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VS 教会の手先④


 馬の蹄が硬い地面を蹴る音が何度も響く。

 そんな中、私は皇帝陛下がしてくれた話を何度も思い返します。

 まさか、お姉ちゃんにそんな過去があったなんて考えもしませんでした。

 だからと言って、今のお姉ちゃんの行動が理解出来た訳じゃないけれど……


「……む、降って来たな」

「雨ですね。音と匂いで分かります」

「いや、雨の匂いってなんだよ?」

「え、分からないですか?」

「分からないなぁ」


 えー、普通は何となく分からない?

 うーん、私だけなのかなぁ。

 ……まあ、いっか。


「結構雨音が激しいな。通り雨か?」

「ええと、たしかこの辺は気候的に雨の日が多いって聞きました」

「おお、詳しいんだな。何処で知ったんだ?」

「初めて王都に行った旅路で、アリアス様が教えてくれました」


 海からの吹く風が山間に留まるからとか何とか。

 今通っている道は左右が渓谷みたいに盛り上がっていて、割と風情がありますね。

 土砂崩れとか起きたらと思うと、ちょっと怖いだけど。


 ……それにしても、あの時は何も考える必要がなくて心が気楽だった。

 今思うと、呑気過ぎて溜め息が出ちゃうよ。


「……王都まで残り半分を切ったんだな。何と言うか、あまり実感が湧かないが」

「私も帝国に到着した時は似た様な気持ちでしたよ」


 あの凄く速い鳥の魔物にまた乗るのは、ちょっとごめんだね。


「洗脳の件もある。ここからは今まで以上に気を引き締めるべきだな」

「それは軍人さん達にも伝えるべきなのでは?」

「……それもそうだな。一人で先走るのは俺の悪い癖だな」


 皇帝陛下は苦笑しながら立ち上がりました。

 良くも悪くも、行動が早い人ですね。


「おおい、皆……うおっ!?」

「きゃっ!」


 皇帝陛下が窓から顔を出そうとした、その時。



 馬車が……何の前触れもなく横転しました。



 急に何の前触れも無く、です。

 少なくとも、私には事故の予兆みたいなものは一切感じませんでした。

 こんな事予想だにしなかった私と皇帝陛下は、当然馬車の壁に強く叩きつけられました。


「いっつ……大丈夫かアルタ!?」

「な、なんとか大丈夫れす……けほ」


 いたた、思いっ切り背中打った。

 一瞬呼吸が出来なくてちょっと苦しかった。

 あ、いや、それよりも一体何が起こったのか確認しなくちゃだ!


 馬車の外を急いで見渡すと、周囲には盗賊らしき影がありました。

 それも、数十人って規模じゃありません。

 これは百人くらい居るんじゃない……?

 雨で視界が悪いので、本当はもっといるのかも。


 馬車の車輪が壊れていたので、きっとこれが横転した原因でしょう。

 後列の馬車は急停止したようで、横転まではしていないみたい。

 そこは安心ですけど……とにかく、凄く危険な状況なんだよね?


「俺達は今まで、ちょい平和ボケしてたのかもな……」


 同じく馬車の外に顔を出した皇帝陛下がそう呟きました。

 私もそうかもしれません……心の何処かで、お姉ちゃんが何とかしてくれると思ってたから。

 ここまで危険な状況は初めてかもしれません。

 この世界は時折、残酷な顔を見せるのを知っていた筈なのに。

 

「……そうだ、デシンクちゃんは!?」


 私達と違って御者席に座っていたデシンクちゃんは、きっと馬車から投げ出されているに違いありません。

 しかし、その姿は全く見当たりません。

 まさかとは思うけど、馬車の下敷きになっていたりしないでしょうか?

 心配だけど、今他人を気にしている余裕もありませんね……!


「……」

「気を引き締めようとした途端すぐこれかよ……スマイリー!」

「はっ!」

 

 無言で無骨な剣を振りかぶって来た盗賊の一人を、スマイリーさんが蹴り飛ばしました。

 やっぱり、この盗賊達も様子がおかしい……!


「こいつら、全員洗脳されてるのか!?」

「この雨の中だと火薬も使えませんな」

「くそっ、流石に此方の分が悪いか」


 相手は私達の五倍近くの人数が居るんです。

 しかも、私達は囲まれた状態で逃げ場はありません。

 こんなの……勝てっこないよ。


「スマイリー、やれるか?」

「私一人ではここを死に場所としていたでしょうな」


 そう言いつつ、スマイリーさんは静かに後ろを振り返ります。

 視線の方向を見ると……お姉ちゃんが立っていました。



 普段通りの、何の迷いのないある意味真っ直ぐな瞳は力強くて頼もしい。

 だけど……ほんの僅か、微かに何か濁りのような物が混じっているような気がして。

 私は気迫凄まじいその姿に、思わず身震いしてしまいました。



「やるよ」


 お姉ちゃんは短く一言呟き、銃口を盗賊に向けました。

 動きに迷いも躊躇いも一切感じなくて……人間味の薄い、未だに見慣れない動作。

 結局、これもお姉ちゃんの手のひらの上って事を、私は察しました。

 そうであるなら……きっと、どうにかなるんでしょう。

 私の納得が行く結果になるかはまた別として。


「だ、そうです。覚悟して戦ってください陛下」

「仮にも皇帝を戦力に数えるなよ……これでも俺ぁ運動不足なんだぜ?」

「なら、丁度良いですね」


 何処がだよ、と。

 口に出すまでもなく皇帝陛下の顔にそう書いてありました。

 私も全くもって同感です。


「全員、戦闘を許可する! 目前の賊共を斬り捨てろ!」

「「「はっ!!!」」」


 スマイリーさんの合図で、軍人さん達が各々武器を握り締めました。

 私もじっとしてられない……何か、出来る事を。

 そうだ、デシンクちゃんの安否がまだ確認出来てないし、探してあげないと!


