見えない敵
「うーん、やっと着きましたわ」
「すっかり良くなったみたいだね
次の街が見えて来る頃には、デシンクちゃんの調子は元通りになっていました。
……道中、何度か決壊しかけてましたけど。
何だかんだ、小樽の出番はあれ一回のみで済みました。
「んで、だ。今までのパターンだと、この街でも襲撃がありそうだが」
「確かに、そうかもしれませんね」
「いえ……確か、お姉様はこの街では襲撃は無いと言っていましたわ」
デシンクちゃん情報が本当ならゆっくり出来そうですけど……
私の勘だと、そう簡単には行かない気がします。
まず、街に入らないと。
それで、街門を通ろうとしたのですが……
「お引き取りください」
「私を誰だとお思いで?」
「お引き取りください」
「ええい、身の程を弁えてさっさと通し」
「お引き取りください」
「きー! 人の話は最後まで聞き」
「お引き取りください」
「いい加減に……おぇっぷ……」
「お引き取りください」
……な、何が起こってるの?
外に出てみると、吐きそうになるデシンクちゃんを冷たい目で見る衛兵さんが。
いや、それにしてもおかしいです。
私達が高位の貴族である事は馬車の見た目や付いている紋章で分かる筈です。
それなのに、頑なに理由も告げずに通さないと一点張り。
しかも、目の前で少女が吐きそうにしているのにまさかの無視。
これは絶対に何かがおかしいです。
「お引き取りください」
「そうか」
「ごふっ」
あ、え、ちょっと!?
今、流れるような動きで衛兵さんに近付いたお姉ちゃんが、無言で恐ろしく速い拳を叩き込みました。
……私でなければ見逃していますね。
実際、私以外は偶然にも気付いていないようです。
お腹に鋭いパンチを食らった衛兵さんは、その場で蹲まってしまいました。
も、もしかして気絶しちゃった……?
「む、どうかしたのか? なんか、衛兵が痛そうに腹を抱えているようだが」
「あ、いえ、なんでも……」
「あれ、僕は一体……うう、何だかお腹が痛いなぁ」
どうやら気絶まではしなかったようで、衛兵さんが復活しました。
それにしても、ちょっと様子に違和感があるような……
まるで、ついさっきお姉ちゃんに殴られた記憶が抜けているみたい。
「大丈夫ですか、いきなりお腹を抱えて蹲ってしまったので心配しましたよ」
「え、僕がかい? しばらく仕事ばかりだったから疲れたのかなぁ?」
お姉ちゃんは酷く棒読みでそう言いました。
自分で殴っておいて流石にそれはどうかと思います……
本人にすら気付かれてなかったみたいだし、気にしても仕方ないかもだけど。
うーん、何かしら事情があるのかもしれませんね。
その後は特に何事も無く街の中へと入れましたが、やっぱり引っ掛かりますね。
やっぱり、お姉ちゃんに聞かないと分からない事ばかりです。
しかし、肝心のお姉ちゃんはさっさと後方の馬車に歩いて行きました。
……なんかこう、話しかけるなオーラが出てたので追うに追えませんでした。
この辺のいざこざの所為で、いつの間にか日が暮れていました。
とっとと宿を取ってご飯食べて寝てしまいたい気分です。
今日ばっかりは夕飯のメニューはサラダが中心だと嬉しいな。
それで、宿屋まで辿り着いたのですが……
ここでもまた、街に入る時のようなトラブルがありました。
「申し訳ありません、部屋は全て埋まっています」
「えっ……でも、外から見た様子だと空き部屋がかなりあったと思いますけれど」
「お引き取りください」
「きょ、今日は厄日ですの……!?」
ここ、一応そこそこの高級宿みたいだからそんなに利用者は多くないんじゃない?
私もデシンクちゃんと同じ感想です。
と言うか、女将さんの目が虚ろに見えるような……
思い返して見ると、あの衛兵さんもこんな目をしていたかもしれません。
「おいおい、またトラブルか……?」
フードを目深に被った皇帝陛下が訝しげにそう呟きます。
ここで私はこんな事を考えました。
またお姉ちゃんが何かしらするのではないか、と。
「ちらり、ちらちらり、ちらちらちら」
「そんなにキョロキョロしてどうしたアルタ?」
「いえ、お姉ちゃんがそろそろ何かしそうなので」
「……まあ、やりそうではあるよな」
前後左右隅なく見渡しましたが、お姉ちゃんは見当たりませんでした。
ううん、気の所為だったかな?
