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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰がどう見ても勇者です

作者: Beo9

グロ・虫要素が多々あります

Gとか蛭とか苦手な人は注意してください

「ぐおおぉぉ!こ、この私が、この私がああぁぁ!」

 魔王四天王の一人、大悪魔フェルスの悲鳴が響く。その前には、両手の盾に身を潜め、油断なく様子を窺う青年が一人。

「勝負は俺の勝ちだ!滅びろ、大悪魔フェルス!」

 そう叫ぶと、青年は相手に向けて掌をかざした。それを忌々しげに睨み付け、フェルスが叫ぶ。

「この私が、虫なんぞにいいぃぃ!!!」

 その叫びを最後に、フェルスの体が急速に干からびてゆく。辺りには大量の蛭の死体と、これまた大量の鮮血が撒き散らされている。

 彼の体には、最後の一滴まで血を吸い尽くさんとする、巨大な蛭の群れが蠢いていた。その数は見る間に膨れ上がっていき、今や四天王フェルスの体は、完全に蛭に覆いつくされ、辛うじて人の姿を象っていることしかわからない。

 やがて、その動きに変化が現れる。蛭の中でも特に巨大なものが、他の蛭を飲み込み始めたのだ。その蛭は全ての蛭を食い尽し、今や大人ほどの体高にまで巨大化していた。

 その蛭に青年が近づき、手をかざす。すると、蛭の体がボコボコと異様な動きを始め、そして膨れ上がった。

 ブチュ!と大きな嫌な音が響き、蛭が破裂する。それをもろに浴び、青年の体は血に染まった。

 ややあって、真っ赤に染まった青年の体が、急速に乾いてゆく。まるで布巾に水を染み込ませるかの如く、青年の体がその血を吸収しているのだ。

 完全にそれを吸収してしまうと、青年は後ろを振り返った。そこには、王と王妃、大臣、衛兵、他有力貴族多数が、真っ青な顔でガタガタと震えていた。

「皆さん、もう大丈夫です!四天王フェルスは、この勇者アイルが打ち倒しました!」

 とびきりの爽やかな笑顔を向けると、王妃は失神し、王は失禁し、衛兵は槍を向け、貴族達は嘔吐した。

 これが、魔王討伐に出る勇者アイルの旅の、記念すべき初日であった。



 半年前、このイフリス王国に魔王軍が侵攻を始めた。魔王軍は強く、王国軍の兵達を容易く蹴散らしていった。

 本来であれば、じきに王都も飲み込まれていただろう。しかし、王国にはある予言が伝わっていた。

 その予言には『魔王が侵攻を始めようとも、恐れることはない。正しき心と力を持つ勇者が、王国を救うだろう』と伝わっていた。

 果たして、王都を飲み込むかと思われた魔王軍の一部が、ある時突如、崩壊した。略奪のためにある村を襲ったところ、そこにいた青年一人に返り討ちにされたのだ。

 その青年こそが、勇者アイルであった。彼は特殊な力を持ち、その力を持って魔王軍に反撃を開始したのだ。

「お前が、フェルスを倒したという勇者か!だが俺には、小細工は通じないぞ!」

「四天王のリガス!俺は今日、お前を倒す!」

 四天王の一人、リガスは竜人と呼ばれる、強靭な鱗で覆われた種族である。生半可な剣では傷一つ付けることはできず、防御力に関しては四天王で最も高い。

「行け!ブリードリーチ!」

 アイルの叫びと共に、その手から蛭が数匹飛び出し、リガスに食らいついた。しかし、リガスは鼻で笑う。

「蛭なんぞで、俺を傷つけられるものか!」

「さすが竜の鱗だね!だったらこっちだ、ディヴァイドアント!」

 アイルが手をかざすと、一匹の蟻が現れた。大人の膝ぐらいの体高の、大型の蟻ではあるが、リガスはそれをあっさりと叩き潰す。

「そんな蟻に何ができると思っている!大人しく死ね!」

「やってみなきゃわからないさ!ディヴァイドアント!ディヴァイドアント!」

 アイルは両手の盾を器用に使い、リガスの攻撃を捌きながら次々に蟻を召喚していく。そして召喚された端から叩き潰されていくのだが、アイルは召喚をやめない。

「お前はどうやら、召喚するしか能がないようだな!そんな虫に頼るしかないとは、哀れな奴だ!」

「いい気になっていられるのも今のうちさ!ディヴァイドアント!ディヴァイドアント!」

「ふん!そんなもの、いくらでも叩き潰してっ……!?」

 その時、リガスの動きが止まった。一瞬後、その口から絶叫が迸った。

「っぎゃああぁぁ!?あっ、がっ、あがあぁぁ!!お、俺のっ……やめっ、ぎゃあああぁぁぁ!!」

 股間を押さえ、のたうち回るリガス。それを見つめ、アイルは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「種族は違っても、男だったら弱点は一緒だよね。そこまで鱗に覆われてなくてよかったよ」

