TASさんは賄賂が好きなようです
「む……サギーか。丁度良い、お前投げろ」
「は?」
うさぎ耳のお姉さん……サギーさんはカルタさんにそう言われてきょとんとしています。
トイチさんは無言で玉をサギーさんに渡します。
信じられないって言われて何処まで落ち込んでいるのでしょうか……
それでも仕事にはまだ戻らずに見届けるつもりみたいです。
変わった人です。
「……先に理由を説明してくれない?」
「この子が二回連続で一点賭けで当たった。そんでディーラーがイカサマを疑われたから誰かに代われと野次が飛んでる。だからディーラーではないお前が代理で回せと言っている」
「ええ……そんな事ある?」
やっぱりありえませんよね、普通は。
「……色々聞きたいのは分かるが、早くこの場を収めて欲しい」
「はぁ、分かったわよ。全く、休憩時間にはまだ早かったようね……」
「はーやーくー」
ディーラーさん達が忙しそうに話している一方、お姉ちゃんは凄く暇そうにしています。
お姉ちゃんがしでかした事で騒ぎになってるのに……
我関せず、みたいな態度はちょっとどうかと思います。
「はーい、まだチップ賭けてない人は早く賭けて〜」
サギーさんの言葉で、ルーレットの上にチップを置く人が出てきます。
何人かはお姉ちゃんと同じ場所に賭けようとしている人がいました。
悩んだ挙句、他の場所にしていましたが。
「これで、全員ね。投げるわよ〜」
その言葉と共に玉が投げられます。
回る円盤の上で転がり続ける玉は、何度か穴に入りそうになります。
しかし、その度に弾かれたように穴から遠ざかります。
そうなる度に落胆の声が聞こえてくるのが、ちょっと面白いかもしれません。
やがて……玉は穴に落ちました。
お姉ちゃんの賭けた番号……0番に落ちました。
「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」」」
今まで聞いた事の無いくらいの歓声が、周囲から響き渡りました。
こんな大勢の人が一斉に声を上げられると、びっくりしちゃいました。
ちょっぴり耳が痛いです。
「おいおいおいおい!?」
「や、やりやがった……三連続一点賭けを!」
「しかも、あんな幼女がよォ!」
「今度はバニーガールが投げたんだ。イカサマとは考えにくい……」
「信じられん……あんな幼い子が」
「ちきしょー! 同じ所に賭けとけば良かった!」
「よく見たらあの子可愛くね?」
「金髪ツインテロリか……善き哉」
うう、周囲の声がうるさいです。
耳がおかしくなりそう……
中でも一番うるさいのはトイチさんでした。
「す、すげぇよはふふ! やべぇ、こんな大勝ち見るの初めてだぜ!」
と、私の隣で大はしゃぎしてます。
もう少しくらい分別を持った方がいいんじゃないでしょうか。
「……最初は食い物にされると思ってたけど、逆にこっちが食い物にされそうね」
「生憎、実は急いでるの。早急に金を用意しなくてはならないから」
「何やら事情がありそうね……詮索はしないでおくけど。ほら、チップ」
サギーさんはたくさんの白いチップをお姉ちゃんに渡します。
余りにも多いので、バケツに入れて渡されました。
しかも七個も。
「早く換金させて。役目でしょ?」
「今の私はディーラー代理なんだけど……」
確かにその人はチップ交換窓口でもあります。
けど、今は休憩時間なんじゃ……
お姉ちゃんが図太いです。
以前は控え目な性格だった筈なのに。
私達は騒がしい周囲の人混みの中を歩きます。
お姉ちゃんが通ろうとすると、サッと道ができました。
入り口付近まで行くと流石に人混みはありません。
それにしても……
「なんでトイチさんが付いて来るんですか?」
「なんでって、決まってるだろう? このカジノ史上最高の勝ちをもぎ取ったお客様を見届ける為に決まってるだろ!」
なんでって、なんでしょうか。
