TASさんが説明してくれるそうです
王都の中をしばらく歩く。
さっき通った道だから、ちょっと寄ってみたいと思ったも店もある。
だけど、今はお姉ちゃんから色々聞き出さなくちゃいけないから我慢我慢。
ちょっとお腹が空いてきたけど、まだ耐えられる範囲だ。
やがて、人気の少ない場所でお姉ちゃんの足は止まりました。
お日様の光が当たってない日陰で、お姉ちゃんはゆっくりと腰を下ろしました。
それに倣い、私もその場に座ります。
「それで、何が聞きたいの?」
「えっとね、えっとね……」
まず、聞きたいのは……
「うーん、うーん」
「決めてから話しなさい」
それはそうなんだけど……
あ、そうだ。
「目覚めてから、なんだか様子がおかしいけど……大丈夫? 元気?」
「……う、うん。元気よ」
お姉ちゃんはちょっとだけ驚いたような表情を浮かべました。
むむむ、これは嘘っぽい。
ふっふっふ、付き合いは長いんだからこれくらいは見破れます。
「本当に?」
「……」
お姉ちゃんは黙り込みました。
そんなに言いたくないんでしょうか?
お姉ちゃんは変なところで頑固だし、聞き出すのはちょっと難しいかもしれません。
ここは一旦話題を変えましょう。
「えっと、それじゃあ【異能】について聞きたいかな。あのよく分からない名前の」
「あれは、『タス』と読むみたいね」
えっ……お姉ちゃんと同じ名前?
「それって、どう言う……」
「意味は……ちょっと説明が難しいから省くわ。どんな力なのか簡単に説明すると、まず知識ね」
「知識?」
「【異能】には知識系って言う括りがあって、それらは知識を頭に刻み込まれるよ。刻み込まれる知識は様々ね。今説明できているのも私に刻み込まれた知識の影響ね」
「知識って、例えばどんなの?」
「経済学の知識とか、医学の知識とか、鍛治の知識とか……珍しいのだと、動物語の知識とか」
動物語!?
動物さんと会話ができるようになるのかな。
ちょっと興味がある。
「興奮しているところ悪いけど、話を戻すわよ」
「あ、うん」
「私に刻まれた知識は……私にも区分し難いわね。雑多な知識が大量に放り込まれた感じ、とでも言いますか……」
「雑多……」
「妙に偏った知識が多いわ。魔物の分布とか、鉱山のある場所とか……それに、私達の出生も」
「え?」
出生って……私達は親の居ない孤児の筈だよ?
生まれた時に街の広場にひっそりと放置されていたって聞いたけど……
「……今はそれは良いわ。それから、私の【異能】は知識だけじゃないわ。寧ろ、そっちが本命よ」
「どんなの?」
「これもまた説明が難しいんだけど……まず、未来が分かるわ」
「え?」
未来が分かるって……未来予知?
それって大分凄くない?
突然の通り雨が降る前にお布団を室内に仕舞えちゃうよ。
「それだけじゃなくて……私が思える最善の行動を取れるわ」
「最善の行動?」
「うん。ちょっとだけ見せてあげるね」
お姉ちゃんはそこら辺に落ちていた石を持って立ち上がります。
石は私の親指くらいの大きさです。
そして、視線を10メートルくらい離れた場所に放置されているバケツに向けます。
お姉ちゃんは振りかぶって石を投擲しました。
……建物の壁に。
石は壁や地面に何度かぶつかって跳ね返ります。
そして最後にはバケツの方へとまるで吸い込まれるように動いて……
バケツの縁の上で止まりました。
「凄っ!?」
「とまあ、こんな感じね」
「お姉ちゃん、凄い!」
お姉ちゃんは澄まし顔ですが、嬉しそうなのを隠せていません。
褒められて嬉しいんです。
何だか、いつものお姉ちゃんに戻って来た気がします。
「……ん、今のでも結構疲れるわね」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「今の投擲はね、私の中で何回も繰り返したから出来た事なのよ」
「んー? どう言う事?」
「簡単に説明すると、【異能】の力によって一瞬の内に行動を何回も繰り返し練習できるのよ。これを追記と呼ぶわ。誰が名付けたのかはさっぱり分からないけど」
追記……つまり、お姉ちゃんは何回も石の投擲を繰り返した、って事?
「何回も練習って、どのくらい?」
「今のは七十八回ね。目的に沿う様にある程度、身体がほぼ完全に思った様な動きをしてくれるからこの程度のやり直しで済んでるけど、何度もやり直していると疲れるのよ」
な、七十八回!?
多いのか少ないのか……
「疲れるって……どのくらい?」
「夜鍋して一晩中ずっと裁縫しているくらいかしら」
う、うわぁ……それは大変だよ。
「……あの杯の水。正式名称はフライクーゲルって言うらしいけど。あれを飲んだ時にね、力がちょっと暴走して何度も追記を繰り返しちゃったんだ」
「え?」
「……地獄みたいな未来だった。あの教会に居たままの私達に訪れる結末は、ゴミ同然だわ」
段々と、お姉ちゃんの眼から光が消えて行っています。
「実験と称して拷問めいた行いを平然とできるんだから、人間って本当にクソだわ」
「お、お姉ちゃん?」
「特にあの神父がヤバい。あの地獄を当然のものとして捉えてるし、寧ろ良い行いでもしてるかのように喜んでた。あいつ頭おかしい。国も手放すにも手放せないみたいだし、強引に滅んでも無関係な人に被害が及ぶときてるからマジでふざけてるわ。いい加減にしなさいよこの国……」
「お姉ちゃん!?」
な、なんだか凄い愚痴を言い出しちゃった!?
