二人の師。怪力娘。もふもふの知恵と閃光の技に揉まれる日々の始まり
剣士ローレンに案内され、カミーユはビスタニオ子爵を捕らえる。
子爵は口喧しく騒いだため、カミーユはローレンに頼み、当身で子爵の気を失わせた。
カミーユはすぐに地下の牢獄へ行き、女性たちを外に連れ出す。
カミーユは彼女たちと話し、心身が落ち着くまで、カミーユの館で彼女たちを保護することにした。
女泥棒のユマは、気付くとどこかへ行方をくらませていた。
カミーユは子爵を小脇に抱え、女性たちを連れ、歩き出す。
剣士ローレンもそれに続いた。
カミーユは何故かと剣士に問う。
今は無職で今夜寝る場所もない。お前のせいだ。と答えられる。
全くその通りだったので、カミーユはこの剣士も連れて帰ることにした。
「フローラ、フローラ。戻りました」
館の門の前で声を張る。
どたどたという音が聞こえ、門が開いた。
「お帰りなさいませ。カミーユ様」
従者は、精一杯の笑顔で主人を迎える。
カミーユは右腕で従者を抱きしめる。
左手は、ビスタニオ子爵を吊るしているからだ。
「あの、こちらの方々は」
しばし抱かれ、フローラはカミーユの連れて来た女たちと、剣士を見やる。
「私の客人です。フローラ。他の者たちにもそう伝えてください」
フローラは頷く。
「皆様、ようこそ、カミーユ・ロラン男爵家へ。どうぞお寛ぎください」
フローラは流石な者で、早くも、古い屋敷を人が住めるように整えていた。
「フローラ。見違えるようです。本当に、よく頑張りましたね」
カミーユは立派になった館を見やり、フローラの手柄を賛辞した。
フローラは嬉しそうに、カミーユに抱きついた。
主人を迎えたフローラと家来、侍女たちは張り切り、助け出された女性たちの仮住まいを整えていく。
侍女たちが胃に優しい粥を作り、弱った女性たちをいたわった。
ビスタニオ子爵は縄で縛り、空いている使用人部屋へ放り込む。
子爵家のものが訪れてくることがあるかもしれないが、元は彼らがカミーユを陥れようと始めたこと。
知らぬ存ぜぬで通せば、時間を稼ぐことができるだろう。
こうして時間を稼いだカミーユは、ハイアン侯爵家へ家来を遣わす。
長年続いたビスタニオの子爵家と、つい先ごろ起きたばかりのカミーユの男爵家では、貴族社会で大きな力の差がある。
黒も白と言われれば白くなるのだ。
カミーユは事の次第をサラ・ハイアン侯爵へ伝え、その助力を請うた。
さて、ハイアン侯爵の返事が来るまで、時間が空いてしまった。
こういった時、やり手の貴族であれば、あれやこれやと策謀をめぐらせるのであろう。
しかし、カミーユはそういった陰謀に長けていない、田舎騎士である。
カミーユは思い立ち、夕食時の前に、屋敷の秘密の部屋を開ける。
小さな師に、事の顛末を報告し、相談することにしたのだ。
師、大魔導師ゴダールは、カミーユの小指の爪の先よりもまだ小さい瞳を閉じて、カミーユの話に耳を傾けた。
「なるほどのう。貴族どもの醜い争いは、時経ても変わらぬものであるな」
大魔道師ゴダールは、小さなお手てでぴょんぴょんと伸びた髭をしごき、頷いた。
「カミーユよ。ハイアン侯爵をどう見る」
師は、カミーユが尋ねた子爵の事件ではなく、侯爵閣下についての意見をカミーユに求めた。
カミーユは素直に答える。
「愛深き方だとお見受け致しました。それ故に、時には苛烈となり、容赦がないところがあるかもしれません。しかし、芯のところでは、優しさもお持ちかと存じます」
師は、カミーユの話を真剣に聞いた。
「で、あるか。ならば心配は無用。よくやった。我が弟子よ」
師は、カミーユの手を取り、自らを持ち上げさせた。そして、カミーユの頭を撫でる。
「されば、魔法の修行を行うぞ。そなたの魔力は、まるで穴の空いた桶のようじゃ。まずはそれを正さねばならぬ」
小さな師は、カミーユに命じ、座禅を組ませた。
「これからは、日の上る前に起き、朝食の時まで座禅を行い、心を鎮めること。良いな」
カミーユは師に問う。
「承知いたしました。御師様。して、その他は何を」
師は答える。
「今はまだ何も要らぬ。何事も手を出せば良いというものではない。朝の瞑想にて、自身の魔力を正しく感じるのだ。全てはそれからじゃ」
カミーユは師に頭を下げ、秘密の部屋を退出する。
まさか、己の暇潰しのために、これ以上、師に教えを乞うなど出来ようはずもなかった。
カミーユは、はて、どうしたものかと、歩きながら首をひねる。
すると、格子窓を通して、中庭で剣を振るう男の姿が見えた。
カミーユは中庭に出て声をかける。
「ローレン。剣士ローレン」
ローレンは、見事な納刀でカミーユに振り向く。
この所作一つとっても、彼が常人の枠を超えた剣士であることが窺える。
「なんだい。もう夕食の時間かい」
剣士は手拭いで汗を拭きつつ、大家であるカミーユに問うた。
カミーユは、この剣士に答える。
「はい。夕食は間も無くです。けれども、私が声をかけたのは、食事のためではありません」
カミーユは、大きく息を吸い、頭を下げた。
「剣士ローレン。私に剣を教えてください」
剣士は、汗を拭いながら答える。
「何故だ。お前は俺に勝っただろう」
剣士ローレンは、折られた宝剣の話をする。
カミーユは答える。
「あれはたった一度、魔法の奇襲があってこそです。私は、あなたに百度は打たれました。私はそのたった一度だけです。それももう、あなたには通用しないでしょう。そんなあなたに教えていただきたいのです」
カミーユは、もう一度頭を下げる。
「よせよ。俺は死んだが見逃された。あんたは生きた。それが全てさ。それに、俺は弟子は取らない主義だ」
カミーユは、頭を下げ続けた。寒風が吹き、長い時が過ぎた気がした。
剣士は口を開いた。
「おい、本当に夕食が始まっちまう。わかった。剣を教えてやる。ただし、師匠と弟子じゃない。たまたま共に剣を学ぶものが一緒にいただけだ。それで良いな」
カミーユは、剣士の矜持に爽やかさを感じた。
こうして、魔法の師と剣の師。カミーユの師匠は二人となった。




