TASさんは空の旅が退屈だったようです
王都を経った次の日。
私達はワイバーンの上から前方に広がる景色を見て感嘆を覚えました。
眼下には、アガーテの街があります。
見慣れた街ですが、上空から眺めるのは初めてで新鮮です。
お姉ちゃんの言っていた通り、本当にたった一日で着いちゃいました。
実際にこの目で見ると驚きです。
「もう着いちゃったね」
「そうだな」
「はぁ……」
溜め息を吐くゴルドさん。
それには浅い理由があります。
道中立ち寄った街で泊まった宿で行われていた賭博で負けた。
それだけです。
ちなみに、お姉ちゃんは当然のように大勝ちしていました。
金貨数枚を手に入れました。
お姉ちゃんが賭博にハマっているみたいで、妹の私はちょっぴり心配です。
「嬢ちゃん、その運を少し分けてくれよぉ……」
「そんな事よりも、そろそろ降ろして貰っていい」
「ちぇ、そうだな」
ゴルドさんは手綱を鳴らします。
すると、高度が見る見る内に下がって行きます。
やがて、私達を乗せたワイバーンは地面に緩やかに着地しました。
場所はアガーテの西門のすぐ近くですね。
勤務中の門番さんがびっくりしてます。
「はい、これでお仕事完了っと」
「お疲れ様です」
「俺はもう行くわ。んじゃ、お二人さんバイバーイ」
ゴルドさんはすぐに離陸しました。
あっという間にあの人を乗せたワイバーンの姿が遠のいて行きます。
本当に速いのです、ワイバーンは。
ワイバーンが飛び去るのを見届けてから、門番さんが私達に歩み寄って話しかけてきました。
「その顔は……アルタちゃんか? この前王都に向けて出発したと聞いたが、なんでワイバーン便で……?」
「話は後。入れてくれる?」
「……姉の方がそう言うって事は何か事情があるのか?」
「ああ」
その事情も、私にはあまり分かってないんだけどね。
教会が危ないってくらいの認識ですよ私は。
お姉ちゃんももう少し詳しく説明してくれても良いのに。
でもしないって事は、何かしら理由があるんだと思います。
「……まあいいか。よし、門は開ける」
「行こう、アルタ」
「うん」
私達は、こうして再び故郷の街へと帰りました。
ここから帝国に向かうそうですが、どうやって向かうのでしょうか?
一番ありそうなのは……商人さんと一緒に馬車で向かうとかかな。
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
「野生の魔物を利用する」
「……へ?」
ま、魔物を利用する?
またお姉ちゃんが何か変な事を言いだしました……
「買う物を買ったら、すぐに出るよ」
「お姉ちゃん……もう少し詳しく説明しても良いんじゃ」
「じゃあ、歩きながら説明するね」
見慣れた街をお姉ちゃんと歩きながら話を聞きます。
お姉ちゃんのする話は所々分からなかったけど、大体こんな感じ。
・馬車よりも速く到着できる
・馬車だと入国手続きに手間が掛かる
・追手を撒ける
・【異能】を入手した時から、じっとしてると酷くイライラする
との事。
利点じゃなくて具体的な内容を説明して欲しかった。
それとじっとしてるとイライラするって何?
育ち盛りの子供?
