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今一度、誓おう


 グリムさんが大鎌を皇帝陛下に向けます。

 それに対して皇帝陛下は剣を改めて握り直し、構えました。


 そして、一瞬の静寂の後。


「「おおぉぉぉぉぉぉ!!」」


 再び同時に相手に向かって駆け出しました。


「お姉ちゃんは、戦わないの?」

「戦わないんじゃない。戦えない」

「え?」


 お姉ちゃんの何処を見ても怪我は無いし、体調も悪くなさそうだけど……


「でも、このままだと皇帝陛下が……!」

「勝てる。私を信じろ」

「この場合、信じる対象は皇帝陛下でしょ!」

「……」


 ああもう、何で動かないかなぁ!?

 スマイリーさんも、残りの屍兵達を部下に任せて二人の戦いを黙って見ています。

 助けに行かない理由が全然分からない!


 ……皇帝陛下が手を出さないようにって命令したのは勿論覚えてるよ。

 だけど、殺されるかもしれないのに……!


「気持ちは分からんでもないがな、アルタ」

「スマイリーさん……」

「男の、或いは皇帝としての……いや、もしかしたらそのどちらとも異なるかもしれないが」


 あれは陛下の意地なんだ、と。

 スマイリーさんはそう語ります。


 自分の蒔いた種で憎しみを生んだツケ。

 その代償を払うのに、他人の力は借りてはいけないと言うのだろうか。

 親子の殺し合いを、そんな事で……見過ごしてもいいの?


 私は、そんな絶対に止めさせたい。

 だけど……かける言葉が見つかりません。

 そもそも、話し合いで解決する問題じゃないんでしょう。


 それでも……

 

「スマイリーさん……昨夜聞いた話の続きを聞かせてください」


 昨日聞いた話には、まだ抜けている事があります。

 皇帝陛下が、グリムさんに憎まれる理由……

 私にはそこが未だに理解出来ていません。


 昔、成し遂げたい事があって。

 皇帝になると決めて、その為に敵対する人達を粛清して。

 その時に何かがあったのは察するけれど……


「粛清した貴族の中に、将来を誓い合って……婚約の約束をしていた令嬢が居たのだ」

「えっ……?」

「勿論、私も陛下もその事は知らなかった。何せ、秘密の逢瀬を交わしていたようだからな」


 ……好きな人を、親に殺されたから。

 それは確かに、憎しみの理由に足りえるかもしれません。


「そして、その令嬢……ミモザが、あいつだ」


 スマイリーさんが指したのは、お姉ちゃんの攻撃で倒れた屍兵。

 それも、さっき見た屍兵の女の子。

 あの人がミモザさんと言う事は……まさか!?


