巨人族の戦士。森で響く友愛の言葉。怪力娘が勝ち取った、種族を超えた友情
巨人族の国への出立の日となった。
鎧を着て、すっかり支度を整えたカミーユ・ロラン男爵は、馬上にて背後を振り返る。
四頭立ての大きなワゴンの御者台には、従者フローラが座っていた。
ワゴンには、振り返る竜の紋章が描かれている。
これは、先日決まったロラン家の紋章になる。
ワゴンの中には、エトナ姫と、侍女が三名乗っている。
カミーユの周囲には、クリン村から呼び寄せた十騎の騎兵と、騎士クラリスが並んでいた。
気がつくと、春は盛りを迎え、まるで夏のような日差しが照り付け、カミーユらの鎧を明るく輝かせた。
故郷の兵たちは、カミーユの陞爵を喜んだ。
自分たちも貴族様の兵隊だ。これからは言葉に気をつけねばならんかな。
などと、軽口を叩き合う。
カミーユは、故郷の仲間たちの声を聞き、久しく離れてしまったクリン村を思い出す。
「ヘブナーなどは、息災でしょうか」
カミーユはヘブナーの屈強な姿を思い浮かべる。
「はい。カミーユ卿、いや、ロラン男爵閣下。皆元気で、息災であります」
兵は、しゃちほこばって答えた。
カミーユはその様が可笑しくて笑った。
「今までと同じで良いですよ。カミーユと呼んでください」
兵は兜に手を当て答える。
「はい。カミーユ卿。今まで通りといたします」
どうやら、兵たちが慣れるまで、もうしばらくの時間が必要なようだった。
「ロラン男爵。行程を教えていただけますか」
騎士クラリスが馬首を寄せ、カミーユに尋ねる。
「ベラルーン王国の南の端の村まで、十五日かけて向います。その後は、巨人族の領域を、五日間ほど進めば、巨人族の王都へたどり着きます」
カミーユは、師ゴダールが用意してくれた地図を開く。
ゴダール曰く、この地図には魔法がかかっており、迷う事はないとのことだった。
「ロラン男爵。巨人族の道は、馬車は通れるのでしょうか」
カミーユは、自らの考えをクラリスに話す。
「エトナ姫は、馬車で攫われたとおっしゃっていました。おそらく、我々も馬車で移動ができると考えます」
騎士クラリスは、カミーユの楽天的な考えに異を唱える。
「ロラン男爵。エトナ姫が攫われてから、月日が経っています。その間、天候などで道が塞がれていれば如何なさるおつもりですか」
カミーユは、自らの考えを素直に答える。
「その時は、馬で参りましょう。馬車を引いている馬は重種馬です。エトナ姫に乗っていただいても問題はないでしょう。私の従者が、そのための馬具も用意しています」
クラリスは更に反応する。怒りと言っても良かった。
「馬車を引く馬は乗馬用ではありません。エトナ姫は巨人族です。乗馬の経験などお有りなわけはないでしょう」
カミーユはなるほど、と答える。
「そう言えばそうですね。従者フローラ。あなたにお任せします。もし、その時が来たら、よろしくおねがいします」
従者フローラは、急に話を振られて慌てて答える。
「はい。精一杯努めさせていただきます」
騎士クラリスはまだ納得はしていない様子だった。
「大体、巨人の道など。信用なりません。その地図もどこまで当てになるのでしょう」
カミーユは、師を信頼している。その思いを素直に伝える。
「私の師、ゴダールは偉大な魔法使いです。巨人族にも明るく、心配は無用です。騎士クラリス」
今回の旅のリーダーは男爵位を持つカミーユである。
そこまで言われれば、クラリスとしては引き下がるより他にない。
「承知いたしました。ロラン男爵。ご無礼申し訳ありませんでした」
カミーユは微笑んで答える。
「構いません。騎士クラリス。そのように意見を言ってもらえると助かります。これからもよろしくお願いします」
このような様子で、旅は続いた。
さて、巨人たちと人間たちの交流は少ない。
