プロローグ
目の前には銀色に鈍く輝く剣が無情に私の首に突き付けられていた。
薄暗く、埃っぽい、無機質な部屋には、黒く、長い髪をしていて背中から翼を生やした一人の少女に剣を突き付け、見下すように眺めている男性が立っていた。
奥には銀色の髪をして、立派な銀色の尻尾とキツネ耳を生やしている少女は、口に咥えられているタオルを血がにじむまで噛んでいる。獣人の少女は唸り声を上げながら男を睨みつけていた。
男は嫌悪した目で、翼を生やしている少女を見ると、重々しく口を開き、低い声で続けた。
「なんで、こんなガキ一人に俺の未来を壊されなければいけないんだ・・・もう繰り返すのはもう嫌だ。あいつらとの契約なんて知ったこっちゃない。こいつに町を焼かれるくらいなら今日俺がこいつを・・・殺す」
男は思いっきり、剣を高く振り上げた。
天に掲げられた剣は神がその行いを肯定するかのように月明りを受けキラリと輝くと思いっきり少女の首めがけて振り下ろされた。
「や・・・」
少女から声が発せられるとあともう少しで首を跳ねそうな位置まで来ていた剣はピタリと止まった。
「あ?きこえねぇな!やっとお前の口から命乞いが聞けたぜ。今更、遅いけどな。お前に何度世界が滅ぼされてきたと思ってるんだ。今回で終わらせて俺がこの世界の英雄になってやる」
男は再び剣を振り上げると先ほどよりも早く剣を振るった。
しかし、剣からはキン、と甲高い金属音が響いた。この音は人間にぶつかった音ではなく、明らかに何か人間とは別のものと当たった時の音だ。
男は手にしびれを覚え、困惑しながら少女見た。
そこには少女の背中から生えている漆黒に輝く鱗に覆われた尻尾が男の剣から少女を守っていた。
「やめて・・・て、言ってるでしょ・・・」
「は、今回はうまくよけられたかもしれねぇけど、次はねぇぞ」
やめて・・・やめて・・・私は関係ない。
男は一瞬で後ろに飛んで後退するとさっきよりも深く踏み込んで少女めがけて飛んだ。
もう・・・痛いのは嫌なの・・・
しかし、その剣は少女に届くことなく男は何か目にもとらえられないような速度で飛んできた物体に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
「ガハッ。なんだ今のはッ」
男が瞬時に攻撃が飛んできた方向を振り向くとそこには青白いオーラを放ちながらとがった氷の塊を周りに浮かべている獣人の少女の姿があった。
男はニヤリと笑うと翼を生やした少女から獣人の少女に狙いを変えると氷の塊の中をものすごいスピードで獣人の少女めがけて駆け出した。氷の塊を全て避けるのは不可能だったのか、腹部や、顔に掠り傷を負いながらも走り続けた。
その姿はもはや狂気とも呼べるもので、獣人の少女は戦慄して、身震いをした。
けれど、獣人の少女も負けておらず、男が近づいてくるにつれて氷の塊の弾幕を濃くしていく。
「はぁ、はぁ」
氷の塊をたくさん出すのにはよほど体力を使うのか獣人の少女は息切れをしながらも氷の塊を生み出しては男に射出していく。
「ッ!その程度かッ!」
男も男で体のいたるところに氷の塊を受けて血を吹き出しながらも少女に接近していく。
これはもはや少女の体力が先に尽きるか、男が先に力尽きるかの戦いになっていた。
「獣人族の分際で、調子に乗りやがって!俺の邪魔をしたんだ。せっかく見逃してやろうと思っていたがやめだ。そこの竜と一緒に死ね!」
「あぁ、ああ!」
男と少女の距離がゼロになろうとした時、両者の間をものすごい熱を持った炎が通り抜けていった。
「あぁぁ。だから・・・やめて・・・って、言ったのに・・・」
二人は炎の発生地点に目をやるとそこには、戦いの最中とても大人しかった少女が体を両手で抑えるようにして、震えていた。
少女の体のいたるところから炎が噴き出しており、先ほど二人をの間を抜けていった炎だと二人は瞬時に理解した。
あつい・・・あつい。やだよ・・・また大切な人を殺したくない・・・。もう、収まって。
少女の願いとは裏腹に炎は止まることはなくむしろ勢いが増しながら膨張していく。
髪の先がだんだんと漆黒の髪が紅の光を放ち始めた。それに合わせて少女の頭から小さな角のようなものまで生えてきていて、まるで人間から別の生き物変わっていくようであった。
「竜化が始まっちまったか。こうなる前に倒しておきたかったんだがなッ!」
男は自分の出せる最大の速度で駆け、そのまま少女を貫く勢いで突撃した。しかし剣は少女にあたる前に溶けていった。
「な⁉」
男が困惑していると少女から噴き出てきた炎を避けきることができず直撃し、壁に叩きつけれてそのままピクリとも動かなくなってしまった。
やがて炎は建物にまで燃え広がり、あたりは一瞬にして炎の海に包まれた。
あつい・・・どうしていつも・・・私ばっかりこんな目に合わなくちゃいけないの?
