笑顔の裏の闘い
「おはようございます、塩谷さん!」
私は笑顔で声をかけると、塩谷優子さんがベッドからやさしく微笑み返してくれた。
塩谷さんは三十歳の女性で、まるで日に当たっていないような真っ白な肌と大きな目が印象的だ。聞くところによると、入院前は有名なIT企業でバリバリ働いていたらしい。
彼女は五年前から潰瘍性大腸炎を患っている。大腸の粘膜が炎症を起こす病気で、下痢や腹痛、血便に悩まされる。塩谷さんも強い腹痛と血便に苦しんでいて、つらい日々が続いているようだ。
治療は主に薬で進められるけど、効果が不十分な場合は、白血球を除去する特別な療法や手術も検討される。原因ははっきりわかっておらず、完治は難しい。だから、症状を抑えて「寛解」という落ち着いた状態をキープすることが目標になる。
塩谷さんも一度は寛解したものの、半年でまた症状がぶり返してしまい、今こうして入院している。
「今日、いいお天気ですね。ここからの景色、素敵ですよね」
彼女の声は明るいが、目の下のクマが少し目立つ。体調が顔に出るのは、よくあることだ。私たち看護師は、患者さんの言葉だけでなく、表情や仕草からも状態を読み取ってアセスメントする。
「痛みはいかがですか?」
「うーん、変わらず痛いかな。でも、下崎さんが来てくれると、なんか元気出るよ! 幸せ!」
自然な笑顔を浮かべる彼女を見て、私も少しホッとする。
「痛み止めが必要なときは、いつでも言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
会話のテンポはいつも通りだ。ほっとする。塩谷さんの気分は最近、波が激しい。腹痛がひどい日は、笑顔の裏に沈んだ表情がちらつくこともある。
「点滴のところ、確認させてくださいね」
私はそう声をかけて、塩谷さんの点滴の刺入部を見せてもらう。赤みや腫れもなく、きれいな状態だった。
「痛みはありませんか?」
「入れるときは少し痛かったけど、今は大丈夫よ」
塩谷さんの顔には疲れが滲んでいる。それも無理はない。腹痛がなかなか落ち着かず、つらい日々が続いているのだ。
「では、後で点滴の交換に来ますね。何かあったらすぐ呼んでください」
「うん、ありがとう。今日は下崎さんが担当だから、なんか頑張れそう! ナースステーションまで遊びに行っちゃおうかな」
彼女は明るく笑うが、笑顔の裏に疲れが透けるようだった。
「では、失礼します」
病室を出たが、彼女の笑顔が心に引っかかった。看護師として、もっと彼女のつらさを和らげられないだろうか。ふと、昨日交わした会話が頭をよぎる。
「私ね、憧れの企業に入って、やりたい仕事にやっと就けたのに、この病気で全部台無し。少し良くなったと思ったらまたぶり返して、もう消えたくなるよ。入院してても痛みは続くし、ほんと辛い。でも、下崎さんが来てくれると、なんか安心できるの。頑張ろうって思える。ありがとうね」
塩谷さんにそう言われたとき、私の心は救われた。まだ看護師一年目で、先輩に怒られることばかりで、くじけそうだったからだ。彼女に励まされた分、もっと彼女のために何かしたい。そんな思いが、胸の中で強くなっていた。