しばしば、巨人たちが人間の里を訪れて、巨人が狩った獣の皮などと、酒や小麦などを交換するにすぎない。
戦になれば互いに援軍を出そうという話にもなろうが、幸いなことに、同盟を結んでからは、それを必要とするような大きな戦は起こらなかった。
旅の途中、皆、巨人たちのことが気になり、食事時にエトナ姫に巨人の国について尋ねる。
すると、巨人たちは木の上に住んでいると言う。
木の上に町があり、そこに住んでいるのだと。
「きっと、とっても高い木なのですね」
フローラは天を見上げて呟いた。
「トテモ、タカイ。ウエマデ、イケナイ」
エトナ姫は、人間の言葉で答えた。
カミーユが巨人語で尋ねる。
「エトナ姫のご両親はご健勝でしょうか」
「父王、お父様も。お母様もきっと元気です。でも、私がいなくなり、心を痛めているかも知れません」
エトナ姫は心配そうに呟く。
「わかりました。それでは早く、エトナ姫の元気な姿をお見せしなければいけませんね」
カミーユはそう言うと、休憩を終え、出立するよう、兵たちに指示した。
春の中旬。この頃は天候が変わりやすい。
しかし、幸いなことに、道中ひどい雨に降られることなく。
カミーユたちは小村に到着した。
ここから先は巨人の領域である。
兵たちが緊張し、馬たちにもそれが伝わる。
「フローラ。道を外れないよう。注意してついて来てください」
踏み分け道のような地面を見つめ、カミーユは従者に指示する。
「はい。カミーユ様。もちろんです。この子達もみんな良い子で、頭も良くて大丈夫です」
フローラはカミーユに嬉しそうに答える。馬の調子も良い様子であった。
踏み分け道をしばらく進むと、大きな木で作られたトーテムの柱が立っていた。
羽や毛皮。骨で飾られており、その天辺は二階の窓の高さほどはあろうかと思われた。
「ロラン男爵。これは一体」
騎士クラリスが、その異様な物体を見て警戒する。
カミーユは、エトナ姫からこの物を聞かされていた。
「安心してください。これは巨人族の縄張りを示すものです。これ自体に危険はありませんが、これから先、巨人に出会っても、礼儀正しく接するようにしてください」
カミーユはクラリスと兵たちにそう指示した。
命令は確実に伝わり、クラリスと兵たちは改めて兜の緒を締めた。
さらに数日進むと、森は深くなり、悪路にあたった。
ワゴンがガタゴトと揺れる。
中に柔らかなクッションを敷いてあるが、エトナ姫の体調を思い、カミーユは休息を取ることにした。
「行軍やめ。休め。復唱」
「休め。休め。休め」
カミーユの声に、散らばった騎士クラリスと兵たちが応える。
カミーユは馬首を廻らせ、フローラを見やる。
「フローラ。一時間の休息を取ります。あなたもよく休みなさい」
フローラは巨大なワゴンを操っている。一行の中で、最も疲労が激しい仕事である。
「はい。カミーユ様。お茶はハーブの方がよろしいでしょうか」
そんな中でも、フローラはカミーユのお茶の心配をする。
「フローラ。私はあなたに休むように言いました。お茶の支度は侍女たちに任せて、あなたは休んでください」
フローラは不満げであったが、カミーユは許さなかった。
休憩中、カミーユは師、ゴダールが与えてくれた地図を確認する。
地図によると、間も無く巨人の国が見えてくるはずだった。
カミーユが地図を確かめながらお茶を飲んでいると、カミーユの体を流れる竜の血による鋭い聴覚に、遠く大きな足音が聞こえて来た。
足音から察するに、五人はいるだろうか。
カミーユは兵たちに伝える。
「巨人族と思われる足音が聞こえました。複数ですが、警戒されるといけません。私が先に向かいますので、あなた達はここで待機してください」
カミーユの戰場での実力を知る兵たちは、その指示に従った。
しかし、騎士クラリスは違った。
「危険です。ロラン男爵。巨人たちが何をするかわかりません。せめて護衛かつ伝令のための兵たちを数名お連れください」
