秘密
結局、宿に泊まっている間も皇帝陛下はずっと硬くて重い表情でした。
その様子は、まるで一人で重い何かを抱え込んでいるみたいで……とても心配です。
素の皇帝陛下は割とお調子者だと思っていました。
砕けた口調で話していた方がお似合いなのに……本当に、何でだろう?
あの演説をしていた人を見てからこんな様子になったんだよね。
……もしかして、あの人は皇帝陛下の知り合い?
いやいや、そんな事ある訳がないよ。
……ないよね?
…………ないかな?
………………あるかも?
それ以外に原因は思い付かないや。
と言う事はやっぱり……?
取り敢えず、明日誰かに聞いてみないと。
そんな事を考えながら私は横になりました。
……深夜。
駄目、眠れない。
皇帝陛下が隠している秘密……それがどうしても気になってしまう。
こうして横になってもその事を考えてしまうくらいに。
仕方無いや……ちょっとお水飲みに行こうっと。
折角起きたんだし、今からでも聞きに行こうかな……流石にこの時間は皆寝ちゃってるか。
そもそも、誰に聞くべきなのかも決められてないし。
皇帝陛下本人はだんまりだし、お姉ちゃんはまず無理だし。
まあ、こんな時間に起きてて皇帝陛下に詳しい人なんている訳が……
「……む、お前か」
「あっ、スマイリーさん」
……居ちゃったよ。
何でこんな時間に起きてるのか分からないけど、ラッキーかもしれない。
ちょっと質問してみよう。
「あの、少しお話していいですか?」
「小さい子はもう寝る時間だ」
「うっ……すいません」
どうしよう、皇帝陛下よりも一般人からかけ離れてそうな人に正論を言われちゃった。
……でも、押してみよう。
お姉ちゃんよりかは答えてくれそうな気がするんだ。
「少しだけでいいので」
「断る」
「せめて話だけでも」
「やだ」
「そう言わずに」
「疲れたから寝たい」
「今夜は寝かしません」
「寝させろ……待て、そんな言葉何処で覚えた?」
よし、何とか私に注意を向ける事には成功したっぽい。
「皇帝陛下の様子について聞きたいのですが……」
「ああ、そう言う事か。それなら明日分かるから、もう寝なさ」
「お断りです」
「……結局知る事になるのだから、今は我慢し」
「嫌です」
「……しつこいな。いいからもう寝」
「聞くまで眠れません」
スマイリーさんは無言で頭を抱えました。
この人が困っているのを初めて見たかもしれません。
「はぁ……その強引さは皇帝陛下の真似か?」
「?」
「何でもない」
何やら小さな声で呟いたスマイリーさんは、然りげ無い動きで私の前から去ろうとします。
……あっ、いけない!
私は行く手を阻もうとスマイリーさんの前に立ちます。
しかし、恐ろしく速い足運びで横をすっと通り抜けられてしまいました。
うぅ、逃げられちゃう……!
折角のチャンスなんです。
反応的に、スマイリーは皇帝陛下の様子がおかしくなった原因を知っています。
ここでこの人を逃がすのは惜しいと、私の勘が叫んでいるの!
私が尚も追い縋ろうとしたその時。
唐突に、スマイリーさんの部屋の扉が開きました。
「話は聞かせて貰いましたわ!」
部屋の中からもう深夜なのに出て来たのは……デシンクちゃん!?
何故起きて……?
「もう寝ている人も多いんだ。静かにしなさい」
「うっ……申し訳ございません」
この流れ、さっきも見たような……
「私だって詳しい話は聞いていないのです! このままでは眠れませんわ!」
「……はぁ。面倒な事になった」
「つまり、話してくださるのですね?」
「一言も口にしてないが」
「さぁ、私の部屋に早く!」
デシンクちゃんはスマイリーさんの腕を引っ張ります。
うんとこしょ、どっこいしょ。
しかし、スマイリーさんの身体はびくともしません。
まるで大木を引っこ抜こうとしているみたいでした。
「貴女も、手伝って、くださる?」
「あ、うん」
目的は同じなので私もスマイリーさんの腕を引っ張ります。
うんとこしょ、どっこいしょ。
しかし、スマイリーさんの身体はびくともしません。
……まどろっこしい。
「あの、私達も真剣なのでいい加減にしてくれませんか?」
「今の何処に真剣な要素が……?」
「ええい、早くしてくれないと夜這いされたって大声で叫びますよ!」
「よ、よばっ……!?」
「……はぁ、分かった分かった。降参だ」
顔を真っ赤にしたデシンクちゃんはさておき。
……ようやく話をしてくれそうです。
「手間取らせるんだから……はぁ」
「やはり、お前は意外と向いているのかもしれんな」
「向いてるって、何にですか?」
「殺し屋」
「殺しますよ!?」
「ほら」
笑えない冗談はやめて欲しいです……私は平穏に暮らしたいだけなのに。
お姉ちゃんと一緒に、至って平凡に過ごしたい。
それだけを願っています。
昔は退屈な日々を少し億劫に感じていたけれど……
今なら、普通の生活がどれだけ得難いものなのか分かるから。
「さて、邪魔するぞ」
「は、はわわ! 狼……じゃなくて、殿方を寝室に入れるのは初めてなのですが!?」
