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記憶 〜序〜



 物心が付いた頃から、私はアルタと二人きりだった。

 私の世界は常に彼女と私だけで完結していた。

 それ以外の物を私は何一つ望まなかった。

 生活はお世辞にも豪華とは言えず、貧しかったけれど。

 何よりも愛おしい妹が居るのに、他に何を欲すると言うのだろうか。
















 アリアス様の治める街アガーテに私達が暮らす事になった経緯。

 それはこの世界では非常にありきたりで、悲劇的だ。

 薄らいでいて色褪せて朧げながらも、私の記憶に残っている。

 掠れていても、きっとずっと私の頭の片隅に残り続けるだろう。


 私達を抱えていたのは妙齢の女性。

 女性の身で隣国からアガーテまで走り続け、最後の最後で力付きた。

 結局、顔は全く覚えていない。

 そもそもの話、それが母親なのかすら確信を持てなかった。


 私達姉妹は親のいない孤児として過ごした。

 頼れる者なんて、一人も居なかった。


 アルタは気付いてなかったんだろうけど、私は薄々勘付いていた。

 私達に身分について、何か事情があるのだと。

 私とアルタに向けられる……優しさと打算が入り混じった感情。

 街の皆が優しくしてくれるのは、決して同情ではない。

 アリアスの命令だった。

 私達を鳥籠の中に閉じ込めて、逃げ出す気を起こさないようにする為だった。

 情と言う名の鎖を付けるのが目的だった。


 勿論、それだけが私に接する人の全てでは無いのだろう。

 私にも分かってはいた。


 王都に私の洗礼を行うのに同行したのも、同じ理由。

 ザミエルの要求もあったけど、一番の理由はそれだろうね。

 優しさの仮面を付けて丁寧に接するのも、全ては目的の為に。

 結局、この世界に本当の「良い人」なんている筈がなかったのだ。


 人間は欲望の塊で、打算無くして動く者など居ない。

 人間は意欲する故に人間であるのだから。

 誰かの為と嘯く偽善者……私が見ていたかった虚像。

 最も、それを完全に理解したのはもっと後だった。




 私達姉妹が普段しているのは、街の皆のお手伝い。

 雑用とも言い換えられる程度の子供のおつかい。

 温情を貰う事で辛うじて日々を何とか凌いでいた。

 寝る場所は毎日変わるし、食べ物がない日もあった。

 運が良い日は布団を分けてくれたが、大抵は二人で身を寄せ合って寒さに震えていた。


 そんなある日のアルタとの会話。

 今日は運悪く食べ物は全く貰えなかった。

 食べ物を売っているどのお店も、売り切れで余り物が無かったのだ。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫って……何が?」

