鉄格子は技術で、心の鍵は気高さで。不器用な騎士と泥棒の脱出
ビスタニオ子爵は満足げに美酒を呷った。
あの、ハイアン侯爵の子飼いの男爵、カミーユ・ロランを捕らえることに成功したのだ。
カミーユの爵位は武によって叙勲されたもの。
不覚をとって行方不明になったとあれば、衛兵も王宮も早々に動くことはないだろう。
そして、自分には最高の手駒がいる。
魔法使い、邪術師カーペリオン。
このものは、邪眼を用いて犠牲者に示唆を埋め込み、操ることができる。
この示唆は、犠牲者自身が認識することはできず。予め定められた条件のもとでのみ、発現する。
例えば、目標と二人きりになったら、相手を殺す。
そのような暗殺者とすることも可能なのだ。
初めはハイアン侯爵の末娘を使う予定であったが、使った手下達との行き違いで、娘を殺してしまいそうになり、その計画は頓挫した。
しかし今、改めて、強力な手駒を手に入れたのだ。
カミーユは、恐ろしい戦士だ。
魔法の示唆を与えた上で、サラ・ハイアンの元に送り込めば、かの女の息の根を止めることができる。
ビスタニオ子爵は、自らの完璧な計画に陶酔する。
あとは果報を寝て待つだけなのだ。
王都のビスタニオ子爵邸の地下には牢獄があった。
これは、ビスタニオ子爵の邪な欲望を満たすべく、女たちを入れるために作られたものだ。
異種族も入れられるよう、大きく、頑丈に作られている。
カミーユは、一際頑丈な牢獄に入れられた。
手枷足枷の先は、牢獄の中央の太い柱に繋がれている。
監獄には、他にも何人か虜囚がいるようだったが、会話は聞こえなかった。
カミーユの檻の側には看守がいる。
カミーユは、まずは体力を温存しようと、その瞳を閉じた。
何時間か経っただろうか、あの魔法使いが看守を連れてやってきたことに、カミーユは気がついた。
「カーペリオン様、お気をつけください。囚われの者。カミーユ卿、失礼。カミーユは、蛮族百人を討ち取る豪のものです」
カミーユの勇名は、看守にまで響いていた。
「問題ない。あの手枷足枷は、アダマンタイトでできておる。巨人でも壊せぬよ」
カミーユは瞳を閉じたまま、廊下の会話に耳を傾ける。
「わかりました。では、私はここで待機させていただきます。カーペリオン様、どうかお気をつけて」
「恐れすぎだ。相手は小娘だぞ。噂に踊らせられるな」
カーペリオンは牢の中に入ってきた。
カミーユは、気付かぬふりをして目を閉じる。
「起きよ。起きられよ。カミーユ卿」
カミーユは目を開き、魔法使い、カーペリオンを見やる。
「おはようございます。魔法使いどの。今日はお一人なのですね」
魔法使いカーペリオンは、余裕を持ったカミーユの態度に苛ついた。
「私のことは良いのです。カミーユ卿はご自分の心配をなさるがよろしい」
そう言うと、魔法使いはカミーユと目を合わせる。
「我が名はカーペリオン。カミーユ・ロラン男爵。我が魔法に従属し、その心を差し出すのです」
カーペリオンは魔法を使い、大仰にカミーユに語る。
「我が示唆を受け入れよ。カミーユ卿。サラ・ハイアン侯爵と出会った時、隙を見て彼女を亡き者とするのだ」
魔法使いはカミーユに命じる。
魔法使いは自身の魔力を瞳に集め、カミーユの心を侵食しようとする。
「さあ、我が示唆を受け入れるのです」
カミーユは、魔法使いの瞳を見返した。
同時に、自らに流れる竜の血から魔力を汲み上げ、全身に行き渡す。
しばし時が過ぎた。
魔法使いは息を吐く。
「そんな。有り得ぬ。我が魔力で侵食できぬ心など、あろうはずがない」
魔法使いはヨロヨロと立ち上がる。
呆然とし、自信を失っていた。
「カーペリオン様。お加減は大丈夫でしょうか」
看守が魔法使いの身を案じる。
カーペリオンは、今更ながら動揺を抑え込んだ。
「さすがは勇名轟くカミーユ卿。一日で魔法が掛かることはないようだ。時間がかかる。明日も続けると、ビスタニオ閣下にお伝えする。お前は看守の役割を果たすこと」
カーペリオンは、階段を登ってゆく。看守も後に続いた。
ビスタニオ子爵。
看守と魔法使いが話す声から、カミーユはこの館の主人の名を知る。
そして、看守が一時的にいなくなったことで、カミーユは鉄格子に近づき、牢獄の中を探索する。
周囲に小さな心音が幾つか聞こえる。
隣の牢獄と、正面の牢獄からはしっかりとした心音が聞こえた。
なかでも、正面の心音はとても大きなものだった。
見ると、毛布にくるまる姿も大きい。
カミーユは小声で隣の存在に声をかける。
「聞こえますか。私はカミーユ。よろしければあなたのお名前を教えてください」
隣で起き上がる音が聞こえる。
隣り合った牢獄なので互いの顔は見えない。
「名前なんて聞いてどうするんだよ。墓に名前でも彫ってくれるのかい」
カミーユは、少女の声に聞き覚えがあった。
「もしやあなたは、街道で盗賊に追われていた少女ではありませんか」
少女の声から緊張感が解ける。
「ああ、あの時の騎士さんか。盗賊を押し付けちまって、すまなかったね」
「良いのです。あの、あなたのお名前は、ユマ様であっていますでしょうか」
少女は身を震わせる。
