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去る者追えず


 お姉ちゃんの言葉を受けたニリナさんの目に、強い光が灯りました。

 泣きそうだった表情が引き締まり、決意が篭っていたす。


「正直、この状況を未だに噛み砕けていませんが。頑張らなきゃお父様もお母様も、悲しい結末になっちゃうんですよね」

「ああ」

「……分かりました。及ばずながら、言葉を尽くさせて貰いましょう」

「その間は私が死んでも守る」


 お姉ちゃんはそれだけ言うと、アコニさんの方に向き直ります。

 シクタさんは……まだ意識はあるみたい。

 だけど、やはりと言うべきなのか喋る事が出来ない程に衰弱しているようです。

 ただでさえ伏せっていたのに、あんな強く蔓に締め上げられています。

 生きているだけで幸運と言えるだろうけど、命の灯が消えるのも時間の問題の筈……


 ……私に出来る事は、応援くらいかな。


 ……頑張れ、ニリナさん!


「お母様聞いて! これ以上お父様を傷付けないで!」

「駄目だ、駄目だ。邪魔するなら……潰してやる!」


 再び沢山の植物の蔓がニリナさんに迫ります。

 しかし、お姉ちゃんがその蔓を一瞬で切り落としました。

 蔓はニリナさんに一つも触れていません。


「おのれ、目障りな……!」

「……」


 挑発なのか、或いは素でやっているのか。

 お姉ちゃんはナイフを片手で弄びます。

 何処かその仕草が楽しそうに感じるのは気の所為でしょうか。


「お母様、私はお母様がこれ以上を苦しむ姿を見たくないよ!」

「苦しいのはこいつの所為だ。こいつさえいなくなれば……」

「そんな事、誰が言ったの!? 本当にそれで苦しみから逃れられるの!?」

「う、うるさい……黙れ!」


 更にアコニさんの攻撃が苛烈になります。

 横からだけでなく天井や床からも蔓が生えてお姉ちゃんに襲いかかります。

 しかし、お姉ちゃんは全く焦っていませんでした。


 床の蔓はステップで華麗に、天井の蔓は首を傾けるだけで躱しています。

 それでいて避けれない蔓はナイフで斬り刻んで防いでいます。

 ……人間技じゃなさ過ぎて、曲芸か何かを見ている気分だよ。


「お母様……貴女は本心からお父様を殺したいと思ってるの!?」

「当たり前だ! 私、私は」

「覚えてないの、私達と一緒に過ごした日々を!」

「う、うぐっ……ぐあぁ……」


 アコニさんが苦しみながら頭を抑えました。

 ただでさえ苦しそうだったのに……その姿には憐憫を感じさせました。


「お願い、お母様は本当は優しい人なの……どうか、自分を取り戻して!」

「わ、私は……うあ、ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アコニさんの絶叫が響きます。

 何か、頭の中であってはならない致命的な矛盾を突き付けられたかのように。

 あと、あと一歩な気はするんだけど……!

 

「……っ、邪魔を、するなァァァァァァァァァ!!」


 攻撃がさらに苛烈になる。

 最早蔓が壁となってお姉ちゃんに迫っています。

 あまりにも多い蔓の本数の所為で、私からお姉ちゃんを視認出来ない程です。


「だ、大丈夫ですか!?」

「お姉ちゃんなら……きっと大丈夫だから!」

「……信じましょう」


 お姉ちゃんは絶対に約束を破らないんです。

 一度宣言した事は必ず実行する人なんです。

 昔も、きっと今も!


「お母様の苦しみを……私にも教えて! 苦痛を取り除く事は出来ないかもしれないけど……一緒に背負いたいの!」

「何故だ、何故そんな事をしようとする! そんな事したって、何の得もないのに……!」

「家族だから!! 喜びも悲しみも共有しなくちゃなの!!!」


 ニリナさんの叫びは確かにアコニさんに届いているようです。

 だけど……


「……信じない。私の家族は、そんな……うぎぎ……」

「そんな……これでも駄目なの……?」


 ニリナさんは再び項垂れてしまいました。

 これ以上は無理なのでしょうか……?

 いえ、まだです。

 まだ諦めるには早い気がします。


 何か、突破口は……


「ニリナ……これ以上、お前の話なぞ聞かぬ! もう良い、殺してやる!」

「うぅ……私と過ごした日々は、そんな簡単に切り捨てられる物だったの……?」


 あれ、ちょっと待って。

 お姉ちゃんはこう言ってたような……



『お姉ちゃん、幽霊って何なの?』

『……死ぬ直前に強い未練を残し、生前の記憶の大半を失ってまで怨恨を晴そうと現世を彷徨う不定形の魔物』



 アコニさんはニリナと言う名前を覚えていました。

 生前の記憶を殆ど失っているのにも関わらず、です。

 つまりは……きっとそう言う事なんだ。


「やっぱり、アコニさんはニリナさんの事も大切に想ってたんだ」

「アルタさん……」

「大丈夫、今なら私だって断言出来るよ。ニリナさんの気持ちは伝えられるよ」


 互いが互いを想い合っているんだもの。

 たとえ、一時の気の迷いですれ違ってしまったとしても。

 苦しいからと逃げないで立ち向かえば……きっとまた、心は重ね合える。

 私はそう信じるよ。


「……お母様!」

「っ、来るなぁ!」


 ニリナさんがアコニさんに向けて走り出す。

 ふらつきながらも、何処か強さを感じさせながら。

 アコニさんは蔓をニリナさんに向かって襲わせますが……


「……行け」

「はいっ!」


 一閃、ニリナさんの進行を邪魔する蔓をお姉ちゃんは全て叩き切りました。

 お姉ちゃんを見たアコニさんは憎々しい視線をお姉ちゃんに向けます。


「お前は何故ここまで動けるのだ!? 私には分かる、お前の命の灯は残り僅かだと言うのに!」

「お、お姉ちゃん!?」


 実は死にかけの身体だったの!?

