰宅したときと同じように屋上を駆け、市壁に到達する。
市壁から飛び降り、森に隠れた愛馬のもとへ向かう。
愛馬はすぐに駆けつけ、カミーユにすり寄った。
カミーユは愛馬の鞍から、愛用の弓を取り出す。そして、力を込め、弦を張った。
カミーユは愛馬に跨がる。
自らの身体に流れる竜の血から魔力を汲み上げ、自らと愛馬に行き渡らせる。
馬は風のように駆け、敵軍へと近づいた。
敵軍、公爵軍は、陣幕に篝火を焚き、夕食の仕度を行っていた。
夜は暗く、同士討ちの危険もあり、戦を休むのが常道である。
しかし、カミーユの目は生まれつき、暗闇を見通す力を持っている。
その目には公爵軍の姿が、昼間のように明るく見えた。
カミーユは、弓を構え、矢を番える。腕と肩、胸と背筋の筋肉が隆起する。
そして、遥か彼方の投石機、その回転軸に向かって、矢を放った。
音を置き去りにし、まっすぐに軌跡を描いた矢は、寸分違わず軸に命中し、これを粉砕した。
公爵軍の兵士たちに、矢が通った数瞬後、その音と衝撃波が襲う。
カミーユは、公爵軍が何も出来ぬ内に、二の矢、三の矢を放つ。
それは、残り二基の投石機の軸に命中し、これらを瞬時に粉砕した。
これらの矢もまた、音と衝撃波を公爵軍の兵士たちに叩きつけた。
カミーユは、公爵軍の陣営を見つめる。
カミーユは、幕から姿を出し、兵に指示を出しているものたちに目星をつけた。
彼らは指揮官に違いない。
カミーユは矢を次々と放つ。矢は過たずに指揮官たちに命中する。
指揮官たちの体が吹き飛び、その背後の兵たちも貫いてゆく。周囲の者たちも衝撃波で打ち倒す。
カミーユの弓の射角にとらえられた公爵軍の一軍、凡そ千人の兵隊は、混乱の中に叩き込まれた。
カミーユは、立ち上がり、指示を出そうとする兵たちに向けて、更に矢を放つ。
兵たちの体は粉微塵に吹き飛ぶ。
カミーユの持つ矢、四十本が全て無くなる頃には、立つものは誰もいなくなり、兵たちは自らに死が訪れる事がない様に、伏せて祈るだけとなっていた。
カミーユは、この一軍が戦闘能力を失ったと判断する。
続いて、馬首を巡らせ、別の一軍に駆け寄った。
カミーユは自身の身体に流れる竜の血から魔力を汲み上げ、それを熱と炎に変える。
そして、新たな一軍の、陣幕と兵士たちに向かって投げつけた。
眩しい閃光と熱。小さな太陽のような火球が出来、衝撃波が辺りを襲った。
炎に包まれた者は一瞬にして燃え尽きた。
もしかしたら、これらの者は運が良かったのかもしれない。
周囲のより多くの者たちは熱に焼かれ、体が燃え上がり、転げ回った。
衝撃波が周囲全てを薙ぎ払い、陣幕を打ち倒し、軍旗を薙ぎ払う。
広がる衝撃波により、内臓が潰れ、血を吐く兵士もあった。
さらに多くの兵士たちの鼓膜が破れた。
カミーユはこれを三度続けた。
カミーユの放つ炎と熱と衝撃波により、辺りはまるで地獄のような有様となる。
カミーユは息を整える。魔力はまだ、十分に残っていた。
こうして、公爵軍のうち二千の軍隊が、カミーユにより戦闘不能となった。
しかし、それは、この夜の激しい戦いの始まりでしかなかった。




