記憶 〜救〜
普段の二倍くらいの長さになってしまいました。
私の世界でもう一つだけ、共に居てくれたものにようやく気が付いた。
私の苦痛はやり直しの中でも、常に側に居てくれた。
冬空の下で、骨身に染み入る寒風も。
見たくもない物を見続ける事になった時も。
初めて私が殺された時にも、初めて人を殺した時にも。
手放したくなっても、私の側から決して離れなかった。
全てから逃げ出したくて。
私の心が上げた悲鳴なんて……ちっぽけなものだと世界が言っているように感じて。
惨たらしい殺戮も平然と行える非情な私を認めたくなくて。
そ今までの頑張りが全て無に帰したような気がして。
もう、何もかも壊れてしまえと願いながら……私は時を巻き戻した。
「ねぇ、お姉ちゃん。この絵本はなぁに?」
「これは、魔王と勇者のお話だよ。悪い魔王がいて、優しい勇者が討伐する、よくあるお話」
「ふーん、そうなんだ。ねぇ、魔王はなんでとうばつされたの?」
「さぁ。悪い事をたくさんしたんじゃないかな」
「なんで魔王が生まれたの?」
「さぁ。生まれた時から魔王だったんじゃないかな」
「なんでとうばつしたのは勇者なの?」
「さぁ。魔王と何が因縁があったんじゃないかな」
……ああ、これは幼い頃の話の夢か。
妹、じゃないね。
アルタと一緒にした、くだらない問答だね。
勇者と魔王の物語なんて、陳腐で下らないものだと思っていた。
そんな物語、誰だって想像できるくらいだ。
今更そんな話に興味を持つ人なんて殆ど居ないだろう。
けれど、実際になってしまうと中々に愉快だった。
568,619回目
気に入らない存在を殺して、血と殺戮に浸る。
それだけが今の私にとっての最大の娯楽だった。
そう言えば、巻き戻した回数がかなり増えてしまったね。
ぐずぐずと世界征服してると面倒なのが出てくるから思ったよりも手こずったね。
ザミエルやらメフィーやら……引っ込んでいれば良いものを。
まあ、最終的には攻略ルートを編み出せたけどね。
ああ……私にはこれがお似合いなのだろうね。
きっと、生まれた時から性根が魔王だったのだ。
僅かに残っていた人の心も煩わしかったから、私は自ら悪の魔王へと変貌した。
帝国を手助けしてやり、王国を滅ぼして。
今度はその帝国を滅ぼしてやった。
民を皆魔法を用いて魔物の軍勢に変えて、残る大国を制覇した。
私が魔法を使える条件には中々手こずった。
母の所為で私の身体はほぼ人間と同じになっていたからね。
魔除けの泉……温泉だったかな。
あれに浸からなければ私に掛けられた呪いは解けなかった。
それも短時間ではいけない。
一風呂浴びた程度の時間じゃ精々使える魔法は一つが限界だろう。
定期的に通い続けてどうにか私の身体は完全にエルフのそれへと変化した。
尖った耳に燻った金色の髪、それと肌色も少し黒くなった。
しかし、容姿は【異能】を手にした頃とはあまり変わっていない。
私が何故ここまで堕ちて魔王にまでなったのか。
ただ……暴れたかっただけかもね。
自分でも自分の事がよく分からないかな。
私がこんなにも苦しんでいるのだと、世界に思い知らせてやりたかっただけかもね。
もしくは、幼子が玩具で遊ぶのと同じだったり?
突如として出現し、世界を破滅させた魔王。
その名はカタストロフィ。
私は世界の絶対支配者として君臨した。
残る国はシェール公国だけになるのに、十年もかからなかった。
ここは敢えて残しておいた。
だって、放っておいても勝手に滅んで行きそうだったからね。
醜くもがく人々がまるで餌を奪い合う虫に見えて愉快愉快。
お互いに手を取り合わずに争い合って馬鹿みたいだね?
……と、最初の数年はこの国はそんな感じだったけどね。
なんか突然勇者を名乗ってシェール国民を纏め上げたんだ。
いやはや、私の名乗りに合わせたのかね?