 しかし、よく見ても私の目には傷一つ見つかりません。

 いつものように立っているように見えるけど……


「……お母様っ!」

「ぐっ、しまった!?」


 お姉ちゃんに気を引かれた間にニリナさんはアコニさんのすぐ側まで辿り着きました。

 そして、ニリナさんは——




 ——ただ静かに、アコニさんを……自分の母親を抱きしめました。




「何、故……」

「ごめんなさい、お母様……こんなになるまで、私もお父様も側に居られなくて」

「……何故だ、何故私に触れられるんだ」

「霊が干渉出来るのは、魂の部分のみだ」


 服のあちこちに引っ付いた蔓の残骸を払い除けながら、お姉ちゃんがそう言いました。


「それも縁の深い……または強く意識している対象に限定される」

「つまり、それって」

「お母様は、私の事を愛してくれていたのですね……」

「……違う、違う!」


 ニリナさんのその言葉にアコニさんは激しく動揺したのか、頭を両手で抑えて悶えました。

 否定したいのかもしれないけれど、この人も心の隅ではきっと……


「私は……苦痛から逃れたかっただけで……っ!」

「大丈夫、私が側にいるんですもの」

「ああ、何で……今更思い出してしまったのでしょう」


 アコニさんから敵意が消えて行くのを感じます。

 あれ程暴れていた植物の蔓も、段々と枯れているみたい。

 ……もう安心、かな?


 いやでも、ちょっと待って。


「……そうだ、シクタさんは!?」


 あんなに衰弱してたんだもん、早く助けないと手遅れに……!


「お父様……返事をしてください、お父様!」


 ニリナさんは悲痛な声をあげながら、シクタさんの元へと駆け付けました。

 蔓からは解放されたけど、床にぴくりともせずに仰向けに倒れています。

 顔色が青白くて、まるで死人みたい……


 アコニさんは二人を沈んだ面持ちで見つめています。

 自分が犯した過ちを……目を逸らしてはならないと考えているのかもしれません。

 決して取り返しが付くものではない、大きな過ちを。


「お姉ちゃん。シクタさんは……」

「死ぬ」


 素っ気無くお姉ちゃんはそう答えました。

 血も涙もない返答かもしれないけど、私はあまり驚きませんでした。

 ……何となく、薄らとだけど私だって察してはいたんです。


「そっか」

「試しはした。だけど、私は確率が0の事象を変える事は出来ない」


 それだけ言うと、お姉ちゃんは押し黙りました。

 ……試しはした、かぁ。


 何度も何度も未来を見て、それでも見つけられなかったのなら。

 仕方ない事だと、中々切り捨てられなくても。

 認めざるを得ないのかもしれません。

 例えお姉ちゃんでも、出来ない事はあるんだって。


「……お父様、どうか起きてください!」

「うぐっ……ニ、リナ?」

「お父様っ!」


 シクタさんは何とか目を覚ましたみたいだけど……


「すま、ない。私はもう長くはない……」

「そんな……!?」

「そこにいるのは妻、か?」

「……」


 シクタさんの言葉に、アコニさんは振り返ります。

 その表情は、私の位置からは見えなかったけど……

 多分、悲しみに満ちた顔をしてたんだと思うな。


「私の事を……恨んでいたの、か」

「……うん」

「理由は、聞かない……だけど、意外だった、な」

「意外……?」

「アコニ……お前は、私に無関心だと、思っていた、ぞ」

「……最近は、会話すらしていませんでしたからね」

「ああ、でも……不思議な事に、私は今、少しだけ嬉しい……」

「何故ですか?」

「今、お前は私を見て悲しんでくれているじゃないか……」


 二人は互いに見つめ合い、少しの間静寂が訪れました。


「そうね……私も、やっぱり思い出せて良かったと心から思うわ」

「ああ……最期に、それが分かって良かっ、た」

「そんな事言わないで、お父様!」


 ニリナさんは大粒の涙を流しながらそう叫びました。

 ……これが変えられない運命だなんて、嫌だな。


「ニリナ……すまな、い」

「ごめんなさい、ニリナ……」

「そんな……待ってよ二人共!」


 二人の身体が薄れて段々と消えて行きます。

 ニリナさんは二人に縋り付くように抱き締めようとしますが、腕がすり抜けてしまいました。


「私も……私も行きます! どうか、置いて行かないで……!」

「それは駄目だよ、ニリナ。私達が貴女に望むのはたった一つ」

「お前が望むように……どうか、健やかに生きてくれ」


 そう言い残すと、アコニさんとシクタさんの姿は完全に見えなくなりました。

 もう、その存在は……何処にも見当たりません。

 気が付けばこの空間も正常に戻っていました。

 植物の残骸だけは残ったままですが、それらも全て枯れ尽くしています。


 何とか危機を乗り越える事は出来ました。

 そして、愛情を取り戻せたけれど……


 美しい愛情の花は、枯れる事もなく去って行きました。

 去る者追えず……ニリナさんは。

 





「ひっぐ……うわ、ぁ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」






 家族を失った哀しい泣き声が、長く響き渡っていました。

 ずっとずっと長く……朝日が登っても、ずっと響き渡っていました。



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