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旅路の一時


 ガタンガタンと馬車が揺れる。

 窓から顔を出せば心地良い柔風が頬を優しく撫でて行く。

 今日は風はあまり吹いてないけれど、馬車の上だと風の流れを感じられます。

 上を見上げればお日様の光で目が眩みそうになる。


 顔を馬車の中に戻し、風で乱れた前髪を手櫛で直す。

 ゆったりと体重を背中に預けて、再び不規則な揺れに身を任せる。

 それが、とっても長い時間続いて行くんだ。


 ああ、そんな一時が私にとっては癒しの時間なのです。

 なんだかお腹が空いて来ちゃいましたね。

 昨日の宿屋で食べた夕食を思い出すと、野宿の食事はやや味気ないのです。

 やっぱり、私にとっての一番の癒しは食べる事なんだなぁ。


「なんか、平和だな。こんな雰囲気がしばらく続いて欲しいもんだな」

「やめてください陛下、そんな事言ったら何か起こりそうじゃないですか!」

「そ、そうだな……あまり下手な発言はしないでおこう」


 縁起の悪い事は口にするのもやめておいた方が良い。

 私はここ最近でそんな戒めが根付いてしまっていました。

 しかし、既に手遅れだったらしく……事件が起こってしまったのです。






 ドガァァァァァァァァァァァァン!!!






 突如として、鼓膜が破れてしまいそうなとても大きな爆発音が響きました。

 それも、一つだけではなく幾つも。

 更にその直後、馬の鳴き声と共に馬車が急に止まってしまったのです。


「きゃあ!?」

「うおっ!?」


 私の身体は急激に前へと投げ出されました。

 幸いにも、私の前には皇帝陛下が座っていたので、硬い壁や床にぶつかる事はありませんでした。

 ですが……


「っと、大丈夫か!?」

「は、はい。平気です」


 偶然とは言え、皇帝陛下と抱き合うような形になってしまいました。

 な、なんだか恥ずかしいんですけど!

 うぇ、意外と体格ガッチリとしてる……


 でも、幸いにも誰も見られてないのが幸い——



「大丈夫!? 二人と、も……」


 扉が思い切り開かれて、外からデシンクちゃんが顔を出しました。

 最初はやや焦った様子の顔でしたが、その表情は段々と驚愕へと変わって行きます。

 ……私は急いで皇帝陛下から離れて席に座り直します。

 そして、なんて事のない普段の口調を心掛けて返答をしました。


「うん、無事だよ。デシンクちゃんも何事も無かったようで良かったよ」

「貴方達がそんな関係……って、そんな事言ってる場合じゃありませんの! 盗賊の襲撃がありましたのよ!」

「なんだと?」


 と、盗賊の襲撃!?

 その割には外はそんな騒がしくないような……

 未だにキーンとするけど、なんとか耳を澄ましてみます。

 しかし、聞こえて来るのは馬のいななきと風の吹く音ばかり。

 後は……外が焦げ臭いような。

 何だろう、凄まじく嫌な予感がします。


「……本当に盗賊が?」

「私が嘘を付いているとでも!? 外を見てみれば分か、る……」


 馬車の中から視線を外したデシンクちゃんの表情がサッと青くなります。

 見る見る内に青ざめて行く顔を見て、私は外の惨状を何となく察してしまいました。

 ……ああ、きっとまたお姉ちゃんの仕業なんだろうな。


「おい、どうした……う、これは……!」


 皇帝陛下も外を見ると、思わずと言った様子で口元を抑えます。

 ……私も外を見てみましょう。

 そう思って立ち上がりましたが、皇帝陛下は私の肩を優しく抑えます。


「見るな。お前には……まだ早い」

「いえ、見ますよ。お姉ちゃんのやった事から……目を背けたくないんです」

「……ああなっても知らないぞ」


「ゔぉ、おげぇ……おうぇ……」


 皇帝陛下の視線の先にはデシンクちゃんが、嘔吐していました。

 淑女の仮面が剥がれ落ち、乙女の尊厳なんて無いその姿。

 哀れだとか、見苦しいとか、そんな感想が出るよりも先に。

 普段は気丈に振る舞っているけど、根は普通の女の子なんだなって……


「血の匂いもあるし、空気も熱い」

 

