TASさんが教会から脱出するようです
「お姉ちゃん!?」
蹲ったお姉ちゃんのもとに、私は全速力で駆け付けます。
まさか、飲んだお水が腐ってたんじゃ……!?
「大丈夫!?」
「うぅ……けっほけっほ……あが……っ!」
「お姉ちゃん!?」
ど、どうしよう……?
今度は頭を押さえて床に倒れちゃった!
頭が痛いのかもしれない。
私にはどうする事もできない……
でも、それでも!
「絶対お姉ちゃんを助けるもん!」
「……君達、すぐに彼女を隣の部屋に運ぶんだ!」
神父さんはシスターさん達に指示を出します。
「お姉ちゃん……っ!」
「君は、姉の手を握ってあげなさい」
「は、はいっ!」
シスターさんに運ばれるお姉ちゃんの手を握りながら急いで隣の部屋に向かいます。
その部屋の扉を開けると、ベッドが幾多か並べられた部屋でした。
お姉ちゃんをすぐにベットの上に寝転ばせます。
呼吸を見た事無い程に荒げさせるお姉ちゃん。
「あの、お姉ちゃんは大丈夫なんですか?」
不安でいっぱいな気持ちをなんとか抑え付けて、シスターさんに尋ねます。
「……大丈夫です。今まで何人かはこうして運ばれていますが、死亡した事例はありません」
「え、こんな事が何度もあるんですか!?」
「ええ。特に、強力な【異能】を授かる時は……」
うぅ……お姉ちゃんが苦しむなら、強い【異能】なんて要らないよ!
「どうにかならないんですか!?」
「耐えるしかありません。彼女の手を握り続けてあげてください」
そう言ってシスターさんは一歩下がった位置に立ちました。
私は、お姉ちゃんの両手をぎゅっと握ります。
「アル……タ……」
「お姉ちゃん、私はここに居るよ!」
「う……あ……」
意識がしっかりしてないのか、うわ言のように呟くお姉ちゃん。
呼吸も段々と荒くなってきました。
見ているだけで私も苦しくなってしまいます。
「……」
やがて、お姉ちゃんは眼を閉じました。
もしかして死んじゃうのかと思いましたが……
「……どうやら眠ってしまったようですね。小一時間もすれば起きるでしょう」
シスターさんはほっと一息吐きました。
確かに呼吸は落ち着いた様に見えます。
でも……また苦しみ出したりしたら、大変です。
「私、起きるまでお姉ちゃんの側にいます」
「そうですか、神父様にはそう報告しておきます。彼女が目覚めたら部屋のすぐ外に誰か居ると思いますので
知らせてください。では、私はこれで失礼します」
シスターさんは二人共部屋から出て行きました。
終始、落ち着いた様子と言うか、感情をあまり見せない人でした。
何だか不思議な感じがしますけど、それよりも今はお姉ちゃんです。
「お姉ちゃん……」
私はベッドに座ってずっとお姉ちゃんの手を握り続けました。
シスターさんは大丈夫と言っていました。
でも、私は不安です。
もし、このままお姉ちゃんが目覚めなかったら……
そう思うと、居ても立っても居られないんです。
私が物心付いた時には、ずっとお姉ちゃんと一緒でした。
嬉しい時も悲しい時も側にいました。
お姉ちゃんが一緒だから、私はどんなに辛くても笑顔で居られるんです。
「だからお姉ちゃん……お願い、目を覚まして……」
私の思いが通じたのかは分かりません。
ですが……お姉ちゃんは目を覚ましました。
それは、シスターさんが言うよりもちょっと長めに二時間くらい経った頃でした。
「……」
「お姉ちゃん! 良かった、目が覚めたんだね……」
お姉ちゃんの目が開かれた時、思わず私は立ち上がりました。
ほっとして、あまりの嬉しさに涙も出てきます。
「……」
しかし、お姉ちゃんは何も喋りません。
もしかして、喉が痛いのかな?
「お姉ちゃん、もしかして喉が……」
「……平気」
普段のお姉ちゃんよりも何処か素っ気無く答えました。
どうかしちゃったのかな……
「それよりも。私が起きた事、知らせなくていいの?」
「あ、そうだった。教えてくれてありがとうお姉ちゃ……あれ?」
その話をした時、お姉ちゃんは寝てたような……
何で知ってるんだろう?
うーん……まあ、いっか。
細かい事は気にしない方が良いよね。
「あのー、すみません。お姉ちゃんが起きました!」
「……結構遅かったですね。体調はどうでしょうか?」
「平気です」
「わっ!?」
いつの間にか、お姉ちゃんがすぐ側に立ってました。
びっくりです。
まだ寝てた方が良いんじゃないかなと思ったんだけど……
「本当に、平気だから」
と、お姉ちゃんは聞きません。
こうなったお姉ちゃんは絶対に譲りません。
……でも、一応お姉ちゃんが倒れても受け止められる位置に居る事にしようかな。
「……それでは、私に付いて来てください。どんな【異能】を得たのか調べますので」
「分かりました」
「はい」
私とお姉ちゃんはシスターの後を付いて行きます。
それにしても、さっきからお姉ちゃんがおかしい気がします。
普段よりも無表情と言うか、口調が妙に落ち着いていて……
とにかく、いつもと比べて違和感があります。
まさか、【異能】が何かお姉ちゃんに悪影響を与えてるんじゃ?
「着きました。では、入ってください」
「……行くよ、アルタ」
「あ、うん」
考え事をしてたから、ちょっとだけ反応が遅れちゃった。
お姉ちゃんと一緒に案内された部屋に入ります。
「……おお、ようやく起きたのか。此方に座りなさい」
神父さんが何か水晶のようなものを持ちながら座っていました。
先程よりも、妙にご機嫌だと思うのは気の所為なのかな?
