タブロの戦い。吹雪から仲間を守った慈悲の手が、蛮族を蹂躙する瞬間
カミーユは、村を見下ろす小さな丘にたどり着いた。
吹雪はすでに止み、村の幾つかの建物からは火の手が上がっていた。
タブロ村は、三十戸ほどの家を持つ村だ。周囲には柵が設けられている。
カミーユの耳に争いの喧騒が聞こえる。
村人たちはバリケードを築き、蛮族たちと戦っていた。
丘の上で耳を澄ませる。カミーユの聴力は並の人間を大きく上回る。
「壊せ、壊せ、壊せ。村人なんて蹴散らせ」
「突け、突け、突け。蛮族共を近づけるな」
村人と蛮族の叫び声が聞こえる。まだ戦局は拮抗している様子だった。
村人は、少数の男たちが、槍や三つまたをバリケードの間から突き出している。
蛮族たちは手に槍や斧を持ち、バリケードを崩そうと襲いかかっている。
蛮族の数は百を超えるほどで、このままではいずれ、バリケードは破られてしまうだろう。
カミーユは村に馬首を向け、タブロ村を取り囲む蛮族たちに向かって駆け出した。
木材の焦げる匂いと、僅かな血の匂い。村人と蛮族の叫び声。村の中央からは子供の泣き声も聞こえる。
刃と刃がバリケードを挟んで激しくぶつかる。
そんな中、蛮族たちに、馬上で抜刀したカミーユが迫る。
蛮族たちは自らの背後に迫る馬蹄の音に振り返る。
突進する騎馬の姿に一瞬たじろぐが、一騎駆けであることを確認すると、蛮族は騎士、カミーユを嘲り、槍を振り上げて迎え撃つ。
蛮族たちは慢心する。百の味方がいるのだと。
カミーユは蛮族たちが構える槍に向かって疾駆する。
そして、愛馬を跳ねさせ、蛮族たちの槍を躱し、一人の蛮族を馬蹄で踏みつけ、昏倒させる。
蛮族の群れの只中に入ったカミーユは、愛馬を駆けさせたまま、蛮族たちを見据える。
そして、自らの身体に流れる血に満たされた魔力を感じ、それを体中にめぐらせる。
カミーユが纏う鎧の下で、その魔力によって全身の筋肉が隆起する。
この力は村の賢者によると、隔世遺伝により、カミーユの体の血が、竜の血として発現したものだという。
ミシリと、カミーユが握る剣の柄から音が鳴る。木製の柄がその握力に悲鳴を上げる。
刹那、その筋力が爆発した。
音よりも疾く閃いた剣が、蛮族の首を一度に数個切り飛ばす。
カミーユの愛馬は蛮族たちの間を巧みに駆け、主であるカミーユを次の獲物に誘導する。
カミーユは再び剣を振り抜く。両断された蛮族の上半身が二つ空に舞った。
そのまま騎馬は駆け続け、剣が幾度も振り抜かれる。蛮族の群れの中に血煙が上がる。
カミーユに切られた蛮族が二十人を超える頃、彼女が振り抜いた剣が、高い音をたて、その半ばで断ち折れた。
鋼の剣が、カミーユの筋力に耐えきれなかったのだ。
蛮族たちはカミーユに恐れをなし、円陣を組むように距離を取っていた。
しかし、剣が折れたことを好機と見、蛮族の族長が叫ぶ。
「突け、突け、突け。あの騎士を突き殺せ」
周囲にいた十数人の蛮族たちは、騎士に向かって、一斉に槍を突き出した。
カミーユは見事な甲冑を身に纏っている。
しかし、そんな鎧でも関節の隙間はある。
その僅かな隙間、カミーユの脇の下に、蛮族の槍の穂先が一つ滑り込んだ。
その時、鉱物を叩いたような澄んだ音が鳴り響いた。
カミーユは、折れた剣を手放す。鎧の隙間に入った槍の穂先を右腕で挟み込み、ひねって振り回す。
槍の石突き側がゴウと風をたててうなり。周囲の蛮族たちを打ちのめす。
蛮族たちは内臓を潰され、頭蓋を割られ、飛んでいった。
カミーユは奪った槍を構え直し、その中頃を握り、肩の上に持ち上げ、投げつける。
音を置き去り、槍の軌跡がまっすぐに伸びる。
その先には、先程声を上げた蛮族の族長がいた。
蛮族の族長の胸に大穴が空き、背後の蛮族三人の体も貫いてゆく。
ここに至り、蛮族たちの士気はくじかれ、散り散りに逃げ始めた。
カミーユは村人たちに向き直る。
「私は騎士カミーユ。諸君らの身を守りに来たものだ。村長はおられるか」
凛とした声を発し、バリケードの向こうの村人たちを見渡す。
バリケードの向こう、槍や三つまたを持ったタブロ村の男衆は、先程の騎士カミーユの戦いぶりを見て、呆然としている。
カミーユは再び声を発する。
「重ねて言う。村長はおられるか。また、怪我人はいないか」
ハッとした男が、カミーユの声に応える。
「村長は、村の中にいます。怪我人は、槍で、刺されたものと、火傷したものが十人ほど、おります。村長と、一緒の建物です」
男は言葉に詰まりながらも、騎士カミーユの問いに答えた。
「なるほど、蛮族たちはもう戻っては来ないでしょう。障害を取り除いても問題ありませんか」
村人たちは顔を見合わせる。
「それと、怪我人の元に案内していただけますか。私が診ます。安心してください」