「自分が好きだった人を屍兵に!?」

「綺麗だろう。ここまで再現するのは中々大変だったんだぜ?」

「く、狂ってる……!」


 生前、愛していた相手を……


「死体が一片でも残っていれば、俺の【異能】でまた動かす事が出来るからな。まあ、整形には少々時間を食うがな。それと……少し違うな、妹の方。俺はな、狂わされたんだ」


 グリムさんは皇帝陛下と鍔迫り合いながら叫びます。


「このクソ野郎の所為でなァ!」

「……っ!」


 激しい攻撃。

 皇帝陛下はそれをなんとか捌きますが、額に汗が滲み出ています。

 やっぱり、一人じゃ……


「俺とミモザはな、死ぬ時も死んだ後も一緒だと誓い合ったんだ。地獄に堕ちようが共にあろうと」


 金属と金属がかち合う音と、足を踏み込む音の他。

 グリムさんの独白だけがその場に響きます。


「目を閉じれば、昨日の事のように思い出せる。目の前であいつが死ぬ光景が脳裏に焼け付いて離れない」

「……」

「そして、その下手人が貴様らだった事も。最早、笑うしかなかったさ」


 くっくっく、と。

 耐え切れなかった笑いを溢しながらグリムさんは続けます。


「民草の笑顔を守りたいだなんて語っていた、身の程知らずの屑がこんな事しでかしたんだからな!」

「っ!」


 何かを言い返したそうにしていた皇帝陛下ですが……

 それは言葉にならず、ただ口がパクパクと動くだけでした。

 皇帝陛下……


「大言壮語とはこの事だよなァ?」

「否定は、しない。本当は自分が虚飾だらけで卑しい人間だとも自覚している」

「そうだとも。しかも、俺は知ってるんだぜ? このクソ野郎が王国を目指す理由は……友人の復讐の為なんだろう?」


 ……そこまではバレてるんだ。

 王国に宣戦布告したとは聞いていたけど、教会の情報網が優れているのかも。

 それにしては、王国の街はかなり平和な感じだったけど。


「今、王国の戦力の大体三分の一は国境線の街に向かっている。しかも、領主様が謎の失踪を遂げたアガーテでな」

「っ……!白々しい、貴方達が殺したのでしょう!?」


 馬車の中から顔を出したデシンクちゃんが、怒りを露わにして叫びます。


「知るかよ、殺したのは別の幹部だ。そいつも連絡が途切れているし、お前らがここに居ると言う事はくたばったに違いねぇ。仇は取れたんじゃないか?」

「そう言う問題ではないのです! 例え教会の人間を全て粛清しようと、お父様は帰って来ない……!」

「……はん」


 返答が気に入らなかったのでしょうか。

 グリムさんは面白くなさそうにデシンクちゃんを見つめます。

 ですが、それでもやる事に変わりはない様子で……


「……お喋りも飽きて来たし、そろそろ決めてやるよ」


 一瞬、グリムさんの姿がブレて見えました。

 気が付けば皇帝陛下のすぐ目の前でグリムさんが首を目掛けて大鎌を振るっていました。

 皇帝陛下は咄嗟に剣で防ぎましたが……


「ぐあぁ……!」


 圧倒的な力で振り込まれた刃の勢いを殺す事が出来ず、首に剣が食い込みました。

 それなりに深い傷から、決して少なくない量の血が流れ出ています。

 やっぱり、皇帝陛下じゃこの人には勝てない……!


「じゃあ……死ね!」


 グリムさんは返す刃でもう一度首目掛けて大鎌を振るいます。

 その攻撃を皇帝陛下は横に転がり込みながらどうにか躱して距離を取ります。

 かなり無理な動きをしてしまったのか、首の傷を抑えて膝を付いてしまいました。

 スマイリーさんは、それでもまだ動きません。


「けっ、しぶとい野郎だ。まあいい、今度こそ……」

「俺を殺して、その後どうするんだ?」

「……は?」


 下を俯いた皇帝陛下が、唐突にそんな事を言いました。


「お前の憎悪が、俺とついでに絶対無理だろうがスマイリーを殺したとして収まる訳がないだろう?」

「……だったらどうした」

「さっきのあいつの質問で気付いた。お前の復讐は結局続くんだ……行き所を無くした怒りは、無差別に目に付く全てを傷付けるだけだろうな。……ああ、結局のところお前が望む物がなんだったのか。聞ける機会がなかったな」


 立ち上がり、前を向く皇帝陛下。

 その瞳には……不思議な光が宿っていました。

 憎しみでも、希望でもない。

 どんな未来の景色を見ていたのか、私には分かりません。


 だけど。


「俺が進んで来た道には、大量の血が流れた。それを無駄にしてはならないとか、犠牲の伴った行動はやり遂げなければならないとか、色々考えたけどさ」


 皇帝陛下は、真っ直ぐに立ちます。

 身体はボロボロで擦り傷だらけで、首からは血がだらだらと流れていて。

 思わず目を背けたくなるような格好なのに。


「俺の根底にあったのは、やっぱり見たい景色があったからなんだ」


 どうしても、目を離せなくて。


「昔、あいつが……俺の妻が言ったんだ。沢山の人が笑顔の溢れる国にしたいと。当時の帝国が荒れていたのはお前も知っているだろう。だから、俺は……皇帝の座を手に入れんとした」

「笑顔だぁ? はん、反吐が出るな」

「それはそうだろうな。少なくとも、俺はお前を幸せに出来なかったのだから」

「……」


 後悔と決意が入り混じった、複雑な表情でそう語る皇帝陛下。

 その横顔にはもう……迷いは見当たりませんでした。

 私には失った物を取り戻したいと思う、女々しい心を否定する事は出来ません。

 だけど、そんな心配は皆無で。


「他人頼りで、自分では何一つ成し遂げられない癖に。口だけはよく回るな?」

「それは親子だから。他人を都合良く笠に来て、自分の意見を通したいところは……笑いたくなるくらい似通ってるぞ」

「……何処がだ。とうとうとち狂ったか?」

「そうやって俺への憎しみの文句をぶつけないと、正気でいられないのだろう? それだって、結局は他人が……俺が居ないと何も出来ないって事じゃないか? 別の名前を名乗っていると言うのにな、リーベバンデ」