我ながら子供っぽいかと思ったけど意外とノリがいいじゃないかね。
私の配下を退け、弱き者を救う救世主。
勝てる訳がないのに、浅ましく抵抗を続ける愚者。
絶望に抗い続ける、気高き魂の持ち主なのだろう。
面白い。
目の前までやって来れるならば、この手で無惨に殺してやろう。
今までの行いは全て徒労だったと教えて……死ぬ直前の絶望の表情を堪能するのが楽しみだね。
私は魔王らしい残虐な思考でその者を待ち受けた。
そんな私に罰が下ったのは、当然と言えるだろう。
魔王城に入り込み、本当に私の前まで辿り着いた勇者を見た時。
私の心臓が握り潰されたかのような衝撃を受けた。
今まで私だけが経験してきた中で、最も運命と言う物を感じてしまった。
「人々を苦しめる、魔物を統べる魔王よ。覚悟して……えっ?」
ああ、向こうも気付いたようだ。
離れていた時間が一緒にいた時間を追い越したにも関わらず。
私の事に気付いてくれた。
「お姉、ちゃん?」
勇者は……アルタだった。
すっかり大人になっているが、私がアルタを見間違える訳がない。
一体、どれ程あの子を見つめ続けてきたか。
幼くあどけない顔付きはすっかり大人の魅力に昇華され、世界一美人の女性になっていた。
顔付きも世の中を知らなかったあの頃とは違い、精錬された戦士のようだ。
「……」
久方振りに心が揺さぶられた。
そんな気がした。
例え妹ではなかったとしても、私とアルタは決して離れっこないのか。
既に捨てたつもりの因縁だった筈なのに。
これは呪いか……それとも祝福か。
ああ、勇者に最初にかける言葉を考えていたのに全て吹き飛んでしまったね。
まさかこのようなサプライズがあるだなんて、この私でも見抜けなかった。
しかも、よく見れば背後には見覚えのある顔ぶれが。
「陛下の仇……取らせてもらおうか」
あれはスマイリーか。
あの頃よりも更に腕を上げたようだ。
元より戦いとなると鬼気迫る物があったが、まだ私に喰らい付いてくるとはな。
わざわざ生かしておいた甲斐があったと言うものだ。
「同じエルフとして、貴様の所業は絶対に許さないからな……!」
こいつは……アザミと言ったかね。
一度だけ傭兵時代のこいつと出会った事がある。
その時はちょっと撫でてやっただけなのだが……
同族だとバレて、ここまで追って来るとは思わなかった。
しかも、隣にはクロバの姿まである。
「貴様の所為で、私の仲間は……それに、故郷の森も!」
「大した付き合いでもなかった癖に、煩い奴だ」
「黙れぇぇぇ!」
アザミが魔法を使おうとするが、それをアルタがそっと手を出して抑えた。
同じくスマイリーも隙あらば私の首を狙っているようだね。
中々どうして、恨み辛みを重ねてしまったね。
エルフの里はちょいと事情があったから滅ぼした。
流石に苦労したけど、お陰で色々と収獲出来たね。
「まさか、私の姪がこんな奴だったとはね」
「残念かね?」
クロバは心底から軽蔑した視線を私に送っている。
やれやれ、妹の事が大好きだったんだろうに。
まあ、私は嫌いだけど。
最後のアルタの仲間は……これまた意外な人物だ。
「まさか、君が来るとは思わなかったよメフィー」
「ああ。私自身、同志以外と行動を共にする事があるとは思いもよらなかったよ」
見たところ、ホムンクルスの身体ではあるが……
まさか、こいつが来るとはね。
「てっきり、私なんか気にしないと思ってたんだけどね」
「たしかに我々が動く理由はないが……自分でも信じ難い事に仲間意識とか、そんな感情が残っていたみたい」
メフィーやザミエルはこの世界の秘密を知っているほんの一握りの人物だ。
