密会
「さっき、姉と別れる時はあまり寂しそうに見えなかったからな」
「それはその……はい」
意外と皇帝陛下は、人を見ているみたいでした。
一応、顔にはあんまり出ないように気を付けていたのに……
まさか他人に指摘されるとは思わなかったよ。
「あいつは肝心な所は伏せて話す癖があるみたいだからな。苦労しただろう?」
「はいっ!!」
「……無駄に力強いな」
だって、心の底から同意出来るんだもん。
思えば隠し事をするのは昔からの癖でもある気がする。
……ここまで酷くはなかったけど。
「まあ、俺も中々苦労したからな……一応、そっちの道中であった事を聞こうか」
「はい、ええっとですね——」
私は帝国を旅立ってからの出来事を全部皇帝陛下に説明しました。
盗賊団の叔父に会った事、平然と人殺しをしたお姉ちゃん、公国での騒動。
大体が普通の人が聞いたら「うわぁ……」ってなるような内容てんこ盛りですね。
「ふむ、大体が俺が事前に聞いていた事通りだが……妹の目の前で首ちょんぱってお前……」
「ですよね……!?」
「安心しろ、俺でもドン引きする……スマイリーなら大した腕だな、とか言いそうだが」
お姉ちゃんも大概ですが、スマイリーさんも何処かおかしい人って認識なんですね。
私と同じ認識だったので安心しました。
どんな人生を送ったらあんな感じになるんでしょうか……
「ううん、アルタも苦労したんだなぁ」
そう言って、皇帝陛下は頭を撫でてくれました。
……それはちょっとだけ照れる、かも。
「おっと、不快だったか?」
「いえ、そんな事は! でも……」
「でも?」
「昔、私が眠れなかった夜にお姉ちゃんが頭を撫でてくれたのを思い出して……」
あれは、寒い夜の事でした。
アガーテに住んでいた頃、私達は小屋の床に藁を敷いて寝ていました。
親が居なかったので、住む所が無かったのです。
街の人達は皆優しかったので、寝る時だけ小屋を貸してくれたのです。
その日に手伝った仕事によって寝る場所を変えてたっけ。
小屋の中は薪や使わなくなった仕事道具などがしまってあります。
当然暖炉なんてある筈もなく、同じ毛布に包まって寝ていたお姉ちゃんの温もりだけが頼りでした。
しかし、それだけではどうしても寒過ぎて耐えられそうに無い程寒かったのです。
私は眠れなくて、何度も寝返りを打ってばかり。
そんな私を見て、お姉ちゃんが何も言わずに頭を撫でてくれました。
そうしたら、どんなに辛くてもぐっすりと眠れたんです。
お姉ちゃんの魔法みたいな手が、私は大好きだったんです……
「……なんで、わざわざ私の前であんな派手に人を殺したんでしょうか」
「あいつは理由なく行動する事はない筈だ……暇な時に何故か踊ったりしてたが」
私の見てない所でも踊ってたんですか!?
「やはり、その理由とやらを聞き出したい所だな」
「それが中々手強くて……全然聞けそうにないんです」
「あいつは未来を見ているんだったか。ひょっとしたら今こうして会話をしている事すらも知ってるかもな」
まさかそんな筈は、と。
そう言い切れないのがお姉ちゃんですね。
「結局の所、あいつからどう聞き出すかって点に行き着くんだなぁ」
「あの、ヴォルクラッヘさんは何か私の知らない事を聞かされてたりしませんか?」
「そうだな……そう言えば、さっきの話にはアレは出て来なかったな」
アレ?
一体何の事かな?
「エルフって魔法を使えるだろ? だから俺は姉にお前も魔法が使えるのかって聞いたんだけどな」
「魔法……どう答えたんですか?」
「今は使えない、と答えた。それ以上は聞き出せなかったが……」
今は?
昔は使えたって事?
「んで、さっきの話。アルタは姉の手が魔法みたいって言ってたよな?」
「え、いやいや……そんなまさか」
お姉ちゃんの様子が変わったのは、多分洗礼を受けて【異能】を得てからです。
それ以前のお姉ちゃんに魔法が使えるなんて……
「……俺も全然詳しくないんだが、魔法は無意識で発動する事もあると聞いた事があるぞ」
「そう、なんですか?」
「ああ。因みに情報源は城の地下にある禁書庫だな。まあ胡散臭い本だったから真偽は怪しいが、な」
つまり、私がすんなりと眠りにつけたのは魔法の効力だった?
だからと言って、何か変わるような気はしないけれど……
でも、なんで今は使えない理由は何だろう?
「あとはそうだな……これからの予定についても話しておこうか。その様子だと、話してもらって無さそうだ」
「お恥ずかしながら、その通りです……」
そのくらい話してくれても良さそうなのにね。
以前でも少しは話してくれてたのに。
「と言っても、俺に対しても簡潔にしか説明してくれなかったけどな」
「それでも教えてください!」
「勿論。まず、例の娘を攫って来た後だな。脅迫状を送ってアリアスをこの場まで引き摺り出すとの事だ」
……何度聞いても完全に誘拐犯です。
脅迫までして何を要求するつもりなんでしょうか?
