再会の約束
朝日を拝めて良かったと心から思う日が来るなんて……と。
私は疲労を感じるまま目が覚めてから、そんな事を考えてしまいました。
街一番の宿だけあって寝心地は素晴らしかったけど、単純に寝る時間が足りてないんですよね。
「ふわあぁぁ……」
眠気と疲れの所為で情けない声が出てしまいました。
気を取り直して思い切りノビをし、やや重たい身体を何とか起こします。
二度寝したい気分だけど、昼には出発するから我慢しなくちゃ。
「アルタ、来て」
「わわっ!?」
足音がしなかったにも関わらず、お姉ちゃんがドアをガチャリと開けて部屋に入って来ました。
まるで、私が起きるのを見計らったようなタイミングですね……
お姉ちゃんの事なので、気にしても得は無いでしょうけど。
「来てって、何?」
「入るよ」
「入るって……あっ」
それって、もしかして……
「……温泉?」
「うん」
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
「ふわあぁぁ……」
街一番だけあって、とてもとても広い温泉。
湯船に座り込んだだけで、早くも本日二回目の情けない声を出してしまう私。
……だって仕方ないじゃん。
それくらい温泉は気持ち良いんだもん。
このあったかいお湯に、湯煙が作り出す幻想的な風景。
ああ、気持ち良い……疲れが身体から抜けて行くのを感じます。
今まで体験した事のない、不思議な気分です。
それにしても、昨日の騒動があったのに温泉に入れるとは思ってもみませんでした。
と言うか殆ど忘れちゃってたよ。
色々あったからなぁ……
お姉ちゃんの話によると、本来ならまだ調査が必要だけど宿の人を説得して開放させたんだとか。
昨日の騒動もあって、私達以外の宿泊客は別の宿に移ってしまったので貸切状態です。
宿の人……ニリナさんですね。
この宿で一番偉い人だったシクタさんが亡くなった影響は大きいです。
しばらく休業にすると言う話も出たらしいけど、ニリナさんが止めました。
結局、シクタさんの跡を継いでこの宿を盛り上がる事に決まったそうです。
今、あの人はお母さんもお父さんも亡くなって、辛い筈。
だから、正直な話……心配で気はあまり休まりませんね。
「ニリナさん、大丈夫かなぁ……」
「お呼びですか?」
「へ?」
……独り言に返事が来てびっくりしたよ!
振り返ると、岩の陰にニリナさんが湯船に浸かっていました。
服の上からだと分からなかったけど、この人結構大き……じゃなくて!
「その、平気ですか? ご両親が亡くなられて……」
「……まだ、心の整理は付いていませんね」
複雑そうな表情でニリナさんは遠くを見つめます。
その視線の先に、アコニさんとシクタさんが居るのは想像に難くありませんでした。
「私、実はこれまで愛情と言うものを上手く理解出来ていませんでした」
「愛情?」
「ええ、最近は仕事も忙しくなっていましたので。なので、あまり会話をする時間が取れていませんでした。それ故、偶にこう考えてしまう事があったのです。両親は私の事をどのくらい大切に思っているのだろう、と」
ニリナさん……
「だけど、あの時漸く分かったのです。お父様もお母様も……私の事を深く愛してくれていた事が。本当に恥ずかしい限りです。それを理解出来たのが、お父様が亡くなる直前になるだなんて」
ニリナさんの目は、湯煙の所為で分かり難いけどかなり腫れていました。
今だって泣きそうな顔をしています。
だけど、ニリナさんは上を向いて話を続けます。
「だから決めたんです。お父様とお母様が遺したこの宿を……この場所を守りたい。それが、私が心からやりたい事。ずっと塞がってたら、二人に心配させてしまいますから」
ほんの少しだけ、唇の先が震えていたけど。
ニリナさんは素敵な笑顔を見せながらそう宣言しました。
……昨日よりも、ちょっぴり大人になった感じがするな。
強い人なんだね……私も見習いたい。
「うう、私の屋敷のお風呂よりも気持ち良いですわあぁぁ……」
あ、デシンクちゃん。
昨日はグロッキーになっていたけど、割と元気そうです。
一晩寝たら治ったのでしょうか。
私の方はまだ疲れが取れ切れてないので、少しだけ羨ましいです。
「あら、貴女は……」
「昨日振りですね」
「……父親を亡くしたのでしょう? 私も気持ちは分かりますわ」
ああ……そうだ、デシンクちゃんのお父さんも……
「え、いや、その……」
「元気を出して欲しい、とは言いませんわ。ですが、辛くなった時くらいは立ち止まっても許されると思いますわ……」
「……はい、ありがとうございます」
ニリナさんは苦笑しながら素直に礼を述べていました。
……自然と人に好かれる人だから、こんなに心配されているのかもしれないね。
うん、これならきっと大丈夫……今後も上手くやって行けるよね?
