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復讐


「……あ、れ?」


 顔に垂れてくる水滴で、私は目を覚ましました。

 雨水が目に入って地味に痛い。

 私は腕で目の周りを拭いてから起き上がりました。


「気が付いたか、アルタ」


 疲れた表情の皇帝陛下が、泥塗れの姿で座っていました。

 私は、何を……


「っ、そうだ! 土砂崩れが起きて、それで……」

「おう、見事に盗賊共は巻き込まれたさ」

「私達への被害は!?」

「奇跡的に出ていない。土砂崩れによる被害は皆無だと言っていい」


 周囲は酷い有様でした。

 木々は大半が折られて無惨に倒れて散らばっています。

 左右から崩れ落ちた土砂の所為で、この付近で無事なのは今私達がいる所だけみたい。

 馬車は車輪を覆うくらいの高さの土で埋まっています。

 掘り出すのに時間がかかりそうですが、馬車自体は壊れてないみたい。

 馬は……あ、普通に居た。


 軍人さん達はスマイリーさんの指揮で、道の土砂を片付ける作業をしているみたい。

 幸いな事に、大量の土砂が流れ込んだのは進行方向とは逆の方向。

 片付けるのにそこまで時間はかからなさそうです。

 怪我自体はしている人達は、簡易ベッドに寝かせていました。

 中にはデシンクちゃんの姿もあって一安心です。


 ……うん、私達の方に死者は出ていないみたい。

 ちゃんと全員生きているのが分かって良かったよ。

 逆に、無事の盗賊は見当たりませんでした。


「盗賊は皆生き埋めになったんでしょうか?」

「ああ、きっと、狙ってこの場所で戦ったんだろう」

「……」


 お姉ちゃんはあんなに沢山の人間を、こんなにも効率的に殺したんだ。

 まるでアリの巣に水を流し込むみたいに、淡々と。

 結果だけを見れば最善の手だったとしか言えなくて……


 ……そうだ、肝心のお姉ちゃんは何処だろう?


「よっと」


 お姉ちゃんは珍しくすぐに見つかりました。

 物凄く速いスコップ捌きで土砂を掘っていました。

 速過ぎて残像みたいなのが見えます。


「……お姉ちゃん、何でそんな事してるの?」

「掘り出しておきたい奴がいる」


 お姉ちゃんはスコップを持つ手を止めると、地面に手を突っ込みます。

 そして、何かを掴んで引っ張り出しました。

 持ち上げたのは……人間でした。

 頭部を片手だけで持ち上げているけど、何気に凄い握力です。

 って、そんな感想抱いてる場合じゃないよ。

 最近、私の感性も何処かおかしくなってる気が……


「……い、生きてるの?」

「辛うじて」


 試しに首筋に触れてみると、弱々しいですが脈はありました。

 呼吸もしているみたいだから、本当に生きてるようです。


 土が全身に付着していて分かりにくいけど、格好からして盗賊ではなさそうですね。

 背格好も平凡で特徴の無い顔立ちの男性。

 お姉ちゃんがわざわざ助ける必要のあった人物……

 ひょっとしてだけど、この人って……


「もしかして、この人が洗脳の【異能】を持ってる人?」


 一応、あの盗賊の人の発言に一致していますね。

 そうだとしても、何故ここに居るのかは分かりませんけど。


「ああ。雨のタイミングを測る為に近くに来ていた」


 ……わ、正解なんだ。

 ついでに、ここに居た理由まで教えてくれた。

 もしかして、この前お姉ちゃんが爆弾で丸ごと吹っ飛ばしたのを見て対策した?

