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借金のカタ


「おっと。本当に来たのかあ」


 クジモの声にクリフトはひょいと立ち上がった。ケロリとしている。


「悪いね、ちょっと出てくる」

「クジモさん、お金を受け取りに来たんじゃないの?」


 マルーシャの声に不安がにじんだ。

 今日納品だと伝えた時、クジモはとても喜んでくれたのだ。かまどを直した金を払わにゃならんと苦笑いされて、本当に申し訳なかったのに。


「まあまあ、事情を話せばわかってくれるさ」

「お父さん……」


 クリフトは笑って行ってしまう。反省していないと思う。


「……失礼だけど、大丈夫かな」


 流れがわからないながらダニールが眉をひそめた。金銭の話はこじれるとやっかいだ。


「父は……自由なところがあって」

「うん?」


 言いにくそうなマルーシャを、ダニールは視線でうながす。


「注文された時計に余計な仕掛けをつけて、お客さんを怒らせてしまったんです。それで買い取ってもらえなくて」

「ああ――今来た人は?」

「友人です。父がそんなで、たまに品物が宙に浮くのでお金に困ることが。助けてもらってました」


 恥ずかしげな説明にダニールは微笑んだ。


「クリフトさんは楽しい人だね」

「それは良く言いすぎだわ」


 マルーシャは顔をしかめた。娘として、とても迷惑しているのだ。


「でも困るな。もしかしてマルーシャがいないと、クリフトさんは暮らしていけなかったりするのか」


 ふとつぶやかれてマルーシャは首をかしげる。


「まあ、しっちゃかめっちゃかになると思います。でもどうして?」

「――訪ねて来た理由だよ。マルーシャに、一緒に来てほしいんだ」


 真っ直ぐに見つめられて、マルーシャは視線を外せなくなった。

 一緒に行く? ダニールとミュシカと?


「……どこに?」

「アレーシャさんの故郷ふるさとに」


 ダニールはゆっくり告げた。ミュシカが嬉しそうに足をピョコピョコする。


「わたしのまち!」

「そうだね。僕も住んでいるが」


 膝から見上げるミュシカに視線を落として、マルーシャはぼんやり考えた。

 それはどういう意味だろう。どんな用事があってのことだろう。旅なのか、移住の誘いなのか。わからないことだらけだ。

 マルーシャが困惑しているのはダニールも感じた。詳しく説明したいが、ここからが本題なのでクリフトにも同席してもらわないと。

 あちらの話はどうなったかと思ったら、クリフトの大声が台所まで響いた。


「だめだよ、そんなの!」


 三人は振り向いた。ミュシカがビクッとマルーシャにしがみつく。何か言い合う声が続いて聞こえ、ダニールは席を立った。


「ここにいて」


 言い置いて出て行こうとするが、マルーシャだってそういうわけにはいかない。


「私も行きます。ダニールさんだけじゃ、何がなんだかわからないでしょ」

「……そう、だね」


 ダニールは渋い顔だが、マルーシャはミュシカを椅子に抱きおろし、さっさと戸を開けた。強い声で問いかける。


「どうしたの?」

「マルーシャ」


 こちらを見て言ったのはクジモだった。さすがに怒っているらしい。眉間にしわが寄っている。


「クリフトは何でこう馬鹿な真似を……!」

「……ごめんなさい」


 怒りで二の句がつげないクジモにマルーシャは頭を下げた。気持ちはものすごーくわかる。

 だが怒られたクリフトの方も怒っていた。ぷんぷん、という風情で娘を振り返る。


「だからって許すわけないだろ! 借金が返せないならマルーシャを嫁に寄越せなんて!」

「へ?」


 父の言葉にマルーシャは間抜けな声で反応してしまった。だって意味がわからない――嫁? って、あの嫁か。男性に嫁ぐ、あれ。

 ……えええっ!?