「あんまり食べてなかったし、何だか顔色が良くないように感じて」

「気の所為だよ。私は元気さ」


 嘘だった。

 私は痩せ我慢でアルタに多めに日々のご飯を譲っていた。

 食べるのなんて竃に薪を焚べるのと同じで、燃料の補給程度にしか感じられなかったから。

 気を抜いたら倒れそうな時もあったけれど、何とか耐え抜く事が出来た。

 何故なら……アルタがいたから。

 食べる時、アルタはとても幸せそうな顔をしている。

 私はその顔が大好きで、愛おしくて……ずっと、こんなアルタの顔を見ていたかった。


 そんなアルタの顔が、幸せな顔から変わってしまった。

 これは……名残惜しい時の表情だ。


「私もうお腹いっぱい。これ、お姉ちゃんにあげるね」

「別に、お腹空いてないから……」

「はい!」


 私にはアルタの事が手に取るように分かる。

 気を遣っているようで、逆に気を遣われていたのだ。

 私の行動は、本当にアルタの為になっているのだろうか。


 奥歯で悔しさを噛み締め、アルタが残した食べ物を受け取る。

 苦い味がしたのはきっと、悔しさの味なのだろう。

 自分の力不足を心の底から憎んだ。



 その日の夜、私は空腹で目が覚めた。

 ぐっすり寝ているアルタを起こさないように立ち上がる。

 ……相変わらず寝付きの良い。


 私は気分転換に夜の散歩をしてみる事にした。

 幸いまだ暖かい季節だったので、寒さは感じなかった。


 普段から歩き慣れた道を目的もなくぶらぶらと歩く。

 我ながら、無駄な事をしていると少しだけ思ってしまった。

 その辺を歩いても、私の気は全く晴れなかったからだ。

 静まり返った街を見ても何の感慨も浮かばない。

 代わりに思い浮かぶのはアルタの事と、明日は今日よりも良くなって欲しいと言う切実な願い。


 気分転換なんて慣れない事……するんじゃなかったな。

 そう考えて私がアルタの眠っている今日の寝床に踵を返す。

 散歩していた時間なんて精々十分程度だろう。


 暗くても道はハッキリと分かる。

 この街だけが私達姉妹の居場所だったから。

 幸い、私の記憶力は良い方らしい。


 アルタの元まで戻ると、アルタが薄く目を開けていた。

 どうやら起こしてしまったらしい。

 私が居ないから、寂しそうにしていたのだろう。

 

「ごめんね、ちょっと散歩してただけだから」

「おねえちゃん……」


 アルタは寝ぼけているのか呂律が悪かった。

 視線も私ではなく上に向けていた。


「ほし、きれいだね……」

「……」


 アルタの言葉を聞いて私も上を見る。

 屋根のないから夜空が天井代わり。

 毎日そう言う訳でもないけれど、それでも見慣れた光景だ。

 確かに綺麗だけど……ああ、でも。


「えへへ……おほしさま、いつかさわってみたいな」

「いつか、叶うといいね」


 心にもない台詞を吐いてしまった。

 どうせ叶わない願いだと、私がそう思っているからだろうか。

 子供の夢を壊さないように……それは、ただの言い訳で。


 私には、綺麗な星空も心に響かなかったから。

 手に届かない物に思いを募らせても徒労で。

 目の前にある、私が唯一持っている大切な宝物。

 それだけが私にとっての行動理念であり、行く道を決める羅針盤だった。


 アルタさえいれば良い。

 私には妹しか居ないけれど、妹が居るんだ。

 そう思う事で自分を慰めようとした。


 私には力がない。

 たった一人の大切な家族を幸せに出来ないのだから。

 ちっぽけで荒唐無稽な夢すら私には……


 それだけが、私がこんな場所で生きていく理由だったのに!


 ……無力感と寂寥感が骨身に染みて私の身体を締め付けた。

 夜風を受けて髪が頬をくすぐる。

 私は空を見上げるのを止めて目を閉じた。




 嗚呼、もっと私に力があれば……

 そう願ったからなのかもしれない。

 







 私が十五歳になった洗礼の瞬間が、最も巨大な運命の分かれ道だ。


 洗礼の瞬間を思い出すと、今でも吐きそうになる。

 脳に無数の情報を刻み込まれる感覚。

 拒否したいのに抵抗出来ない虚しさ。

 苦痛を受け入れるしかない諦観。


 私に不幸にも与えられた【異能】は他の物と比べても異質だろう。

 何せ、この世界のありとあらゆる情報が叩き込まれたのだから。


 魔物が誕生した理由。

 エルフ族の真なる起源。

 そして……この大陸で昔、人間が何をやらかしたのか。


 それらの情報は、今まで平凡に暮らしていられた私の正気を溶かすのに充分だった。

 だから、胃の中の物をありったけぶちまけた。

 気分の悪さは全く晴れなかったけど。


 何故、こんな事を無理矢理知らされなければならないのか。

 それすら分からなくて、私は混乱するしかなかった。


 それだけで済んだなら、今頃私は生きてはいないだろう。

 嘔吐した後、気絶したのはそれだけが理由ではない。

 私の心を壊し、犯し尽くした諸悪の根源。

 それでも、それが無いと私とアルタは生きてはいられなかったから……




 0回目




「……こ、こは」

「お姉ちゃん!」


 目覚めた瞬間に、感覚で自分に宿った【異能】の使い方を薄らとだが理解した。

 意識すれば世界がゆっくりと動くし、その気になれば止める事も出来た。

 いや、それどころの話ではない。

 私は世界を、時間を巻き戻す事すら可能なようだ。


 私はそこで何度も何度も同じ時を繰り返す事になる。

 完璧に至るまで、私はそこで繰り返さなければならない。

 現実で……本物の私がいた世界線を生きる為にはこの力に頼るしか出来なかった。


 ……

 …………

 ………………

 

