決行前
いよいよ終わりが近付いて参ります。
グリムさんをどうにか退けた翌日。
王都が見えて来た頃です。
やっと来れましたね……旅の目的である場所に。
ここまで長かったような、短かったような……
「……ようやくだな」
「本当ですね」
私からすると、最初は目的をいまいち掴めない旅でした。
だけど……色々経験した事は決して無駄では無かったと思います。
楽しかった事も苦しかった事も……
って、感慨に浸るのはまだ早いかな。
「改めて聞きますが、皇帝陛下はどうするつもりですか?」
「……この国の王を前にして何をするのか、か」
「殺すのは考え直す……みたいな事は言ってましたよね」
「半殺しで勘弁してやる。あいつは血みどろの争いは望まないだろうからな」
遠い目をして空を眺める皇帝陛下。
きっとその視線の先に……大切な親友の姿を見てるんだと思います。
もう二度と会えないその人を。
「国王を晒し首にして残った身体をズタズタに引き裂いて奴の肉親の慟哭する姿を嘲笑ってやっても、あいつは帰って来ないからな」
「……」
「陛下、子供の前でそのような発言をするのは道徳心に欠けますよ」
「お前に道徳を語られる日が来るとは……わ、悪かった」
「別に良いですよ。何と言うか……その、慣れちゃったので」
旅を始めてから……私の価値観も結構変わってしまった気がします。
私が見て来たものが綺麗な景色ばかりだったのを思い知りました。
でも、知らなかったよりは知ったが良かったって考えています。
知らないまま終わるのは……とても虚しい事だと思うから。
しばらくすると、街の入り口が見えて来ました。
帝国に来た時よりも街に入ろうとする人は少ないですが、衛兵さんは凄く多いです。
……宣戦布告を受けたんだから当たり前かも。
「さて、結構な人数だが……すんなりと入れるか?」
「流石に皇帝が来ているとは考えてないと思いますけど……」
「どうなんだ?」
皇帝陛下が窓に向かって呟きました。
すると、窓からにゅっとお姉ちゃんが現れました。
もう既に皇帝陛下も「呼ぼうとしたら居る」みたいな感覚なんですね……
実際そうなので否定しようがありません。
「私が独りで行って気を引いておく」
「……別行動すると?」
「言った筈。私が居なくても必ず国王の目の前に辿り着ける」
「お姉ちゃんは、その……その間ずっと衛兵さんと鬼ごっこするの?」
「ああ」
……あれ?
お姉ちゃん単独だったら追手の一人や二人、すぐに撒けそうな気がするような。
私が内心疑問に思っていると、お姉ちゃんが馬車から降りました。
「それじゃ、また」
「無意味かもしれないが……一応幸運を祈っておくぜ」
「うん」
……何故でしょうか。
お姉ちゃんの去り際に、私は酷い違和感を感じました。
いえ、違和感と言うよりは……この感じをどう表せばいいのかな。
その背中にとてつもなく威圧感を背負っていると言うか……
何か、言葉をかけた方がいいのかもしれません。
勘でしかないけど、そうしないといけない気がして。
私の中にそんな強迫観念が何処からともなく湧き上がって来ます。
頑張って、とか。
応援してるよ、とか。
そんなありきたりで薄っぺらい言葉しか思い浮かばなくて。
結局、私の口は思うように動いてくれません。
躊躇っている間に……
お姉ちゃんの姿は、既に声の届かないくらい遠い場所にありました。
「……お姉ちゃん、行っちゃいましたね」
「そうだな。だが、あいつなら何があっても無事だろうよ」
「……そうですな」
そう返すスマイリーさんの表情にやや引っ掛かる物もありましたが。
とにかく、この街に入りましょう。
この旅の終着点は……もうすぐなんだから。
そこまで到達すれば曖昧な気持ちの整理も……きっと着くよね?
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
「よし、何事も無く入れたな」
「お姉ちゃん、壁を登ってましたね……」
何の道具も無しにまるで下に落ちるように壁をすいすいと登るその姿……
正直ちょっと不気味だと思いました。
物が下に落ちると言う常識が目の前で覆されているような感覚だったもん。
「ま、まあ良い。このまま王城に向かうぞ」
「そう、ですね」
「……なんだ、嬉しくなさそうな顔だな?」
「私は別に……この旅はお姉ちゃんと一緒に居たいから付いて来ただけなので」
そのお姉ちゃんも今頃は衛兵さん達と鬼ごっこ中な訳で。
「今更ながら、アルタにはかなり無理をさせてしまったな……すまない」
「私はお姉ちゃんと一緒なら、それで充分ですから」
「……この旅を終えて帝国に帰ったら、お前達二人の家を建てようか?」
「それは素敵な話ですね」
心なしか、何かが立ったような気配もあるけど……
「そう言えば、王城に入る時はどうするんでしたっけ?」
「デシンクの顔を見せればある程度は問題無いと聞いたな」
「……肝心のデシンクちゃんは大丈夫ですか?」
昨日は泡を吹いて倒れてたけど、調子はどうだろう?
