騎士と王女。再会の舞踏は戦火の中で。王女が託した勝利の重みと、カミーユの不敗の誓い
カミーユは市壁の上から、王都市街地を見やる。
兵の姿が目立ち、混み合っている。
市民の姿は少ない。
戦の緊張を感じさせた。
「何者か」
市壁を守る兵士に誰何される。
兵士は突然現れたカミーユに驚いている様子だった。
「王国伯爵、カミーユ・ロランです。故有って供も連れず、市門も通らず王都へ帰還いたしました」
カミーユは朗々とした声で名乗った。
「なるほど、あなたは確かにロラン伯爵なのでしょう。御勇名は聞き及んでおります」
カミーユの凛々しく正々堂々とした姿に、衛兵は納得した。
「ロラン伯爵はこれからどちらへ」
衛兵は槍を下ろし、カミーユに尋ねる。
「まずは急ぎ王宮へ向かおうかと思います。現在、王国軍は王女殿下が指揮されていますか」
衛兵は答える。
「はい。国王陛下が親征なさっている今、王女殿下が王都を守る我らの旗印です。実際の指揮は、近衛副団長のライデン様、及び、ライネ伯爵が行ってらっしゃいます」
ライデンといえば、カミーユも聞いたことがあった。質実剛健で知られる名将である。
カミーユ自身はまだ直接の面識はない。
また、ライネ伯爵。クリスト・ライネ伯爵と言えば、王都周辺の領地を治める王女派の伯爵である。
また、クリスト自身はカミーユの恋人、サラ・ハイアン侯爵の次男であり、ライネ家に婿入りし、伯爵位を継いでいる。
こちらとは舞踏会の夜に挨拶をし、面識があった。
「色々教えてくださり、ありがとうございます」
カミーユは頭を下げ、再度市街地を見やる。
兵が混み合っている。
その中を歩くと、王宮まで時間がかかり、王宮へ着く頃には日が暮れてしまいそうであった。
「これから私が行うことは、ご容赦くださいね」
カミーユは兵士に頭を下げる。
そして、市壁から飛び出した。
カミーユは身を翻し、市街地の屋根の上を身軽に飛び跳ねていく。
それは圧倒的なスピードであり、王宮までの距離を飛ぶように駆け抜けた。
王宮に近づいたカミーユは、そのまま王宮の壁も飛び越える。王宮の建物の屋根を駆け、中程にある中庭へ降り立った。
中庭には人影はなく、カミーユはそのまま早足で王宮の軍議の間へ進んだ。
軍議の間の前には衛兵が二人並び立つ。
「何者か」
衛兵がカミーユに鋭い声を投げつける。
「王国伯爵。カミーユ・ロラン。王都の危機と聞き、急ぎ参上いたしました。通してください」
カミーユはよく通る美声で答える。
軍議の間の中にも、その声は通った。
「なるほど、しかし」
兵たちはまごついている。
なるほどこの方はロラン伯爵であろうが、供も連れておらず、また、通して良いと聞いてもいない。
しばらく間があり、軍議の間が内側から浅く開く。
中から家来のものが出てきて、衛兵に耳打ちをする。
「ロラン伯爵。失礼いたしました。どうぞ中へ」
衛兵は扉の前から退き、カミーユは軍議の間へ入る。
中には、近衛団から、近衛副団長のライデン。および、騎士クラリス。
居並ぶ貴族として、クリスト・ライネ伯爵と、子爵以下数名の貴族がいた。
そして、上座には、王女アナスタシア・アレクセイ・プラソール殿下が座っている。
「カミーユ・ロラン伯爵です。王都の危機と聞き、参上いたしました。軍議に参加したく、何卒よろしくお願いいたします」
カミーユは片膝を付き、王女殿下に頭を垂れる。
「ロラン伯爵。よく来てくれました。あなたの助力、嬉しく思います」
王女アナスタシアが声を発する。
その声は、どこか遠く、熱を持ったもののように、カミーユには聞こえた。
「ロラン伯爵。よくぞ来てくれました。私のことは覚えていらっしゃいますよね。王国伯爵、クリスト・ライネです。勇名高き騎士カミーユの助力があれば、この状況も打破できるでしょう」
ライネ伯爵は、立ち上がったカミーユの手を取り、かたく握手を交わす。
「もったいないお言葉です。ライネ伯爵。戦況を教えていただけますか」
「それについては私からご説明いたしましょう」
近衛副団長ライデンが、重厚な声を放つ。
カミーユは軍議の席についた。
「我々王都の王国軍は、王女殿下直下の兵が一千、徴兵した民兵が四千。加えて、ライネ伯爵および諸侯の方々の兵が合わせて五千の、合計して一万の兵となります。対して、逆賊リヒテンハイムの軍は、総勢二万です。王都はすでにリヒテンハイムの軍勢に包囲されており、反撃の機会を得られぬ状況となっています」
ライデンが事態の説明をする。
「国王陛下の親征軍は、すでに帝国軍本隊へと向かっており、早馬を走らせても、それが到着するのは帝国軍との開戦の後になりましょう。そのまま陛下の親征軍が王都へ戻ると、後背を突かれ大変な損害が出ます。よって、国王陛下の援軍は、すぐには到着しないでしょう」
ライデンの説明は簡潔で的確であり、カミーユは事態をすぐに飲み込んだ。
「わかりました。ありがとうございます」
カミーユは、ライデンに礼を言い、王女殿下、及び諸侯を見渡した。
「私も途中、戦況を見ましたが、特に敵の攻城兵器が脅威かと思います。よってこれを、私が破壊しようと思います」
カミーユは、事も無げに発言する。
「それは流石に」
ライネ伯爵は、カミーユの言葉に耳を疑う。
その時、一つの声が上がった。
「王国貴族の皆様の前での発現をお許しください。ロラン伯爵の武勇は、たしかにそれを成し遂げるだけのものがあると、私も愚考いたします」
騎士クラリスがカミーユの発言を補強した。
現在、軍籍の最上位にある近衛副団長ライデンは頷いた。
「なるほど、確かにその難業、ロラン伯爵以外になせるものはおらぬでしょう」
ライデンは王女殿下に体を向け、立礼した。
「王女殿下。御裁可をいただきたく存じます」
王女アナスタシアは立ち上がり、カミーユに歩み寄った。
それはあの日、舞踏会の夜の続きを思わせた。
「カミーユ。カミーユ・ロラン伯爵。王国のため、私のため、働いてください」
「はい。王女殿下の御心労。このカミーユ。必ずや取り除いてみせます」
王女は氷の表情のまま、カミーユの瞳を見つめた。
「はい。頼みましたよ。カミーユ卿」
こうして、カミーユは王女に勝利を誓った。