「ほう、まさかここまで強力な【異能】を発現するとは……」


 目の前で独り言を呟くザミエルがいる。

 横には、身体中を拘束具で固定されたアルタ。

 その目には……もう光がない。


「妹の方も悪く無い素質がありそうだが……ふむ、腹違いの姉妹の筈だから血が原因では無い……?」


 淡々としているこの悪魔を、私は全く理解出来なかった。

 何故このような非道な事をしているのかは分かってしまう。

 だが、平然としていられる理由がまるで分からなかった。


 何かを注入され、何かが吸い出される感覚。

 二度と思い出したくない。

 私は静かに再び世界を繰り返す……




 261回目

 



 私は何とか教会確実に逃げ出せるルートを編み出した。

 脳裏にフラッシュバックするアルタの絶望した表情を頭の隅に押しやる。

 それからの予定は何もなかった。

 考えてなかったとも言うけれど。


 私には……最早、何も成し遂げようとする気力は無いに等しかった。

 私の願いは唯一つ。

 アルタが幸福に生きてくれる事。

 たったそれだけ。

 たったそれだけの事が果てしなく難しく、辛くて厳しい。


「私、学園に通ってみたい」


 アルタのその願いを叶えるに、今の私では力不足だった。


 だから私は何度も行動を変え、頭を振り絞って試行錯誤を繰り返した。

 ある時は情報を集め、ある時は戦闘技術を磨いた。

 それでも、私の肉体はあくまで小さな女の子だったから。

 どれだけ鍛えても、私の力だけでは敵対者の撃退が難しかった。


 それでも、私の時間だけは無限にある。

 技術だけならそこらの傭兵なんて目じゃない動きが出来た。

 【異能】のお陰で頭に思い描いた通りに動けるし、練習期間は無限に設けられたから。


 どんなに速い攻撃も、私の前では遅く見える。

 隙を付いて不意打ちされても、私はただ時間を巻き戻すだけだったから。


 いや、練習するまでもなく私は一流だった。

 ただ戦い方が分かっていなかったのだ。

 それを理解すれば、私は誰にも負けないくらい強くなれるだろう。

 しかし、私の考えは甘かった。


 初めて人を殺した時、手はちっとも震えなかった私。

 それどころか、何の感傷も湧かない心。


 私の意思で身体が動いているのか疑問を覚える。

 心の中ではこんなにも落ち着かないのに、肉体にはまるでそれが反映されない。

 これは、本当に私の身体なのか?

 誰かに操られているだけで、実は私の意思で動いている訳じゃないのか?


 いや、そんな事はどうでも良い。

 全ては最愛の妹の為に。




 3,814回目




 何度やっても、アルタは幸せに出来ない。

 結局は教会の刺客に命を狙われてしまう。

 それらを返り討ちにしても、今度は帝国が戦争を引き起こす。


 王国と帝国の戦火で被害を被るのは、アガーテの街だ。

 その無惨な跡地を見てアルタは酷く嘆き悲しんでいた。

 そんな所業を、私は許せなかった。


 しかし、皇帝に直談判するルートを確立しても彼の意思は固い。

 武力に訴えようにもスマイリーと言う刺客が私の前に立ちはだかった。

 彼を殺す事自体は不可能ではない。

 私の命を賭せば容易に殺害出来るだろう。

 だが……それでは意味がない。


 何処にも光明が見出せなかった。


 暗闇の中を一人歩くような感覚。

 隣にいる筈の最愛の妹は私の視界にいない。

 手を握っていた筈なのに、感触が感じられない。

 そこに居るのは確かな筈なのに……


 私の戦いは……どうしようもなく孤独だった。


 もしかすると、【異能】を得る前から……最初からそうだったかもしれない。

 私はアルタの幸せだけを願っていたから。


 私の苦痛を背負うには、アルタはか弱い女の子だから。


 だから、私は独り戦い続けるだけだ。

 まだ、まだ諦めるには早い。

 頑張れる、頑張れる筈なんだ。



 また私は独り、戦いに身を投じて行った。




彼女はただ、妹の為に戦っていました。


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