彼等はそれをひた隠しにする事を使命にこの大陸のあちこちで監視している。
かつて、人類がやらかした事をまた繰り返さないように、ひっそりと。
「それはそれは、本当に意外だよ。ザミエル以外はまだ生きているだろうに」
「よく言う……はぁ、お前と話していると頭がおかしくなりそうだ。とっとと殺し合おうか」
殺気を覗かせながら、メフィーは戦闘態勢に入る。
あの連中の中では戦闘力は低い方だからと放置していたが……
まさか私に挑んで来るとはね。
他の連中も同様に構えたけど、アルタだけはまだ迷いがあるみたいだった。
「死にたいらしいね?」
私はカラカラと笑いながら両手を広げてそう言い放った。
さぁ、へし折ってやろう。
アルタだろうと、今の私は止められないね。
「そろそろ遊びは終わり」
「っ!?」
残された一人……アルタが、苦し気な顔で膝を付いている。
他の奴等は全員既に殺してやった。
いやはや、何度か巻き戻すくらいには苦戦したね。
十回は殺されたが……まあ、どうでも良い話かね。
私以外、誰も認識出来ないのだから。
アルタだけ残ったのは半分わざとで、半分成り行き。
巻き戻しの度、妙に行動が変わるからやり難かったのだ。
元よりトドメは刺さないようにしようと思ったけれど……
私の行動を見てから巻き戻る前と異なる行動を取る者は少なくない。
だけど、アルタの場合はやや感触に違和感を覚えた。
……どうせ大した相手でもないし、気にしなくてもいいか。
私は悠々と歩きながらアルタに話しかけた。
「ねぇ、今どんな気持ちかな? 目の前で仲間達が殺されたのは」
「お姉ちゃ、ん……」
「私に妹なんて居ないよ。私と貴女はあくまで赤の他人だ」
「一緒に過ごしてた日々は……全部忘れちゃったって言うの!?」
その言葉に、私は【異能】を得る以前の日々を思い返す。
……ああ。
「惨めだった頃の、私だね。思い出すまでもない記憶だね」
「私は……今の貴女の方が、よっぽど惨めに見えるよ」
「はぁ?」
何故、そんな事言うのだろう。
私はこんなにも、満たされているのに。
何にも縛られず自由で、孤高で……私こそが頂点だろう。
「何でそんな悲しい事言うのかなぁ?」
「うっ……!?」
思い切り力を込めて、アルタの首を掴んで持ち上げた。
苦悶の声を聞きながら、私は更に力を込めて行く。
「このまま首から上だけ残してあげよう。そして、魔法で生きたままずっと保存してあげるね……ああ、こんなにも美人になって。私はもう、この姿から変わらないから少しだけ羨ましいよ」
「が……う……」
「大丈夫。私は慈悲深いからすぐに殺して……ん?」
私はアルタの胸元に目が行った。
かなり豊満な双丘が目立つけど、本題はそれじゃない。
私が気になったのは、掛けられたアクセサリー。
かなり小さなネックレスで、正面から見ただけでは分からなかった。
凄く強い魔法の力を感じるね。
それも並大抵の物じゃない。
少アルタが持っていると考えると違和感を覚えるね。
「これは何かな?」
首から手を離し、代わりに地面に押し倒して動けなくする。
胸元のネックレスに触れながら私は質問を投げかけた。
「中々大した品物じゃない。いつの間に男からアクセサリーを貢いで貰ったのかね?」
「……」
「ここで沈黙するのは面白くないよ」
私はネックレスをアルタから取り上げてよく観察してみる。
解析の魔法なんて使うの面倒臭い……美しくない。
まあいっか、使った後巻き戻してしまえばいいし。
「ふむふむ?」
その効果は、「一度だけ、相手の存在を抹消する事が出来る」と言う物だ。
ザミエルの奴が持っていた物だな。
……???
