厨二の幼馴染みがイキナリ『私の前世は関羽』と宣ってきた。
それは、幼馴染みの澄香が唐突に言い出したこの台詞が始まりだった。
「圭介……私はかつて関羽であったに違いない」
「は?」
なんだいきなり。
「関羽……姓は関、名を羽。 字は雲長である」
『字』のあたりでドヤッた。
こいつ絶対、『字』って言いたかっただけだろ。
最近やたらとウチに入り浸っては『横山光輝・三国志』を読み耽ってんなぁ、と思ったら……コレ。
ちなみに『横山光輝・三国志』は言わずと知れた巨匠・横山光輝氏の三国志漫画であり、コレにより三国志にハマった日本人は数知れず。
ウチにあるのは親父の所有物である。
有名なのはやっぱり『赤壁の戦い』とかなんだろうけど、俺が好きなのは割と後半。
皆死んじゃった後、孔明が頑張って南蛮に攻め入るところ。
険しい往路で兵士が毒で死んだりする中、孔明は相変わらず優雅な羽扇で指示しつつ討ち取られたフリを繰り返しては怒り狂う兀突骨を翻弄するのだが、その際にシレっと出す『逃げよ』という台詞が堪らん。
『三顧の礼』といい、孔明って性格悪いよね。そこが魅力ではあるんだけど。
そりゃイラっとするわ。
わかるぞ兀突骨。
……あ、関羽もう出てきてないじゃん。
他にも澄香が三国志漫画にハマっていることは既に知っている。
曹操が主役でやたらカッコイイやつとか、日本から高校生が転移して軍師になるやつとか、孔明が現代日本に転移するやつとか。
厳密に言うと最後のは『三国志漫画』ではないかもしれないけれど、今めっちゃ流行ってて面白いことは確か。
それはともかく、『関羽が転生していた』らしい。俺の幼馴染みに。
──なわけない。(素)
だが、そう吐かしている。今。
「いやいやいやいや」
「フッ……信じられぬのも無理はなかろうて。 私もまだ信じられぬ。 よもやこのように面妖な事態が起ころうとは……世界は不思議に満ち溢れておる」
「う~ん確かに不思議(お前の思考回路が)」
口調がおかしいようだが案ずることなかれ(?)、これが澄香の通常運転である。
なので『関羽』だのなんだの言っても然程変わらない。奴は万年厨二病なのだ。
『とりあえずテスト勉強しよう』と適当に宥めすかし、その日は事無きを得た。
(なんだったんだ……)
幼馴染みの澄香と俺の関係は、『友達以上恋人未満』と言ったところ。
過去に告白はしたが、なんだかんだで有耶無耶になった。だが嫌がられている素振りもなく、お互いに意識しているとは思う。
不思議ちゃんなところはあるが、幼馴染みの欲目ではなく澄香はとても美人だ。美人度を強さで表すなら、確かに関羽レベルと言っていいだろう。
学校は私立の女子校だが、普段はやや天然系な普通のJKに擬態している為現実を知らない周辺高校男子からの人気は高く、いい加減仲を深めないと危険──そう思いながらも、迂闊な真似をして気まずくなるのは流石に怖く、なにもできないまま。
澄香は頻繁にウチに来るので、いくらでもチャンスはあるのだが。
(今日も今日とて健全に勉強してしまった……)
しかもイキナリ関羽とか言い出すし。
わけがわからん。
『ならば俺は張飛だ!』とでも言えば良かったのだろうか。
それとも横山光輝・三国志風に『げえっ! 関羽!』と驚くべきだったのか。
正解が不明すぎる。
──翌日。
「見てみろ、この見事な黒髪を! まさにコレこそ『美髯公』と呼ばれし私がJKに転生した証……!」
関羽の一番の特徴でもある長く美しい髭。
この髭から関羽は『美髯公』と呼ばれていた。(※豆知識)
──っていうか、
「髭じゃないじゃん」
澄香の黒髪は確かに長く美しい。
だが、当然髭じゃない。
いるわどこにでも、黒髪美髪は。
これが関羽転生の証なら日本のそこらじゅう関羽の転生者だらけだろ。
「JKにあんな見事な髭があるわけなかろう!」
「ええ……」
なんかぷんすこしだした。
可愛い。
まあ、それはいいとして。
まだ澄香の『前世が関羽ごっこ』は続いていたらしい。
「ほら、ちゃんと見てみるのだ!」
「お、おう」
そう言って澄香は髪の毛の束を掴むと、それを徐に口の下に持っていった。
「……どうだ?」
「うん、なかなかですよ」
「そうだろうそうだろう(ドヤァ)」
いや、ドヤるなドヤるな。
『なかなか』としか言ってないからね?