「いや、さっきまで思い切り引き摺り込もうとしてただろう」
「私にはお姉様と言う方がいらっしゃるのに……!」
「ごめん、その話も後で詳しく教えてくれないかな?」
「ひっ、狼が一人増えた!?」
誰が狼ですか……
この一連の流れの所為で、すっかり目が覚めちゃったよ。
隣のデシンクちゃんが泊まっている部屋に三人で入ります。
この人数だとちょっと狭いけど、仕方ないよね。
「答えてください。皇帝陛下とあの教会の人は知り合いなんですか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり……何者なんですか?」
「聞いても後悔しないか?」
スマイリーさんはそう言って険しい目付きになります。
半端な覚悟で聞くな、と。
言外にそう言っているんでしょう。
私は……本当に覚悟があるんだろうか。
分からない。
分からないけど……
「私だって、遊び半分で聞いてる訳じゃありません。それだけは誓えます」
「お前もか?」
「お節介だと言われても、それが誰かの為になるのなら……私は迷いなく進めますわ」
いつの間にか復活していたらしいデシンクちゃんはそう答えました。
この子も、この子なりの信念があるんだよね……
私よりも小さくて忘れがちだけど、私なんかよりもよっぽど立派で貴族らしい人なんだ。
「……最近の子供は成長が早いな。環境がそうさせるんだろうか」
「いいから早く教えてください。また眠気が襲ってくる前に」
「そこは心配するな。これを聞いたら、眠気なんて吹き飛ぶだろうからな……」
……スマイリーさんの言う通り、私達はこの後中々寝付けませんでした。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
朝の日差しが普段よりも眩しい……
普段よりも起き上がるのが難しかったです。
「全員乗りましたわね。出発ですわ……ふわあぁぁ……」
デシンクちゃんも私と同じく、凄く眠そうにしていました。
目の下の隈は地味に化粧で隠しているのであまり目立っていません。
……以前から化粧してたっけ、この子?
「あまり眠れなかったみたいだな」
「え、えぇ……皇帝陛下はどうですか?」
「俺か? まぁ……ぼちぼち、ってところだ」
……昨夜聞いたスマイリーさんの話が本当なら。
きっと皇帝陛下も眠れなかったでしょう。
だけど、全く眠そうにはしていないみたい。
「……」
お姉ちゃんも見かけましたが……
私を見て、珍しく怪訝な目をしていました。
お姉ちゃんが変なのはいつもの事だけど、妙に気に掛かるなぁ……
「さて、と」
皇帝陛下はいつも腰に提げていた剣を鞘から抜いて、砥石で研ぎ始めました
普段ならそんな事しないのに、今になって手入れを始めるなんて……
素人の私ですら分かる、高品質でよく切れそうな剣。
……自分の手で決着をつけたいと言う意志の現れなのかもしれません。
「あの野郎が俺の道を阻むのなら……押し通らなければ」
無意識なのか、独り言が時々こぼれ落ちます。
……覚悟は出来ているみたい。
でも、私としては覚悟なんてして欲しくなかった。
「……」
しかし、声をかけられる雰囲気ではなく。
私はただ黙って見守る事しか出来ません。
こんな無力感なんて……初めてかもしれません。
もっと私に力があれば……
「……迷ってるくらいなら、話しかければいいのに」
「デシンクちゃん……」
私の横に座ったデシンクちゃんに、皇帝陛下に聞こえないくらいの小さな声で話しかけられました。
そう言えば、今日は私と同じ馬車に乗っていました。
普段は別の馬車に乗ってるんだけど、何でだろう?
……と言うか、隣に座ってるんだから絶対聞こえてると思うんだけど。
「……どうかしたか?」
「ギクリッ!? な、何でもないですわ。おほほ……」
「そうか……」
普段の皇帝陛下なら深掘りして来そうだけど、今は大して気にしていないようです。
好都合だけど……やっぱり寂しいな。
……口でギクリって言う人初めて見た。
「……」
「?」
デシンクちゃんが手振りで何かを伝えようとしているみたいだけど……
うん、全然分からない。
「……取り敢えず、相手が来るまでは大人しく待ってようよ」
「いいや」
「っ、お姉ちゃん?」
窓からぬめりとした動きで自然に馬車の中に入って来たお姉ちゃん。
近くに座っていた皇帝陛下も流石に面食らったようでしたが……
すぐに鋭い顔付きになった皇帝陛下がお姉ちゃんに質問しました。
「……お前が来たって事は、いよいよか?」
「ああ」
……戦いの時が近付いているって事なんでしょうか。
それを止めるのは……きっと、もう無理なんだね。
「いつ来るんだ?」
「……他人に分かり易く言うのなら」
お姉ちゃんは指を二本立てました。
……果てしなく嫌な予感がします。
どうか、せめて二分後であって……!
私のそんな考えは、あっさりと打ち破られて……
「——二秒後だ」
ヒュン、と。
私の頭の横を何かが高速で通り過ぎました。