「何故、私にこれを使わなかった?」
普通の奴なら、私に対してこれを仕掛けてくる筈だ。
切り札を存在を知られる前なら不意打ちとして効果的だからね。
なのに、アルタはしなかった。
「使える訳、ないよ……お姉ちゃんなのに」
アルタ……はぁ。
甘っちょろいのは世界が滅ぼうと治らないみたいだね。
馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが……やれやれだ。
「言った筈だよ、アルタ。貴女は私の妹じゃないの。お分かり?」
「もしかして、血縁関係の事を言ってるのかな……それなら、知ってるよ」
「……っ。知って、たの?」
それは驚きだ。
私でもその事実に辿り着くのにそこそこ苦労したと言うのに。
「私と血が繋がってないのを知ってそんな姿になっちゃったの?」
「……」
「あ、図星の反応だ。やっぱり、そう言う所は変わってないんだ」
「黙ってろ……抉るぞ」
……自分でも信じられないくらいに低い声が出た。
「お前に切り札はもうない。だから、死ね」
「……お姉ちゃん」
「その呼び方をするな」
「相変わらず……何も楽しくなさそうな顔だったね」
「何を……」
「だって、お姉ちゃん……全然笑ってないじゃん。居なくなった前からずっと、今だってそうだよ」
笑ってない……ああ。
そうか。
「結局、何をしても満たされなかったからね」
この世界に生けるすべての存在を死に至らしめたとしても……私は何も満たされないだろうから。
幸福を注ぎ込んだとしてもすぐに落ちて行ってしまう。
まるで、穴の空いた器のように。
それが私と言う存在だ。
唯一、器に残ってくれたのは苦痛だけ。
繰り返しに狂い、摩耗した心の痛みだけが私を満たしていた。
苦痛だけが、いつも私の隣に居てくれた。
だから私はそれを愛するしかなかったのだ……
「お姉ちゃん、笑うの下手っぴだったもんね」
「私の事を姉と呼ぶな……」
「血が繋がってなくても、お姉ちゃんと私が一緒に居た記憶は決して無くなったりはしない」
「だから何だって言うの……」
「今だって……例え妹じゃなかったとして、私の事を意識してる癖に」
「一度お前を見捨ててしまった私に、姉を名乗る資格なんてある訳ないだろうに」
「だったら、どうしたらお姉ちゃんは……幸せになれるのかな」
私の、幸せ……
「お姉ちゃん。私の仲間達を殺した貴女が……憎いよ。憎いけど……どうしたって、愛の方が強いんだ」
「何故だ。私は世界をここまで破滅させた張本人だぞ。そんな奴を昔の知り合いだからって……!」
「お姉ちゃんだから……それもあるけど、それ以上に。今の貴女を見たら、辛くなっちゃうんだ」
「同情のつもり!?」
今更、現れておいて何なの……
やめてくれ。
私にもう、何も関わらないでくれ……
「同情でも何でもいい。私は貴女を救いたい……けど、今の私じゃ力不足だったかな……けほっ、けほ」
「アルタ……」
「けほっ……お姉ちゃんが居なくなった時。私、凄く寂しかったよ。本当は血が繋がっていなかったと知った時も……だけど、私にとってお姉ちゃんは大切な存在には変わりないって悟ったから」
私、私だって……アルタの事が!
「私だってアルタの事が大切だった! どんなに苦痛に塗れた道を歩んでもアルタが居るから耐えられた! 私にとって、貴女が天使だった! でも、本当の妹じゃないと知って……辛かった。その辛さを捨ててしまいたかった! 苦しくて寂しくて、仕方なくて……抱いてしまった痛みも、貴女諸共全部、忘れてしまいたかった!」
私の苦しみの根源。
それがアルタの為に頑張っていた事だと決め付けて……
何よりも大切だったアルタの事を捨てた。
救いなんて無いと言い聞かせれば、少しは苦しみから解放されるかと思って。
だけど……結局、逃れる事は出来なかった。
妹じゃないと知ったのは、切っ掛けに過ぎない。
今まで守って来た物が間違いだったと揺さぶられて……
結果、苦しみから解放されたい思いが強くなって道を踏み外した。
妹を救いたかった姉から……どうしようなく堕ちて哀れな存在に。
「良かっ、た。お姉ちゃんがまだ……私の事、大切に、思ってくれ、て」
アルタの身体から力が抜けて行く。
子供の時と同じだった手の温もりが消えて行く……
「私……捨て切れてなかったんだ」
「捨てられる訳……ない、よ。だって、私達は……」
——心からお互いを思っていた、世界一仲良しな姉妹だったのだから。
アルタが項垂れる。
立派に育った身体が、だらりと力を失って床に転がった。
……すでに、息は無かった。
「……あ、れ?」