「はぁ!」

「ふん!」

「ぜぁぁぁぁぁ!!!」


 軍人さん達の叫び声を背中越しに聞きながら、私は注意深く周辺を見渡します。

 盗賊達の声が殆ど聞こえないのは、やはり洗脳の【異能】の影響なのかな。

 ううん、見えるところには誰も居ない……ん?


「これって……」


 倒れた馬車の下。

 そこから、赤い液体……多分、血が滲み出ていました。

 ……まさか、本当に馬車の下敷きになっちゃってる!?


「駄目だ、私だけじゃどかせられない……」


 頑張って馬車を持ち上げようとしてみたけれど、びくともしませんでした。

 高級な馬車だけあって、金属製の装飾もあって重量があるんだ!

 誰か近くに手の空いてる人は……!?


「どうしたアルタ!」

「陛下! この下に、デシンクちゃんがいるかもしれないんです!」

「馬車を持ち上げれば良いんだな、任せろ!」


 皇帝陛下が力を込めて馬車を持ち上げようとします。

 それでもかなり重くて馬車は僅かしか動きませんでした。

 しかし……それで充分でした。


「げほっ、う……」

「今助けるよ!」


 馬車と地面の少しの隙間にデシンクちゃんが倒れていました。

 私は手を伸ばしてデシンクちゃんを引っ張り出します。

 うっ、雨で衣服が濡れてるし、泥も沢山付着してる所為で重い……!


「ふんぬす!」


 私は出せる力を全部振り絞ってどうにかデシンクちゃんを引き摺り出します。

 身体の半分が地面に埋まっていて、緩慢にしか動かせませんでした。

 だけど、私は何とか気合いで外側まで引っ張る事が出来ました。

 雨混じりの汗を拭っている暇もありません。


「気絶しているみたいだが、大丈夫か!?」

「……息はしてるし、脈もあるみたい!」

「そうか、なら一先ずは安心か」


 ほっと一息付く暇もなく、私は叫びました。


「陛下後ろ!」

「っ……危ねぇ、なぁ!」


 皇帝陛下は横に飛び付くように振り下ろされた剣を躱しました。

 そして、すれ違いざまに抜剣して襲い掛かって来た盗賊の脚に一太刀入れました。

 咄嗟にしては結構戦い慣れている人の動きでした。

 斬られた盗賊は小さな呻き声を発して倒れ込みました。


「……妙だな、浅かったのに」


 確かに、そうかも。

 致命傷レベルの怪我を負わせてはいないように見えます。

 多分だけど、立てなくなるようなダメージでは無い筈。

 それに、倒れ方にも違和感がありました。

 まるで……そう、急に力が抜けてしまったかのように。


「うぅ……あれ、ここは?」


 私達が訝しげにしていると、倒れた盗賊が起き上がりました。

 ……洗脳が解けた?


「おい貴様、今の状況が分かるか!?」

「だ、誰だよあんた。俺達はついさっき、襲撃しろって依頼を受けて……」

「依頼だと? 誰がだ?」


 皇帝陛下は盗賊に剣を突き付けてそう言います。


「な、名前は知らねぇよ。冴えない野郎だったのは覚えてるが」

「そうかよ……せいっ!」

「ぐべっ」


 思い切り腹を蹴られた盗賊は今度こそ気絶したようです。

 やっぱり、この盗賊達を差し向けたのもその依頼人の仕業なんだ。

 今までの相手と違ってやり方が回りくどくて厄介ですね……


「ぐあぁぁ!?」

「おい、大丈夫か!」

「何とかな……くっそ、いてぇ」

「怪我人は下がれ!」


 軍人さんと盗賊達の戦いは此方が劣勢のようでした。

 まだ死人は辛うじて出てないみたいだけど、それも時間の問題かも……

 お姉ちゃんは本当に勝算があったのでしょうか?

 今にもふとした切っ掛けで全てが崩れ落ちてしまいそうなのに……


「打開策があるとしたら、洗脳している本人を叩くとかか?」

「それなら可能かもしれませんが……って、なんか魔物まで来てません!?」


 狼のような魔物が明らかに軍人さん達だけを狙って攻撃しています。

 このままじゃ最悪全滅しちゃう……!


「早くどうにかしないと!」

「ああ、そうだな!」


 ……お姉ちゃん、今何をしているの?

 銃を放つ音は度々聞こえているから、この場にはいる筈だけど……


 そう思っていた矢先です。

 お姉ちゃんの叫び声が響きました。


「全員、私の周囲に集まれ!」


 何故、とかどうして、とか。

 聞きたい事はあったけれど……

 私の勘が、従った方が良いと言っています。


「分かった!」


 結果的に、その判断は正しかったのが否が応にも理解出来ました。


 お姉ちゃんの指示の直後。

 轟音を立てながら、左右からとてつもない質量の土砂が私達を無差別に襲いました。


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