そう言うと、騎士カミーユは兜を外す。
編み込んだ金髪が流れ、十代半ばの美しい少女の顔が現れる。
その表情は微笑み、村人たちを安堵させた。
「は、はい。ありがとうございます。今、バリケードは除けますので」
村人は周囲の男衆に声をかけ、木材を退けようと手をかける。
「怪我人をすぐ診たいと思います。離れてください」
カミーユはそう言うと下馬し、バリケードに手をかける。
大の男三人がかりで運んできた木材を、カミーユは片手で次々と取り除いていく。
そうして村の中に入ったカミーユは、再び村人たちに微笑んだ。
「それで、怪我人はどちらにいらっしゃいますか」
「はい。こちらです。えっと、カミーユ様」
カミーユの怪力に恐れをなした村人たち。
その中から、一人の若者が前に出て、カミーユの案内を買って出た。
戦の狂騒が去った直後ではあるが、若者はカミーユの美しい顔に赤面してしまう。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
お礼を言うカミーユに、村人はさらに顔を赤くする。
カミーユは愛馬の手綱を取り、村の中央へ案内される。
村の中央には集会所があり、槍を持った老人が数人立っていた。
カミーユを案内した若者が村人たちに声をかけ、カミーユは集会所の中へ迎え入れられる。
集会所の中は、村の避難所となっていた。女子供、老人たちが集まり、寄り添っている。
集会所の片隅には、毛布が敷かれ、包帯を巻いた怪我人たちが寝かされていた。
痛みが酷いのか、うめき声が途絶えることはなかった。
カミーユの姿が集会所のランプに照らされると、村長らしき恰幅の良い壮年の男性が、立ち上がった。
「騎士様。村長のクルガンと申します。蛮族たちを追いやってくださったようで、まことにありがとうございます」
カミーユは胸に手を当て、正式な仕草で立礼する。
「ナイト・カミーユ・オブ・クリン。近隣にあるクリン村を治める騎士です。貴方がたを救いに参りました。まもなく私の兵たちも到着します。安心してください」
その凛々しい姿に、村の女性達から溜息がもれる。
「怪我をした方たちを診せていただいてもよろしいですか。私は怪我を癒す心得がございます」
カミーユは村長に申し出る。
「なんと。ありがとうございます。是非お願いいたします」
カミーユは怪我をした者たちのそばに寄り、その手を取り、血に塗れた患部に触れた。
「騎士様。お手が汚れます」
カミーユは瞳を閉じて、自らの血から魔力を汲み上げ、患部に当てた手に集中させる。
「大丈夫です。少し、このままで」
カミーユの手から注がれた魔力は、村人の腹の傷口を塞ぎ、内臓の損傷を治してゆく。
「騎士様。これは」
カミーユは優しく微笑んだ。
「傷はもう大丈夫です。もう少し養生していてください」
こうして、カミーユは怪我人の傷を癒やしていく。
全ての怪我人の手を取り、優しく語りかけ、その傷を塞いで、癒やしたのだ。
しばしあり、集会所の扉が開き、村人と兵隊たち、それに従者フローラが入ってくる。
「カミーユ様。ご無事ですか」
フローラがカミーユに駆け寄る。
「よく来ましたフローラ。私も村人も無事です」
カミーユは、子供を抱き、女性たちに声をかけ、励ましていた。
カミーユは、特に、少女や女性たちから、抱かれるのをせがまれている。
これは、カミーユへ恋に落ちた者たちであろう。
フローラは自らの主君が自然と発する。
女性を落とす魅力に頭をおさえた。
「フローラ。あなたは村人たちの介護をお願いします」
カミーユは従者フローラに命じる。
そして、今度は副官ヘブナーを見やる。
「ヘブナー。あなたたちは蛮族たちの追討をお願いします」
「はい。しかし、村の入口を見ましたが、相変わらずの剛力。これはまた、武名が上がりますな」
ヘブナーは戦いの痕跡から、騎士カミーユの戦いぶりを想像し、苦笑した。
「ヘブナー。私は命じました。蛮族の追討を、私もすぐに後を追います」
騎士カミーユは、揶揄する部下をたしなめた。
無論、カミーユはその間も、女性たちを抱いていた。
フローラは主君のそのような姿を見て、内心穏やかではなかったが、村人たちの介護を続けた。
ヘブナーは騎士の命に従い、集会所を退出し、兵を取りまとめ、蛮族を追った。
しばしあり、カミーユは女性たちに別れを告げ愛馬にまたがる。
そして、従者フローラを伴い、すぐにその後を追う。
村の女性達は、名残惜しそうにカミーユに手を振り続けた。
この戦いは後に「タブロの戦い」と呼ばれ、蛮族にとっては最後の組織だった争いであった。
そして、カミーユの一騎駆けの伝説とともに、語られることとなる。
これが、騎士カミーユの日常であった。
しかし、その日常に変化が訪れることを、未だカミーユが知ることはなかった。