「そんで、俺達をアリアスの手勢である騎士団に変装させて王都に乗り込む予定らしい」
「騎士団……ああ、あの人達ですね」
王都に向かった時に同伴していた人達がアリアス様の騎士団だった筈。
「アリアスはかなり力のある貴族だから関所を突破するのは難しくない、との事だ」
「なるほど……」
「まあ、結構穴だらけの作戦だと思うけどな」
「え、そうなんですか?」
あの隙の全く無くなったお姉ちゃんがそんな作戦を立てるとは考えにくいような。
何もかも完璧にこなしていた姿を見てきた私はそう感じます。
「まず、幾ら貴族だからとそう易々と関所を突破は出来ない。普段ならまだ分かるが、今は我が国の宣戦布告を受けて厳戒態勢の敷かれているからな」
宣戦布告……ああ、そう言えばそうですね。
何だか、あまり実感がありませんけど。
「なるべく街は避けて王都に向かうと言っていたが、アガーテの関所だけは避けて通る事は不可能だろう。アガーテは最初にお互いがぶつかりあう事になる戦場だろうと向こうも予測してるだろうしな」
帝国と王国の国境にある街だし、当たり前と言えばそうですね。
うーん……聞いてみるとたしかに穴だらけな気がして来ました。
「あいつの事だから勝算はあるんだろうが、もっと詳細な説明をしてくれないと理解できないな」
「私もそう思います」
「……それ以前に、俺はアリアスが説得できる奴には思えないんだがな」
「そうなんですか?」
「ああ。娘を攫われても余裕たっぷりでこっちを鼻で笑ってくる姿が想像できる」
そ、そんな人でしたっけ?
「……まあ、ここまで来たら信じるしかないんだけどな。もう引き返せないから」
皇帝陛下は何処か遠くを見つめるように目を細めました。
もう既に宣戦布告したんだから、引き返せる訳がありません。
それでも……
「完全にお姉ちゃんの言う事に従って、いいんでしょうか……」
「まさにそこなんだよ。どうするのか、自分なりに考えておいた方がいいかもな。俺も、アルタも」
自分なりの答え、かぁ……
うん、頑張って考えてみよう。
私はそんなに賢くはないと思うけど、それでも。
その過程は、決して無駄にはならないような気がしたから。
「さて、話はこれくらいにしておくか。俺はあいつが帰ってくるまで昼寝でもしよう。アルタも好きにしていいぞ」
「えっと、じゃあ私もお昼寝しようかな……?」
休める内に休んでおいた方がいいかなって思うし。
「そうか。空いてるテントが一つあったから、そこに案内しよう」
「そ、そんな手間をかかせたら悪いですよ」
「じゃあ、ここで一緒に横になるか?」
う、うーん……
男女が一つのベッドで横になるのは、流石に破廉恥な気がする。
けど……皇帝陛下なら別に問題ないかな?
優しい人だし。
「では、それで」
「……あのなぁ」
「はへ? どうかしましたか?」
「なんでもない。俺は急用を思い出したから、ここのベッドは好きに使って貰って構わない。ゆっくり休んでくれ」
それだけ言うと、皇帝陛下はテントから出て行こうとします。
私は思わず咄嗟に皇帝陛下の手を掴んでしまいました。
「ん、どうかしたか?」
「えっと、あの……」
これを言うのは恥ずかしいんだけど……
「寝る時、一緒に居て欲しいなって」
「……」
「駄目、ですか?」
「…………」
その時でした。
急にテントの入り口の方から大きな物音が聞こえました。
何かと思って振り向くと、3人の軍人さんが倒れこんでいました。
「いてて……お前なぁ!」
「急に興奮するから俺達まで!」
「だって、男なら今の会話を聞いてて滾らない方がおかしいだろ!?」
……ぬ、盗み聞きされてたんですか?
私、そこまで変な事言ってないですよね!?
「何処まで聞いていた、お前達?」
「『えっと、じゃあ私もお昼寝しようかな……?』の辺りです!」
力強く敬礼していますけど、盗み聞きって褒められた事じゃないよね?
下手したら不敬罪になっちゃうじゃ?
それに、何でこの人肌がツヤツヤしているんだろう?
「はぁ……ならまあ、俺は許すよ」
「は、感激の極み!」
「スマイリー、処遇は任せる」
「承知しました。三人共、やる気が有り余っているようなので直々に訓練をしてやろう」
待って待って、スマイリーさんもいつから居たの!?
さも当然のようにスッ……と現れたけど。
あれですか、東方の島国にあるニンジャですか?
「そんな〜」
「ちょ、俺らも!?」
「俺は無理矢理誘われただけだ! 俺は悪くねぇ!」
「喚いても結果は変わらないぞ。さぁ、早く来るんだ」
スマイリーさんは三人を引き摺ってテントの外へ歩き去って行きました。
何だか、さっきも同じような光景を見たような……
あと、スマイリーさん三人を引き摺れるなんて凄い力ですね?
「はは……騒がせてすまない」
「い、いえ」
結局、今のは何だったんでしょう……
「……じゃあ、ゆっくり休んでくれ」
「皇帝陛下は、急用があるんじゃ……」
「アルタが側にいてくれって頼んだんだろう?」
そう言って、皇帝陛下は再びベッドに腰掛けました。
私の我儘でこの場に繋ぎ止めちゃったみたいで悪い気もするけど……
でも、やっぱり嬉しいな。
「おやすみなさい」
「ああ……」
私は目を閉じる前に、手を伸ばします。
皇帝陛下は何も言わずに私の手を優しく握ってくれました。
お姉ちゃんの手とは違って男の人らしく、ゴツゴツとした手。
だけど、今の私にとってはどこか心が安らぐ心地になれるのでした。
この幼女、誘ってる……!




