暗室の会談。敵貴族たちの密約。怪力を利用し、騎士を汚すための非道な策略
時は少し遡る。
男、ビスタニオ子爵は酒を呷っていた。
庶民には一生手が出ない極上の美酒。
その香りを楽しむ間もなく、杯が次々と空になる。
ビスタニオは王国子爵であり、貴族である。そして、商才あふれる忠臣である。
少なくとも、自身の評価はそうであった。
運河の権益を固め、コツコツと商売を伸ばして来た。
それをあの女。サラ・ハイアンがぶち壊しにしたのだ。あの女は、やれ奴隷だ。薬物だと、商売の邪魔をしては、運河の権益に手を出して来た。
法がどうしたというのだ。私は子爵である。
民を奴隷にして何が悪い。民が好んで買う薬物で利を得て何が悪い。
あの女のなんと傲慢なことか。
そんな夜だった。
ビスタニオのもとに来客があった。
人数は二人。リヒテンハイム公爵からの使者である。
リヒテンハイム公爵といえば、国王陛下の従兄弟の血筋であり、大変な権勢を誇る大貴族だ。
私のようなものに何用だろうか。
ビスタニオは、警戒しつつも、使者を受け入れた。
子爵家の応接間に通された使者たちは、片膝も付かずに、目深にフードを被っていた。
後ろにいる一方のものは、片手に杖をついていた。
ビスタニオは、無礼である。と、叱りつけようかとしたが、公爵の使いであることを思い出し、自重した。
前にいる使者が口を開く。
「ハイアン侯爵、あの者は国家の安住に仇なす逆臣です。ビスタニオ子爵。あなたこそ、その奸臣を誅するにふさわしいお方なのです」
フードの男の言葉は、まさにビスタニオが日頃思っていたことであった。
「そうだ。我こそは国を憂う忠臣であるのだ」
フードの男は言葉を続ける。
「閣下。ハイアン侯は、王都に末娘を置いております。この者をならず者に攫わせ、あの女狐に、閣下に逆らうことがどれほど愚かな行いであるか、示してはいかがでしょうか」
ビスタニオは、表情を変える。
あのハイアンが邪魔であることは確かである。
しかしながら、正面から向かい合うには、自らの力はまだまだ弱い。
そのような行動に出て良いものか。
「ご安心ください。私の言葉は公爵閣下のお言葉。ビスタニオ子爵閣下は、その御意志を受け継いでらっしゃるのです」
ビスタニオは、公爵と言う権威に飛び付いた。
「そうであるな。我が意は公爵閣下と共にある。あの女狐の鼻を明かしてやろうではないか」
「流石は子爵閣下。素早いご決断。頭が下がる思いです」
フードの男は甘い言葉を囁く。
「して、私はどのようにすれば良いか」
ビスタニオは、フードの男が家臣であるかのように振る舞った。フードの男の企み通りであった。
「は。閣下のお手の者から、荒事の得意なものら五十名をいただきたく存じます」
流石のビスタニオも怪訝な顔をする。
「はて、他ならぬ公爵閣下であれば、その程度のこと造作もないこと。何故私などに命ぜられるのか」
フードの男はゴマをする。
「ひとえに、子爵閣下のお手柄とするためと愚考いたします。事がなれば、公爵閣下の御派閥に子爵閣下を迎え入れるための布石となるかと」
ビスタニオは満足げに頷いた。
「なるほど、なるほど。公爵閣下は、既に次の事態を考慮されておるのだな。私も公爵閣下と共に国の安寧に汗すること、この上ない喜びである。すぐに用意させるゆえ、使うが良かろう」
ビスタニオは手を叩き、使用人を呼ばわった。
「すぐに人を集めよ。この者に託すのだ」
「ところで、先ほどからいる後ろのご使者。一体どなたなのかな」
ビスタニオは疑問を口にする。
「私は魔法使いにございます。人の心を操る術を修めております」
地獄の底から這い出たような恐ろしい声だった。
ビスタニオは、その恐ろしげな声に恐れつつも尋ねる。
「魔法使いどの。そなたも力を貸してくれるのか」
「もちろんにございます。ロザリア侯爵令嬢が囚わった際には、これを暗殺者とすることも可能です」
ビスタニオは目を見開く。
「なんと、さすがは公爵閣下の魔法使い。素晴らしい魔法であるな」
ビスタニオは満足げに微笑む。
先ほどまでの酒が、本来の美酒の味を取り戻していた。
後に、ビスタニオ子爵は知る事となる。
集めた五十名は港湾労働者崩れの盗賊たちで、大層荒っぽく、命令を理解せず。あわやハイアン侯爵の娘を殺害するところであったことを。
そしてそれを救ったのが、若き騎士カミーユであることを。
それはともかく、ビスタニオ子爵は、リヒテンハイム公爵の陰謀に加担することとなった。