でも、お姉ちゃんの表情は真剣そのものでした。
ワイバーンに乗っていた時にちょっとプルプルしてたのはそう言う事だったのかも。
酔いがキツかったんじゃないらしい。
それで、買う物とは何なのか……
「お、アルタの嬢ちゃんに姉ちゃん! いらっしゃい!」
お姉ちゃんが足を止めたのは、精肉店の前でした。
いつも会うおじさんが私達を見て快活に話しかけます。
この精肉店の店長さんです。
「おじさん、こんにちは」
「あれ、でも変だな? この前王都に出かけるって聞いたが……」
「ちょっと色々あってな」
お姉ちゃん、ほんと表情が動かないです。
私以外の人と話す時は殆ど無表情な気がします。
「そうか……まあ深くは聞かないよ。そんで、何の用だい?」
「そこの羊肉を丸ごと」
「あいよ……って、それ結構するけどお金はあるのかい?」
「ほら」
「おっと、こりゃ失礼」
金貨を渡すと、おじさんは苦笑します。
ちょっと前までは貧乏だったのに、今じゃちょっとしたお金持ちです。
その源は全て賭博なのが気になりますけど……
「毎度あり!」
「よし、行くよ」
「うん、お姉ちゃん」
お姉ちゃんが縄で縛られた羊のお肉を背負います。
結構重そうだけど、大丈夫かな……
ずっと持ってると肩が凝っちゃいそうです。
「二人は仲良しだねぇ。またおいで〜!」
おじさんは私達を手を振りながら笑顔で見送ってくれました。
みんなとても親切です。
やっぱり、この街にいると落ち着くよ。
「お姉ちゃん、この街から離れないと駄目?」
「ええ、駄目ね」
「……悲しいね」
「悲しくても、泣きそうでも、事態は動くから」
お姉ちゃんも、何処か憂いのある顔をしています。
でも、私と同じくこの街を離れる寂しさではない気がする。
何と言うか……裏切られた、みたいな?
うーん、よく分からない。
これでも自称お姉ちゃん何考えてるか分かる検定一級なのに。
最近のお姉ちゃんは特にそうです。
「東門に行くよ」
「え、もう行っちゃうの?」
「ええ」
何だか、お姉ちゃんはこの街に居たくなさそうに見えてきた。
私達が育った街なのに……なんでだろう。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「……やっぱり何でもない」
「そう……」
今その事を聞いても、お姉ちゃんは色々と理由を付けてはぐらかしそうだ。
お姉ちゃんが自分から言うまで私は黙っていよう。
きっと、いつかは話してくれるって信じます。
東門までの道のりをしばらく歩いている間にも、私達は街の皆に話しかけられます。
花屋のお姉さん、雑貨屋のおじさん、鍛冶屋のお兄さん……
思えばこの街の大体の人が私達に親切にしてくれました。
本当に感謝しています。
けど……
「……」
お姉ちゃんは、見知った顔がたくさんいるのに無表情です。
これなら賭博してた時の方がまだ感情がありました。
一体、どうしたんだろう。
「東門に着いた」
「うん、そうだね」
「出よう。早く」
「……うん」
お姉ちゃんの様子がおかしいのは前からだけど、今はもっとおかしいです。
お姉ちゃんが私に隠してる事と何か関係があるのかな。
……そもそも、どんな秘密をどのくらい隠しているのかも分からないんですけどね。
何も知らない私が、ちょっぴり悔しいです。
◆ ◆ ◆
東門から出て、歩く事数分。
私達は森の中にいました。
ゲパルト王国とディバーグ帝国の間には、深く広い森林があります。
その名を、メモリ森林。
唯一存在する遠回りの安全な道を除けば、王国と帝国間に人間には通る事はできない……
何故なら森の中央部を中心に、凶暴な魔物が生息しているから。
お互いの国軍を阻み合う天然の要塞とも言われています。
とは言え、ちょっと入ったくらいならそこまで強い魔物もおらず、それなりに平和なんだとか。
浅い場所なら木こりさんや炭焼きさんもチラホラ見掛けますね。
面積もそこまで広くはないらしいです。
これらは昔、傭兵さんから聞いた話ですけど……多分合ってる筈です。
そして、私達は歩いています。
メモリ森林の中を。
自殺志願者ですか私達は?