そう思いつつ、特に言及はしない。
なんか満足そうだし……『面倒臭いから』とか別に思ってない。ちょっとだけしか。
「ささ」
「笹?」
今度は『私の前世はジャイアントパンダ』とか言い出す気だろうか。
まさかの中国繋がりで。
だが、生憎笹は持っていない。
笹かまなら冷蔵庫にある……かもしれない、もしかしたら。
「さ、触っても、いいぞ?」
「……おおう」
これは意外な展開だ。
(なるほどなるほど……)
過去の告白は効いていた様子。
どうにか距離を縮めようと思っていたのは俺の方だけではないらしい。
ここは有難く触れてみることにした。
「……サラサラ、しているな?」
「そ、そうか」
「……」
「……」
しかし間が持たない。
折角『関羽に転生した』とまで言ってこの機会を作ってくれたというのに。
いや、違う『関羽が転生した』だった……ややこしいなぁもう。
「澄香……俺は、」
「な、なんだ?」
「もしかしたら、劉備の生まれ変わりかもしれない」
「──……は?」
「姓を劉、名を備、字は玄徳!」
「大丈夫か?」
まさかの塩対応。
お前、自分は万年厨二病のクセして他人の厨二発言には厳しくないか?
だがそんなことで挫け心折れる俺ではないのだ。
「ほら、よく見てみろ」
そう言ってちょっと伸びた髪の毛を耳にかける。
俺は別にお洒落さんではないが、特にこだわりもないのでオカンの行く美容院で切って貰っている。
オサレな美容師さんが切るだけあり、それなりに今っぽい髪型にはしてくれるので今っぽいマッシュカットなのだが、残念ながら中途半端に伸びてしまった。
オサレマッシュはもうただの陰気な目隠れヘアーと化しており、最早完全に『エロゲ主人公』である。
参照元は親父が隠し持っている昔のエロゲである為、最近のは知らない。
「どうだ」
「なにがだ」
「フッ……よく見ろ、コレを」
そんな伸びた俺の横髪から出しモノ──それは、
「この福耳こそ劉備転生の証……!」
『福耳』である。
劉備は福耳だったとされている。(※豆知識)
「さあ、触るがいい。 俺の福耳を!」
そう言って出した耳の方を向け澄香に近付く。
いやここは澄香ではなく『関羽』と呼ぶべきだろうか。
今日ほど『福耳で良かったわ~』と福耳に感謝したことなどない。今後の人生でもきっとないに違いない。
「さあさあ関羽、かつて義兄弟の盃を交わした仲では……あたっ!」
だが、頭を叩かれた。
「馬鹿も休み休み言わんか! いるわどこにでも、福耳は! これが劉備転生の証なら日本のそこらじゅう劉備の転生者だらけだろうが!!」
──なんかデジャヴ。
澄香は残念ながら乗ってくれなかった。
自分が触るのはハードルが高かったんだろうか。謎。
でも一応『桃園の誓い』はした。
桃ジュースで。
全然『桃園』じゃないけど。
※これ以降、澄香は『前世関羽ごっこ』をやめたらしい。