椅子は親切にも二人分用意してくれています。
「……おほん。これは【異能】の名を調べる特殊な聖具だ。これに手を翳しなさい」
「はい」
お姉ちゃんはすぐに水晶に手を向けます。
変な【異能】じゃなければいいんだけど……
しばらくすると、水晶に文字が表示されました。
【TAS】
……これは何て読むんでしょうか?
私には読めない文字です。
「ふむ、これはまた珍しい……」
「何か分かるんですか?」
神父さんはこの文字について知っているみたい。
「……ああ。【異能】の名前は、時より異界の文字が使われる事がある。これもその一種だろう。似たようなものを数回程見た事がある」
「異界?」
「このユリアスラ大陸の外も我々にとってはほぼ未知ではあるが……ひょっとすると、異なる世界の文字かもしれないと言う事だ」
異なる世界……そんな物があるの!?
何だか凄く壮大な話です。
今まで私が小さな世界に居た事を強く思わせます。
「それで、結局どのような【異能】なんでしょうか?」
「残念だが私にも分からない。が、この類のものは本人に強い自覚がある場合が多い。君、何か心当たりはあるか?」
「………………いえ、特には」
何故か妙な間を空けてお姉ちゃんが答えました。
それを聞き、神父さんは考え込みます。
「ふむ、妙だな。私には嘘を9割程見分けられる【異能】がある。だから偽っている訳では無いと思うのだが……」
へー、神父さんはそんな【異能】を持ってるんだ。
そう言えば、馬車の中でアリアス様が話していたような記憶があります。
「念の為もう一度聞こうか。本当に心当たりは無いのかね?」
「………………………ええ、ありません」
「さっきから何だねその間は」
本当だよ。
やっぱりお姉ちゃんは変わり者です。
「ふむ……もし【異能】が暴発したら大変だ。アリアス卿は王都に三日程滞在する。その間、君達は教会に泊まっていきなさい」
「え、いいんですか?」
「ああ。ここなら仮に暴発しても対応できる。遠慮する事はないぞ」
何処かの宿を探すつもりだったから、とっても助かる。
一応お金はあるけど、節約するに越した事はないよね。
うーん……しかし、気になっちゃう。
【異能】って暴発する事もあるんだ……
それでもお姉ちゃんの側を離れるつもりはないけどね。
「やったね、お姉ちゃん」
「……」
何故かお姉ちゃんはダンマリです。
おかしいな、眠い時以外はちゃんと私の話は聞いてくれる筈なのに。
「では、泊まる部屋に案内しよう。もし出掛けたい場合は誰かに言付けてくれ」
「はい!」
この後案内されている間も、お姉ちゃんは殆ど何も話しませんでした。
……やっぱり、何かあると思う。
お姉ちゃんが何の意味もなく変な行動は取らない。
口数が少なかったり、態度がおかしいのにも理由がある筈です!
案内された部屋で二人きりになりました。
誰にも聞かれてないのなら、私に色々と話してくれるかもしれません。
「ねえ、お姉ちゃ……わっ!?」
私が尋ねようとすると、お姉ちゃんは私の手をベッドの方へと引っ張りました。
そして、そのまま二人でベッドに寝転がって毛布を被らされました。
吐息がかかる距離で私とお姉ちゃんは見つめ合います。
「お姉ちゃん、どうして……」
「声を落として。なるべく小さな声で話すよ」
「? う、うん」
ちょっと唐突過ぎて、何が何だか分からない。
でも、お姉ちゃんの言う事だから聞きます。
お姉ちゃんには考えがあると思うから。
「まず、ここから脱出する作戦だけど」
「え?」
「今から十一分と二十八秒後にこの部屋から出るよ」
「え、え?」
「その時間に部屋から出れば丁度部屋の前の見張りが居ないから」
お姉ちゃんの表情は真剣そのものです。
微塵もふざけてなんかいないようです。
聞きたい事が更に増えました。
「聞きたい事は後で話すね。まずは教会から脱出するわよ」
「う、うん……」
先回りされちゃった。
脱出する理由くらいは教えてくれてもいいのに。
でも……
「お姉ちゃん」
「何?」
「何だか距離が近くない?」
寝る時はいつも同じ寝床で寝てる私達。
それでも、ここまでくっ付くのは真冬の時くらいです。
今はもう春なのに……
「アルタが……暖かいから」
「えへへ」
暖かいなら、まあ……いいかな。
お姉ちゃんと肌を触れ合っていると、私も暖かいや。
勿論、心も。
もしかして、お姉ちゃんは寂しかったのかな?
「じゃあ、私に付いてきて。足音もなるべく立てないようにね」
「うん!」
◆ ◆ ◆
教会の中を歩き回る。
お姉ちゃんはまるで道順が分かっているかのようにスイスイと迷いなく進みます。
時々、遠回りをする時もありました。
でも、それはどうやら教会の人に出会わないようにする為みたいです。
私でも分かる程、異様に手際がいいです。
少なくとも、昨日までのお姉ちゃんじゃこんな真似は出来ません。
まるで、未来予知でもしているかのような……
「着いたわ」
「うん……本当に出て行くの? 神父さんとかに伝えなきゃいけないんじゃ」
「それは絶対に駄目」
むー……お姉ちゃんだけ色々知ってるようで、ちょっぴり狡いです。
「行くわよ」
「うん」
それでも私はお姉ちゃんを信頼しています。
なので、素直にお姉ちゃんの言う通りにしました。
こうして、私達は教会から脱出する事ができました。
何で脱出なんて言い方をするのかも、私にはまだ分からないんだけどね……
次回は諸々の説明会。