「よせよ。様だなんて。寒イボが出るぜ。そうだよ私はユマ。曲がり指のユマ。様なんてつけて呼ぶんじゃねえぞ」
「わかりました。ユマ。あなたも捕まったのですね」
カミーユは、久しぶりのまともな会話に安堵する。
「のんびりとした騎士さんだな。いいか、アタシたちは捕まっちまったんだぜ。すぐに縛り首になるかもしれないんだ。もっと悪けりゃ、あの子爵の慰みものだ」
カミーユは、少女の気高い心を感じ取った。この少女は、自らの死よりも、尊厳を傷つけられることを嫌う気高さがある。
「ユマ。あなたはどのように捕まっていますか」
ジャラリと音が鳴り、隣の鉄格子から、手枷のついた手が差し出される。
「これさ。手枷さえ無けりゃ、こんなところすぐに逃げ出してやるのに」
カミーユは、尋ねる。
「手枷がなければ、逃れることができるのですか」
ユマは答える。
「当たり前さ。アタシを誰だと思ってるんだい。曲がり指のユマと聞けば、その道の者たちは一目置くってもんさ。どんな鍵だって開けられるんだ」
自信満々のユマに、カミーユは少し愉快な気持ちになる。
「ユマ。あなたの手枷を取ります。その代わりに、私の手枷、足枷を外していただけますか」
ユマは訝しんで尋ねる。
「なんだいそりゃ。アタシの手枷を取れるなら、あんた、自分の手枷をとって、さっさと逃げればいいじゃないか」
カミーユは、自身の手枷をジャラリと鳴らす。
「私の手枷はアダマンタイト製なのです。私では、これを外すことができないのです」
ユマはため息をつく。
「あんた。よっぽど警戒されてるんだな。安心しな。仕掛けは変りゃしない。アタシの手枷を外してくれるんなら、あんたの手枷も外してやるよ」
「ありがとうございます。ユマ。それでは、鉄格子から、出来るだけ手を出して伸ばしてください」
カミーユは自らの血から汲み上げた魔力を集める。
そして、ユマの手枷に集中させ、両手の間を熱で焼き切った。
「熱っ。と、確かに切れたね。すごい魔法だ」
ユマは感嘆の声を上げる。
「ちょっと待ってな」
そして、カチャリと小さな音がして、ユマがカミーユの牢獄の前に現れる。
「うわ。本当にアダマンタイトの手枷だね。あんた一体何やったんだい」
ユマは驚き尋ねる。
「どうやら陰謀に巻き込まれたようなのです。あ、一度牢獄に戻ってください。看守が来たようです」
カミーユの聴覚が、看守の来訪を感じ取った。
「わかったよ。でもそれは大丈夫だ」
ユマは、掴んだ毛布の切れ端に息を吹きかけた。
すると、魔法の幻が現れる。ユマの姿は消え、隣の牢獄には変わらずユマの姿があった。
「アタシも少しだけ魔法は使えるんだ。看守をやり過ごすなんてわけないさ」
そして、看守が現れる。
カミーユとユマの牢屋の様子を見て、そのまま戻ってゆく。
「魔法とはすごいものなのですね」
カミーユは感嘆の声を上げる。
「あんたがそれを言うかね。まあいいさ。入るよ」
そう言うと、ユマは食器と釘で拵えたピッキングツールを使い、カミーユの牢屋の鍵を開けて中に入る。
その見事な腕前に、カミーユは目を丸くする。
「何驚いてんだい。さあ、まずは足枷だ」
ユマはアダマンタイト製の足枷に手を伸ばす。
こちらも鍵があるかのようにカチャリと開く。
「次は手だね。ほら見せて」
ユマはカミーユの手枷も簡単に外してしまう。
「ユマ。あなたがいたこと。救ってくれたことに感謝します」
カミーユは立ち上がり、騎士の立礼をする。
「よせよ。お互い様だろ。で、これからどうするんだい。さっきの魔法で火事でも起こして、その隙に逃げるかい」
カミーユは答える。
「逃げることは確かに行います。しかし、ここに囚われている人々も、救いたいと思います」
ユマは驚き、カミーユの正気を疑う。
「アタシたちだけならともかく、長く捕まっている奴は無理だ。まともに歩くこともできなくなってる。もう一度言う。助けるのは無理だ」
カミーユはユマの手を取る。
ユマの手には、先ほどカミーユが手枷を焼き切った時にできた火傷がわずかに残っている。
カミーユは自らの血から汲み上げた魔力をユマの手に注ぎ込んだ。
火傷は消え、美しい皮膚が現れた。
「驚いた。これもあんたの魔法かい」
カミーユは頷く。
「歩けない方、怪我をした方、心を病んだ方は、私が癒して差し上げます。皆ともに逃げましょう」
「わかったよ。そっちの牢獄には、巨人族の娘がいる。食事を抜かれて弱っちゃいるが、あんたの魔法なら治せるんだろう」
「わかりました。ユマ、皆を救う間は、あなたの魔法で私たちを隠してくださいね」
「ああ、わかったよ。カミーユ」
カミーユは、次々と牢獄の格子を捻じ曲げ、中に入り、女性たちを救ってゆく。
女性たちは身も心も酷く傷つき、それは哀れな様であった。
カミーユは、彼女たちを抱きしめ、癒し、励ました。
倒れた巨人の女性も救い。
手枷を捻じ取る。
巨人の女性の背丈は、天井に届いていた。
「アナタハ。タスケテ、クレルノ」
「はい。あなた方をお救いします。どうか私についてきてください」
カミーユの凛々しい姿に、巨人の娘は涙を流す。
「アリガトウ。ワタシハ、エトナ。ハヤク、ソトニ、デタイ」
こうして、カミーユと女泥棒ユマ、そして助けた女たちは、牢獄を脱出した。