「おまっ、えっ!これ、何がっ……ぎゃがああぁぁ!!」

 よくよく見れば、リガスの全身には1ミリ程度の、小さな小さな生き物が這い回っている。それは、先程から召喚されては叩き潰されている、ディヴァイドアントと同じ姿をしていた。

「僕のディヴァイドアントは、切られたり潰されたりすると、その破片が小さな個体となって復活する。さっきから景気よく叩き潰してくれてたおかげで、あっという間に数万の大軍団が出来たよ」

 言いながら、アイルはリガスに手をかざす。すると、超小型の蟻達の動きが変わり、股間から全身へと広がり始めた。

「いだぁ!いだいいぃぃ!!う、鱗の隙間っ、からっ、あがああぁぁ!!」

「叫ぶと口にも入るぞ」

「やめっ……うげほっ!ごえっ!やべっでっ……がえああぁぁ!!!」

 口から入った蟻達は舌を噛み千切り、喉を食い破り、体の中へと侵入していく。この世のものとは思えぬ悲鳴を上げるリガスだったが、じきにその声は途絶え、全身をビクンビクンと痙攣させ、そして体表だけがわずかにうぞうぞと蠢くだけになった。

 やがて、全身を食らい尽した蟻達が出口を求めて動き出した。目玉が零れ落ち、そこから蠢く黒い涙がとめどなく溢れ出る。鱗は硬くて食べられなかったらしく、そこにあるのは骨と鱗だけだった。

 その蟻達は、今度はアイルの体を覆っていく。しかし噛みつくわけではなく、隙間なく全身を覆うと、全体がぶるぶると震えだす。

 ぷちぷちと小さな音が鳴り始め、それはたちまち音の洪水に変わっていく。弾けた蟻からは真っ赤な血が飛び散り、アイルの全身を赤く染めていく。

 フェルスの時と同じように、すっかりその血を吸収したアイルは、背後で化け物を見るような目で自分を見つめる町人達に向け、満面の笑みを浮かべた。

「皆さん、安心してください!四天王のリガスは、この勇者アイルが倒しました!」

 直後、子供達は泣き叫び、大人達は悲鳴を上げ、町長は心臓麻痺を起こした。僅かに動ける町人達から石を投げつけられながら、アイルは新たな戦いへと旅立って行くのだった。



 アイルは虫が好きだった。周囲の者が気持ち悪いと言うような虫であっても、等しく好きだった。

 硬い外骨格を持つ虫、節はあれども軟らかい体を持つ虫、糸を出す虫、飛ぶ虫、這う虫、どんな虫でも興味を持った。

 それ故に、虫を召喚し操る能力が発現した瞬間から、それを有効活用することができた。自分の住む村を襲う魔族達を容易く撃退し、村を守ることができた。

 しかし、村人は彼を悪魔だと言い、石を投げつけて彼を追い出した。それについて、彼はいつも思っている。

 これはもう、しょうがない、と。

 虫が好きではあるが、虫が周囲にどう思われているかはもちろんよく知っている。自分の戦い方がひどく気持ち悪いことも、よく知っている。

「お前が勇者とやらか。フェルス、リガスを倒したというその実力、見せてもらう」

「四天王、モウラーか!相手にとって不足はない!」

 四天王の一人、モウラーは武を極めんとする魔族だった。四本の腕から繰り出される斬撃は、これまでにいくつもの屍の山を築いてきた。

「行け、ブリードリーチ!」

 アイルの手から巨大な蛭が飛び出し、モウラーに食らいつく。しかしモウラーは構うことなく、アイルに襲い掛かった。

「召喚能力、か。だが、それに付き合う気はないぞ」

「つれないね!嫌でも付き合ってもらうよ!」

 いくつもの蛭を呼び出し、次々に吸着させるアイルに対し、モウラーは目にもとまらぬ斬撃でアイルを追い詰める。二つの盾で何とか凌いでいるアイルだったが、さすがに四本の剣は捌ききれず、いくつもの傷を負っていく。

