09 愛葉祭からの依頼
いつも読んでいただきありがとうございます!
少し投稿が遅れてしまいました。本日はここまでです。
あっという間に放課後になってしまった。
いつもなら後は碧と帰宅するだけなのだが、どうも今日は一味違うらしい。望んでもいないイベントが発生してしまったのだ。
「あの! 月島……月島きゅん!」
「そんな萌え萌えキュンみたいに呼ばれても」
「あの! 月島くん!」
「はい、月島くんです。なにか?」
――嫌な予感がする。
こういう時の凪の危機察知は大体当たる。まず、愛葉とこうして話しているだけで注目の的なのだ。仮に、追加で爆弾発言が飛び出したら致命傷は間違いない。
「あのですねーー」
「よし、場所を変えよう」
本当は引き連れて校内を歩くのも嫌なのだが、そこはぐっと堪えて適当な場所を探す。
ちなみに、途中ですれ違った碧は指を差して爆笑していた。後で殴ろうと思う。
そうこうしていると階段の脇のスペースが目に入る。うまい具合に廊下から隠れているので、内密の話をするにはもってこいの場所だった。
ひと息ついてから向き合うと、なぜか愛葉はもじもじしている。
「ごめんなさい! 月島くんを恋愛対象としては見れません!」
「えぇ……なんで俺振られてるの」
ひとりで突っ走る愛葉にきちんと説明すると、物凄い勢いで謝罪された。きっと根は凄くいい子なのだと思う。
「相談がありましてっ」
「うん。何か話がありそうだったからここに来た訳だし」
「ちょっとここだと言い難いと言いますか……」
「だったらもう少し早く言ってくれるかな?」
苦労して見つけた場所も水の泡だ。
かと言って、校外で場所を探すにしても二人きりだと色々問題が生じる。
(うーん、どうしようかな)
散々悩んだ挙句、苦肉の策で碧を召喚することにした。スマホを取り出すと早速メッセージを送信する。
「はっ! もしや、こんなところに連れ込んでーー」
「ちょっと黙っててくれるかな」
現場に到着した碧は両手で凪を指差しながら、やはり笑っていた。
「マジかよ凪! まさかの祭か!」
「お、碧くんどしたの?」
(こいつら知り合いだったのか。どうりで碧が意味深に笑ってた訳だ)
「二人とも知り合い?」
「祭は中学二年の時の同級生だ。凪とはクラス違うから分からなかったんだろうな」
「ん? でもだいたいの人の顔は記憶してたつもりだけど」
「あ、そっかぁ。じゃあこうして、こうすればどうだっ?」
眼鏡を取り、両手でツインテールの真似をする愛葉。その姿を見てようやく思い出した。当時、確かに碧の近くに居た記憶がある。
「思い出した。居たね」
「こいつこんなに胸も育ってなかったしな」
「がんばって牛乳飲みましたっ」
「あのロリっ娘が大きくなったものだ」としみじみしていると、碧が話を本筋に戻す。
「それで? なんで俺呼んだ?」
「俺、愛葉さんに相談される。が、この場所却下。二人で下校、無理。碧いれば三人」
「説明面倒だからって端折るなよ。通じたけどな」
「あ、奇遇ですね月島さん、八神さん、愛葉さん」
「水瀬さんだ〜」
(また面倒なの増えたんだけど)
偶然(?)合流した音葉を加えた一行は、とりあえず某コーヒーチェーン店に向かう。
美男美女三人と一匹。
痛いぐらいの周囲の視線だが四人であれば何も問題は無い。この四人なら凪が誰かと付き合っているとは思わないだろう。よくて友達といったところか。
目的地に到着すると凪と音葉が席の確保に向かう。碧と愛葉は少し外で話してから合流するらしい。
「なんで来たの?」
「偶然見つけた月島さんが面白い顔をしていたので」
「好奇心から付いてきた、と?」
「はい、その通りです。私がいてやましいことでもあるのですか?」
「ありません」
「では解決ですね」
それが同行する理由にはなっていないのだが、ここまで来てしまったものは仕方がない。
愛葉達が来るまでもう少し時間がかかりそうだ。先に注文してしまった方がいいかもしれない。
二人ともドリップコーヒーを注文してから、一番奥のテーブルに座った。
で、ここで問題が発生。先に席に着いた音葉だったが、凪は対面に座るべきなのか、それとも隣に座るべきなのか。経験値が不足していて選択できない。
こういう時はバカ正直に聞くに限る。
「俺はどっちに座るべきかな? 隣? それとも対面?」
凪の問いに音葉は少し考えている。
「私もまだ詳しい話は聞いておりませんが、今回こうして集まったのは愛葉さんの希望ですか?」
「うん」
「それならお互い顔が見えるような位置が良いかと。なので対面でどうでしょう?」
即決で対面に座った。完全同意なので反論もクソも無い。
(遅いな碧)
五分ほど経過してもまだ来る気配が無かったので、音葉を観察して時間を潰していた。
「私を見るのは楽しいですか?」
「水瀬さんは美術館とか好き?」
「えぇ、まぁ。それなりに」
「そんな気分」
「私はモナリザか何かですか?」
「モナリザより美人だろ」と言おうとしたところで碧達が合流した。
そして、なぜか愛葉が凪の隣に、碧が音葉の隣にそれぞれ座る。凪が悩んだ席順はあっさりぶち壊されてしまった。
