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花咲く憎悪


 ニリナさん……いえ、その姿をしたナニカは私達を無視して歩き出しました。

 脇を通り抜けて、通って来た道……つまり、宿の方へと向かっているようです。

 私達はそれを見過ごす事しか出来ませんでした。

 足が植物の蔓に絡まれて、動けなかったから。


 と言うか、歩いた跡に植物が生えてるんだけど!?

 お花畑に生えていたのと同じ物が生えてるみたいだけど……

 まさか、お花畑もこの人が原因で?


「とにかく、後を追わないと!」

「ああ」


 お姉ちゃんは懐からナイフを取り出すと、それで私を縛っている蔓を切ろうとします。

 蔓を片手で持って着実に、とかはしないでそのまま片手でナイフを振るわれました。

 ……感覚が麻痺して来たのか、こんな事をされても恐怖をあまり感じなくなっちゃった。


「お姉様、私も助け……ひゃんっ!」

「色っぽい声出してる場合なの!?」

「だ、だって……ひゅえっ!」


 デシンクちゃん、ちょっと敏感じゃない?

 たしかにその、脇とか太ももまで蔓が這われてたみたいだけど。

 ……何だかえっちだ。


「俺が最後かよ。まあ、別に良いけどよ」

「……」


 お姉ちゃんはナイフを仕舞うと、すぐに帰り道の方へと歩き出します。

 忙しないけど……うん、お姉ちゃんらしいね。

 私達もすぐにお姉ちゃんの後を追います。


「行くよ」

「うん。ニリナさんが心配だもん」

「うーむ、まるで取り憑かれてるみたいな感じだったな」


 皇帝陛下の言う事に私も同意です。

 アコニさんがニリナさんの身体に入り込んだかのようにも見えましたし。

 ……幽霊には明るくないんだけど、そんな事が可能なのかな?

 

「お姉ちゃん、幽霊って何なの?」

「……死ぬ直前に強い未練を残し、生前の記憶の大半を失ってまで怨恨を晴そうと現世を彷徨う不定形の魔物」

「ひっ、コワイ!」


 デシンクちゃんが怖がりなのはさておき。

 魔物ってどう言う事なんだろう?

 

「アルタ」

「な、何?」


 いつも通りの……だけど、何処か違った雰囲気のお姉ちゃん。


「人の本当の死は記憶を失う事だ。周囲から忘れ去られ、自らの記憶すら失う。幽霊は記憶こそ失っているが、死ぬ直前に感じた心情は強く保っている」

「つ、つまり……どう言う事?」

「アコニは、死因の要因とも言える夫のシクタに強い恨みを持っている」

「えぇ!?」


 たしかに、シクタさんの言い付けで出掛けた際に階段から転げ落ちたってニリナさんが言っていたけど……

 その程度の理由で恨みを持つだなんて、ちょっとおかしいよ。

 二人は夫婦だった筈なのに。


「今までに受けた愛情すらも忘れ、それっぽっちの怨恨に支配される悪霊。温泉の毒混入もあいつが原因」

「それもアコニさんの幽霊が!?」


 でも、どうやって幽霊の状態で毒を入れられたんだろう?

 ……そう言えば、ここら辺りの地下は温泉の源泉があるとか言っていたような。


「今も足元に生えているこの花は彼女の怨念が形を成した物で、毒がある。特に根の部分」

「え、ちょっ!?」

「マジか!?」


 綺麗な花には棘があるとは言うけれど、まさか毒が含まれてたなんてっ!

 あれ、それってもしかして……今も私達の身体には毒が付着してるって事!?


「口に含まなければ大丈夫」

「……もし、食べちゃったら?」

「心臓麻痺で死ぬ」


 ………………

 うん、まあ、その。

 たしかに驚いたんだけど……一つ、どうしても言いたい事がある。


「先に言ってよ!?」

「言ったら風情を楽しめなくなっていたから」

「……」

 

 ……少しだけ、お姉ちゃんが多くを語りたがらない理由が分かった気がします。

 一応、私の事を気遣ってるのかもしれません。

 もしそうなら目の前で首切りしたりしないと思うけど……

 ほんと、優しいんだか厳しいんだか。


 それにしても、怨念が毒花の形になるだなんて……

 綺麗な花には毒があるとは言うけれど。

 もし服毒してしまったら、どんな苦痛を味わう事になるのでしょうか。

 想像するだに恐ろしいです。




⬛︎ ⬛︎ ⬛︎




 宿屋に到着する頃には、日が殆ど落ちてしまってしまいました。

 道端に花が生えている光景は毒があると知らなければ美しいと思えたかもしれません。

 もっとも、今はそんな場合じゃないのだけれど。


「宿屋まで、花の道が続いているな」

「他の宿屋で待機している方々は無事かしら?」

「スマイリーもいるから大丈夫だろ、多分」


 たしかにあの人は凄く頼りになりますけど……頼り過ぎじゃない?