お姉ちゃんが凄いのは確かですが、仕事はちゃんとしないといけないんじゃ。
「そう言う建前でサボってるんでしょ?」
「そ、そんな訳ないじゃないか!」
「……今月の給料査定を楽しみにしておくんだな、馬鹿野郎」
「ふ、残念だったな。カジノのディーラーは副業だからそこまでダメージはないぜ!」
「顔が引き攣ってるわよ」
「あ、サギー先輩。どうしたんですか?」
受付には、サギーさんと似たような格好をした女の人が立っていました。
サギーさんよりもちょっとだけ若そうな人です。
きっと、サギーさんの後輩さんですね。
その人に向かってサギーさんは話しかけます。
「……大勝ちした子の換金よ。お金持ってきて」
「はい。いくらですか?」
「……白チップが百八十七枚。おまけに金チップが九枚と銀チップが六枚」
「えっ?」
後輩さんはその言葉を聞いて、身体が固まります。
とんでもない金額なんでしょう。
多分。
「えっと……本当、ですか?」
「信じ難い事に本当なのよ」
「あわわ……た、足りるでしょうか?」
「一応足りるわ。割とギリギリだけどね」
「わ、分かりました!」
後輩の人とサギーさんは、受付の裏側にある通路へと去って行きます。
やがて、お金の入っているらしい袋を計七袋持って戻ってきました。
後輩の人は袋を重そうに運んでいます。
でも、サギーさんの方が一袋持ってる数が多いのに平気そうです。
意外と筋力もあるみたい。
「……これだけのお金、貴女達は何に使うつもりなのよ」
「ちょっと隣のシェール公国に旅行に行こうと思っててな。その旅費に充てるつもりだ」
「ふーん……」
サギーさんに質問されてお姉ちゃんはそう返します。
おかしい……さっきはディバーグ帝国に向かうつもりだって言ってたのに。
私が疑問に思っていると、お姉ちゃんは静かに私の方を見つめました。
……お姉ちゃんがこうするのは、黙っていて欲しい時です。
ここは、何も喋らないでいましょう。
「それはそれとして、貴女達だけでこれだけのお金を全部持てるの?」
……言われてみればそうかもしれません。
重そうな皮袋が七つもあるんです。
しかも中身が硬貨でびっしりです。
こんなの、たった一個を持つだけで腕もが痺れちゃいます。
「男手があると助かるんだけどな……」
お姉ちゃんはチラチラとトイチさんの方を向きながらそう呟きました。
「いや、俺もう仕事に戻らないと……」
「これが駄賃」
「任せろ!!」
お姉ちゃんが袋の内の一つを差し出すと、トイチさんはすぐに態度を翻しました。
金貨が九枚、銀貨が六枚入っている袋です。
ちょっとお金に弱過ぎでは……?
いや、それ程の大金って事かもしれません。
私には、どのくらい凄い大金なのか分かりませんので。
凄いって事だけは分かるんだけど……
「あんた、仕事……」
「最悪首になっても、副業だしな……一応、他に仕事の伝手もあるから問題ないぜ!」
「……はぁ。めんどくさ」
サギーさんは私達を追い払う様に、しっしっと手を振ります。
犬ですか、私達は。
「それじゃあ、行こうかアルタ」
「う、うん」
「おう、何処へ行くんだ?」
トイチさんはそれはもうウッキウキで袋を五つも担ぎながらそう聞きます。
助かるのは確かですが、鼻息がちょっとキツいです。
それと、仕事はしなくても大丈夫なのでしょうか?
「途中で荷車を買うからそこまでで良い」
「分かったぜ……あれ?」
トイチさんがカジノを出た所で足を止めます。
なんでかな、と思ったけど……理由はすぐに分かりました。
カジノを出たすぐ正面に、あったのです。
荷車を売っている雑貨屋が。
「……えっと、荷車がある店が目の前にあるんだけど」
「ああ、だから運ぶのはそこまでで良い」
「ほんの十数歩くらいの距離しかないよ!?」
たったそれだけで金貨九枚と銀貨六枚を!?
いくら何でも、それは色々とおかしいです!