「お、お姉ちゃん……?」
「なに?」
「私達、迷子になっちゃうんじゃ……」
「平気」
平気って言われてもぉ……
見渡す限り木と背の高い草が鬱蒼と生い茂っています。
幸いな事に、魔物とはまだ遭遇していません。
運が良いです。
しかし、魔物を利用するってどうするんだろう……
魔物は人間の生息圏には近付かない習性があります。
けれど、人間を見ると優先的に襲う事でも知られています。
普通の動物と比べて不思議な能力を備えた種もいるらしく。
実は未だにその全容が掴めていない謎の多い存在なんです。
私は魔物を従えるなんて無理だと思います。
お姉ちゃんは何を考えているんだか……
「……そろそろだな」
「え、何が?」
お姉ちゃんが何故か上を見上げた状態で立ち止まります。
私も釣られて上を見ますが、特に何も見えません。
「アルタ、ちょっとごめんね」
「え? ……わっ」
お姉ちゃんが、私を急に抱っこしました。
急に姿勢を崩されてあれよあれよと私は持ち上げられます。
この姿勢は……まさか、この前本で見たお姫様抱っこ!?
ナンデ!?
私があわあわと困惑していると、突如として浮遊感に襲われます。
な、何事!?
「キィィィィィィィ!!」
「ひゃっ!?」
「来た来た」
鳴き声のした頭上を見上げると、そこには凛々しい顔をした巨大な鳥が空を飛んでいました。
ワイバーンよりも早い速度で、しかも私達を掴んで持ち上げながら。
そして、お姉ちゃんはなんでこんな状況でも余裕がありそうなの!?
もしかしてこれが計画!?
私達落ちたら死んじゃうよね!?
「お姉ちゃん、色々と説明して!」
「この鳥は森林内でも帝国の近くに巣があって、今は繁殖期だから」
「いや、それもだけども! これ大丈夫なの!? 私達危険が危ないよ!?」
「落ち着いてアルタ」
「お姉ちゃんは落ち着き過ぎ!!」
ひいっ!?
今鳥さん私達を振り落とそうとしなかった!?
「怖い怖い!」
「……ごめん。思ったよりも怖がらせちゃったみたい」
「普通怖がるよねこんな状況!」
だって今の私達、死が目の前に迫ってると言っても過言じゃないよね!?
落ちたら死ぬし、落ちなくても食べられちゃいそうなんだよ!?
この鳥さん、私達を丸呑みに出来るくらいの大きさあるもん!
「……怖い思いをさせてごめんね」
でも。
お姉ちゃんの本気で悲しそうな顔を見て。
私は頭がすーっと冷えていく感覚を覚えました。
お姉ちゃんが寂しそうにするのは、凄く珍しいから。
「……わ、私こそ慌ててごめんなさい?」
謝ってから気付いたけど、今回はお姉ちゃんが全面的に悪い気がした。
もう少しくらい説明してくれたら、心の準備が出来たのに。
「ワイバーンには平気で乗ってたから、高い所は怖くないと思ってた」
「いやいやいやいや」
「?」
怖いのはそれじゃなくて、今私達をがっしり掴んでる鳥の魔物。
お姉ちゃんの価値観が以前よりも更におかしくなっている気がします。
こう言う時に私がしっかりしないといけない。
「……とにかく、怖い思いをさせてごめん」
「ううん、いいよ。それで、私達の身は安全なんだよね?」
よく考えれば、安全じゃないならお姉ちゃんはこんな空の旅を敢行しない……と思う。
しない筈。きっと。多分。
「うん。爪はさっきかったお肉に刺さってる」
「……縄が切れたりしないよね?」
「大丈夫。偶然にも刺さってない」
「巣に持ち帰って食べられない?」
「その前にロープの耐久力が切れて落ちる」
「道中につまみ食いされない?」
「この鳥の魔物はプライドが無駄に高くて、脅威を感じないような獲物は仕留めない事があるから」
……こうして話を聞いていると、改めて思います。
私のお姉ちゃん、常識はずれにも程があるじゃ……
TASさんだからね、仕方ないね
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