「割と元気そうだったぞ。なんか、昨日の記憶が一部忘れてるみたいだったが……」
あまりのショックで記憶を無くしちゃってる……?
元気ならそれはそれで良い……のかな?
「なるほど、そうやって王様の居る場所に行くと」
「国王陛下にご報告したい事が御座いますってな。まあ多少怪しまれはするかもしれないが……ある程度進めれば後はスマイリーが何とかするだろうよ」
「でも、王城って外から見ただけでも分かるくらい広いですよね。迷いませんか?」
「地図を貰ってるから大丈夫だ」
ほれ、と紙切れを私に見せる皇帝陛下。
たしかに地図のようですが、誰が書いたんでしょう?
……お姉ちゃんな気がするなぁ。
むむむ、よく見れば地図に一つの点が打たれていますね。
「この点は何ですか?」
「国王が居る部屋らしい。構造からすると、多分私室の類だな」
……私、てっきり広い部屋で椅子に腰掛けてるのかと。
王様だからっていつもそうしてる訳ないよね、うん。
「なら、本当に大丈夫そうですね」
「そうだな。正直、失敗する要素が無い」
「逆に不安になって来ませんか、ここまでお膳立てされてると」
「言われてみればそうだがなぁ……」
皇帝陛下は困ったような顔をします。
指摘されても計画を変えようがないからでしょう。
……敷かれたレールの上を走るトロッコは、こんな気分なのかもね。
「……お、あれは教会か」
「ああ、久し振りに見ました」
もう一ヶ月くらい前になるのかな……
本当に色々あったなぁ。
「あそこで姉が【異能】を授かったのか」
「そうですね。たしか、水みたいなのを飲んだんだっけ」
「ただの水じゃなさそうだな。と言うか、【異能】を得られる液体とかやばくないか?」
「そう、ですね。お姉ちゃんあの時吐きそうになってたし……」
「マジか……あいつがそうなるのならやばいんだろうな」
あの後からお姉ちゃんが苦しんだり動揺したり……いや。
そう言えばじっとしてると白目向いてたっけ。
「そして、そろそろ王城だな。教会から結構近いんだな」
「言われてみれば、たしかに結構近いですね」
徒歩で三十分くらいの距離かな。
通勤する道のりだと思えば悪くないかも?
まあ……どうでもいっか。
「そろそろ準備するか……俺は一応騎士団に身を扮する。お前はどうしようか?」
「……あっ」
……もしかしなくても、私が居たら怪しまれるんじゃ?
王国側からしたら、勝手に居なくなった人扱いだろうし。
「いえ、それは私が何とか致しますわ」
「デシンクちゃん?」
「お姉様からの言付けで……私の友人だと言い張るようにと」
考え込むようにそう話すデシンクちゃん。
何を考えているのかは分からないけど……相当悩ましいように見えます。
何をそんなに悩んでいるのだか。
悩ましいと言えば、スマイリーさんも同じかもしれません。
普段から無表情な人だけど、今日は一段と無表情な気がします。
……自分でも何を言ってるのかイマイチ分かりませんが、とにかくそう感じたんです。
「それは良いんだけど……私が着いて行ったら迷惑にならない?」
「そんな事ありません。ありませんけど……」
……この子にしては妙に感じる返し方です。
一体何がなんだか。
「よし、これで簡単にはバレないだろう」
皇帝陛下は顔まですっぽり覆う兜と騎士の鎧を着込みました。
うん、これならまずバレないよね。
「そう言えば城の警備ってどんな感じなんですか?」
「スマイリー、分かるか?」
「多少警戒は強いですが、数自体はそこまで多くありません。問題はないでしょう」
ううん……本当に上手く行きそうです。
敵国である皇帝が、直接王の前に現れる……
そんな嘘のような話が現実に起こってしまう。
「ここまで来れたのはお前の姉の助言が本当に大きい。改めて感謝する」
「そう、ですか」
「多分、俺だけの力ではここまで上手く事を運ぶなんて出来なかった」
血も多く流れただろう、と。
そう語る皇帝陛下の視線は王城に向けられています。
やる気満々ですけど……どうするつもりなんだか。
そう悪い方向にはしないと思いました。
この旅の中で、皇帝陛下も少しずつ変わったと感じたから。
この人が望んだ結末なら、私にも受け入れられる。
心からそう信じる事が出来ます。
……でも、よく思い返してみれば。
——お姉ちゃんの望みが何なのか、詳しく聞いた事はなかったかも。