 だが、そのまま攻め切ろうとしたモウラーが、不意に顔を顰めた。見れば、最初に食らいついた蛭が丸太ほどの太さに成長しており、それに見合うだけの吸血でモウラーの体力を奪っていたのだ。

「くっ……こいつ、無限に成長するのか!?」

「ぐう……は、はは、どうだい?早く取らないと、干からびるぞ?」

「その前に、お前を倒せばいいだけだ」

 モウラーは再び攻勢に出るが、凄まじい勢いで血を吸われ、眩暈すら感じ始めた。それでも、アイルは相当に追い詰められており、あと一息で倒し切れると思ったところで、足がもつれて転倒した。

「くっ……だが、これで……っ!?」

「セルフヒール」

 短い詠唱の後、アイルの傷は跡一つ残らずに消え失せていた。その目は生気を取り戻し、再びモウラーに向けて盾を構えている。

「回復だと!?貴様、そんな手を持って……ぐおあっ!?」

 忌々しげに蛭の一匹を引き剥がした瞬間、そこからブシュッと大量の血が噴き出し、モウラーは再び膝をついた。

「ブリードリーチは、血を吸えば吸うだけ成長し、吸血量も増える。引き剥がしてもいいけど、そうすると吸血5秒分ぐらいの出血を伴う。さて……どうする、モウラー?」

 既にモウラーの全身には大量の蛭が吸着しており、丸太のように成長してしまった個体も多い。引き剥がせば死ぬのは目に見えており、かといって引き剥がさなければ、このまま血を吸い尽くされるだけだった。

「き……さ、ま……みとめん、みとめんぞ……こんな……まけ……か……た……」

 モウラーはその場に崩れ落ち、蛭達は容赦なくその血を吸い尽くす。そして再び、蛭達は一匹の蛭に食い尽され、破裂してアイルの全身に血をまき散らす。

 その血を吸収し終えると、アイルは砦の屋上に立ち、右手を大きく掲げた。

「皆!四天王のモウラーは、この勇者アイルが倒した!この戦い、俺達の勝ちだ!」

 兵士達は誰も彼も目を逸らし、勝鬨を上げるのは勇者アイルただ一人だった。



 勇者という存在には、元々憧れていた。自分がお伽噺の勇者だったら、と夢想したことは、きっと誰しもあることだろう。

 だからこそ、自分が本当に勇者なのだと知った時、アイルは心の底から嬉しかった。

 自分が特別な存在であり、皆が自分を頼ってくれる。そんな状況になったことは、口にはとても出せないが、本当に嬉しかったのだ。

 能力に関しては、想像していたものとまったくどころか、いっそ180度違うものだったが、それでも彼は、勇者として恥ずかしくない振舞いをしようと決めていた。

 たとえ人間が自分の味方ではなかったとしても、それでも自分は人間のために戦う。それが、勇者アレスの決意だった。

「ほう、ついに来たか。もはや、四天王の残りは私一人、か」

「四天王、リラル!お前はここで、俺が止める!」

 魔道書を空中に浮かべ、リラルはそれをパラパラとめくる。

「止める、というのは私の台詞だ。お前の能力は、既に聞き及んでいる。私に奴等と同じ手が通用すると思うなよ」

 直後、ゴウッと凄まじい音を立て、熱風が辺りを襲う。アイルは盾の陰に身を隠し、熱風が収まると同時にリラルへ手をかざした。

「ブリードリーチ!」

 その手から、既に腕ぐらいの太さとなった蛭が飛び出し、リラルは僅かに目を見開いた。

「ほう……?報告では、やや大型の蛭と聞いていたが、間違いだったか?」

 その蛭をあっさりと焼き殺しつつ、リラルは首を傾げた。それに対し、アイルが答える。

「いや、間違ってはいないよ。俺の召喚する虫達は、仕留めた獲物の血肉を体内で変質させる。俺はその血肉を浴びて吸収することで、自分を強化できるのさ」

「お前は生まれる種族を間違っていやしないか!?まあいい、そんなことは些細な問題だ。どのみち、お前はここで死ぬのだから」

 いくつもの魔道書を浮かべ、リラルは次々に火球、炎、熱風と、高温を伴う魔法を連発する。

「さすが、言うだけあるね……!ディヴァイドアント!」

「無駄だ。フレイムウェーブ」

 蛭がダメならと蟻を召喚するも、炎の津波によってあっという間に灰と化してしまう。これまでと違い、そもそも攻撃をさせてもらないという状況だったが、アイルは不敵に笑う。

