TASさんが入国審査官になったようです
お姉ちゃんの背後で何もせずにただ立っている私。
私はお姉ちゃんの仕事振りを見ている事しかできませんでした。
「通ってよし。通ってよし。偽造された行商手形。衛兵、連れて行け。通ってよし。通ってよし。通ってよし。通ってよし。厚底ブーツの底に持ち込みが禁止された薬物を隠している。衛兵、連れて行け。通ってよし。通ってよし。馬車の荷物の中に人を隠している。衛兵、連れて行け。通ってよし。偽造された国民証。衛兵、連れて行け。馬車の車輪の内側に持ち込みが禁止された薬物を隠している。衛兵、連れて行け」
と、こんな調子です。
お陰で私は背後に座って果物を摘んでいるだけです。
聞くと、この果物は家族が差し入れてくれた物だとか。
もぐもぐ、甘くて美味しいです。
アゾームさんは、お姉ちゃんの働き振りに開いた口が塞がらないようです。
うんうん、普通そうなるよね?
衛兵さんも、最初のうちは半信半疑で指示を聞いてたけど……
「衛兵、次に私が止める奴は服の裾にナイフを隠し持っている。すぐに取り押さえられるように準備しておけ」
「はい、タスさん!」
「分かりましたタスさん!」
と、従順になりました。
お姉ちゃんが歳上に指示出して、しかも従われてる……
昔のお姉ちゃんからは想像もできない光景です。
数分後。
お姉ちゃんは一人の女性を止めました。
「貴方は駄目」
「はぁ、なんでよ?」
ちょっと態度が悪い感じの女の人が、イライラした様子で聞き返します。
お姉ちゃんは気にしてないみたいだけど、色々と問題がある気がします。
「その下着の内側に隠し持っている物を差し出しなさい」
「っ、セクハラよ!」
「もし私の勘違いなら名誉毀損で殺しても構わないですよ?」
お姉ちゃんは冷ややかな笑顔で女の人にそう告げました。
ちょっと怖いけど、お姉ちゃんはやっぱり格好良いです。
女の人は舌打ちをすると、袖から何かを取り出してお姉ちゃんに振りかぶろうとします。
それは、キラリと鈍く光を反射するナイフでした。
「お姉ちゃん!?」
「嬢ちゃん!?」
お姉ちゃんは一切動じずに、ゆらりと動きました。
たった、一歩だけ後ろに引きました。
それと同時に、いつの間にか持っていたレモンを女の人の目の前に突き出しました。
「えい」
「目がァァァァァァァァァ!?」
レモンの汁を直接目に受けた女の人は、その場で目を押さえながら転倒します。
ちょっと可哀想ですけど……いきなり襲い掛かったんだから、仕方ないよね。
それにしても、お姉ちゃんはいつの間にレモンを半分に切ったんだろう?
「よし、取り押さえろ!」
「……あっ、確かにありました!」
「よし、連れて行け」
「「はい、タスさん!」」
衛兵さん達はテキパキと動いて女の人を連れて行きます。
お姉ちゃんは満足そうにその様子を眺めていました。
「なぁ、嬢ちゃん……」
「なんですか?」
「嬢ちゃんの姉、だよな。アイツ何者だよ」
「自慢のお姉ちゃんです!」
「違う、そうじゃない!」
アゾームさんは「んがー!」と頭を掻きむしっています。
そんな事したら生涯禿げちゃうよ……
「なんでアイツは一目見たら……いや、最早見る前に判別できるんだ!?」
「えっと、【異能】で……」
「【異能】だと? 嬢ちゃん達の出身はゲパルト王国か?」
「うん」
「……察するに、未来予知ができる【異能】なんだとは思う。だが、ここまで正確無比な精度の【異能】を王国が手放すか?」
アゾームさんは何やら考え込んでいるご様子。
ぶつぶつと独り言を呟き始めました。
「……嬢ちゃん。【異能】は王国以外の国ではかなり珍しい。自然発生する例が極端に少ないのもあるが、一番の理由は別にある」
「別にあるって、どう言う事ですか?」
「王国が、【異能】を持つ者を他国に逃さないようにしているからだ」
「え?」
お姉ちゃんは言っていた。
たしか、王国にいるままだといつか酷い目に遭ってしまうと。
この人の話はお姉ちゃんの話とも合致します。
「これはあくまで噂だが、王国の暗部には【異能】に関する研究をしている秘密機関があるらしい。【異能】持ちを見つけたら即座に取り込み逃げないように首輪を付ける。嬢ちゃん、なんで帝国に来れたんだ?」
「あー、その、えっとですね……」
どうしよう。
私には説明するのがちょっと難しいかもしれない。
「……まあいい。今の話はここを訪れる商人達から聞いた話だから信憑性は微妙だからな。何より、あいつがいると俺が助かる」
「お姉ちゃん、一人でも淡々と仕事こなせてますからね」
「ああ」
仕事を始める前から並んでいた列が、もう殆ど無くなっています。
アゾームさんによると、普段ならまだ半分いっていれば良い方なんだとか。
お姉ちゃん、いくら何でも早過ぎるでしょ。
「……よし、列を捌き切ったぞ」
「今、この目で直接見てるのに信じられんな」
「そうか。アルタ、帽子被るか?」
「え、いいの?」
「被りたそうにしてたから」
やった!