「ただ、運んだ後にちょっと話がしたい」
「お、おう……まあ別にいいんだけど」
「お姉ちゃん……何を考えてるの?」
「今日もアルタは可愛いなって」
お姉ちゃん誤魔化し方が下手っぴです。
そんな雑な褒め言葉で騙される訳がぁ……えへへ。
「いらっしゃい。子連れでカジノに行って大勝ちでもしたのかい?」
雑貨屋の店員さんがトイチさんに向けて話しかけました。
カジノで大勝ちしたのはお姉ちゃんなのに……
でも、普通お姉ちゃんが勝ったとは思わないよね。
「いや、勝ったのは俺じゃなくてだな……」
「その荷車をくれ」
お姉ちゃんは会話をするつもりが無いのか、すぐに本題に入りました。
もう少し話すくらい別にいいんじゃ……
お姉ちゃんは袋の中から白金貨を一枚摘んで店員さんにピンっと投げ渡します。
荷車ってそんなにしないと思うんだけど……
私の考えは間違っていなかったらしく、店員さんは慌てた様子になります。
「ちょ、君! これ白金貨じゃないか!?」
「おつりは取っておいて。その代わりと言ってはなんだけど、ちょっと店の奥を貸して欲しい」
「いや、それにしても流石に多過ぎる……」
「そうそう、中でする会話は聞かないように。もし聞いたら……大変な事になるよ」
「……わ、分かったよ。今この時間帯は丁度私一人で店番しているから誰もいないし」
店員さんはそわそわしながらお店の奥へと通してくれます。
突然大金を貰ったら、誰だってソワソワします。
私も実は今ちょっとソワソワしてます。
お店の奥に三人で入り、扉を閉めました。
これで、ここでの会話は誰にも聞かれません。
「……で、なんでここに入ったのかな君達は? 女の子が個室に大人の男を誘うって、援交みたいだからやめた方が良いと思うんだけど」
援交って何だろう……
私が聞こうとする前に、お姉ちゃんが話し出します。
「あまり時間に余裕がないから単刀直入に言う。私達の動向は教会に黙っておいてくれ」
「……えっと、教会ってあの教会だよな? 俺が君達の事を告げ口するってどう言う事だい?」
「お前は教会の暗部を少しは知っているな?」
「……」
何だかお姉ちゃんの様子がおかしいです。
まるで、脅迫しているみたいな……
トイチさんも黙り込んでしまいました。
私には何が起きてるのかさっぱりです。
「……つまり、あんたは【異能】持ちか。教会から逃げ出したって事は、未来予知みたいな能力か?」
「大体あってる」
「しかし、それだけだと教会の警備は抜け出せない筈だ。神父ザミエルの審問もあったろうに」
「運には自信があってな」
「納得力が凄いな……いや、本当に凄いな? 【異能】を使って丸儲けした訳か」
……私が蚊帳の外です。
つまらないです。
早く話が終わって欲しいです。
「……それを知って、お前らを逃す訳にはいかないな?」
トイチさんの表情が険しくなります。
しかし、それを見てもお姉ちゃんは無表情です。
全く狼狽えていません。
「ああ。そうだろうな。だから、これをやるから見逃してくれ」
そう言って、お姉ちゃんは一つの袋を残して全てのお金をトイチさんに渡します。
「「は?」」
えっ……え?
「……し、仕方ないな。これだけ誠意を見せられたんじゃ、俺も応えなければならないだろう」
見せたのは誠意じゃなくて、もっと別の何かな気がします。
いや、それよりもっ。
「お姉ちゃん、こんなに渡しちゃって大丈夫なの?」
ワイバーン便って、大金がかかるって言ったのはお姉ちゃんなのに……
「問題ない。白金貨十枚もあれば余裕で足りる」
「えっ……じゃあなんでカジノで余分に儲けたの?」
「それは、私達の存在を口止めしてくれる為に払う賄賂の為ね」
寧ろ、そっちの方が多いじゃん……
アルタ「無理矢理私達を大人の力で押さえ付けたら、賄賂を貰うまでもなくトイチさん大勝利だったんじゃ……」
タス「この人はね、そう言う事を思い付いても出来ないヘタレなの」
トイチ「酷い」
タス「事実を言っているだけでしょ?」
トイチ「酷い……」
アルタ「お姉ちゃんったら、トイチさんがまるで雨の日の野生の子犬みたいで可哀想でしょ?」
トイチ「酷い…………」