「対策は完璧ってとこか……けど、見たことのない攻撃なら、どう対処する!?」

「何だと!?まだ見せていない技が……!?」

「行け!スパイクローチ!」

 手をかざして叫ぶが、そこからは何も現れない。その様を見て、リラルは嘲笑を浮かべた。

「……なんだ、ただのはったりか。随分とつまらない真似を……痛ったぁ!?」

 ヴヴヴヴ、という不快な羽音が聞こえたと思った瞬間、リラルは腕を払った。そこには、一匹の大型のゴキブリがとまっており、払い落とされて地面でもがいていた。

「なんだこいつは?噛みつき……ではなさそうだったが……」

「のんびりしてていいのかな?こいつらは、一匹見たら何匹いるって言われてたっけ?」

「はっ!?」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴ、とあちこちから不快な羽音が聞こえ始め、数十匹のゴキブリが一斉にリラルに襲い掛かった。それに気づくと、リラルの顔がサッと青ざめる。

「ふ、ふざけるな!ヒートウィンド!フレイムっ……痛い!痛、痛ぁ!ちょっ、このゴキブリ何よ!?」

 ただ腕にとまられただけなのに、まるで針を刺されたかのような鋭い痛みが走る。どうやら熱にも強いらしく、熱風を当てたところでゴキブリは平気で襲ってくる。

「そいつは足に生えてる棘が、石にも刺さるほどの鋭さと硬さになってるのさ。それ以外はただのしぶといゴキだ」

「ふざっけんな!こんな奴等っ……痛っ、たたたた!!くそっ、ファイっ……んぶえ!?ちょっ、口っ、最悪!」

 鋭い棘を生やしたゴキブリが飛びかかり、這い回り、その対応に追われ、リラルは詠唱が出来ない。そして、そこに気を取られ過ぎたと気づいたときには、もう遅かった。

「ブリードリーチ!ディヴァイドアント!」

「しまっ……ぐ、ああぁぁ!!やめろ、このっ!うあっ!」

 出血に耐えて蛭を引っぺがし、蟻を焼こうとするが、すぐにゴキブリに這い回られ、詠唱が遅れる。そして、蟻がリラルの腕を大顎で挟み込む。

「うぐああっ!!わ、私の腕がぁ!!」

 大きさに見合った顎の力で、蟻はリラルの腕を容易く噛み千切った。そこに、アイルは掌をかざした。

「ブリードリーチ、ブリードリーチ、ブリードリーチ」

 情け容赦なく、アイルは次々に蛭をけしかける。ゴキブリに詠唱を邪魔され、蟻に体を食いちぎられ、蛭に血を吸われ、リラルはもうその場に蹲ることしかできなかった。

「いや、いやぁ……せ、せめ、て、たたかい、で……むしに……こんな……や、だ……ぁ……」

 泣きそうな声で呟き、リラルはその動きを完全に止めた。虫達はその体を平らげ、最後にはやはり蛭が他の虫も含めて食らい尽くし、アイルの指示で弾ける。

 その血を全て吸収し、敵の軍勢に目を向ける。先程までは確かに敵の群れがいたのだが、今はもう誰もいなくなっていた。

「最後の四天王、リラルはこのアイルが討ち取った!残るは魔王、お前だけだ!首を洗って待っていろ!」

 誰もいない戦場に、アイルの言葉だけが虚しく響いた。



 誰もいない荒野で、二人の男が向かい合って立っていた。片方は人間の勇者アイルであり、もう片方は諸悪の根源、魔族の王であった。

「まさか、たった一人の人間に、ここまでの被害を受けるとはな。大したものだ、褒めてやる」

「お前に褒められても、嬉しくなんかない。魔王、お前は俺が、ここで仕留める!」

 そう言って両手の盾を構えるアイルに、魔王は腰の剣を抜いた。

「虫の勇者、アイルよ」

「その言い方やめろ」

「……勇者アイルよ、お前の力は認めてやろう。だが我とて、ここで負けるわけにはいかんのだ。人間どもを滅ぼし、魔族の世界を作る。その夢のために、散っていった仲間達の思いを、無駄にすることなど出来んのだ!」

 魔王から驚くほどの圧を感じ、アイルの額に汗が伝う。

「行くぞ、人間の勇者よ!」

「来い、魔王!」

 魔族と人間の、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。魔王は瞬きする間に距離を詰め、剣の一振りでアイルを数メートルほど吹き飛ばした。