 ろくでもない光景が広がっているのは分かってるけど……目を背けないって決めたから。

 一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせます。

 そして……私は意を決して外を覗きました。




 案の定、広がっていたのは地獄のような酷い有様でした。


 林の中でパチパチと燃える炎があちこちに広がっています。

 中には衝撃で半ばから粉砕していたり、半ばから折れている木もありました。

 そして、何十人もの焦げた死体が……まるで路上に捨てられたゴミのように散らかっていました。

 辛うじて人の姿を保っているのは極々少数で、大半は胴体や頭が吹き飛んでいます。

 デシンクちゃんが盗賊と言っていなければ、そう認識出来なかったかもしれません。


 血は焼かれたからか、断面からはあまり流れていませんでした。

 まるで、昨晩宿屋で食べたステーキのように見えなくもありません。

 ……しばらくはお肉を食べれそうにないや。


「……これは、お姉ちゃんがやった事でしょうか」

「そうね」


 私が思わず呟いた独り言に返事をしながら、お姉ちゃんが歩いて近付いて来ました。

 多分、爆弾を大量に使ったんでしょう。

 これだけの人を殺しておいて、淡々としているその様子に……私はどうしようもなく震えてしまいます。

 なんで、なんでこんな事を……


 お姉ちゃんは私の横を通り過ぎて、馬の隣で立ち止まりました。

 二頭の馬は大きな爆発音ですっかり怯えた状態みたい。

 馬車が止まった原因はこれだね……はぁ。


「どー、どー」


 お姉ちゃんは馬を優しげな手付きで撫でます。

 すると、十秒も経たない内に馬は落ち着きを取り戻しました。

 もう一頭の馬も同様です。

 その手際の良さに驚いている余裕もありません。


「しかし、これは酷いな」

「森林、全部燃えちゃうんじゃ……?」

「いや、幸運にも風は吹いてない。林間も開いているし、これ以上の被害は出ないだろう」


 ふぅ、良かった……


 改めて辺りを見回すと、軍人さん達が吐きそうな顔をしていました。

 ……うん、いくら訓練していてもこの光景は酷いもんね。

 私も吐きそうだったもん。

 しかし、そんな中でもスマイリーさんだけは平然としていました。


「……ふむ、このような光景を見ても支障が出ないように訓練させるべきか」


 それは一体どんな内容の訓練に……?


「出発するよ」


 お姉ちゃんは馬を宥め終えると、すぐに後方の馬車へと戻って行きます。

 ……盗賊を皆殺しにして、平然としているその姿に軍人さん達も気圧されたみたい。

 何人かは後退りして、お姉ちゃんから離れようとしたんですから。


 お姉ちゃん……あれ?


 気の所為かな、お姉ちゃんの表情がいつもとほんの少し違っていたような……

 何処が、と聞かれても答えられないような些細な違い。

 言葉に出来ないもどかしさはすぐに露に消えてしまいました。


「うぅ、まだ気持ち悪いですわ……」

「デシンクちゃん、大丈夫?」

「これが大丈夫に見えまして!? おぶっ、おろろろ……」


 いきなり大きな声を出した所為か、デシンクちゃんは再び口から色んな物を吐き出しました。

 私はそっと背中をさすってあげます。

 いや……それにしても、胃の中に色々入り過ぎなのでは?


「ま、まさか貴女に背中をさすられる日が来るなんて……」

「大丈夫? 馬車に乗れる?」

「……寝転がった状態なら」

「なら、俺が御者席に座ろう。お前は中で安静にしておいた方が良い」

「そうさせて貰いますわ……」


 デシンクちゃんに肩を貸して、どうにか馬車の中へと運びます。

 馬車はすぐに再び走り出しました。

 デシンクちゃんは枕が無いと眠れないらしいので、仕方なく私の膝を貸してあげました。

 流石に膝の上で吐かれるのは嫌なので、念の為小さな樽を用意して貰いました。

 いざと言う時はこれを使いましょう。


「まさか、膝枕までして貰う事になるなんて……うっぷ」

「何も喋らずに静かに寝ててよ」

「そうするわ……」


 ……普段から高飛車な性格だったから、ちょっと調子が狂うなぁ。

 早く元気になってくれると良いんだけど。

 結構重いし、髪の毛がちょっとチクチクするし。


「い、今何か失礼な事を考えて……うぇぇぇ」

「別に考えてないから、黙ってて欲しいかな」


 うん、お願いだから無理せずに静かにしてて欲しい。


「……」


 デシンクちゃんが、まだ何か話したそうにしています。

 もう少し自分の状態を省みて欲しいんですけど。

 これ以上喋ったら本当に小樽の出番が来そうなので控えて欲しいですけど……


「……盗賊達の、表情に違和感がありました」

「え?」

「皆生気が無いと言うか、目に光が無かったような気がするのです」


 それって、どう言う……?


「気の所為かとも思いましたけど、何だか妙に引っ掛かって……うっ!?」

「……気分が悪いのにそんな喋るから」


 無理が祟ったのか、何かが込み上げて来た様子。

 まさか、こんな早くに小樽の出番が来るとは思ってもみませんでした。

 そっとデシンクちゃんの口元に小樽をあてがい……




「おえぇぇぇぇぇ…………」




 しばらくの間、馬車の中に汚い声と水音が響きました。


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