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罪悪感


「止まれ、其方は何者だ?」

「私はアガーテ伯爵の娘、デシンク・アガーテですわ」

「何? 伯爵は行方不明と聞いたが……」

「ええ。不在の父より、急ぎ国王陛下に伝言をすべく馳せ参じました」

「……なるほど、事情は何となく把握しました」


 門番の人は話が分かる人らしくて好都合です。


「ところで、その方は?」

「私の友人でしてよ。文句がおありかしら?」

「いえ……その……」

「今はそんな事より、国王陛下に一刻も早く伝えなければならない事があるのです。どうかお通しください!」

「ど、どうぞ……」


 デシンクちゃんの勢いに気圧されたのか、すんなりと倒してくれました。

 運が良い……って事なのかな。

 私の存在も疑われなかったし。


 デシンクちゃんもかなり迫真の演技でした。

 普段の様子からは想像も付かない程の剣幕だったもん。

 この子からすると、祖国を裏切る事になるのに……


 と、そう思った私がいつだったか質問した事があったっけ。

 本当にお姉ちゃんの指令に従ってていいのって。


 すると、デシンクちゃんは。


「お姉様をお慕いしているのも勿論ですが……お父様を亡き者にした者共に与するなんて、我慢なりませんもの」


 そう答えてくれました。

 デシンクちゃんなりの理由があるって事なんだね……

 お父さんを殺したのは教会の連中だから。

 復讐したい心も多少はあるのかもしれません。


「よし、上手く潜入出来たな」

「ですが、城の中にも兵士は居ます。まだ慎重に行動すべきですわ」

「取り敢えず、王が居る部屋に急ごう」


 なるべく違和感が無いよう、堂々と城の中を歩きます。

 しかし、十数人程度の護衛騎士を引き連れているので当然目立ってしまいます。

 絶対に怪しまれると思ったんだけど……


「此方ですわ」

「そっちは遠回りじゃないか?」

「こっちの方が兵士が少ないと聞きましたわ」


 きっとお姉ちゃんの入れ知恵だ。

 たしかにチラホラ人は居るのですが……

 都合良く他の事に気を取られていたりと、話しかけられたりはされませんでした。


 そして、城の中を歩く事十分くらい。


「……着いたな」

「……着きましたね」


 あっさりと目的地に到着してしまいました。

 本当に何の危なげもなく辿り着けちゃったよ……

 え、逆に罠だったりする?


「ここまで行くと怖くなって来たな」

「ですよね。絶対何かありますってこれ」

「……考えるのは後にするか。んで、王はこの部屋か」


 王様が居ると言う部屋の扉を見てみます。

 高級感溢れる見た目で、高貴な感じが伝わって来ます。

 しかし、護衛騎士が居ると思ってたんだけど……見当たらないや。

 流石に運が良いで片付ける範疇じゃない気がするよ!


「……こっそり覗いてみますか?」

「いや、流石にこの人数の気配は気付かれるだろうな」


 まあ、関係ないが……と皇帝陛下は続けます。

 この人数で押しかければそりゃあ何とかなるよね。

 部屋の中に護衛が居たとしても、そんな大人数じゃないだろうし。


「とっとと開けるか。どんな顔するか楽しみだ」


 悪い笑みを浮かべながら皇帝陛下が扉に手を掛けようとします。

 その寸前に、部屋の中から物音がしました。

 ガタン、と……何か大きな物が高い所から落ちたような物音です。

 更にその直後。


「お父様!?」

「大変です、すぐに誰か呼ばなければ!」


 と、二人分の焦った声が聞こえました。


「今の物音は一体……?」


 怪訝な顔をしながらも、皇帝陛下は扉を開けます。


 部屋の中は落ち着いた大人の雰囲気を感じさせる内装で、奥に執務机があります。

 そして、その横に豪奢な服装をした男性が頭から血を流して倒れていました。

 すぐ側で泣いているお姫様みたいな格好の女の子を騎士の格好をした男女が宥めています。

 ……よく見ると、泣きながらも倒れた男の人の頭にハンカチを押し付けてる。 


「これは一体何事だ!?」

「何があったの!?」

「国王陛下!?」


 こっちが何かする前に倒れちゃってるよ!?

 ああもう、色々あり過ぎて頭の中がこんがらがっちゃいそう……


「スマイリーさん、この倒れてる人が王様なんですか?」

「ああ。それと、この令嬢は多分王女……だと思う」


 小声で聞いてみましたが、やっぱりそうなんだ。

 と言うか、スマイリーさんも少し面食らってるみたい。

 お姉ちゃん、こんな事起こるのを知ってるなら言ってよ!


「貴方は……誰なのか存じ上げませんが、お父様の手当てに必要な物を持って来てくださいますか?」


 まだ涙が流れているのに、このお姫様らしき子は気丈に振る舞ってそう言います。


「…………分かった。何処にあるか分かるか?」

「隣のお兄様の部屋に、入ってから右側にある棚に置いてあったと思います」

「よし、すぐに取りに行こう」


 皇帝陛下……まさかとは思うけど、目的を忘れてないよね?

 少し不安になっちゃったよ……

 でも、倒れてる人を放っておくのも悪いもんね。

 それが例え、敵国の王族だったとしても。


 皇帝陛下は隣の部屋にさっと入ってさっと出て来ました。

 ……部下にやらせれば良いのに自分でやるんだ。

 ううん、良い行動の筈なのに素直に凄いって言えない…….

 幼い王女相手にイキイキとしてるからかな?