「悪い悪い! 遅くなった!」
「いいけどさ、時間もあれだし本題入らない?」
「え〜とですね。簡単に言いますと、月島くんに彼氏になってほしいのです」
「は?」
「え?」
――彼氏になってほしい? 何を血迷っているんだこの子は。
「……へぇ。凪の反応は分かるとして、水瀬? 何か言いたいことあるのか?」
「別にありませんが? 月島さんが決めることでしょう?」
「ふーん、まぁそういうことにしとく。で、凪はどうすんの?」
「え? ごめんなさい。付き合えません」
碧と愛葉は大爆笑していた。店内の客が「なんだ?」と振り向くぐらいに盛り上がっている。
「すみません! 彼氏と言っても一日限定ですっ! 私、まともに話せる男子が碧くんと月島くんだけで。どうかお願いできませんかっ?」
「中学の時に何度か話したよね? だから話しやすいってのは分かるけど、それなら碧でよくない?」
「俺だとこいつの彼氏っぽくないだろ? 見た目的にもせいぜい兄貴だ」
「あー、確かに」
碧と愛葉では恋人同士には見えないかもしれない。確かに凪であればいけなくはない。だが、それよりも大前提がまだ不明だ。
「そもそもなんで? 彼氏いないって伝えたらいいじゃん」
「女子高生は見栄っ張りなんですよっ? お願いしますよ〜。違う学校の子なんで一発でいいですから」
「一発とか言うんじゃない」
(うーん、どうしようか)
これは“彼氏役を引き受けてうまくやった結果、愛葉が本当に凪に惚れる”という展開だろう。何かで見た流れだ。
まぁ、実際はあり得ないだろうが。
いずれにしろ凪には荷が重いので、断った方が良さそうだ。
「うーん、悪いけど――」
「ほんとですかっ!? ありがとうございますっ!」
一瞬しんとすると再び凪は口を開く。
「えーっと」
「ほんとですかっ!? ありがとうございますっ!」
「……水瀬さんどうにかして。同じ女性として説得を」
「付き合ってあげたらいいのでは? 困っているみたいですし」
「うーん、この四面楚歌」
なぜか凪の意見だけは無視して多数決で決まりそうな流れだ。
愛葉と一緒に遊びたい男子は、きっと本人が思っているより多いと思う。消去法とはいえ、その中から凪を選んでくれたのだから、少しは力になってあげたい気持ちはある。
誰かに目撃されるというのが最大のリスクだが、愛葉は知り合いが少ない場所を選ぶはずなので、あらぬ噂が立つ心配もないだろう。
(でも、嫌だなぁ。本当に嫌だなこれ)
「じゃあ月島さん、スマホ貸してっ! 日時決まったら連絡するので!」
「もう好きにしてよ」
ロック解除したスマホを愛葉に渡す。特に見られて困るものも無いので全てを愛葉に任せた。
作業を終えたスマホを受け取って中を確認すると「祭」と名だけが登録されている。
「苗字入ってないけど」
「ボロ出たら困るのでそれで慣れてくださいっ! ……あっ。誘っておいて申し訳ないんですけど、今日は次の用事あって――」
「あ、じゃあ俺も帰るわ。途中まで送ってやるよ」
「はいはい」
碧と愛葉はひと足先に店を出る。
凪は頭を整理する時間が欲しかったので、しばらくこの店でだらだらすることにした。
身だしなみや口裏合わせなど事前準備が多すぎて、それだけ考えてみても頭が痛くなる。
正直、自分のセンスは信用できないので全てを碧に託すしかないのだろう。
(おそらくはテストがある週の土日のどちらか。――って、だとすれば実質の準備期間が三日ぐらいか。きついなぁ)
「とりあえず終わったし解散だね。俺はもう少しここにいるから」
「では、私も残ります」
思わず「え?」と声が出てしまう。
「何か話あるの?」
「何もありませんよ?」
いつもの音葉とは何かが違い、言葉に若干の棘があるように感じた。だが、どれだけ考えても全く心当たりが無い。
「……間違ってたらごめんだけど、なんか怒ってる?」
「いえ、怒っていませんよ」
「今は悩みが多すぎて余裕無くてさ、もし俺が何かやらかしたなら教えてほしい」
「……子供みたいって笑いませんか?」
「聞いてみないことにはなんとも」
躊躇っていた音葉だったが、じっと見つめていたら観念したように自分のスマホを取り出した。すると、なぜか凪に向かって手を差し出す。
そして、ぷいっとそっぽ向いて口を開く。
「月島さんのスマホ貸してください」
「え? なんで?」
「なにこいつ信じられない」といった表情で、音葉はじっと凪を睨め付ける。それでも分かっていない様子だったので音葉は渋々説明を始めた。
「連絡先です。お互い知っていた方が便利でしょう?」
「そっか。まだお互い知らなかったか。そういうことなら――。はいどうぞ」
凪はスマホを音葉に渡すと、再び偽デートに関して色々考え始める。
「……おかしいじゃないですか。……なんで私より愛葉さんが先なんですか」
「ん? 何か言った?」
「なんでもありませんよ!!」
「ひっ」
こうなってしまうと、なぜ音葉が怒っているのか分からない。
恐る恐る受け取ったスマホの画面には″水瀬音葉″の文字が表示されていた。