眼から零れ落ちる感触を覚え、思わず顔を手を当てた。
「なんで、私……」
今まで、どんなに辛くても泣いた事なんて無かったのに。
「ど、どうして……止まらないの?」
アルタが死ぬ光景なんて、幾らでも見て来た筈なのに。
「うぐ……ひっぐ……」
しかも、自分の手で殺した癖に。
ずっと前に捨てた癖に。
「ぁ……あぁ……」
どうしても、嗚咽が止められない。
いや、違う。
止めたくないんだ。
だって、やっと……
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!」
やっと、心の底から私は泣く事が出来たんだから。
……私の全てを、消してしまおう。
目を閉じ、【異能】の力を行使する。
【異能】のもう一つの使い方……私以外の視点を得る力。
私はそれを利用して私の居ない世界線を覗き見る。
あくまで覗けるのは僅かな間。
私が居なくなった結末のエピローグの部分のみ。
シェール公国はシェール王国のままで、アルタは次期女王。
皇帝の友人は健在で、悲劇の比較的少ない世界。
そこで、アルタは確かに笑っていた。
私が長い反復の中で見た事のない、幸せそうな笑顔だった。
民から愛される幸福なお姫様。
アルタの幸せは、こんなにも簡単に手に入る物だったんだ。
私さえ居なければ……こんなにも上手く行く。
私は不幸を、災いを呼び寄せる忌み嫌われるべき者。
勇者としてこれ以上ない程立派に成長したアルタ。
悪魔に成り果てた私に、昔のような私に戻って欲しかったに違いない。
けど、そうするには手放した物が多過ぎる。
私は……この世界で不要なんだ。
誰からも疎まれる最悪の人。
見向きもされずにただ沈んで行く事だけが義務であるべき存在。
……ああ、それでもアルタだけは私を憐れんでくれるのだろう。
私の優しい天使は、どれだけ罪を犯しても私を許してしまう。
慈悲深い心は、時折私をどうしようもない程惨めに感じさせた。
だけど、それでは駄目だ。
私が許されるのは、私の犯した罪を贖った時だけだ。
そして、私は私を決して許せぬ故に……そんな時はきっと来ないだろう。
そう、私が最初から居なかった事にさえなれば……全てが解決する。
さぁ、もう一度始めてみようか。
この滑稽な舞台を終わらせる為に。
……
…………
………………
私を消去する。
この方法には一つだけ問題があった。
存在の消去による歴史の改竄。
それによって発生するバタフライエフェクトの影響。
その間に必要なプロセス……アルタの幸福を、より持続する為のタスク。
せめて、あの子が生きている間くらいは平和な世を構成しなくてはならない。
その後は滅ぼうが何だろうがどうでもいい。
こんなにも腐った世界でも、夢を見せてあげなくては。
あの夜に見た星空も、きっと掴めると信じられるように……
もう一度探そう。
最速で駆け抜ける為のたった一つのルートを開拓する。
何、今度は然程時間はかからないだろう。
今の私には何度も同じ時を繰り返した経験があるのだから。
もっとも、その時間を知っているのは私だけなのだが。
幾ら時間がかかろうが構わない。
大丈夫だ……もう擦り切れた心に沈んだりする事はない。
私なら出来る。
いや、私にしか出来ない。
私は……TASさんなのだから。
1,208,193回目
見つけた。
まさか、こんなにも簡単な事だったなんて。
全ての不幸を幸福に変える事は、決して出来ないだろう。
私の手は大きいように見えて、実はそれ程大きくない。
当たり前だ、妹一人幸福に出来ない愚か者だから……
私の小さい手で救える人間なんて、ほんの一握りだけだろう。
悪魔にも等しい私が人を助けるなど、身の程知らずだったと言う事だ。
結局、私の苦痛は最後まで纏わり付くのだろう。
だったら……その苦痛すらも私は受け入れようじゃないか。
私から決して離れられないのだから。
だから……せめて、アルタだけでも。
今までの不幸の贖罪として、私がこの身を全て捧げよう。
目一杯の幸せを……貴女に。
全ては、アルタの幸福の為に。
遠い所まで走り続けてなお、苦痛は私の側に座っていた。
私が演じていた誰に見せるでもないくだらない劇を、文句も言わずにずっとずっと眺め続けていた。
ああ、お前は私の最愛の妹よりも優しさに溢れているのかもしれない。
私は知っているのだ。
私が誰からも忘れ去られ、見捨てられるその時にも。
お前は私の心の中へと入り込み、私と共に静かに消え逝かん事を。
最後まで妹を手放せないと知った彼女は、ただ泣き叫ぶ事しか出来ませんでした。
苦悩と苦痛の果てに——




