カミーユと豆の木。巨人の姫を背負う剛腕。怪力娘、月下の絶壁を翔ける
騎士クラリスはカミーユ・ロラン男爵を問い詰めた。
「ロラン男爵。エトナ姫を密かに王宮へお戻しするとはどういうことですか。何故、そのようなことを約束したのですか。我々はベラルーン王国の代表として参ったのです。それをコソコソと盗人のような真似をするなど、陛下の意に沿わぬことではありませんか」
カミーユはそういう考えもあるものかと思う。
そして、自身の意を伝える。
「国王陛下はエトナ姫をお国に返すよう。私に御下命くださいました。その手段は仰せではありません。そして、私の男爵の地位で、ベラルーン王国の代表が務まるとは思えません。王はたとえ密やかにでも、エトナ王女殿下をお国に戻したい。そうお考えであると、私は考えました。それに」
カミーユは言葉を続ける。
「私たちが出会った巨人の戦士ダノン。彼は誠実なお人柄であると思います。そのような方の要請を断るわけには参りません」
カミーユは、巨人の戦士を信頼するという。
クラリスは棘のある言葉を放つ。
「巨人の戦士などの言葉を。ロラン男爵、あなたは信じるというのですか」
流石にカミーユはたしなめる。
「騎士クラリス。私たちは巨人の国へ来た来訪者です。巨人たちを信じなければ、互いの心は結ばれません」
そのようなこと。
騎士クラリスは言葉が喉まで来たが、飲み込んだ。
これ以上の言葉は、ロラン男爵。
ひいては国王陛下への抗命となりかねない。
「騎士クラリス。あなたの忠節。しかと受け取りました。私は嬉しく思います。これからも忌憚なく、私に意見をください」
カミーユは騎士クラリスを褒め、この会話は終えられた。
カミーユと騎士クラリス、騎兵十騎。
それにフローラが操るエトナ姫を乗せたワゴンは、森の中で夕刻を待った。
皆の元に小さな虫が集ったが、カミーユは自らの血から汲み上げた魔力を、自身の体の外まで満たして、皆の近くに集る羽虫の侵入を防いだ。
そんなカミーユたち一行に、近づく足音があった。
木々の間から、巨人族の戦士ダノンが姿を現したのだ。
兵たちは俄かに現れた巨人に驚きの声をあげるが、カミーユがそれを制す。
「皆、落ち着いてください」
カミーユは人間の言葉で兵たちを制した。
そして、巨人語で声を掛ける。
「戦士ダノン。お待ちしておりました」
戦士ダノンは立派な鎧をまとっていた。
それは獣の革で作られていた。
「約束違えず待ってくれて感謝する。騎士カミーユ。して、姫は何処に」
「ワゴン。荷馬車の中におられます。お会いになりますか」
「是非に」
愛馬を降りたカミーユは、ワゴンに近づき、戦士ダノンの望みをエトナ姫に伝える。
エトナ姫は了承した。
「戦士ダノンにございます。エトナ姫、お久しゅうございます」
カミーユはワゴンの戸を開ける。エトナ姫の姿が夕日に映えた。
「父王ゾンネの戦士ダノン。久しいですね。父王、王妃はご健勝ですか」
エトナ姫は、王族の威厳を持って、戦士に尋ねた。
「はい。お二人とも姫のお戻りを願っておいででした」
戦士ダノンは平伏する。
「カミーユ卿から話は聞きました。私は未だ王宮にいる事になっているのですね」
「はい。その通りにございます」
戦士ダノンは頭を伏せたまま答える。
「王宮へ戻るには、蔓のきざはしを登らねばなりません。夜でも灯りがあり、目立つのではありませんか」
戦士ダノンは面をあげ、答える。
「夜半であれば、恐らくは大事には至らないかと」
戦士ダノンは困っていた。
王宮までは、大樹を廻る豆の木の階段を登らねばならない。
そこは灯りに照らされており、夜半でも人目を避けられる保証はなかった。
「失礼。差し出がましいまねをお許しください」
カミーユは、二人の困った様子を感じ、声をかけた。
「姫のお部屋は大樹にある。それは確かでしょうか」
「はい。カミーユ卿。私の部屋は王宮の大樹にあります」
カミーユは頷く。
「では、そのお部屋に窓はお有りでしょうか」
エトナ姫は不思議なことを言うカミーユに答える。
「はい。窓はあります。それがどうかいたしましたか」
カミーユは、エトナ姫に向き直り答える。
「ご無礼大変恐縮です。私が姫を背負い、大樹を登り、闇夜に紛れて、お部屋までお連れしたく存じます」
カミーユは驚くべき提案をする。
戦士ダノンはカミーユを見やった。
「姫に対して無礼であろう。それに、人間のそなたに、そのような事できようはずもない」
しかし、エトナ姫は嬉しそうに微笑んだ。
「それは良い考えです。カミーユ卿、お願いできますか」
「はい。この身に変えましても」
カミーユは膝を付き、エトナ姫に剣を捧げた。
かくして、カミーユとエトナ姫、それに戦士ダノンは、巨人族の王都へやって来た。
カミーユは、フローラや残りの者たちを騎士クラリスに任せ、待機するように命じた。
王都には、天をつくような大樹が無数に生えており、それらには巨大な豆の蔓が巻き付いていた。
槍を持った巨人族の兵士たちが、階段となった豆の蔓を登ってゆく。
大樹と豆の蔓。更にそれをつなぐ豆の蔓の橋。
それらによってできた都市。
それが巨人族の王都であった。
時刻は夜半。人通りは少ないが、巨人族の衛兵たちは見回りをしている。
カミーユは、後背のエトナ姫に語りかける。
「エトナ姫。お加減はいかがですか」
エトナ姫は、ワゴンから取り外されたソファに座っていた。
そしてソファに体を縛り、落ちないように固定している。
そのソファを、カミーユは担いでいた。
カミーユの怪力があれば、造作もない事であった。
「はい。カミーユ卿、不都合はありません。このまま進んでください」
戦士ダノンはその様子を見て、改めて尋ねる。
「騎士カミーユ。人間の戦士とは、皆そのように屈強であるのか」
カミーユは微笑んで答える。
「皆が私と同じとは思いません。私は私にできることをしている。それだけなのです」
戦士ダノンはそれ以上は何も尋ねなかった。
そして、騎士カミーユを、一際巨大な幹をもつ、とある大樹に導いた。
「これが王宮の大樹だ。騎士カミーユ。王女殿下を頼む」
カミーユはその言葉に微笑みで答えた。
騎士カミーユは、エトナ姫を背負い、垂直の木肌を登っていく。
常人であれば、何も身につけなくとも、登ること自体困難な垂直の壁面。
カミーユは、その握力をもってして、眼前の巨壁を攀じ登って行く。
途中、灯りのある場所、人のいる場所は避ける。
カミーユの身に流れる竜の血に由来する瞳は、暗闇を明るく見通し、それらは容易いことだった。
どれだけ登っただろうか。
下にいる戦士ダノンの姿が一つの点になるほど登った頃、エトナ姫が後背から振り向き、カミーユに声をかけた。
「カミーユ卿。あれです。あの灯火の掛かる窓が、私の部屋です」
こうして、カミーユは、大樹と豆の木を登り切り、姫をお部屋へ届けた。