眼はおろか周囲すら暗くなっている気さえしてきました。
意味はイマイチ理解できないけど、凄く気分が悪そうです。
すぐに止めないとっ。
「お姉ちゃん!」
「……それで、私達は何とか誰にも見つからずに逃げ出せた。しかし、しばらくすれば教会の連中が私達を探しに来るでしょうね」
「え?」
追手って……見つかったらどうなるの?
「見つかれば、教会の地下にある実験場に収容されるわ」
「そこで何をされちゃうの?」
お姉ちゃんの様子を見るに、あまり愉快な話じゃないとは思うけど……
「アルタ。世の中にはね、知らない方が幸せな事がたくさんあるの」
「う、うん……分かったよ」
「……これから、どうするのかだけど」
お姉ちゃんは神妙な表情になります。
「国内に居たら面倒よ。今日中に……いや、今すぐにでも他の国に逃亡するわよ」
「他の国?」
「ディバーグ帝国ね。あそこまで行けば追手は警戒せずに済むわ」
ディバーグ帝国は私も聞いた事のある国です。
私の住んでいる街の隣の国の一つです。
もう一つの国は、機械がたくさんあるらしいシェール公国。
その国は私が生まれる前は王国だったそうです。
そっちには行かないのかな?
「でも……逃げて、それからどうしようかしらね」
「お姉ちゃん?」
「追記は時間感覚こそ一瞬に感じるけど……精神が疲弊していくのよ。まるで、使い込んだ道具が擦り切れて行くみたいに」
お姉ちゃんは、途方に暮れた様子でそう口にします。
こんなお姉ちゃんは見た事がありません……
「……アルタ」
「なぁに、お姉ちゃん」
「私、どうすればいいのかな……」
焦点の合わない眼で私を見つめながら、お姉ちゃんは力無くそう呟きました。
ど、どうすればいいのでしょうか?
あう……
……そうだ。
もし、私が落ち込んだ時に。
お姉ちゃんならどうするのか……
「お姉ちゃん」
「っ……」
私はお姉ちゃんをぎゅっと抱きしめました。
私は口が達者じゃないので、慰める言葉が出てきません。
だからせめて……側に寄り添います。
それがきっと、今の私ができる精一杯なんです。
「……あ」
「お姉ちゃん、私は何があってもお姉ちゃんから離れないからね」
「……ありがとう。私の大切な妹、アルタ」
お姉ちゃんは喜んでくれたようです。
良かった……少しは元気になったみたい。
「そうね、私にはアルタがいるんだから……この子を放ってはいけないもの」
「お姉ちゃん?」
「……ねぇ、アルタ。帝国に行った後は何をしたい?」
わ、お姉ちゃんが今後の予定を聞いてくるだなんて珍しい。
これは張り切って考えないとっ。
「えっとね、えっとね……そうだ!」
「思い付いた?」
「うん! 私ね、学園に通ってみたい!」
学園は、大半はお貴族様の子供が通う場所です。
でも、伝手があったり才能を認められたら平民でも通えるらしい。
そこで色んな事を学んだり、友達を作ったり……
私にとっては、夢みたいな場所なんです。
「そう……昔から行ってみたいってよく話してたもんね」
「駄目、かな……?」
お姉ちゃんでも、この願いは難しいんだろうか。
やっぱり、私の我儘が過ぎたかな。
そう思っていたけど、お姉ちゃんは笑って答えてくれました。
「……分かった。お姉ちゃんに任せときなさい」
「え、本当!?」
やった!
言ってみるものですね。
今から楽しみだなぁ……
私がそんな事を考えていると、お姉ちゃんは笑顔のまま続けます。
「それじゃあ、まず手始めに……王国を滅ぼそうか」
「ごめんちょっと待って」
何がどうなったら学園に通う過程にそんな物騒な行動が出てくるの!?
お姉ちゃんがまたおかしくなっちゃいました……
「理由は……いや、そろそろ行動起こさないと」
お姉ちゃん、どうしていきなり王国を滅ぼすだなんて発想が出てくるんでしょう。
【異能】がお姉ちゃんに何か悪影響を及ぼしたんじゃ……
でも、お姉ちゃんの言う通りなら追手が来るのも時間の問題。
早く馬車を見つけて逃げなくちゃ口には言えない様な事をされる筈。
「んーと……まず、国境に着くまでに一週間以上掛かるよね?」
「そうね。でも、ワイバーン便なら一日もあれば着くわ」
「ワイバーン便!?」
それってたしか一部のお貴族様とお金持ちの人しか乗れない、すっごい高価なやつなんじゃ……
私達にはそんなお金は持ってないです。
「そんなお金ないよ!?」
「これだけあれば作れる」
お姉ちゃんは指を三本立てました。
今日中にって事だから……
「三時間掛かるんだ」
「三分」
「え?」
「三分」
え?
「この建物は何だったかな」
「……確かカジノだよね。って、お姉ちゃんまさか……?」
「そうよ」
お姉ちゃん曰く、異能の力で未来予知が出来るらしいから……
まさか、それをギャンブルに適用するつもり!?
何と言うか、かなりズルい使い方な気がします。
口にはしませんけど。
こうしてお姉ちゃんと私は、子供には似付かわしくなさそうなカジノへと入って行きました。
……王国を滅ぼすって、どこまで本気なんだろう。
お姉ちゃん、聞いたら答えてくれるかな?