「……あれ?」
「どうかされましたか?」
……お姉ちゃんが居ない。
辺りを軽く見渡してみましたが、お姉ちゃんの姿はありません。
脱衣所までは一緒だったのは覚えてるんだけど……
何でだろう、裸を見られるのが恥ずかしいのかな?
「あの、お姉ちゃんが見当たらなくて……」
「もしかしたらもう一つの浴槽に入っているのかもしれませんね。あの温泉も人気なので」
「むむ……ちょっと行ってみたいですわね。お勧めとかありませんの?」
「でしたら、ご案内致します」
「……私も行こうかな」
全く、お姉ちゃんったら……何処で寛いでいるんだか。
「それにしても貴女……大きいですわね」
「え、あ、その……そんなに見つめられたら、困ります」
「何を食べたらそんなになるんですのよ……いえ、私だってまだ成長の余地はありますわ!」
「……頑張ってください」
「ふんっ……それで、もう一つの温泉ってどんな効能があるんですの?」
「肩凝りや腰痛が良くなったりですね。他にも、魔除けなんて眉唾な噂も……」
「ああ、だから貴女はそんないい物をお持ちなのに肩が凝っている様子がないのですね」
「あの……その、恥ずかしいのですが……」
「んん、よく見たら腰回りも……むむむ」
何やら話している二人を一旦放っておいて、お姉ちゃんが居ないか改めて探してみます。
案外そこら辺に居たりしないかな……
いやいや、流石のお姉ちゃんでも温泉に来たら素直に入る筈だよ。
……多分。
「あちらです。少々分かり難いですよね」
「岩陰にこんな場所が……此方は少々狭くてお湯の色が異なるみたいですわね」
此処にお姉ちゃんは……あっ居た!
「お姉ちゃんっ!」
「……」
目を閉じ湯船の中で静かに佇むお姉ちゃんの姿が見えた時。
私はお姉ちゃんの身体にやや違和感を覚えました。
以前……ええと、私達がまだ帝国で過ごしていた頃ですね。
その時よりも、かなり身体が引き締まっているような気がしました。
全体的に筋肉質になっていると言うか……あ、腹筋割れてる。
トレーニングしていると聞いてはいたけれど、まさかこれ程なんて……
「……」
私達が一緒に温泉に入っても、此方を見る事もなく黙り込んだままでいます。
……お姉ちゃんがこんなに静かにしてるだなんて珍しい。
いつもなら何だかんだ理由を付けて身体を動かしているのに。
「お姉ちゃん」
「……何?」
口だけを動かしているけど、何故なのかな。
最近のお姉ちゃんにしては珍しく……調子が悪そうにしているような?
流石のお姉ちゃんでも昨日は疲れたのかな?
「その、疲れてない? 大丈夫?」
「平気」
「……なら、いいんだけど」
一応お姉ちゃんの身体を隅々まで見直したけど、傷一つ見当たりません。
……素っ気なさ過ぎて、ぎこちない言葉しかかけられないや。
「そう、なんだ」
「うん」
「……お昼には出発するのかな」
「そうね」
「じゃ、それまではゆっくり休もう」
「そうすると良い」
……微妙な空気になっちゃったけれど、温泉は本当に心地良かったです。
お風呂上がりに飲んだフルーツ牛乳は異様に美味しかったですし。
また機会があれば行きたいって心からそう思います。
だけど。
お姉ちゃんとの距離は、まだ少し離れたままでした。
「……?」
「あら、どうされましたの?」
「何か、普段とお湯の色が違うような……いえ、きっと気の所為でしょう」
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
出発時刻。
名残惜しいけれど、行かなきゃいけないんだ。
私としては、目的がよく分からなくなっていました。
ただ学園に通いたいと口にしただけなのに……何故、こんな事になったのか。
そもそも、私は私の意志でこの旅を続けているのか。
何度考えを巡らせても答えが出なくてもどかしい。
そして何よりも……その全ての原因が、お姉ちゃんに収束されているが辛くって。
ゆっくり休むと、色々な事を考えてしまいます。
このままだと、お姉ちゃんが遠く離れて行きそうな気がしたり……
「……よっと」
それでも、手は動かさなくちゃなりません。
考えるのを一旦後回しにして、荷物を馬車に詰め込むのを手伝います。
とは言え、そんなに嵩張る荷物も無いのですぐにそれも終わってしまいました。
「……はぁ」
「どうかされましたか」
「あ、ニリナさん……」
見送りに来たのか、ニリナさんは私の元へ足を運んでくれたみたい。
「何かお困りですか?」
「いえ、平気です」
「……昨日、貴女は私の話を聞いてくださりましたよね。そのお返しと言う訳ではないのですが、力になりたいのです。それに、旅立つお客様がそのような顔をしていたと噂を広めたくありません」
そ、そんなに酷い顔してたかな?