「どういうことでしょう?」


 大混乱のマルーシャの隣で、ダニールが冷静な声で尋ねた。軽く自分の肩でマルーシャを隠し、かばう。知らない男の出現にクジモはひるんだ。


「――俺も金を返してもらえないと困るんだ。だが親族のことなら、まだ少し言い訳は立つ。だからマルーシャをウチの長男の嫁にもらえないかと」

「その人とマルーシャは恋仲なんですか?」


 抑えた調子で訊くダニールの横で、マルーシャは慌てて否定した。


「そんなことないです! 私、おばさんくさいって評判でモテないもの!」

「マル――」


 言いかけてダニールはクジモに背を向けた。マルーシャを守るような姿勢だが、手で口を押さえプルプルしている。

 またマルーシャの言葉にハマったらしい。笑いのツボがわからない人だ。でも馬鹿なことを言ったかなとマルーシャは後悔した。


「だけどそれは家庭的ってことだ。クリフトを支えて切り盛りしてきた子だし俺は大歓迎だぞ? このままじゃマルーシャは一生嫁になんか行けない。父親のせいでな!」


 背を向けられたクジモは言い張った。クリフトは傷ついたが、その内容は正しいとも思う。

 好き勝手な父に振り回されるマルーシャには、同じ年頃の友人よりも近所の年配の知己の方が多いのだ。これでは恋もままならない。クリフトは言葉に詰まってしまった。


「お母さま――?」


 かわいらしい声が沈黙を破った。

 青い瞳を不安に曇らせて、台所からトトト、と出てきたミュシカはマルーシャに抱きついた。


「ああミュシカ。だいじょうぶよ」


 マルーシャは少女を安心させたくて、よいしょと抱き上げる。ミュシカはきゅ、と首にかじりついた。


「お母さ……って」


 クジモはぎょっとした。

 髪と瞳の色は違えどマルーシャに面ざしの似た、愛らしい少女。マルーシャに娘がいるなんて聞いていない。


「マルーシャを嫁にと言われても困ります」


 ミュシカを抱くマルーシャに寄りそい、ダニールは言った。


「僕はマルーシャを迎えに来たんですから」

「お父さま」


 ミュシカが伸ばす小さな手を取ってダニールがうなずく。

 これはどう見ても仲の良い家族――夫婦と娘。クジモは自分がとんでもない横槍を入れていると誤解した。


「金銭的な問題があったようですが、それは僕が立て替えてもかまわない。今はお引き取り願えませんか」


 静かな微笑みとともにダニールが告げて、クジモは敗北を認めた。


「――わかった。立て替えると言ったのは忘れるな。こっちも往生しているんだ」

「承ります。借用書などあれば、まとめて下さい」


 硬い表情できびすを返すクジモに、クリフトは声をかけた。


「クジモ! 悪かったよ。これからはおまえに頼らないでちゃんとするから。頑張るからさ」

「うるせえ。謝るならマルーシャに謝れ、この阿呆が」


 振り返ったクジモはひどい渋面だった。


「いつの間にそんな旦那と娘が? とんでもない恥かかせやがって……」


 言い捨てて、クジモは戸の音も荒く出ていった。


 マルーシャはすぐ横のダニールを見上げた。旦那、と言われたのはこの人のことだ。

 ダニールもマルーシャを振り向く。まるで夫のように振るまったのは、わざとだ。

 借金取りを追い返すためだったとはいえ、二人は視線を合わせ赤面する。


「――ダニールくぅん!」


 照れ照れした空気を破ってクリフトが駆けよった。ダニールの空いている手を取ってぶんぶん振り回す。


「ありがとうありがとうありがとう! 借金の肩代わりなんて、会うなり申し訳ないよー!」

「あ、いえ……」


 ダニールは微妙な顔になった。マルーシャを助けるためだし仕方ない。


「こちらも無茶なお願いに来たところなので……」

「迎えに来た、てやつかい?」


 クリフトが真面目な顔に戻った。


「それは――妖精族の何かしら、てことなんだね」


 ダニールは無言でうなずいた。




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