「ぐっ!?な、なんて力だ……!」

「ほう、今のを受けて無事でいるとはな。盾ごと両断するつもりだったのだが」

 言いながら、魔王は更なる追撃を仕掛ける。反撃とばかりに、アイルもその手をかざして召喚を発動する。

「ブリードリーチ!」

「ふん!」

 食らいついて来た蛭を、躊躇うことなく引き剥がす。血飛沫が飛び、地面を赤く染めるが、魔王は気にする様子もない。再び攻撃を受け、アイルが激しく吹き飛ぶが、二度目とあって何とか威力の減衰に成功し、構え直す。

「魔王がここまでの力を持つとは、聞いてなかったぞ……!」

「ふん、そうであろうな。そもそも我の力は、一人では発揮できぬものだ」

 無詠唱で召喚された蛭を切り裂きつつ、魔王は続ける。

「虫を操るお前の能力と同じく、我にも特殊な能力がある」

「何だと!?一体、どんな能力を……!?」

「近しい者の死が、我に力を与えるのだ。関係が深ければ深い程、数が多ければ多い程、我の力は増える」

 そこで魔王は言葉を切り、アイルも魔王の言葉を待つ。

「だからこそ、四天王を筆頭に、部下達とも極力関わるようにしていた。飯を奢ってやった部下もいた。結婚を祝福してやった部下もいた。それらはすべてお前に殺され、その思いは我の力となったがな……」

 直後、魔王は思いきり踏み込み、アイルに剣を振り下ろした。

「我は貴様が羨ましいわっ!敵を虫に貪り食わせ、その血肉を我が物とするその力がなあっ!」

 それに対し、アイルは盾をかざして応えた。それまでより遥かに強い一撃だったが、今度は一歩も引かずに耐えきった。

「それは俺の台詞だ!!倒れていった仲間達の思いを受け継ぎ、自分の力とするなんて、まさに勇者の力だろう!!」

「その通りだとも!お前にわかるか!まるで人間のような力だと、陰口を叩かれ続ける我の気持ちが!」

「わかりすぎて辛いわっ!こっちなんか正面切って悪魔扱いだこの野郎!羨ましい!妬ましい!死ね、この勇者野郎!」

 これほどまでに純粋な殺意を覚えたのは、二人とも初めてであった。もはや立場などどうでもよく、ただ気に入らない存在だから殺す、というように気持ちが完全に切り替わっていた。

「だったらいっそ、貴様が魔族を率いろ!我が勇者として貴様をぶち殺してくれるわ!」

「ふざけるな!勇者として振る舞うってことだけは、絶対に譲れねえんだよ!てめえは魔王として、勇者に敗れて死ね!」

 凄まじい数の蛭を召喚し、魔王に食らいつかせるも、魔王はその全てをあっさり引き剥がす。そこでようやく、アイルは違和感を覚えた。

「なんだ!?そんだけの出血で、生きてるわけが……!?」

「言っただろう?我は死んだ者達が多ければ多い程に力を増す。それは魔力や筋力に限ったことではなく、回復力も増しているのよ!」

「そういうことか!だったら、追いつかないほど削ってやればいいわけだ!」

 蛭、蟻、ゴキブリと大量に召喚するアイルに、剣一本で立ち回る魔王。蛭が付けばすぐに引き剥がし、蟻は斬ると同時に燃やし、ゴキブリはまったく気にしない。

 一見すれば、魔王が圧倒的有利にも見える状況だったが、一概にそうとも言えなかった。

「セルフヒール」

「ちぃ、またか!うざったいことこの上ないな!」

 盾二つ持ちという、絶対に自分からは攻めない代わりに、とにかく防御しまくるという戦い方は非常に攻め辛く、何とか傷を負わせても、いよいよ仕留めきれるかと思ったところで全回復される。

 それでも、魔王はめげずに攻め続けた。時には蛭を無視して攻撃を多く操り出し、ともすれば致命傷を与えられそうな場面も何度かはあったが、アイルは持ち前のしぶとさで致命傷だけはすべて回避していた。

 そしてアイルも、ただ虫を召喚し続けているだけではない。スパイクローチを撒き菱のように使ったり、盾の裏にディヴァイドアントを召喚したり、目を狙ってブリードリーチを放ったりと、様々な攻撃を繰り出していた。