……鏡がないので確認出来ないけれど、そうなのかもしれません。
「その、温泉の時も思ったのですが……あまり姉と仲が良くないのですか?」
「……最近はちょっと、色々とありまして」
「そうですか……っ。少しお待ちください」
ハッとしたニリナさんは、早足で宿の中へ入って行きます。
一体何なの……?
何か思い付いたような顔をしてたけど。
「……お待たせしました」
数分後、一つの箱を持ってニリナさんは戻って来ました。
「それは一体……」
「実は、お父様への贈り物を用意していたのですが……これは貴女にお譲りします」
「えっ!? い、いやいやいや、それは流石に悪いよ!」
亡くなったお父さんへの贈り物を貰うなんて、とんでもなく気が引けるって!
どうしてそんな考えが出て来たの……?
「元々、これは本当にお父様が私を愛してくれるのか確かめようとして用意したもので……でも、もう必要がないと確信しましたから」
未開封であった箱の蓋を開けると、中には花冠が入っていました。
白い花で綺麗に編まれていて、作った人の手際の良さを感じさせます。
……私が作ったのよりも、よっぽど形が綺麗かもしれません。
「この花にはずっと離れないと言う意味が込められていまして。だから、貴女にぴったりだと思ったのです」
「……えと、じゃあ有り難く貰うね」
これ以上拒否するのもそれはそれで悪い気がしたので、私は花冠を受け取る事にしました。
試しに被ってみると、ぴったりと頭に嵌ります。
……普段使いするのはちょっとあれだけど、素敵な装飾品だと思う。
でも、何だか私からしたら一方的な気がするんだよね。
「ありがとう、ニリナさん」
「ええ。貴女の旅路が良い物になりますように」
「ううん……あ、そうだ」
ふと、私は良い案を思い付きました。
このままだとニリナさんとの関係が半端な物で終わってしまいます。
昨日まではニリナさんは私にとって、憧れの女性だったけれど。
今の私はちょっと違います。
「ただで花冠を貰うのは、私が貰ってばかりな気がするんだ」
「そう、なのでしょうか?」
「だから……ニリナさん。いや、ニリナ。私と友達になってよ!」
「友達……ですか?」
「友達なら、貰った分だけお返ししようと思えるんだ。いつかまたここを訪れた時に……私からも何か贈り物がしたいの。その為に、笑って再会の挨拶が出来るように、ね?」
「わざわざ友達になる必要は無いのでは……」
「あるよ。だって、私は友達は絶対に大事にするから」
「……嬉しいです。私、友達なんて初めてですから」
「私も、言われてみれば友達は初めてかも」
「……ふふふ」
「……あはは」
心の距離が縮まって、心が暖かくなる。
ああ……私が一番欲しかったのは、この温もりなのかも。
自然と、私もニリナも笑みが浮かんでいました。
家族と距離が離れてしまった故の寂寥感。
お互いに空いた心の隙間を埋めたかっただけかもしれないけれど。
私は……ニリナを大事に思っています。
そして、ニリナも私の事を大事に思ってくれているのが伝わっていました。
ああ……どうか、私の友達ニリナが。
自分の道を進めますように。
「また会いましょう、アルタ」
「また会おうね、ニリナ」
離れていても、心は一緒。