こんな嫌な思いになるならなくなちゃえばいいんだ。こんな世界なんか・・・
私の心が絶望に包まれかけていた時、一人のか細い少女の声が聞こえてきた。
「大丈夫・・・です。私が近くにいます・・・から」
ゆっくりと声のする先を見上げると、私の炎を受けておでこにやけどを負いながらもゆっくりと近づいてくる一人の獣人の少女がいた。
私は安心と、焦りが心をよぎった。このまま私に近づいてしまったらあの男みたいになってしまう・・・
「ダメ、私に近づかないで・・・さっきのあの男みたいになっちゃう」
「いいえ。大丈夫です。いくらあなたの炎が誰も近づけないくらい強いものでも・・・私だけはあなたのそばにずっといます。私は感じたのです。あなたがいくらどんな化け物であったとしても私だけはあなたのそばにいなくてはならないと」
私は近づいてくる少女を傷つけるのが怖くなり後ろにゆっくりと後退る。
炎の勢いは止まることなく、ついには私が座り込んでいる石の床でさえも少しづつ溶け始めていた。それくらい今の私の近くはものすごい熱を持っているということである。つまり、生きている人が私の近くにいるだけで命の危険があるということ。
しかし、目の前のまだ名前も知らない少女はそんなことお構いなく歩いて近づいてくる。
もう、この部屋にいるだけで普通の人間であれば死んでいる温度のはずだが、獣人の少女は氷を生み出していた時と同様青白い光を放っているのでそれで温度はどうにかしているようであるけれど、炎の対処まではできておらず、焼け焦げた服の隙間からはやけどしているであろう肌がちらりと見えている。手を当てて魔法で冷やしてはいるけれどちゃんとした処置をとらなければ痕が残ってしまう。
「私は・・・大丈夫だから・・・。私をここに置いて逃げて」
「私は何があってもあなたを見捨てるような選択肢をとることなんて万が一にでもあり得ません」
「なんで、見ず知らずの私を助けようとするの?あの男に連れ去れた時だって、赤の他人なのに私を逃がすために戦って、捕まって、今回は命を懸けて私に近づいてくる。あなたのことが理解できないよ・・・」
「そうですね。簡単に言えばこれは運命・・・のようなものかもしれません。どうしてかはわからないのですが、あなたを見た途端私はあなたを助けないと、という思いが湧いてきて気づいたら私の心なんて関係なく、体のほうが先に動いていました」
目の前の少女から逃げるように後退っていたけれど背中にこつんと硬いものが触れた。つまり私は部屋の端について逃げ場がどこにもなくなってしまった。背中から何かドロッとしたような感覚がして後ろを振り返るとゆっくりとだが、壁が解け始めていた。
けれど、まだ私が逃げ出せるほど大きくはない。
「近づかないで!私は別にあなたに運命なんて感じていないし・・・それに私はあなたに助けれているだけの弱者に過ぎない。今にも溶けてなくなりそうな私にかまっているんじゃなくて・・・助けられる弱者を救ってあげて・・・」
「そうですね。それなら今は私があなたを助けている状況ですが・・・次、会う機会があって、私が助けを求めていたら・・・窮地に陥っていたら次はあなたが私を助けてください。そして・・・」
目の前の獣人の少女は優しく微笑むとそのまま私に抱き着いた。少女の冷たい魔力が私を包み込みんでいき、体が溶けてしまいそうな感覚が収まっていき、それにつられて私は意識を失った。