 それならそれでやりようがあったから、お姉ちゃんも襲撃を受け入れたんでしょう。

 向こうもまさか、土砂崩れが起きるのを頼みにしていたなんて考えもしなかっただろうし。


「……こいつが、例の奴か」

「そうだ」


 皇帝陛下が怒気を揺らめかせながら、ふらふらと接近してくる。

 その姿は鬼気迫っていると言う言葉がこの上なく合っていました。


「こいつが……俺の友を……」


 両手を爪が食い込んで血が出そうになる程に強く握り締めて、件の人物を見つめる。

  皇帝陛下とはそれなりに一緒に旅をして来ました。

 ですが……仇敵を目の前にした人の感情までを、私は推し計れません。


「……」


 お姉ちゃんは無言で謎の壺を取り出しました。

 匂いからするに、多分中身はお酒だと思います。

 それも、結構強い種類の。

 ……えっと、気付け?


「がばばばごぼぼぼぼっ」


 お酒をぶっかけられたこの男性が溺れそうになっているけど……トドメにならない?

 ちょっと不安だったけど、この男性は無事に目を覚ましました。

 ……うう、結構お酒臭い。


「ここは……ぬぅ」


 起きてすぐに状態を把握したのか、この人は特に暴れたりはせずにじっとしています。

 何と言うか……基本教団の手先の人は、大体感情の変化に乏しい気がします。

 ちゃんと喜怒哀楽はあるんですけど、振り切れたりはしてないと言うか……

 ある意味、お姉ちゃんにほんの少しだけ雰囲気が似ているとも言えるかもしれません。


「……私を尋問する気か?」

「私は違う」


 お姉ちゃんは用事は終わったと言わんばかりにこの場から離れて行きます。

 後は私達に、と言うより皇帝陛下に任せるって事なのかな。


 ……むむむ、お姉ちゃんにしては珍しい気がします。

 わざわざ掘り出しておいて、他人に処遇を任せるなんて。

 今までにこんな事あったっけ?


 お姉ちゃんと入れ替わる形で、皇帝陛下が倒れている男の人に近付きます。


「……ああ、なるほどな。ずっと何故皇帝が我が国に居る理由が不明だったが……復讐か」

「そうだ。まだ名前を聞いてなかったな。名乗れ」

「ジョシュア」


 皇帝陛下は腰に下げた剣を鞘から抜き放ちます。

 そして、ジョシュアさんの首筋に当てがうと、質問を続けました。

 クーデターの詳しい概要を問い正す内容が主でした。


 ジョシュアさんは不思議なくらいペラペラと解答しています。

 私でも違和感を持つくらい、口が軽い気がします。

 こう、暗部に携わる? 国を影から支える闇の組織? 的な人達は口が硬いイメージだったんだけど。


「はん、あの日の内容は大体分かった。それでは、本題に入ろうか」

「え、今までのは本題じゃなかったんですか?」

「まあな」


 一泊置いてから、皇帝陛下は続けます。


「あいつ……いや、カタストロフィ王女に目を付けていたのはいつからだ?」

「産まれてすぐに行われた例の魔素検査の結果が知られた時だ。ザミエル様が珍しく焦っていた」

「焦っていた?」


 例の検査……多分、昨日皇帝陛下が教えてくれたアレの事だよね。

 でも、焦っていたのは何でなんだろう?

 いくら考えても分からなさそうなので、その事について考えるのは一旦保留にしましょう。


「何故だ?」

「知らない。その時から少しずつ計画は進められていて、妹が産まれた時に計画は前倒しになった」


 私が産まれてから……か。


「厄災の子、だったか。ザミエル様も皮肉気に肯定していたな」

「……」


 今の話を聞いて、何となくだけどザミエルさんも大体の事情は知っているような気がしました。

 もし、話が出来るなら……試してみる価値はあると思います。


「ふん、だったら最後に一つだけ聞こうか……」

「なんだ?」

「お前があいつを操ってウランバルト王を民衆の目前で殺した時。どんな気持ちだったか?」


 ……んん、なんでそんな質問を?