「それにしても、明かりが点いていませんわね」

「アコニの霊は既に中に入っている。何かが起きていても不思議ではない」

「入るよ」


お姉ちゃんはそのまま宿の中に入ろうとします。

 心の準備とかする時間をくれても……と、思わなくもないですが。

 うん、もう行こう。

 悩んでるよりも当たって砕けるくらいが丁度良いかもしれません。


「この中に霊がいるのでしょう!?そ、そんな所に行けませんわ! 私はここで待たせて貰います!」

「おい……ホラー小説で死ぬ奴のセリフじゃねぇか」


 お姉ちゃんはデシンクちゃんの宣言も無視して扉開けてスタスタと中に入りました。

 私と皇帝陛下もその後に続きます。


「えっ……ひ、一人はもっと嫌ですわ!」


 結局、デシンクちゃんも付いて来ました。

 別に、本当に怖いなら待ってた方が良いと思うんだけど。

 まあいっか。

 さて、宿屋の中はどうなって……




「「「……」」」




 お姉ちゃんを除いて、私達は絶句しました。

 宿屋の中は……異様な空間に成り果てていました。


 天井にも扉があったり、飾ってあった観葉植物が壁に張り付いていたり。

 気をしっかり保たないと、どちらが上下なのか分からなくなってしまいそうです。

 さらに、紫色の花がそこかしこに咲き乱れています。


 廊下自体も異様に広くなっているようで、元の面影はまるでありません。


「これは一体……」

「怨念の齎す副産物だよ」

「お姉ちゃん、何処にニリナさんが……え?」


 お姉ちゃんの声に振り向くと、お姉ちゃんは何故か天井に立っていました。

 いえ、よく見ると天井ではなく床が廊下ので天井が床で……?


「えっと、つまりお姉ちゃんは上に落ちてるって事??」

「落ち着けアルタ、正気に戻れ!」

「頭がおかしくなりそうですわぁ……」


 どうしよう、なんだか頭がふわふわして来た。

 早くニリナさんを助けないといけないのに……

 このままここに長居してると頭がおかしくなっちゃいそう。


 お姉ちゃんはアコニさんはシクタさんへ怨みがあるって言っていました。

 なら、シクタさんの居る場所に行けば会えるかもしれません。

 そう思い、私は昼に訪れた部屋の扉を開けました。

 そこは……厠でした。


「あ、あれぇ?」

「空間が捻り曲がっているのか……? そんなの、御伽話の中でしか聞いた事がないぞ」

「場所は分かる。こっちだ」


 お姉ちゃんは天井の床にある扉を開いて……って、それ私達も入れる?

 不安だったけど、床の部分の壁に足を付けるとそれが足場になるみたい。

 ……自分でも何を言いたいのかイマイチ分からなくなって来た。


「それからあっちに行って右に曲がって下の扉に入って左に進んで上に落ちて下に登った所にある扉を」

「一気に説明されると分からないよ!」

「……私について来てさえ入ればいい」


 お姉ちゃんはそう言うと、先へとぐんぐん進んで行きます。

 私達は必死にその背を追いかけますが……速い。

 単純な身の熟しだけが凄いのではありません。

 まるでこの空間の配置を全て把握しているかのようにスムーズに進んでいるのです。


「ぜぇ、ぜぇ……待ってくださいなお姉様ぁ……」

「休ませてくれる気はなさそうだな。と言うかこんな所で休めないか」

「とにかく、早くしないと!」


 段々と身体の力が抜けている感覚がありますし……

 この脱力感は一体なんなんでしょうか?


 お姉ちゃんの後を必死に追いかける事数分足らず。

 長いのか短いのか分かりませんが、ようやく目的地らしき部屋の前に辿り着きました。

 その部屋の扉は厳重に植物の蔓が巻き付かれていて、容易には開かないようになっています。

 絶対にここは通さない、と言う硬い意思を感じさせますね……


「ここがそうなの?」

「ああ」

「で、でもこの蔓をどうしましょう?」

「そうだ、厨房に火を付ける道具とかあるんじゃないか?」


 皇帝陛下の言う通り、摩訶不思議と言えども植物は植物。

 火を付ければ流石に燃えそうですが、建物も燃えちゃいそうです。

 今、周辺の被害を気にしている余裕はないけれども。

 

 問題なのは、お姉ちゃんはそんな気は一切無さそうだって事。

 一体どんな手を使ってこの扉を開けるつもりなの……?


「行くぞ」

「いや、行くって……」


 お姉ちゃんは思い切り力を込めて足を扉に突き出しました。

 木製の扉はバキッと音を立てて景気良く奥まで吹っ飛びました。


 ……使ったのは手じゃなくて足だったね。


 皇帝陛下とデシンクちゃんは唖然としています。

 私は二人を置いて部屋にスタスタと入って行くお姉ちゃんの後を追います。

 もう慣れちゃったんだ……うん。


「まさか、ここまで来る者がいるとは」


 背筋が凍る恐ろしくも美しい声が響きました。

 部屋の中では……



 蔓で羽交締めにされ、苦しそうにしているシクタさんと愉悦の笑みを浮かべるアコニさん。

 そして、二人の足元にニリナさんが倒れていました。


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