そもそも、建物に入った所も見てませんし。
「もしかして、まだ外かな?」
「一応見てみるか」
「そうですね」
皇帝陛下と一緒に入り口の方を向いた、その時。
「ガッ!?」
背後から、床に何かを叩き付けるような大きな音と小さな悲鳴が聞こえたのです。
振り返ると、そこには地面に横になっている女将さんと、その頭を手で押さえ付けているお姉ちゃんが!
ど、何処から現れたの!?
……まさか、そこの棚の裏から!?
「アルタ大変だこの人が急に倒れて」
恐ろしく棒読みでお姉ちゃんがそう言います。
……えっと、目撃者は私と皇帝陛下以外は居ないみたい。
「……誰にも見られてないし、まあ良しとするか」
「どの辺がどうなって良しなんですか!?」
バレなければ何でもやっていいわけ無いじゃないですか!
そりゃあ、多少は仕方ないのかもしれないですけども!
「今の音は……っ、お母さん!?」
すると、廊下の奥側から一人の女の子が此方に向かって駆け寄って来ました。
発言からするに、この女将さんの娘さんでしょう。
「あれ、アタシは今まで何してて……」
女将さんがゆっくりと起き上がると、そう呟きました。
……ここも衛兵さんと共通してるね。
「大丈夫ですか、急に頭を抑えて倒れてしまったので心配しましたよ」
「ありゃ、そうなのかい? あたしも歳かねぇ……」
「もう、お母さんったら。今日の料理は私一人で何とか出来るからゆっくり休んでて!」
「いや、そんな訳にはいかないさ。お客さんの人数が多いからねぇ」
「だったら、せめてお薬でも飲んでおこうよ。たしかまだ在庫があった筈だから」
……真実がバレたら二人に十回くらい殴られそう。
まあ、言わないでおいてあげるけど。
こうして、私達はどうにか宿に泊まる事が出来たのでした。
夕飯の時間はそれなりの人数の軍人さん(騎士の格好)と顔を合わせるのですが……
食卓には、鳥さんの肉を焼いた品も並べられていました。
「うぐっ、肉かよ」
「お前、肉好きだろ? 俺のを少しやるよ」
「いや結構、遠慮させてくれ……」
「要らないのなら私が貰おうか」
「「「……」」」
スマイリーさんだけは普段通りに食事していました。
お姉ちゃんに至っては姿が見えません。
ちゃんと食べてるのか不安だけど……
「……嬢ちゃん、肉食べて平気か?」
「作ってくれた方や、食肉になる為に殺された鶏さんが可哀想なので……」
折角の食事なんですから、楽しんで過ごしたいじゃないですか。
なるべく今日の出来事は思い浮かべないように気を付けてはいます。
ですが、やっぱり完全に振り切る事は出来ません。
「うう……」
……いや、駄目です。
しっかり食べないと、明日を乗り換えられないでしょう。
私は目を瞑ってなるべく無心で食べ続けます。
ああ、香草の香りが肉の味とよく合ってるなぁ……
「……こんな女の子が必死に食べてるんだ。俺達が食べないでどうするんだ」
「そうだな、このままじゃみっともないぞ」
「よし、行くぞ!」
結局、私が食べ終わった頃には皆の皿が空になっていました。
……流石軍人さん、どれだけ精神的に動揺していても食事出来るんですね。
ちょっと尊敬するかも。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
この宿に泊まった、その日の夜でした。
「……」
私はベッドの中で、ずっとお姉ちゃんについて考えていました。
一体どうして……今みたいな姿になってしまったのか。
考えても分からない事が、頭の中で堂々巡り。
最近寝る時はいつもこんな感じ。
それに加えて、今日は悪夢を見そうだったから。
食べるのに集中していた夕食時はなんとかなりました。
だけど……独り静かな部屋に居ると、瞼の裏にあの時の光景が浮かんで来るのです。
繰り返してはいけないと、私を強く意識させるあの光景が。
……ああ、全然眠れないや。
一度起きて、水でも飲もうかなとベッドから起きあがろうとします。
少し落ち着いてからの方が寝付けるかもしれません。
「(……あれ?)」
身体が……全く動きませんでした。
それどころか、声すら出せないよ!?
まるで全身が石にでもなったかのようです。
唯一出来るのは、目を開ける事くらい。
私が困惑していると、部屋の扉がカチャリと音を立てて開きました。
寝る前に、鍵は絶対に閉めた筈なのに……どうしてでしょう?
入って来たのは、女将さんの娘さんでした。
その表情は暗くてよく窺えないけど……似ていたんです。
昼間の衛兵さんや、女将さんの表情に。
そして、何よりも目に入ったのは……その子が持っている物です。
その子は、包丁を持っていました。
ああ……
これ、私、死んじゃう、かも。