 お互いに決め手を欠いた戦いは、数時間にも及んだ。

 やがて、その均衡が少しずつ崩れ始めた。

「く……そぉ……!我が、追い詰められるとは……!」

 ほんの僅かずつではあった。それでも、勝負を急いで蛭が肥大し、その蛭を引き剥がすことで起きる大出血は、確実に魔王を蝕んでいた。

 そうでなくとも、今やアイルは一度に十匹の蛭を出すことができる。それらを引き剥がすのが少しでも遅れると、次の十匹が食いついてきてしまい、更なる出血を招くのだ。

 出血によって遅れた動きが更なる出血を強い、それによってさらに血を失うという悪循環の結果、今や魔王の動きは明確に悪くなり、身体には丸太のように肥大化した蛭が数匹張り付いていた。

「は……はは、は……自身は動かず……敵の自滅を、回復しながら、待つ、戦い方、は……まさに、悪魔の……戦い方、よな……」

 もう引き剥がすことも難しくなってきたのか、魔王は力なく笑い、蛭を張り付けたままその場にへたり込んだ。

「人間の、勇者よ……お前は、この、先……どう、生きるの、だ……?」

「……」

 アイルは答えず、ただ油断なく魔王の様子を窺う。

「お前の、居場所、は……ここ、だけ……では、ない、の、か……?」

「……かもな」

 表情を変えず、アイルは答えた。

「それでも、俺は人間のために戦い、魔王を倒す。それが、勇者の使命だからだ」

「そう、か……」

 魔王は最後の力を振り絞り、よろよろと立ち上がる。そして、全身に食らいついている蛭達を、次々に引き剥がした。

「ぐぅおおぉぉ……!勇者、アイル、よ……お前に、身に余る不幸を……いのって……いる……ぞ……」

 全身から血を噴き出し、ついに魔王は倒れた。念のために蛭を召喚し、完全に死んでいることを確認すると、アイルは胸の前でそっと手を合わせた。

「魔王……俺が勇者だったのは、お前のおかげだ……礼は言わないけど、せめて安らかに……」

 一人冥福を祈ると、アイルはゆっくりと歩き出した。その進む先は帰り道ではなく、まだ見ぬ地平へと向かっていた。




 何年も前の魔王の侵攻などというものが、ただの与太話として語られるような、遠い遠い国。

 そんな国の小さな村に、一人の男が住んでいた。

「先生、どうにも肩凝りがひどくって……」

「あー、本当に凝ってますねえ。なら、少し瀉血しましょう」

 そう言うと、男はどこからともなく蛭を取り出し、村人の肩に乗せた。

「どうです?痛くないですか?」

「あ~、気持ちいいですわ……最初はぎょっとしたけど、慣れるとひんやりするし、良く効くしで、いいねえ……」

 そこに突然、慌てた様子の村人が駆け込み、続いてぐったりした村人が運び込まれてきた。

「先生!オーザが毒蛇に噛まれてっ……た、助けてやってくれ!」

「どこを噛まれました?脹脛か……これは、どうかな」

 男は即座に蛭を取り出し、患部に吸着させて毒を吸わせる。しかし毒は吸い出せても、噛まれた部分は既に壊死しかかっていた。

「まずいな、ちょっとこれは抉りますよ。患者をそこのベッドに」

 男性をベッドに寝かせると、いつの間にか大きな蟻が体の上に乗っていた。その蟻は触覚で脹脛をツンツン触ると、大顎で腫れている部分を切り取った。

「ぐぅ、あっ……!」

「あとは、毒消しと傷薬の薬草を混ぜて……よし、これでいいでしょう。足が治るまでは、だいぶかかりますからね。少なくとも一ヶ月は安静にしてください」

 いつの間にか、蟻も蛭も姿を消していたが、周りの者は何も言わない。そんなのは既に日常であったため、今更誰も驚かないのだ。

「助かりました……本当にありがとうございます。虫使いのお医者さんなんて、最初は本当にびっくりしたけど、今じゃ村になくてはならない存在ですよ」

「いいんですよ。私も住まわせてもらって助かってますから、お相子って奴です」

 そう言って笑う男の名前は、誰も知らない。しかし、虫を操る能力を使って様々な病気や怪我を治してくれる彼のことは、村の皆が慕っていた。

「どっかの国じゃあ、魔王とか勇者とか、そんな話があったみたいですけど、全然知らない勇者様より、うちらのお医者様の方がよっぽどありがたいですよ」

「あははは。それじゃ、もっとありがたがってもらえるように、頑張ってみますよ」

 そうして、かつて勇者であった男は、屈託なく笑うのであった。

突如思いついたので勢いで書きました

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