「っ、黙れ……」


 その言葉に激昂したのか、グリムさんの目が血走ります。

 余裕の笑みが消えて、憎悪の塊だと言いたくなる存在……

 一方の皇帝陛下は、何処か憑き物の晴れた顔をしていました。


「最初は皇族として……そして皇帝として、国の平穏を守りたいと嘯いていた。その為なら、どんな非道な手段を使ってでも成し遂げなければならないと。けど、それは結局は言い訳でしかなかった。出てしまった犠牲に傷付く心を、崇高な夢の為にだなんて言い聞かせて、素敵に包装された道を歩いている気分に浸っていたんだ。今お前を前にして漸く……もう遅いかもしれないが、悟れた。自分の心に背いて進むのは、俺と言う人間が死んだも同然なんだ」


 剣を天に向けて掲げ、高らかな声色で皇帝陛下は宣言しました。


「今一度……私に掲げられた王冠ではなく、ただのヴォルクラッヘ・フェル・ディバーグとして誓おう。多くの人に幸福を与えると。もう犠牲に言い訳はしないと。そして……お前とも向き合ってみせる」

「……俺にそんな気がある訳ねぇだろうが。そんなだから貴様は屑なんだ。考えて物を言えや」

「お前こそ、俺を誰だと思ってるんだ?」

「はぁ?」


 自信満々の挑戦的な笑みを浮かべた皇帝陛下は、胸に手を当てて豪快に叫びました。


「俺は皇帝として……いや、お前の父として人々の最前線を進んでいる。俺が行く先に道はなく、俺の後に道が連なるだろう。何故ならば! 俺が選んだ道は誰もが目を背け続けた茨の道であり、俺だけが通る事が出来る道だからだ。その道を阻もうとするのなら、せめてそれらしい口説き文句でも用意してから来るんだな!」

「……はぁ!?」


 皇帝陛下は言い終えると、思い切り振りかぶって剣をグリムさん目掛けて投げ付けました。

 唐突な攻撃にやや面食らったみたいだけど、グリムさんは大鎌で剣を叩き落としました。

 その僅かな隙に、皇帝陛下はグリムさんに手が届く距離まで踏み込んでいました。

 怪我もしてるのに……速い。


「はん、この程度!」


 グリムさんは接近した皇帝陛下に対して使ったのは……前蹴り。

 近過ぎて大鎌が使えないからと言って、焦りは見せません。

 しかし……


「甘いっ!」

「何ィ!?」


 皇帝陛下はその剛脚をほぼすれすれのところで躱しました。

 掠っているどころか、脚に沿って動いたようにすら見えました。

 攻撃を躱した皇帝陛下は、その勢いのまま、顎に向けて拳を突き出します。


 片足が地面に付いていない不安定な状態では、回避する事が出来ず……


「ちーたぁ頭をっ、冷やせぇ!」

「ぎぶぇ……!?」


 渾身の一撃を食らったグリムさんは、美しい放物線を描きながら宙を舞って仰向けで倒れました。

 そのまま気絶したと思いましたが、まだ意識はあるみたいです。

 だけど、しばらくはまともに動けない筈……


「復讐心は、未だにある。王国が憎くて堪らないさ。だが……俺は自分の心に従うと決めたんだ。目の前にある物をありのまま受け入れて、その上でどうするか決めてやるんだ。それが、俺とお前との差なんだ!」


 皇帝陛下……


「そもそもの話、父親に勝とうなんざ百年早いんだよ……痛ぇ!?」


 勝ち誇っていた皇帝陛下でしたが、今更痛みを感じ始めたのか悶絶してその場に座り込んでしまいました。

 ちょっと格好良いと思ったのに……この人は。


「……皇帝陛下。大丈夫ですか?」

「アルタ……早く止血してくれ、死ぬかもしれないから!」

「スマイリーさんが何も言ってないので多分死にはしないと思いますよ……多分?」

「安心しろ、大丈夫だ。多分」

「怪我人を前にする会話かそれ!? 頼むから不安にさせないでくれ!」


 ……これだけ叫べるのなら、思ったよりも元気そうだね。

 首以外は特に目立った傷も見当たらないし、やっぱり大丈夫そう。

 どうなる事かと思ったけど、本当に良かった……














「俺……は、まだ……認め、ない……!」


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