「別に、何の感慨も無い。仕事だからやった。それだけだ」

「……そうかよ」


 皇帝陛下は吐き捨てるようにそう口にすると、剣を首筋から離しました。

 しかし、剣は鞘に納めずに振り上げます。

 ……今にも首を斬らんと言わんばかりです。


「勘違いするなよ。俺はこの【異能】を得てから、何をしても何も感じられないだけだ」


 それを見て何を感じたのか、ジョシュアさんは何も聞かれてないのに話を始めました。

 普通なら恐怖を覚えるのでしょうけれど……私は違うような気がします。

 例えるなら、忠告をする、みたいな……


「そりゃ、最初は他人を好き勝手に出来る全能感に高揚したさ。だけどな……結局、変えられない物もある」

「変えられないもの?」


 私は思わず疑問をそのまま声に出してしまいました。

 変えられないとは、どう言う……


「表面上は操れても、本質的に人は変わらない。人間は既に、運命に操られているのだから」


 静かにそれだけ言うとジョシュアさんは黙り込みました。

 もう何も言う事はない、って感じみたい。

 人間は運命に操られている……かぁ。

 お姉ちゃんを見てると、そんな気は一切しないけれど。

 きっと、あるんだと思う……曲げられない、変えられない物が。


「はん、そうかよ……」

「っ!」


 皇帝陛下はジョシュアさんの横っ腹を思い切り蹴飛ばしました。

 蹴飛ばされたジョシュアさんは、小さく呻き声を上げてから気絶してしまいました。

 ……えっと、死んでないよね?


「……旅を始めてからずっと悩んでいた。俺は本当に復讐がしたいのか」

「陛下……」

「怒りのままに王国の民草の目前で、王様の素っ首を叩き斬ってやれば……この復讐心も消えるかと思っていたんだがな」


 皇帝陛下は、私の想像以上に恐ろしい事を考えていました。

 そんな事までしたって、ただ血が流れるだけなのに……

 それに、やられた方が復讐し返しに来るかもしれません。

 終わる事のない、苦痛の連鎖……


「剣の切先は……俺の親友を殺した相手に向けてたつもりなのに、な」

「今は違うんですか?」

「いや、憎いままだ。だが……殺してはやらない。落とし前を付けさせに行く」

「……結局殺すつもりに聞こえるんですけど」


 落とし前って、そう言う意味なんじゃ……

 でも、皇帝陛下の表情は少しだけ晴れているように見えました。


「決して、こいつに言われたから復讐を辞めた訳じゃない。アルタやデシンク、それにお前の姉にも教えられたんだ。俺が守れたものだってあるんだと。だからもう、復讐に生きる意味を見出したりはしない。守らないといけないものだってあるんだからな」


 そう言いつつ、皇帝陛下は私の頭を優しく撫でてくれました。 

 うーん、でも……


 私はその手を控えめに退かしつつ、皇帝陛下にこう言いました。


「私だって守られるだけじゃないです。私だって役に立ってみせますよ!」

「ははっ、それは頼もしいな」

「むー、信じていませんね?」

「いや、そんな事ないぜ。頼りにしてるよ、小さな勇者さん」


 むむむ……ふん、まあいいや。

 それより、小さな勇者って何ですか。

 伝説の聖剣でも携えて魔王を倒しに行くんですか?


「俺はアルタに勇者の素質があると思うんだがな」

「いやいや、私なんか戦えませんってば!」


 剣って凄く重いし、武器向けられると怖いし、そもそも生き物を傷付ける勇気がないし!


「あっれぇ、おかしいなぁ? ついさっきは私だって役に立ってみせると言ったのは誰だったか」

「む、むむむ……」

「……その、なんだ。アルタ、心配しなくてもお前が戦わなくてもよい世界を作るから」

「は、はい……」


 ……いけない、ちょっとだけキュンと来ちゃったよ。

 皇帝陛下は女誑しな気がします。

 顔も無駄に美形だし……









「ところで、ジョシュアさん生きてますよね?」

「生きてるだろ」

「蹴られる前から、かなり弱ってたんですが」

「……生きてるって」

「その割には、ピクリともしてないような」

「……生きてるよな?」

「そこで不安にならないでくださいよ……」


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