お姉ちゃんは優しくて気が利く自慢のお姉ちゃんです。
早速、手渡された帽子を被ってみます。
「どうかな?」
「うん、似合ってる」
「ああ、うん。可愛いんじゃないかな……娘に会いたくなって来たな」
アゾームさんは何処か遠くを見つめながら寂しげな表情になります。
家族、居たんだ……
一体何日この職場で寝泊まりしてるのかな、この人。
「……家族、かぁ」
お姉ちゃん以外に私に家族はいない。
普段は寂しくないけど……たまに、羨ましく思う事はある。
私にも、お父さんやお母さんが居てくれたら……
「……すまない。お互いに悲しくなっちまう事を言っちまったみたいだ」
「いえ、そんな」
「……」
お姉ちゃんは何故か無言です。
表情も背を向けているので窺えません。
お姉ちゃんもきっと寂しいと感じてると思うけど……
「……両親の、父親の親友になら会えるよ」
「え?」
唐突に振り返って、お姉ちゃんはそう言い放ちます。
お父さんの、親友?
「それって誰なの?」
「皇帝だ」
「え?」
「は?」
皇帝?
皇帝が私のお父さんの親友……?
わ、私の両親は一体何者なの!?
「嬢ちゃんの両親は何者なんだよ!?」
「……シェール公国の元王族。いや、最後の王族か」
「は?」
「え?」
わ、私って実は凄い身分の生まれなの!?
童話に出てくるお姫様に憧れてたけど、既にお姫様だったって事!?
「あそこの王族って事はつまり……」
「そう言う事だ」
重苦しい口調でアゾームさんと、淡々とした口調のお姉ちゃんが対照的です。
「……あんたは平気そうだが、そっちの嬢ちゃんは知らないのか?」
「もう少し伏せてあげていて」
「いずれは知らないといけないんじゃないか?」
「駄目。まだ早い」
「……そうか」
あ、また私が会話に置いてけぼりです。
でも、私だって少しは成長できるんだよっ。
会話の端からお姉ちゃんが何を言おうとしてるのか考えちゃうもんね!
「んーと……えーと……」
つまり、私のお父さんが皇帝と友達でシェール公国の元王族で……
あれ、公国って王様が居ない国じゃなかったっけ?
公国ってたしか昔は王国だったんだよね。
王国の王族が何処に行ったのかって言うと……
「アルタ、あまり考えないように」
私が考えていると、お姉ちゃんに止められちゃいました。
むむ、後少しで何か分かる気がしたのに……
ここはおねだりしてみます。
「どうしても、駄目?」
「駄目」
「……うん、分かった」
お姉ちゃんの表情は真剣そのものでした。
だから、私も信じて考えるのをやめよう。
でも、やっぱり会話には入れて欲しいです。
「あー……なんかヤバい事実を知ってしまったような」
「いや、私達が王国に居るのは帝国の極一部には知られている話だ」
「え、それ本当か!?」
「ああ」
「あのっ!」
私はちょっと大きな声を出して二人の間に入り込みます。
何やら驚いたりしているアゾームさん。
私には意味が分からないけど、とにかく仲間外れは嫌なの!
「私も話に入れてっ!」
「…………露店で美味しい物って知ってるか?」
「あ、ああ……そうだな。ちょっと遠いが、反対側の門の近くで店を出してる串焼きが人気らしいぞ」
「ど、どんな感じなんですか?」
「なんでも、甘辛なタレが絶品で癖になる味らしいな。焼き具合も完璧だそうだ」
「わぁ……美味しそう」
私は何を隠そう、食べる事が大好きなのです。
最近は昨日泊まった宿くらいしか美味しい物を食べれてません。
仕事が終わったら早速行ってみたいです!
「お前の妹は、年相応だな」
「可愛いだろう?」
「そうだな。うちの娘に少し似てるかもな……」
「むー、また二人で会話してるー!」
「す、すまんすまん」
全くもう!
「プンプン!」
「……ところで、話は変わるんだけど」
「ん、なんだ?」
「明日、上司……領主の部下の人が来るよね?」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
「私達は皇帝に謁見できるよう頼むから、そのつもりで」
「……もうしばらくここで働いて欲しいが」
「生憎、そうしてはいられない事情がある」
「そうか……気が向いたら、また来てくれ。いつでも歓迎しよう」
ぷるぷるぷる……
「……あ、嬢ちゃん。ごめんよ?」
「アルタ、今から串焼きを食べに行こう」
「え、ほんと!?」
「うん」
お姉ちゃん、大好き!
「……おい、仕事は?」
「任せた」
「……まあ、いいけどよ」