カミーユは答える。
「巨人たちを警戒させたくはありません。それに、騎士クラリス。あなた達は姫の護衛をよろしくお願いいたします。これは大切な任務です」
騎士クラリスは答える。
「わかりました。姫をお守りいたします」
さすがの騎士クラリスも、指揮官にそう言われれば引き下がるより他になかった。
カミーユは愛馬に跨り、足音が聞こえる方向へ進む。
先から、森の香りに混じって、獣の血の匂いが漂って来た。
カミーユたちは更に歩を進める。
すると、森の切れ目から、大きな体が見えた。
今ここにいる大きな体は、一人のようだった。
カミーユと同じく、様子を見に来た者かも知れなかった。
「こちらは人間の国の騎士カミーユ。カミーユ・ロラン男爵です。故あって巨人の国にお邪魔する。許していただきたいが、如何か」
カミーユは、巨人語で呼びかけた。
木々の向こうから、巨人族の返事がある。
「こちらは巨人族の戦士ダノン。人間の騎士カミーユよ。あなたは何故我々の言葉を使うのか」
「師に習いました。道行きを許していただきたいが、如何か」
やや間があり、巨人族から返事があった。
「人間の騎士よ。師の名はなんと言う」
異な問いであった。
しかし、カミーユは答えた。
「ゴダール。大魔道師ゴダール。それが我が師の名です」
巨人族の魔力に、戸惑いが混じる。
「人間の騎士よ。師の名はゴダールに相違ないな」
カミーユは凛として答える。
「はい。我が師は大魔道師ゴダール。誓ってその名は違えておりません」
足音がして、木々の間から巨人族が姿を現した。
カミーユは、人間の女性としては背の高い方であったが、その二倍は背丈があった。
およそ、エトナ姫より二回りほど背の大きな男であった。
背も高いが、その巨人は分厚い体をしていた。手が厚い。指が厚い。胸が厚い。首が厚い。脚が厚い。
それらの肉が、しなやかに連動する様は、野生の猛獣を思わせた。
これは尋常の戦士ではない。巨人族の中でも偉大な戦士に違いない。
カミーユは確信を持ってそう思った。
「人間の騎士カミーユよ。歓迎しよう。ゴダールは我らの恩人である」
そんな巨人から、友愛の言葉が発せられた。
「歓迎ありがとうございます。巨人族の戦士ダノン。私たちは、連れている貴人がいます。その方の案内を頼めますか」
戦士ダノンはよく見ると、鋼でできた弓と矢筒を背負い、血で汚れた短剣、人間の大きさで言えば刀ほどの刃物を、腰帯に差していた。
狩りで獲物を捕り、解体の途中であったのかもしれない。カミーユはそう思った。
巨人の戦士は尋ねた。
「貴人とは何者か。何故、戦士ダノンにその案内を頼むのか」
カミーユは答える。
「巨人族の姫、エトナ王女殿下をお連れしています。そして、戦士ダノン。あなたのお人柄は誠実な方であると思ったからです」
戦士ダノンはムムムと唸った。
「騎士カミーユよ。事はそう容易くない事になった。エトナ姫の帰還は、密やかになさねばならない」
騎士カミーユは凛と尋ねる。
「理由を教えていただきたい」
戦士ダノンは手についた血を手拭いで拭いながら答える。
「エトナ姫は、今も王城へおられる事になっている。姫の帰還を衆目に晒すわけにはいかないのだ」
カミーユは事態を理解した。
「わかりました。戦士ダノン。姫の密やかな帰還に協力いたします。姫の入城は夜がよろしいでしょうか」
ダノンは頭を捻る。
「その方が良いだろう。父王ゾンネには戦士ダノンが話をしておく」
どうやら、戦士ダノンは巨人族の王、ゾンネへの拝謁が叶う戦士だったようだ。
「戦士ダノン。では、私たちはここであなたの案内を待ちます。それでよろしいでしょうか」
「騎士カミーユ。ここで待つがよい。日が落ちる頃には、迎えに来る」
そうして、騎士カミーユと戦士ダノンは出会った。