「これだな、持って来たぞ」

「はい、これなら……」


 お姫様っぽい子は意外と慣れた手付きで包帯を巻いて行きます。


「うう……」

「お父様、もう大丈夫ですわ。幸いにもそこまで大怪我ではありませんでしたから」


 倒れてる男の人は意識はあったようです。

 これなら本当に大怪我じゃなさそう。

 良かったんだけど……何だかなぁ。


「お父様をベッドまで運んでください」

「承知しました、ムヴィエ王女」


 護衛の騎士っぽい人にそう指示を出すと、ほっと安堵の溜息を吐きました。

 ムヴィエ様って言うんだ……んん?


 思えば自然と私はデシンクちゃんをちゃん付けして呼んでたね。

 一応、貴族の令嬢なのに。

 ……気品の差かな?

 まあ、そんな事口にしたら絶対怒るから言わないけど。


「それで、貴方達はどちら様でしょうか?」


 ……この方に今から「敵国から来ました皇帝です。戦争に来ました」って伝えるの、凄く心苦しいよ。

 心の底から良い人にしか見えないし。

 少し罪悪感が……


「まず、自己紹介からだな」


 皇帝陛下は兜を取りました。

 ついでに鎧も用済みだと言わんばかりに脱ぎ捨てます。

 真顔……流石に何か思うところがあったので、感情を抑えてるっぽい。


「……え?」

「この顔に見覚えがあるか」

「そんな、まさか……」


 口を手で抑えて驚いています。

 皇帝陛下の顔に見覚えがあったみたい。

 驚きの感情の他に恐怖も混じっている気がします……当たり前かもしれないけど。


「まさか、皇帝……!?」

「ほう、よく分かったな。聡明なお姫様だ」

「ひっ……!」


 ムヴィエ様はズザザッと足音を立てて後退りました。

 本気で怯えているのが分かります。

 ……でも、なんか怯え方が尋常じゃないような?


「よ、幼女趣味で有名な皇帝が……な、何故此処にいらっしゃるんですか!?」

「一言余計だ!」

「……そう言えばそんな話もありましたね」


 たしか、今の奥さんが結婚した時の年齢が十二歳だったっけ。

 改めて考えると……うわぁ。


 つまり、手を出されてしまうから怯えてたと。

 ううん……


「自業自得ですね」

「まさか貴女は皇帝の愛妾……!?」

「えっ」

「暗殺者のようにお城に入り込んでおきながら、自分の妾を連れて来るだなんて……恐ろし過ぎます!」

「……はっ飛ばした方が早く済みそうですね」


 誰が皇帝陛下の妾ですか。

 たしかに女性のタイプを除けば信じられる人だけど……

 もう誤解を解くのが面倒だし、黙って貰った方が楽だと思います。

 何故かこの人を様付けする気がなくなっちゃった。


「段々と気が合うようになったな、アルタ」

「心外なんですけど……」

「スマイリー、言われてるぞ」

「貴方がおっしゃいますか」


 ムヴィエちゃんはスマイリーさんと目が合いました。

 すると、皇帝陛下の時とは比べ物にならない程怯え始めます。

 どのくらい怖がっているかと言うと……その場にへたり込んで動けなくなってしまうくらいに。


「皇帝の懐刀……かつて帝国で屍山血河を作ったと言う……ああ、私の命はもうこれまでなのですね……ひっぐ……」


 …………


「スマイリーさんが居ると、話が進まなさそうなので取り敢えず出て行った方が良いんじゃ?」

「奇遇だな、俺もそう考えてた」

「二人とも酷いですな。私はこんなにもにこやかにしているのに」


 ニッと。

 スマイリーさんは連続殺人犯が恍惚としている時のような笑みを浮かべました。

 以前、車を運転していた時と同じ笑い方ですね。

 ハッキリ言うと不気味なので視界に入れたくないです。


「全く、大の大人が女の子に迫ったら当然怖がられますよ! ここは私が彼女を落ち着かせます」

「……逞しくなったな、アルタ」

「不本意ですけど、そうですね」


 主にお姉ちゃんが原因で……っと、愚痴を言うのはこのくらいにしなくちゃ。


 ムヴィエちゃんの背中をさすりながら、なるべく優しく話しかけます。


「落ち着いて、ムヴィエちゃ……様。私達は戦いに来た訳じゃないから」

「もう駄目……おしまいですわ……最後に一杯、紅茶の香りを楽しみたかった……」


 ……俯いたままぶつぶつと独り言を呟いていて、全く話を聞いてくれません。

 仕方ないので、顔を両手で挟んで無理矢理顔を合わせます。

 無駄にほっぺが柔らかいです。


「話を聞いてください」

「……? 貴女、何処かで顔を合わせた事があるような……」

「古い手口のナンパですか。皇帝陛下くらいしかやりませんよそんなの」

「いや、俺もやらねぇって」


 それでも多少は平静を取り戻してくれたようです。

 相変わらず話は聞いてくれないけど。


「……ああっ、思い出しましたわ」

「えっと、何をですか?」

「貴女は行方不明になっていたシェール公国の元王族、コールターネ王女ですわね」


 ……この子もそれを知ってるんだ。


「なるほど、これは復讐なのですね……家族を亡き者にしたのは王国の手の者なのですから。うぅ……きっとナイフで何度もお腹をグサグサと刺されちゃうんだ……」

「被害妄想激しいですね! 私がそんな危険人物に見えますか!?」


 私が思わずそう叫ぶと、くすくすと笑い声がしました。

 振り返ると、皇帝陛下が薄い笑みを浮かべていました。

 まるで、同類を見つけたと言わんばかりです。


「仲間だな、アルタ」

「……」


 この感情を、なんと表現すればいいのか……


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